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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
141/204

45 カントの戦い(4)

 イグナーツ隊第二陣のサムエルが攻勢に出ると、途端にユーリ・ルーベルト隊は大混乱に陥った。

 緒戦に圧勝したことで全体に楽観的な気分が広がっていたことは否めない。

 しかし指揮を執るルーベルトにせよユーリにせよ、ここまで翻弄(ほんろう)されるとは思っていなかった。

 ラドミール隊が壊滅したことを目の当たりにしたサムエルがおこなった事は単純だ。

 得意とする密集体勢での突撃ではなく、広く散開させての攻撃へと変えただけ。それに加えヴァルトル隊とミハル隊が、戦場を左右に横断しながら牽制をおこなった事も混乱を加速させた要因となった。

 たったそれだけの事で、凶悪な威力を誇った火力が無力化されてしまい、トルスター軍は防戦一方へと追いやられてしまったのだ。


「くそっ! 当たらねぇ!」


「そっちに行ったぞ!」


「お、落ち着け! 惑わされず目の前の敵に集中するんだ!」


 兵たちは狙いが定められず、迫り来る敵兵に大混乱に陥って効果的な反撃ができずにいた。

 陣を守る馬防柵(ばぼうさく)拒馬(きょば)が次々に引き倒され、陣形はずたずたに切り裂かれていく。

 そして程なくして敵軍に突破を許してしまった。


「ようし、一気にカントを落とすぞ!」


 ここを好機と見たヴァルトルは、戦場を横断するように動かしていた部隊を突撃体勢に組み直していく。


「カントを落とせばサザンは直ぐ目の前だ。行くぞ!」


『おう!!』


 五〇〇という小部隊が功を奏し、いち早く攻撃体勢を整えたヴァルトルがカントに向けて部隊を進めた。

 左右に目をやるとサムエル隊は転回中、ヴァルトルと同じ五〇〇を率いるミハル隊もまだ体制を整えている最中だ。一足早く組み替えが終わっているヴァルトルは、友軍を出し抜けた事にニヤリと凶悪な笑みを浮かべると自隊に突撃を命じるのだった。




「ん!? 何だ!?」


 部隊の前方、荒野に帯状のものが横たわっているように見えた。

 初めは堀でも掘られているかと考えたが、堀にしては幅は精々二、三メートル程度しかなかった。


「そんな溝で我らを止められると思うな!」


 ヴァルトルは迷うことなく溝は飛び越えられると判断した。

 彼は右手を軽く挙げ、部隊にそのまま進むよう指示を出すと、愛馬に拍車を押し当てて速度を増していく。その動きに(なら)って部隊全体が速度を上げていった。


「なっ!?」


 溝が近付いてくると、そこに多くの敵兵が身を潜めているのが明らかとなった。そしてその敵兵はほぼ例外なく銃口をこちらに向けている。


(まず)い! 引き返せ!」


 焦ったヴァルトルは叫ぶと同時に手綱を引いた。

 愛馬が(いなな)きと共に竿立ちとなるのと、銃口が火を噴くのはほぼ同時だった。


『ダダダーーーーン』


 銃声が響き渡ると、まるで緒戦の惨劇が再現されたかのようにそこかしこで兵が倒れていく。その中にはヴァルトルも含まれていた。

 彼は愛馬と共に銃弾に貫かれてたまらず落馬する。銃弾は急所を外れていたものの、運悪く倒れてきた愛馬の下敷きとなってしまう。


「ヴァ、ヴァルトル様!?」


 銃撃を運良く(まぬが)れたヴァルトルの側近が慌てて駆け寄る。

 しかし馬の下敷きとなった彼は既に虫の息だった。

 側近が馬の下から必死で救い出すが、ヴァルトルに意識はなく胸骨が砕けているのか胴体が不自然な形に陥没してしまっている。


「ごぶっ・・・・」


 咳き込むと同時に血の塊を吐き出したヴァルトルは、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。もはや一刻の猶予(ゆうよ)もないことは明らかだった。だが銃撃が止まない中、瀕死のヴァルトルを連れて後方に脱出するのも至難の業だ。


「ぐっ!」


 倒れた馬の影に身を潜めていたが、銃弾が頭を掠め額当てを飛ばされる。

 ヴァルトル隊に続こうとしていたサムエル隊、ミハル隊はこの状況を目の当たりにして回避行動を取りながら後方へと下がっていく。

 トルスター軍は溝に沿って身を隠して横に展開しているため、緒戦でラドミールを殲滅(せんめつ)したような圧倒的な打撃力はない。しかし近付くまで身を潜めて姿を隠していたように、ヴァルトルは完全に不意を突かれ壊滅的な打撃を受けてしまった。


