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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
139/204

43 カントの戦い(2)

「何だあれは!? トルスター軍は素人の集まりか?」


「守将はユーリ・ロウダ卿というらしいが、なんでも坑夫上がりだという噂だぞ!」


「何だそりゃ! それが本当なら本気(マジ)で素人じゃねぇか!」


「トルスター軍はそんなのを引っ張り出さなきゃいけないほど人手不足なのか」


 その様子をひと目見た兵の間から馬鹿にしたように(わら)いが起こった。

 数日間悩まされた(もや)もカント付近では晴れていて、前方に布陣するトルスター軍の陣容を(うかがう)うことができたのだ。

 約三〇〇〇名のユーリ・ルーベルト隊は、カントを中心に放射状に広く展開させていた。対する先鋒のラドミール隊の数もほぼ同数の三〇〇〇名。

 同数の軍勢による対峙となっているが、ラドミールの後ろにはイグナーツの本隊も含めた三段構えで軍勢が控え、総数一二〇〇〇名の大軍勢であった。

 守備側としては要塞化したカントに籠もることが定石だったが、トルスター軍はカントを出てアーリンゲ川を渡り、荒野に布陣する道を選択していた。

 ストール軍は野営位置からゆっくりと軍を進めるにつれて敵陣の全容を窺うことができた。

 陣の前には馬防柵(ばぼうさく)拒馬(きょば)で防御を固めていて、所々には大砲が設置されているのが見える。しかし火力の装備率で勝るトルスター軍とはいえ、ただでさえ少ない兵力を広く展開させているため、兵力の厚みが圧倒的に足りていないように見えたのだ。

 当然それを見た兵から馬鹿にしたように嘲笑(ちょうしょう)が湧き起こる。


「あんなの俺らだけで突破できんじゃね?」


「だな! 一番槍は俺が貰うぜ!」


「抜かせ! てめぇは俺の後ろからゆっくり歩いてこいや!」


「坑夫上がりとかいう騎士の首は俺がいただいた!」


 兵たちは相手に聞こえるように大声で罵りながら前進していく。

 指揮官は(はや)る兵を必死で抑えながら歩を進め、やがて敵陣まで五〇〇メートルの距離で止まった。

 五〇〇メートルはこの時代の鉄砲の最大射程と言われる距離だった。ここを境界に先に進めば戦場という名の死地となる。

 最大射程とは銃弾が到達可能な距離をいい、鉄砲の場合は仰角をとり撃ち出された銃弾が山なりの弾道を描いて到達する距離をいう。狙って命中させることはほぼ不可能だが、命中すれば致命傷となる可能性がある。

 対して有効射程距離というものがあり、命中精度や殺傷力が維持できる距離をいう。この時代の鉄砲の有効射程は二〇〇メートル程度と言われていた。

 ちなみに弓だと最大射程は四〇〇メートル程度となり、有効射程は(わず)か八〇メートルほどとなる。

 実際にはそれぞれに長所と短所があるため一概には言えないが、鉄砲は弓の上位互換(じょういごかん)と言われる所以(ゆえん)でもあった。




「まだだぞ。まだ撃つなよ!」


 望遠鏡から目を離したルーベルトが上擦(うわず)った声で、逸る部下に下知を飛ばす。

 彼らの目の前には騎馬に跨がったイグナーツ隊自慢の先鋒の姿がはっきりと見ることができた。

 イグナーツ隊は殺気という重圧を待ち構える彼らに容赦なく浴びせかけていた。

 気を抜けば引き金に掛けた指が、意思に反して反応してしまいそうになる。

 近付いてくるにつれて相手の嘲笑する声が大きく(かん)(さわ)るが、その時が来るまで必死で(こら)える。

 心理的な影響からかやけに近くに見えるがまだまだ距離は離れている。焦って引き金を引いても当たることはないだろう。銃を構える兵たちはゴクリと生唾(なまつば)を飲み、必死で殺気に耐えながらその時が来るのを待っていた。




 しんと静まり返った時間が流れていた。

 キリキリと引き絞られた弓のように、暴発寸前の両軍が身動ぎすらせずその時を待っていた。


「まだよ! まだよ! ・・・・」


 イグナーツ隊の切り込み隊長であるラドミールは、(たか)ぶる気持ちを抑えるように同じ言葉を繰り返していた。

 イグナーツの麾下(きか)を長く務めている彼は、隊の中でも切り込み役を担うことの多い剛の者として知られていた。

 彼は率いる軍勢の先頭に立ち、矢や銃弾の雨の中をものともせず、(きり)のように敵陣深く切り込んで行くのだ。

 その戦闘スタイルから身体中に傷は絶えず、左足はいつからか自由に動かすことができなくなっていたが、それでも戦場に立ち続けていた。そんな彼の姿に味方は奮い立ち、対陣する相手を恐怖に突き落とす。文字通り切り込み隊長なのだ。

