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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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48 焦るトゥーレと微笑むリーディア

 岩窟(がんくつ)の中で絵地図を睨んでいるトゥーレは、表情に焦燥(しょうそう)(にじ)ませていた。

 カント付近では晴れていた(もや)は、タステ山を挟んだコッカサ側では未だに全てを白く塗りつぶし、彼らの作戦を阻んでいたからだ


「まだ見つからんか!?」


 クラウスが焦ったように声を張り上げる。

 クラウスだけではない。ヘルベルトも先程から腕組みしながらコッカサ付近の地図を穴が空くほど睨み付けていた。

 彼らが探しているものは、ドーグラスの行方に他ならない。

 早朝にネアンをひっそりと出陣したとの報告を受け行動を追っていたが、コッカサを白く覆う靄によって程なく行方を見失ってしまったのだ。


「依然として見つかっておりません」


 申し訳なさそうに恐縮する連絡係だったが、彼らとてサボっている訳ではない。現在コッカサ付近には数百に近い斥候を放ち、網の目のように張り巡らされた警戒網を敷いていた。

 だが出陣の報告から一昼夜(いっちゅうや)以上経つ中、トゥーレ自慢の警戒網を持ってしても未だにドーグラスを見つけられなかったのだった。


「我らが思った以上に荒らされていたのかも知れないな」


 腕組みをしながらトゥーレが無念そうにポツリと(こぼ)した。

 ストール軍の先鋒であるイグナーツやヒュダ、そしてデモルバの軍勢が、タステ狭道突入前にコッカサの穀倉地帯を荒らし回っていた。

 特に先年の汚名返上に燃えるデモルバは、厳しい対応をおこなって種まきを控えた田畑に塩を()き、砂利を入れるなど徹底的に荒らし回っていた。

 それらを阻止するため各所で小競り合いが起きていたが、その影響で諜報網に損害が出たと聞いていた。その影響は彼らが想定していた以上に大きかったのかも知れない。


「人員を追加しますか?」


 このまま(いたずら)に時間を掛ければ、カントで敵軍勢を食い止めているユーリたちへの負担が大きくなる。ヘルベルトはコッカサへの増援を提案する。


「いや、止めておこう。焦って人員を増やしても連携が取れず混乱するだけだ。もう少し様子を見よう」


 トゥーレは自らに言い聞かせるように呟くと大きく息を吐いた。

 それを見たクラウスもヘルベルトもそれ以上口を開かなかったが、先ほどまで以上に空気が重くなっていることを感じていた。それがますます彼らに重圧となってのしかかっていく。


『ルーベルト、すまぬがもうしばらく耐えてくれ』


 クラウスはカントで敵の主力を食い止めている息子を思い、心の中で詫びるのだった。






 領主邸の馬場に面した廊下をシルベストルが歩を進めていた。

 馬場には数百名の歩兵が集まって連日訓練を繰り返していた。

 ウンダルの敗残兵を中心とした彼らは、トルスター軍の予備兵力として万が一があった場合のサザン防衛を担っていた。

 彼らを指揮しているのは、同じようにウンダルから逃れてきたアレシュとベルナルトだ。オモロウ脱出時に負った傷も癒えたベルナルトは、アレシュと並んで声を張り上げていた。

 今回、予備兵力として待機していた彼らだったが、それとは別にウンダル亡命政府軍としての肩書きも持っていた。そのためその性格上、彼らの実質的な指揮権はリーディアが持っていた。

 しかしながら現在のリーディアは、オモロウ脱出時の負傷のため戦場に立つことができる状態ではなく、ウンダル亡命政府自体もアルトア王朝から正式に認められた訳ではなかったため画餅(がべい)でしかないが、トゥーレは建前上ウンダル亡命軍として扱っていた。

