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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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47 カントの戦い(6)

 大岩を抜けたデモルバ隊は、休息を挟みつつ山中を道を切り開きながら道なき道を進む。

 大岩のところから戦場が確認できたことが彼らのモチベーションとなり、若干だが行軍速度が上がっていた。カントが見えてからは殆ど休息をとらなかったが、それでも行軍速度が落ちることはなかった。


「足を止めるな! 手を動かせ! 道を切り開け!」


 叱咤する声に励まされながら、兵たちは黙々と戦斧(バトルアックス)槍斧(ハルバード)を振るい続けた。


――やがて


 茂みの向こう側が明るくなり、絡み合う(つた)を切り払えば視界が一気に開けた。


「抜けたぞ!」


 黙々と作業をおこなっていた兵が一転して明るい声で叫んだ。

 間道に入ってから三日目だ。

 その間野営できるような場所は一切なく、彼らは雨露を防ぐために山中に分け入って眠り、谷の底に下りて沢の水や蔦を切って(したた)(しずく)で喉を潤してきた。

 その苦難がようやく報われた瞬間であった。


 一団は全員が間道を抜けたところで小休止を取った。

 ここからカントまではおよそ五〇〇メートルほどだが、前方に張り出した林が彼らの姿を隠していた。

 斥候からの報告ではイグナーツ隊は攻勢に出ているものの、相手の火力を突破できず劣勢を強いられているとのことだ。


「よし、隊列を整えろ! 我らはこれより敵右翼に奇襲を掛ける!

 相手は四年前に我らが守るエンを炎上させた不思議な兵器を使う部隊だ。あの不思議な兵器は脅威だが、弾は遅く気を付けていれば当たることはない。

 この中にはあの当時エンにいた者もいるだろう。私はあの時の屈辱をひとときも忘れた事はない!

 よいか、これは雪辱戦である! トルスター軍に目にものを見せてやろうぞ!」


『おぅ!』


 デモルバは拳を振り上げながら、よく通る声で告げる。

 彼の率いる隊の中にはあの当時を知る兵も多い。エンからの撤退後、騎士位を剥奪され一般兵へと降格させられたデモルバだったが、それでも彼を慕う兵は多く再叙任されると彼の配下を希望する兵が殺到した程だ。

 デモルバは隊列が整うと、ルーベルト隊の右翼に猛然と攻撃を仕掛けた。




 デモルバを先頭に猛然と突撃した頃、ルーベルトは反対側の左翼でイグナーツ隊の迎撃にあたっていた。


「伏兵だって!?」


 伝令からの報告を受けたルーベルトは防衛の指示を出しながら、塹壕(ざんごう)から身を乗り出すようにして戦場を確認した。

 右翼側を見れば、林から飛び出してきた敵の伏兵が猛然と右翼側に襲いかかっていた。伏兵の数はそれほど多くないが、完全に奇襲となったために既に敵は塹壕の目前にまで迫っていた。


「ユーリ様に連絡、急げ!」


 慌ててユーリに伝令を送ったルーベルトは、身を乗り出したまま戦場を見渡した。そしてひとつ(うなず)いて塹壕に身を隠すと、腰にぶら下げていた短銃を取り出し、躊躇(ちゅうちょ)することなく空へ向けて放った。


――ピュウリリリィィィ・・・・


 気の抜けた音で放たれた弾丸は、赤い尾を引きながら甲高い音と共に上空へと登っていった。そして意外にもさばさばした表情を浮かべながら側近たちを振り返った。


「撤退だ! 急げよ」


 そう短く告げたルーベルトは、自分の魔砲や鉄砲を担ぐようにして素早く塹壕内を移動していくのだった。

 あまりに簡単に撤退を告げてあっさりと去って行ったため、残された側近はしばらく呆気にとられていた程だ。


「て、撤収! 撤収だ!」


 我に返った側近たちが慌てて周りに告げると、ルーベルトと同様に信号弾を上空に放ちながら急ぎ撤退の準備をおこなっていく。

 とはいえ猛攻を受けてる真っ最中の戦線をそのまま放ってはおけない。

 彼らは交代で迎撃しながら、少しずつ退路を引いていく。逃げ腰になりながらも組織だった抵抗によりイグナーツ隊に付けいる隙は与えず、損害を最小限に抑えて撤収することに成功したのである。


 一方、デモルバの奇襲を受けた右翼隊は苦戦していた。

 突然現れた敵の軍勢に混乱したのも束の間、素早く迎撃態勢を整えた。しかし敵の勢いは激しく、多少の損害をものともせず突撃を繰り返してくる。


「何なんだ、こいつら!」


「止まんねぇ!」


 断続的な攻撃で少なくない犠牲が出ているにもかかわらず、デモルバ隊の勢いは止まらない。

 元々兵力では圧倒的に敵の方が多いのだ。火力で勝っているとはいえ、犠牲を顧みず攻め立てられれば耐えられるものではない。

 守備兵は必死になって迎撃しているが、ジワジワと迫ってくる敵兵に金切り声を上げながら鉄砲を撃ち続けていた。


――ピュウリリリィィィ・・・・


 必死で迎撃している彼らの頭上に、赤い尾を引きながら立て続けに信号弾が飛んだ。


「ユハニ様、信号弾です!」


「色は!?」


「赤です」


「赤だと!?」


 必死で迎撃していたユハニは、その声に思わず空を仰いだ。

 見上げれば青空に確かに赤い煙が棚引いていた。

 赤い信号弾は撤退の合図だ。

 だが、この状況で撤退するのは至難(しなん)(わざ)だ。撤退の際に一緒に敵兵を引き入れてしまう恐れがあるからだ。


「お前たち撤退だ!」


 撤退命令に戸惑った彼らの所へ、腰にぶら下げた銃器をカチャカチャと鳴らせたルーベルトが現れるとユハニらに撤退を告げる。


「ルーベルト様! しかし!」


 ルーベルトの言葉を聞いても、尚戸惑った顔を浮かべてユハニらは顔を見合わせる。


「心配するな! 援護は頼んでおいた」


「!?」


 迎撃に加わったルーベルトがそう言った時だ。頭上を銃弾や砲弾が飛び越え、前方のデモルバ隊へと降り注いだのだ。振り返れば後方のカントからの援護射撃がおこなわれていた。