 多くの兵が(にら)み合っている中、異様な緊張感と静けさが両軍の間を支配していた。『ゴクリ』と生唾を飲む音すらも大きく響き、張り詰めた緊迫からか向かい合っているだけで(あご)の先から汗が(したた)り落ちた。

 そうして睨み合うこと数分。

 たった数分間だが我慢の限界を迎えたラドミール隊は、ジリジリと前に出始める。そんな中、遂に切望していた下知が戦場に響き渡った。


「ようし、よく我慢した! 一気に蹴散らすぞ! 突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


 ラドミールが満を持したように叫ぶと、先鋒は一塊の黒い雪崩(なだれ)となって、地の底から響くような叫び声を上げ、土埃(つちぼこり)を巻き上げながら疾走し始めた。


「まだ撃つなよ! できるだけ引きつけろ!」


 迎撃の指揮を執るルーベルトは、死が怒濤(どとう)の如く迫り来る中、上擦った声を上げながらも冷静に戦況を見極めていた。

 彼はおもむろに右手を高く掲げ、いつでも下知を下せる体勢になる。

 鉄砲を構える兵たちも逃げ出してしまいたくなる恐怖に抗い、ルーベルトを信じて照準から目を離さずに前方を睨み付けている。敵兵から放たれる銃弾が至近に着弾し始め、擦過音(さっかおん)に思わず首を竦める。

 運悪く銃弾に倒れる兵が出始めるが、ルーベルトの右手は動かない。

 やがて地響きを伴いながら敵が目の前に迫ってくると、待望の右手が振り下ろされた。


「てぇぇぇっ!!」


 ルーベルトが短く叫ぶと、轟音(ごうおん)と共に彼が心血を注いで作り上げてきた火力兵器が一斉に火を噴いた。


『ガァァン・・・・!』


 圧倒的な暴力の最初の餌食となったのは、軍勢の先頭を往くラドミールだった。

 飛来した弾丸が頭部に直撃し、頭部を守っていた額当(ひたいあ)てを弾き飛ばしたのだ。

 幸い吹き飛んだ額当てのお陰で頭部への致命的な損傷を避けることができたが、その衝撃は一瞬だったがラドミールの意識を飛ばし、馬の背に伏せていた上体を起き上がらせてしまった。

 手綱は辛うじて手放さなかったものの、その僅かな間が致命的な隙を生んでしまう。


「ラドミール様!?」


 ラドミールの様子に気付いた彼の側近が慌てて落馬しないよう彼の背中を支え、落馬しそうになっていた身体を押し上げた。

 周りでも銃撃に遭い落馬する者が多数出て、その側近も右上腕部を銃弾が掠めていたが、彼は主人であるラドミールの無事を優先した。

 彼が左腕で身体を支えた時、すでにラドミールは意識を取り戻していた。支える手の感触からラドミールが無事なことに安心したその側近は、支える腕を放して傍を離れた。

 その瞬間だ。

 飛翔スピードの違いにより遅れて飛来した魔炎弾がラドミールに直撃した。

 側近は目の前で火球に包まれるラドミールを見てしまった。

 彼の伸ばしたままの左腕が火球に飲まれ、真っ黒になって肘の先からボロボロと崩れ落ちてしまうが、それに気付かないくらい目の前の光景を呆然と見つめていた。


「ラ、ラドミール様!?」


 慌てて叫ぶが、火球が消えた先にラドミールの姿はすでになかった。それどころか魔炎弾の余波で、彼自身も左半身が赤黒く焼け(ただ)れ、騎乗する馬諸共荒野へと投げ出されたのだ。


「ぐぅぅっ!」


 半身の激痛に顔を(しか)めながらも何とか上体を起こした彼が見た最後の光景は、この世に地獄が顕現(けんげん)したかのような光景だった。


「か、母さん! 助、けて・・・・」


「オット!? オットどこだ!?」


「カミラ・・・・」


 幼さの残る新兵が、母親の名を呼びながら空に向かって右手を伸ばしていた。

 自らも大火傷を負いながらも、狂ったように親友らしき者の名を呼んで探し回る青年。

 血まみれの手で手紙を取り出し、恋人らしき名を呟きながら息絶える若者。

 敵軍を蹴散らそうと意気軒昂(いきけんこう)に突撃していたラドミール隊が、一斉射を受けただけで壊滅(かいめつ)していたのだった。

 動ける者は彼を含め僅かで、五体満足な者は皆無という有様だ。

 正に全滅と言って差し支えない状態だった。


「こんな、馬鹿な・・・・」


 やがて膝立ちで呆然とする側近を一発の銃弾が無慈悲に撃ち抜いていった。

馬鹿にしてたストール軍ですが、手痛いしっぺ返しを喰らいました。

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