 シルベストルは訓練に励む彼らを横目に見ながら、屋敷の奥まった所にある部屋の前まで来ると部屋の前にいた護衛に来訪を告げる。


「中でお待ちです」


 既に話を聞いていた護衛は、中にいるだろう主人に確認することなくそう言うとシルベストルを通した。


「お待たせしました、イザーク様」


 シルベストルが入室すると、ソファから立ち上がったイザークが恐縮したように頭を下げ、この老騎士はシルベストルを向かいの席に案内する。


「いや、忙しいところお呼び立てして申し訳ない」


「いえ、それよりも話とは何でしょうか?」


 妙に緊張した表情のイザークに、シルベストルは警戒の色を浮かべながら先を促した。

 イザークはわざとらしく咳払いをひとつしてお茶で喉を潤すと、強ばった顔を上げてすぐに本題に入った。


「サザンの防衛戦力を動かすという話は本当か?」


「カントが少々苦戦しております故、すぐにでも動いていただくことになるでしょう」


 シルベストルの下には各地の戦況が逐一伝えられていた。カントの状況を把握していたシルベストルは、リーディアから了承を得た上で予備兵力である亡命政府軍の投入を決めたのだ。


「しかし、それではこのサザンを守る兵がいなくなるのでは?」


「兵力を温存してる場合ではありませんので致し方ございません。それに一〇〇〇名足らずの兵力で守れるほどサザンは小さくはありませんからな」


 小さな街だとはいえサザンにはぐるりと城郭が市街を囲っている。さらに川の中州にあるデルタ地帯に立地しているため、防御力は極めて高い。

 しかし、それも兵力が伴ってこそである。

 シルベストルが言うように八〇〇名余りの兵力ではとても守り切れるものではなく、サザンに敵が到達した時点で彼らの敗北が確定するのだ。


「確かにそうだ。サザンにまで敵が殺到すれば、その兵力では負けは必至。だとしてもあの兵力は実質ウンダル軍ではありませぬか。勝手に動かして大丈夫なのですか?」


 イザークはシルベストルに同意しながらも疑問を口にする。

 形骸化しているとはいえ亡命政府軍という体裁をとっている以上、こちらの都合で動かすことはできないのだ。


「それは問題ありません」


 シルベストルがそう言ったときだ。扉の前に立つ護衛が来客を告げた。

 全くの予想外の来客にイザークは怪訝そうな顔を浮かべる。


「誰か?」


「リ、リーディア姫様です」


「はぁっ!?」


 そして緊張した様子の護衛から予想もしていなかった名が告げられると、思わず素っ頓狂な声を上げて腰を浮かせるのだった。


「何故リーディア姫様が?」


「私がお呼びいたしました」


 呆然とするイザークに対し、すました顔でお茶を一口飲んだシルベストルは平然とそう告げた。


「貴殿にはどうしてもお会いしていただきたかったのです」


 シルベストルにそう言われてしまえば流石に断るわけにはいかず、イザークはリーディアを部屋に招き入れるしかない。


「イザーク様初めまして。ウンダル亡命政府の代表を務めておりますリーディアと申します。以後お見知りおきを」


 入室してきた彼女はそう言って優雅に一礼した。

 リーディアはフォレスでの戦い以来、初めての軍装姿だった。

 フードや額当ては着用していないものの鎖帷子を着用し、ウンダルを象徴する緑色に染め上げられたサーコートを身に纏っていた。

 彼女はシルベストルの隣、イザークの斜向(はすむ)かいにシャラリと鎖帷子を鳴らしながら腰を下ろした。


「予備兵力の投入を決めたのはわたくしです」


 会談の経緯をシルベストルから説明されたリーディアは、そう言ってにこりと笑顔を浮かべる。


「しかし、よいのですか?」


「もちろん、フォレスから遠く離れた地で残念ながら命を落とす者も出るでしょう。ですがこの戦いで敗れれば、ウンダルの奪還など夢のまた夢。まずはここを生き残らねば夢を語ることもできません」


「それはそうですが・・・・」


「本来であれば、わたくしが先頭に立つべき所ですが、残念ながら今は祈ることしかできません」


 イザークの問いに迷いのない表情で答えていたリーディアだったが、そう言うと無念そうに唇を噛んだ。


「リーディア様!?」


「よいのです。イザーク様には知っておいていただきたく存じます」


 慌てた様子で(いさ)めるシルベストルに対し、彼女はそう言ってイザークへと向き直った。その様子に思わず居住まいを正したイザークは、背筋を伸ばしリーディアを真っ直ぐに見つめる。