「くそっ! 塹壕(ざんごう)なんぞにやられるとは・・・・」


 側近が吐き捨てたように塹壕に身を潜める戦い方は、戦術として古来からあるやり方だった。それは攻撃よりも守備戦術として拠点防衛などに使用されてきた。

 それに気付かずに迂闊(うかつ)に近づいたヴァルトルの失態だったが、火器兵器の充実したトルスター軍が使用すれば、射撃手はその姿を敵から隠しながら凶悪な攻撃力を発揮できることなる。側近はそのことを目の当たりに戦慄(せんりつ)を覚えるのだった。


「一旦引くぞ!」


 彼は生き残った兵をまとめると、瀕死のヴァルトルを庇いながら這々(ほうほう)の体で引き上げていく。

 その後、数度にわたり戦線の突破を試みたイグナーツ隊だったが、凶悪な銃弾のカーテンを突破することができず、日没と共にカントでの戦いの一日目は終わりを告げた。






 その日の戦闘終了を確認したルーベルトは、見張りに『夜襲への警戒を怠るな』と命じると、疲れ切った表情でカントへと引き上げてきた。


「お疲れっ!」


 出迎えたユーリが、軽い調子で告げながら水の入ったボトルを投げ渡した。

 取り落としそうになりながらも何とか掴んだルーベルトは、栓を開けて水を一息に飲み干すとほっとしたように大きく息を吐く。そしてジトッとした目でユーリを睨んだ。


「そんな顔をするな。兵が見てるぞ」


「ちょっと愚痴(ぐち)くらい聞いて下さい。ホントに大変だったんですよ」


「いいじゃないか。その分一日中鉄砲を撃てたんだろう?」


「それはそうなんですが・・・・」


 ルーベルトは部隊の指揮を執りながらも、鉄砲を撃っていたのだ。鉄砲だけではなく部隊の指揮も任されていたため、流石に撃ち続けるという訳にはいかなかったが、それでもユーリから指摘されると若干嬉しそうな顔を浮かべた。


「ならいいじゃないか」


 ユーリはそう言いながら自身のボトルに口を付ける。

 どことなく面白がってる風に見えるのは、彼らの主の影響だろう。


「やっぱり私は鉄砲だけを撃っていたいです。明日は軍の指揮を任せてもいいですか?」


「馬鹿を言うな、却下だ!」


 ルーベルトの希望をユーリは即座に否定する。

 今日の戦いでは、前線はルーベルトに任せて自身は後方で支援に動いていた。危機になれば即座に動けるよう準備はしていたが、意外にもルーベルトが巧みな用兵を見せ混乱なく塹壕での戦いに移行できたため、初日はユーリの出番が訪れることはなかった。

 人材不足のトルスター軍だ。

 経験が少なくてもそのような才能を見せられたら使わない手はない。トゥーレでなくともそんな人材をみすみす遊ばせることはしない。現に今日の戦いではルーベルトのおかげで、ユーリは全体に目を配ることができたのだ。


「やっぱり駄目ですか・・・・」


「そりゃそうだろう。あれだけの用兵を見せておいて楽ができる訳がない」


 無下に断られたルーベルトも本気で言った訳ではないのだろう。口を尖らせながらもあっさりと引き下がった。


「敵はこちらの弱いところばかり狙ってきましたからね。必死で対応してただけですよ」


「そうは言うが、分かっていても対応するのは簡単じゃない。本来は戦況を把握することすら困難だと思うぞ」


 実際ユーリ自身はルーベルトほど戦況を把握できていたかと言われれば疑問符が付く。訓練での模擬戦闘では、クラウスやヘルベルトからは合格点を貰えているユーリだったが、それはあくまでも訓練での話だ。

 今日の戦いではどちらかと言えば、ルーベルトの采配(さいはい)によって気付かされたことの方が多かった。そういう意味では現状では、ユーリの危機意識はルーベルトよりも高かった。


「何にせよ今日生き残ったんです。明日またやってやりますよ!」


「そうだな。明日も厳しい戦いになりそうだ」


 二人は篝火(かがりび)に浮かび上がる敵陣を見つめながら、明日への意欲を搔き立てるのだった。

カントの戦い一日目終了

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