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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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51 水攻め

 三日目の戦いは、太陽が谷の稜線(りょうせん)の向こうに姿を隠した頃からより激しさを増していた。

 イグナーツ隊は、随時攻め手を交代させながら攻撃を加え続けていたが、それに対抗するトルスター軍が、その時間を境に疲れからか抵抗する力が弱くなってきたからだ。

 急激な弱体化に初めは罠かと(いぶか)しんだイグナーツだったが、相手の慌て具合から罠ではないと判断し、即座に崩れ始めた相手右翼への攻勢を強めさせる。


「意外と(もろ)かったな」


 圧倒的な火力でラドミール隊を壊滅させたり、古い塹壕(ざんごう)戦術の新しい活用方法を見出したりと、歴戦の騎士であるイグナーツですら目を見張るほどの戦術を駆使して彼の部隊を苦しめてきた。しかしこちらが長期戦を覚悟した戦いに移行した途端、戦力と経験の少なさがあっさりと表面化してしまった。

 長丁場を覚悟していたイグナーツだったが、(わず)か半日ほどでほころびが出た敵軍に、意外にも残念そうな表情を浮かべた。


「期待の若い騎士なのだろうが、圧倒的に経験が足りん! 数年戦場に出るのが早ければ、少しは手応えがあっただろうに」


 ドーグラスの拡大路線もあり、ここ十年来各地を転戦しているイグナーツらストール軍と、兵力も少なく辺境の谷に押し込められているトルスター軍では、圧倒的に戦いの経験値が違った。

 今まではその差をザオラルという傑物の能力によって埋めていたが、それがなくなった今、長期戦になるにつれてその差が出始めていた。

 もちろんそうなるようにイグナーツが仕向けたのも大きいが、逆に言えばイグナーツの戦術の多さに、経験の浅いトルスター軍が対応できなかったといえた。

 このままもうひと押しすれば、確実に勝利を掴むことができるだろう。


「ミハル!」


「はい」


 イグナーツは振り向くと、息子のミハルに声を掛ける。


「敵の左翼だ!」


「御意! 必ずや奪取してご覧に入れましょう」


「敵は浮き足立っているとはいえ、追い詰められれば思わぬ反撃があるかも知れぬ。努々(ゆめゆめ)油断するなよ!」


「お任せを!」


 イグナーツは檄を飛ばして息子を送り出し、ミハルも戦意高く手勢を率いて出撃していった。


「間もなくカモフも閣下のものだ!」


 彼の中では既にこの戦いの帰趨(きすう)は決していた。

 鉄砲を初めとする火力は厄介だったが、少し攪乱(かくらん)してやれば途端に命中率が下がり、相手は組織だった迎撃ができなくなった。

 塹壕に身を隠しながら鉄砲で迎撃をおこなうという戦術は驚異だったが、如何(いかん)せん経験が浅すぎた。

 イグナーツにとっては消極的な戦法だったが、休みなく攻め立ててやれば相手の疲弊を待つまでもなく、僅か半日ほどで追い詰めることに成功したのだった。

 あともう一押しすれば敵は崩れる。

 そう確信していた。




 一方、守るユーリ・ルーベルト隊でも、敵が攻勢を強めてきたことは把握していた。

 そのため半ば無理に交代させてでも休ませていた兵までも投入し、全軍をもって迎撃に当たらせざるを得なくなっていた。

 間にアーリンゲ川を挟んではいるが、カントの町の前面に半円を描くように掘られた二重の塹壕。

 一段目は既に敵に奪われてしまっていたが、内側の塹壕にも危機が迫っていた。

 必死で声を枯らし懸命に引き金を引き続けているが、先ほどから敵の攻勢の勢いが止まらなくなってきていた。

 それまでの被害を最小限に抑えるような戦い方だったものが、多少の犠牲を顧みずに攻めて来るようになっていたからだ。

 敵はこちらが放棄した外側の塹壕を足掛かりにしていた。

 ふたつの塹壕を結ぶ通路で激しい戦闘が繰り広げられ、双方に少なくない犠牲が出ていた。魔砲による火力と通路の爆破による分断によって何とか撃退することに成功したが、逆にそれによって放棄した塹壕が完全に敵の手に落ちてしまったのだ。


