49 若気の至りと残念な変態
カントでの戦いは三日目を迎えていた。
ユーリたちは一段目の塹壕を失ったものの、その塹壕を二段構えにしていたお陰で何とか防衛戦を維持できていた。
しかし塹壕の一段目を失陥してしまったことで、この二段目が絶対防衛ラインとなってしまった。ここを突破されれば、アーリンゲ川を挟んで中途半端な防壁があるだけのカントのみとなる。そのカントを突破されればサザンはすぐ目の前だ。
文字通り後がなくなったトルスター軍は、ルーベルトだけではなくこの日からユーリも防衛に加わって、何とか防衛戦を維持していた。
「弾薬は!?」
「まだ十分残っています。ですがこのままでは・・・・」
「それは分かってる! とりあえず手を動かせ!」
ユーリはルーベルトと並んで、必死で鉄砲を撃ち続けていた。
弾薬はこのペースで撃ち続けていても、十日は戦える程度は確保していたが、肝心の兵の体力が保ちそうになかった。
「相手の動き、明らかにこちらが疲れるのを待ってますね」
「ああ。この分だと夜も寝かせてくれないだろうな」
この日の戦いからイグナーツ隊の攻めが変化していた。
戦力差を活かした力攻めから、休み無く、それでいて万遍なく攻め寄せてくるようになったのだ。
緒戦のラドミール隊を殲滅したことで戦力比は縮まってはいる。それでもまだストール軍とは三倍の開きがあった。敵はそれを最大限活かして朝から三交代で休みなく攻め寄せていた。
対するユーリもできる限り交代させながら迎撃させていたが、余剰の兵力は殆どなくこのままでは疲弊していくことは明らかだった。
この二日間、夜間は敵も兵をしっかりと休ませ夜襲などはなかったが、この分だと今夜からは夜襲への警戒も必要になるだろう。
「久しぶりにそれの出番があるんじゃないですか?」
「・・・・そうだな」
ルーベルトが顎で示したものにチラリと視線を動かしたユーリは、苦い顔を浮かべながらも否定はしなかった。
早朝からルーベルトと共に戦線に出てきたユーリの背には、昨日までなかった長大な剣が背負われていた。彼の代名詞となっていた両手剣だ。
騎士に任じられた頃より背負わなくなっていた両手剣だったが、久しぶりに日の目を見た格好だ。
昔と同じように背負っていたが、剣は当時のものとは全くの別の剣だ。
かつての剣は兵士崩れの旅人から譲り受けたものだった。幅広い刀身で頑丈な作りだったが、手に入れた時点で刃は鋸のように欠けていて、さらによく見れば少し曲がっていた代物だった。そんな剣でも街中で振りかざせば、大抵は相手が逃げ出したものだ。
そんな状態だったため、実戦では役に立たないものだったのだ。
今背負っている剣はで、ユーリが騎士に叙任された際にトゥーレより新たに贈られた両手剣だった。
以前の剣と全長や重量にそれほど違いはなかったが、ユーリ専用に特別に誂えたというだけあって、彼の手にしっくり馴染み重量のバランスも調整されている。
以前のものと比べると刀身の幅は半分程度になっていたが、フランベルジュと呼ばれる加工が施されていて刀身が炎のように波打っていた。これで切られると肉が裂かれ止血も難しくなるため、通常の刀身に比べると殺傷力は段違いに高まっている。また傷口を適切に処理しないと破傷風に感染する恐れもあり、見た目の美しさに反して凶悪な刀身であった。さらに刀身の根元には刃の付いていないリカッソと呼ばれる部分があり、その部分を持って振り回すことができ、間合いに入られた際の両手剣の取り回しの悪さを解消していた。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないですか?」
「いや他の得物に比べると、これはこれで使いやすいからな。使うとなればこれしかないんだ。だがなぁ・・・・」
何とも歯切れの悪いユーリの態度だったが、これには理由があった。
彼がトゥーレの側近として仕えることになった際、両手剣は破壊力はあったが槍などと比べればやはり長さで不利だった。そのため槍や槍斧などの長柄の扱いも一通り叩き込まれた。
しかしその結果彼が選んだのが両手剣だった。それが一番使いやすいと落ち着いたのだ。そして叙任された際にトゥーレが贈ったのである。
だがユーリに対してトゥーレが普通に贈り物をする訳はなく、その両手剣の銘に態々『ワカゲノイタリ』と刻んでいたのだ。
もちろん彼がかつて零した『あれは若気の至りみたいなもんです』と言ったことを、悪戯心でそのまま銘としていたのだった。
怖いもの知らずで暴れていた頃はそれでもよかったが、トゥーレに敗れ配下に下ったことで自分が知らなかった世界の大きさを知った。その自嘲の意味を込めて言った言葉が、今現在背負っている両手剣『ワカゲノイタリ』の誕生となったのだ。
「そんなに嫌なら自分で誂えればよかったんじゃ?」
「そんなことしてみろ。トゥーレ様にどれだけ嫌味を言われるか分かんねぇだろうが!」
冗談めかしたルーベルトの言葉に、ユーリは顔を歪めて即座に否定する。
そう軽口を叩き合っている時だ。弾幕の隙を縫うようにして敵兵が塹壕へと迫ってきていた。
気付いたユーリが照準を合わせて鉄砲を放つが外れてしまう。
「あ、やべぇ!」
焦った声を上げるユーリに対し、素早く五式銃に持ち替えたルーベルトは、落ち着いて散弾を放つ。
五式弾を正面からまともに喰らった敵兵は、血飛沫を上げて文字通り霧散した。
「ちょっと、手は止めないでくださいよ。敵が来るじゃないですか!」
「すまん! だがこの状況で普段と変わらん命中率を出せるのはお前くらいだぞ」
文句を言うルーベルトに、安堵したような表情でユーリも言い返す。
「大丈夫です。ユーリ様だってこのくらいできます。私が保証します」
軽口を叩き合っていた二人だったが、その間も手は休ませずに鉄砲を放ち続けていた。しかしルーベルトに保証されたからといえ、喋りながらだと流石に彼のような命中率は出ない。そのため敵の接近を許したのだ。
「お前に保証されてもなぁ。そう思うなら少し黙っててくれないか。お前と違って喋りながらだと当たる気がしない」
「ええっ!? そんなことないでしょう? 誰だってこれくらいできますよ」
「普通に会話しながら命中率が落ちないのはお前ぐらいだよ」
「そんなこと言ったら、私が変人みたいじゃないですか!?」
納得いかないといった表情を浮かべたルーベルトが文句を言うが、ユーリは逆に彼に自覚がなかったことに驚く。周りで黙々と迎撃していた兵も、ルーベルトのその言葉に思わず手を止めて振り返る程だった。
「知らなかったのか? お前は充分変人だよ」
「何ですかそれは!? 誰がそんなことを言ってるんですか?」
「知らないのはお前だけだ。正確を期すならば変人ではなく変態の方だな。ついでに言えばトゥーレ様はお前のことを『残念な変態』だと呼んでいるぞ」
最後にユーリは『変人ではなく変態だからな』と念押しし、ルーベルトは自分の思いがけない評価にがっくりと項垂れるのだった。
どこかのんびりと会話しているユーリとルーベルトですが、戦場ではずっとピンチの連続です。