 怒濤の勢いで攻撃してきていた敵兵も、流石に意表を突かれたのか怯んだ様子で一瞬勢いが削がれた。


「よし今だ! 順次撤退!」


 援護射撃に気を取られることなく攻撃を加え続けていたルーベルトが、ユハニたちに短く告げると引き続き鉄砲を構える。


「今のうちに急いで下がれ!」


「ルーベルト様はどうするのですか!?」


 まるで自分はこのまま残るというようなルーベルトの言葉に、思わずユハニが聞き返した。


「皆の撤退が先だ! 私はギリギリまで粘る!」


「なら私も残ります!」


 どれだけ普段残念な言動が多かったとしても、トルスター軍にとってルーベルトの存在は大きなものになっている。

 現に兵が扱う鉄砲も魔砲もルーベルトがいなければ、開発が進まずこれほど多く用意できていなかった筈だ。最もそのせいで彼らは最激戦地となることが予想されたカントに配置されたのだが、ここまで互角以上に戦えているのは、彼が開発した火器の力が大きかった。

 今後のことを考えれば、ルーベルトを失うことはトルスター軍全体にとって大きな損失となる事はユハニならずとも解ることであった。 


「大丈夫だ! ユハニは兵を率いて下がれ」


「しかし!?」


 ユハニたちの心配を余所(よそ)にルーベルトは後を振り返ることなく、嬉々として鉄砲を放っていた。戦場に一人残して後退することに抵抗があるユハニがしつこく食い下がった。


「問題ない! すぐにお迎えが来る」


 そう言った時だ。

 通路の奥から五式銃を手にしたユーリが姿を現した。


「待たせたか?」


「いえ、丁度いいタイミングです」


「よし! 配置に付け!」


 ユーリの声に合わせて数名の兵が続いて通路から現れ、素早く塹壕内に展開していく。続いて現れた彼らも皆、それぞれ五式銃を手にしていた。


「ユーリ様!」


「ユハニか、お前は撤退しろ。ここは我らで時間を稼ぐ」


 五式銃は通常の鉄砲よりも口径が倍になっていて、ちょっとした大砲を手持ち兵器にしたようなものだ。そのため射撃の際の衝撃が大きく、長らくルーベルトしか使い手がいなかった兵器だった。

 断続的な改良と彼以外の射撃手育成を目指してきたが、時間的に余裕がなく現在射撃できるのは、ユーリを含めても十名に満たなかった。

 そのため射撃手はまだまだ貴重なため、今回はルーベルト以外の射撃手は、全てユーリと共に本陣に待機していた。先ほどの信号弾を合図に支援のため前線に移動してきたのだった。

 ユーリの言葉で前線を確認すれば援護射撃に怯んでいた敵が、再び攻勢を掛けてきていた。


「よし、準備はいいな!」


 ルーベルトの声に合わせて十名足らずの射撃手が一斉に五式銃を構える。

 五式銃の威力を知っているユハニだが、この僅かな人数で果たして時間稼ぎができるのかどうか分からなかった。だが殆どの兵が撤退してしまった今、敵を防ぐ事ができるのは彼らしかいないのも事実だ。

 ユハニは通路で立ち止まり、五式銃を構えるユーリらを振り返った。


「よし、撃てぇ!」


 これまでと違って引きつけることなく射撃の指示が下った。

 若干仰角を付けて放たれた弾丸はすぐに放射状に広がり、突撃しつつあったデモルバ隊へと降り注いだ。


「うわぁ!」


 デモルバ隊の頭上から降り注いだ五号弾からは、鉄屑などに混じって幾つか小さい火球が開いた。

 これは鉄屑の代わりに細かい魔炎石を混ぜた改良型だった。

 魔炎弾のような均一の大きさではないため、火球の大きさもバラバラで、数十センチ程度と小さいが牽制には充分な威力を発揮した。

 エンの砦で魔砲弾の威力を嫌というほど目の当たりにしていたデモルバ隊はこの攻撃を必要以上に警戒してしまい、突撃の勢いを自ら手放してしまうのだった。

 これにより充分以上の時間を手にしたユーリたちは、その後悠々と撤退していくのだった。

 トルスター軍が撤退した後、塹壕に恐る恐る近付いたデモルバ隊は、放棄されもぬけの空となった塹壕をようやく占拠することができたのであった。

 しかし彼らは、苦労して手に入れた塹壕の正体に驚くことになる。


「イグナーツ様、これは!?」


「脱出路なのか?」


 その後、合流したイグナーツと共に塹壕へと踏み入れたデモルバは、塹壕から延びる通路を前に戸惑った声を上げた。

 通路は蛇行するように掘られていて先を見通せない。また所々破壊された形跡があるため何処に通じているか分からなかったが、塹壕内に倒れている敵兵の姿が意外と少ないことを見れば、ここを使って撤退したのだろう。


「何にせよ、これで残すのはあの城壁だけだ。あそこを抜けば・・・・」


 イグナーツがそう告げ、緩んだ士気を引き締めようとした時だ。通路の先を確認していた斥候が、血相を変えたように駆け戻ってきた。


「こ、この先にもうひとつ塹壕があります!」


 トルスター軍の塹壕は、二重に掘られていたのであった。

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