「わたくし、こう見えて目を患っていますの」


「っ!? なっ、何ですと!?」


「そのため軍勢の指揮を執ることができません」


 思ってもいなかった告白にイザークは、呼吸をすることも忘れて大きく目を見開いていた。

 彼女が脱出してきた際、負傷のため十日以上眠り続けていたと聞いていた。それから目覚めた後もなかなか姿を公に見せなかったため、当時は心配する声が少なからずあった筈だ。

 もともとウンダルから脱出してきた彼女らは、領主邸から馬場を挟んだ離れに滞在していたため、領主亭にいても頻繁に顔を合わせるわけではなかった。それでも亡きダニエルの奥方や忘れ形見となる子供たちが馬場で遊ぶ姿などは、しばらくすれば見ることができていた。

 リーディアが姿を見せるようになったのはその年の夏の終わり頃からだ。

 それまで療養と称して部屋から殆ど出ることなく、面会もトゥーレなど一部の者に限られていたのだ。

 当時リーディアに対する腫れ物を触るかのような厳重な対応に、イザークは違和感を覚えていたことを思い出した。


「まさか、オモロウで!?」


「ええ、そのときの怪我が原因です。随分ましになりましたが、まだぼんやりとしか見えておりません」


 イザークは信じられない思いで、向かいに座るシルベストルを見るが、本当だと言うように軽く頷いた。

 実際彼女を目の前にしてさえも、目を患っているなどとは考えられない。二人して騙しているのではとも考えるが、イザークにそれをする理由も見当たらない。


「私が今自由に動けるのは、向かいの離れとこのお屋敷だけなのです」


 そう言ってリーディアは目を伏せた。

 しかし領主邸だけとはいえ、その広さは相当なものがある。

 ぼんやりの解釈は人それぞれだろうが、視力が奪われた中でそれを周りに悟られることなく行動していたなどとは、そのことを知ってもなお信じられなかった。


「今この時もトゥーレ様を始めとするお歴々の騎士様方は、命を賭けて戦っておられます。わたくしたちには先年命を救われた恩がございます。本来であれば皆様方の(ほこ)あるいは(たて)としてその恩に報いたいところですが、このような身体ではかえって足手まといになってしまいます」


 口惜しそうに表情を歪めたリーディアは、大きく息を吐くとカップを手にし、ソーサーごと胸元まで持ち上げ、ゆったりとお茶を口にした。

 軍装姿でお茶を飲む違和感を抜きにしても、彼女の優美な所作は先ほどの話を聞いてなおイザークには信じられなかった。


「これでもたくさん練習しましたの」


 彼女を凝視していたからだろう。

 リーディアは、ニコリと微笑むとそう言ってはにかんだ。

 思いがけず目が合ってしまい年甲斐もなくドギマギしてしまったイザークは、誤魔化すように残ったお茶を一息に飲み干すのだった。


「亡命軍を投入することは分かり申した。しかしひとつだけ、彼らには致命的な弱点がございますな?」


「問題? ですか?」


 そう言ってリーディアはこてりと首を(かし)げた。


「そうです。ウンダルの騎馬隊といえば他国にも聞こえる程の強さを誇ります。兵力が少ないとはいえストール軍が舐めてかかれば痛い目を見ることになるでしょう。しかし、残念ながら彼らはこの土地を知りません」


 地の利という言葉があるように、戦地を知っているのとそうでないのとの差は大きい。素早く移動できるということもあるが、よりよい陣地を押さえることで戦いを有利に運ぶことができるからだ。

 ドーグラスにしても何年も前からカモフに斥候を放って入念に下調べし、詳細なカモフの地図を作成していた。そんなところに土地勘のない彼らが出向いたところで、本来の戦闘力を発揮することは難しいだろう。


「道案内のできる経験豊富な騎士が入り用ではございませんか?」


「そうですね。そういう方がいらっしゃればぜひお願いしたいと存じます」


 片目を(つぶ)ってニコリと笑うイグナーツに、花が咲いたような笑顔でリーディアは微笑んだ。


「ですが、よろしいのですか?」 


「ええ、本日シルベストル様をお呼びしたのも、そのつもりでしたのでな」


 彼女の言葉に改めて居住まいを正すと、そう言って顔に刻まれた(しわ)をさらに深くして笑うのだった。

ギルド派からリーディアの親衛隊となったイザークでした。

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