「このままだとやばいな」


「仕方なかったとはいえ、一段目を奪われたのは痛いですね」


 流石のルーベルトの表情にも疲労の色が漂っていた。

 通路を遮断したのは失敗だったかも知れないが、放置していれば二段目に敵が殺到していただろう。

 圧倒的な火力によってギリギリのところで踏ん張っているトルスター軍だが、ほんの二十メートル先に奪われた一段目の塹壕がある。そこは銃撃をかいくぐった敵兵にとって、すぐ目の前にある安全地帯として機能していたのだ。

 今のところそこから二段目に辿り着く敵はいなかった。だがトルスター軍の目の前の塹壕に身を隠すことができるため、こちらの攻撃も有効とは言い難く相手を排除するには至っていなかった。


「こんなことならもう少し距離をとっておくべきだったか」


 二十メートルなど隙を見せれば一呼吸の間に到達できてしまう距離だ。

 手を伸ばせば届きそうな所に敵兵が息を潜めている状況に、ユーリは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。


「援護してください。ちょっと嫌がらせしてきます」


 そう言うと、唐突にルーベルトは魔砲を手に塹壕からひょいと身を乗り出した。


「何をする気だ?」


 怪訝そうに声を掛けるユーリだったが、ルーベルトが取り出した魔砲弾を見ると納得したように笑みを浮かべ、すぐに彼を守るために援護をおこなわせるのだった。

 塹壕から這い出たルーベルトは敵前にその身を無防備にさらけ出すと、さらに数歩進んで膝立ちで魔砲を構えた。

 突然姿を現したルーベルトに敵兵は驚いたものの、すぐに討ち取ろうと矢を射かけ始める。しかしそれらはルーベルトを守るために飛び出した兵の掲げた盾によって(ことごと)く防がれた。


――ボシュッ


 味方の援護により落ち着いて狙いを定める事ができたルーベルトが魔砲の引き金を引く。気の抜けた炭酸のような発射音で打ち出された弾丸が、オレンジ色の尾を引きながら静かに飛んでいった。


「うわぁぁぁ!」


 魔砲弾が着弾した箇所から突如として大量の水が溢れだし、魔炎弾を警戒して避難していた兵を巻き込んで押し流していく。

 塹壕は地面を深さ二、三メートル、奥行き三メートル、幅は数百メートルに渡ってV字に掘った溝だ。

 底には板を渡し通路としてあるが、その下は排水用の溝となっている。しかし溝とはいっても突然現れた大量の水を排水する能力は流石になかった。

 いくら大量の水を生み出すとはいえども、魔水弾数発程度で塹壕を水浸しにできるほどの水量となる訳ではない。それでも着弾点付近では多くの兵が水に流され、混乱が広がったのである。

 ルーベルトは、さらに十発ほど魔水弾を放つと、混乱する敵陣を尻目に悠々(ゆうゆう)と塹壕に引き上げてくるのだった。


「水弾にこんな使いかたがあったのか」


 ルーベルトを出迎えたユーリが感心したように言う。


「思った以上に使えますね。いい牽制になりました」


 ルーベルトは、ホッとした表情で笑顔を見せた。

 魔炎弾と比べると、魔水弾は戦場では使いづらい兵器だった。

 数千度の火球が咲き、範囲内のものを(ことごと)く焼き尽くすのが魔炎弾だ。対して魔水弾は大量の水を発生させるものの水自体には殺傷力がないため、ルーベルトを始めトゥーレたちが長い間使用方法を検討してきた。しかし見た目に分かりやすい魔炎弾に比べ、使用する場面が限られるという判断から量産が見送られた経緯があったのだ。

 だが今ルーベルトが使用したように、水のない場所での奇襲のような水攻めに高い効果を発揮することが証明された。何もないところから文字通り降って湧いてくる大量の水は、分かっていても対策をとることも難しいだろう。


「よくもあれだけの水弾を持っていたものだ」


「試作で作ったのが余っていたんです。こんなこともあろうかとありったけ持ってきていました」


 制式化されていない大量の魔水弾を持っていたことに、ユーリは呆れたような声を上げた。ルーベルトは悪びれもせず軽く舌を出しながら、屈託のない笑顔を浮かべるのだった。

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