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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
146/204

50 ユハニの葛藤

23/10/6 改稿(個人的に『?』と感じた箇所を修正)

 塹壕(ざんごう)の中央付近でユーリとルーベルトが軽口を叩きながらも敵の攻撃を食い止めていた頃、右翼を守るユハニも必死で敵を迎撃していた。

 敵の攻撃が集中する中央部分と違って、左右両翼への攻撃は比較的緩かった。とはいえあくまでそれは中央部分に比べてだ。それは今も必死の形相で鉄砲を構えるユハニの表情を見れば分かるだろう。

 中央にはルーベルトという変態(アンタッチャブル)な存在がいるため、敵の攻勢が激しくても一人で何とかしてしまいそうな気配が漂っていた。そのルーベルトが適宜状況に応じて最適な武器に持ち替えて射撃しているため、それ以外は通常の鉄砲の比率が多かった。

 しかし両翼にはそのような変態がいない。そのため中央部よりも魔砲の比率を多めに配置し、火力の増強をはかってあった。さらに、後方の城壁からも断続的に大砲の援護射撃をおこない、劣勢な箇所の援護をおこなっていた。


「くそっ! 深追いはしてこないが、諦めもしねぇな」


 今朝から繰り返される戦いは、その言葉通りだった。

 敵は損害の大きくなるような突撃はしてこない代わりに、攻撃だけは休まずに繰り返していた。ある程度までは近付いてくるがそれ以上は深入りを避け引いていく。しかし今度は別の部隊が同じように近付いてくるため、迎撃側は息つく暇もなく対処させられていた。

 そのためユハニたちは朝からほぼ休憩を挟む余裕もなく、終わりの見えない迎撃を強いられていたのだ。

 前日にユーリからそうなる可能性が高いことを聞いていたが、実際体験するとその攻撃の嫌らしさが嫌でも分かった。射撃に対して明らかに相手の損害が少なくなり、思ったほどダメージを与えられなくなったのだ。

 絶対的な戦力差があるからこそできるこの戦法は、攻撃側は交代し休むことができるのに対し、守備側は休むことができないばかりか疲労による判断力や集中力の欠如を招き、迎撃に穴を開けかねなかった。

 現にユハニも午前と比べて確実に命中率が下がってきていた。


「ユハニは一旦休憩を取れ! ここは俺が引き受ける」


 先ほどから再三に渡り交代要員であるヨニが彼に声を掛けていた。

 命中率が下がり続ける中、ユハニも休息をとらなければいけないのは頭では分かっていた。だが敵に押し切られる恐怖が勝ってしまい手を止めることができないでいたのだ。

 彼は親友の忠告が聞こえないふりをしながら、鉄砲を放ち続けていた。


「ユハニ!」


「!?」


 (しび)れを切らしたヨニが、ユハニの名を呼びながら銃身を手で掴んで無理矢理下げさせる。

 革手袋をしているとはいえ灼けた銃身を手掴みしたのだ、『ジュッ!』という音と共に辺りに火薬とは違う焦げた匂いが立ち上った。

 驚いて目を見開くユハニが落ち着くのを待って、ヨニがゆっくりと口を開く。


「この戦いはまだ続く。今から入れ込んでどうする?」


「・・・・」


「お前が倒れたら、お前の部下が路頭(ろとう)に迷うんだぞ!」


 二人はユーリと同じ抗夫出身だった。

 ユーリと違って彼らは二人ともそれほど力は強くなかったが、村を出た後は弓の腕を見込まれて、狩りなどで仲間たちの食料調達を担っていた時期があったほどの腕前を誇る。

 その後、ユーリと共にトゥーレに仕えるようになったが、トゥーレの側近となった他の者と違い、彼らは一貫してユーリに従い続けた。

 当初は使いやすい駒として雑な扱いを受けることも多かったが、ユーリが騎士として取り立てられると、彼の数少ない側近として二人は信頼を寄せられるようになっていた。

 二人はまだ騎士にこそ任じられていなかったが、今回は射撃の腕を見込まれてユーリから中隊長を任せられ、それぞれ一〇〇人ずつ率いていたのだ。

 ユハニはハッとした表情を浮かべ、周りを見渡した。

 部下たちは、それぞれが迎撃を続けながらも、その合間に心配そうな表情を彼に向けていた。


「いつまでもパシリじゃないんだ。俺たちがしっかりしなきゃな」


 ヨニは軽くユハニの肩に手を置いた。

 ユハニが振り返ると、そこには昔と変わらぬヨニの笑顔があった。


「そうだな。少し休む。その間頼む」


「ああ、任せておけ!」


 そう言って二人は笑顔で拳を合わせた。

 こうして漸くユハニは、僅かな休息を取るため下がっていった。


「さぁ、気合いを入れろよ。ユハニの隊に負けてられんぞ!」


 ヨニは気合いを入れるように声を張り上げて部下を叱咤する。

 ユハニ隊と入れ替わるように陣取った部下たちが、威勢のいい声で応えながら迎撃を始めた。


『しかし、正直いつまでも保つとは思えねぇな』


 鉄砲を構えながら、ヨニは徐々に押され始めている戦線を前に誰にともなく呟く。

 戦力差を考えると交代などさせる余裕はなく、全軍で当たっても戦線を維持できるかどうかと言ったところだ。さすがにそう言う素振りを部下に見せる訳にはいかなかったが、恐らく全員が何となく気付いているだろう。

 彼らに多く配備されていた魔砲は強力だが、如何せん目視できる程度に弾速が遅いのが欠点だ。

 近くに着弾しただけで致命傷を与えることができるが、流石に三日目ともなれば敵にも魔砲弾の特性が知れ渡ってくる。


「五式銃が使えればまだ違ったんだろうが・・・・」


 残念ながらヨニを含めた彼らは、まだ五式銃を使いこなすことはできなかった。

 射程距離が短いものの散弾の五号弾ならば、接近する敵には絶大な威力を発揮していただろう。しかし射撃時の衝撃は想像を絶するものがあり、ユーリでさえ使いこなせるようになったのはこの戦いの直前だった。

 二メートルを超える大男のユーリでさえそうなのだ。これまでルーベルトから五式銃を任せられた者は、比較的体つきが大きな者たちばかりだ。平均的な体格しかない彼らでは、発射時の衝撃に耐えることができなかったのだ。


「ま、今更だがな」


 ほんの五、六年前まではそんなことも考えず、ユーリに引っ付いて毎日馬鹿やって騒いでただけだ。それが今や百人もの部下を(あずか)って、指揮官の真似事なんぞやっている。

 そのユーリは騎士に取り立てられ、今やこの戦場の指揮官のひとりだ。しかも領主(トゥーレ)の妹姫であるエステルと婚約までしていた。どれもこれもかつては夢にも思わなかった世界だ。

 どちらが良かったかと問われても、彼には分からない。だが、今の生活の方が充実していることだけは確かだ。もしあの頃に戻りたいかと問われたとしても、間髪を入れずに拒否する事だろう。


「ここを生き残れば、あの変態(ルーベルト)が俺たちでも使えるようにしてくれるだろう」


 抜擢してくれたユーリに報いるためにも、まずはここを無事に生き残る事だ。軽く首を振って雑念を振り解くと、ヨニは迎撃に集中するのだった。

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