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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
138/204

42 カントの戦い(1)

 太陽が谷の稜線(りょうせん)の影に入り、辺りが黄昏(たそがれ)に染まりはじめた頃、湖と林に挟まれた狭いタステ狭道からカント側の荒野へとイグナーツの軍勢が姿を現した。

 黒く(うごめ)く軍勢は荒野に入った所で移動を停止すると、その場で防御のため柵を設置し野営の準備に取り掛かった。


「もう少し道中で警戒してくれると良かったのですが」


「相手はあの隻眼(せきがん)(とら)殿だ。そこまでこちらの目論み通りにはいかんだろう?」


「明日から忙しくなりそうですね」


 敵の野営設営を確認していたユーリの言葉に、一緒に確認していたルーベルトは残念そうに肩を竦めた。

 イグナーツ隊一二〇〇〇名に対して、ユーリ・ルーベルト隊は三〇〇〇名と四倍の兵力差がある。ましてやイグナーツと言えば『隻眼の虎』という異名が広く知れ渡るほどの人物で、ストール軍最強との呼び声も高い。

 彼はふたつ名が示す通り隻眼で、左目は初陣の際に敵の刃によって失っていた。顔の左側には眉の上から頬にかけてその時の傷痕が大きく残っていて、左目は隻眼の示す通り大きな黒い眼帯で覆って保護していた。

 武官として片目を失うことは致命的だったが、彼にそれは当てはまらなかったらしい。

 片目を失った後も彼は戦場に立ち続け、その風貌と高い武力から遂には異名で呼ばれるようにまでなった人物だった。

 ただでさえ兵力が少ない上に相手はその隻眼の虎だ。ユーリとルーベルトの目下の悩みは、兵力差だけでなくその異名に飲まれて戦う前から士気が下がっていることだった。


「さて、本格的に戦闘になるのは明日からだろうが、夜襲には充分警戒するようにな」


 こちらが行うならばともかく、明らかに格上のイグナーツが夜襲は掛けて来ないだろうとユーリは考えていたが万が一と言うこともあり得る。

 長い時間を掛けて準備していた戦術が油断して失敗しましたでは、トゥーレはもちろん一足先にヴァルハラへと旅立ったザオラルを始めとする歴々の騎士たちに顔向けができない。

 ユーリは周りに集まってきた彼の側近たちに最大限の警戒を行うよう伝えるとルーベルトを伴ってカントに設置している本陣へと一旦下がっていった。


「やはり士気の低下が問題ですね」


「お前がそう思うんなら相当だな」


 二人は前線を守る兵の表情に、諦念(ていねん)が浮かんでいることを苦々しい思いで見ていた。敵は四倍の兵力を誇り、うまくそれを退けたとしても後から二軍、三軍と続いてくる。しかもそのどれもが彼らよりも兵力が多いのだ。

 対して彼らには援軍も期待できず、三〇〇〇名をやりくりするのみ。しかも彼らが敗れてしまえば、サザンまでは無人の荒野が広がるだけだ。


「まったくトゥーレ様は、何て仕事を俺たちに任せるんだ!」


「兵の中には我らは捨て石にされたと吹聴(ふいちょう)する輩もいました。速攻で否定しておきましたが効果は、まぁ無いでしょうね」


 そう言って二人して盛大に溜息を吐く。

 彼ら二人が必死で引き締めを計っても、経験も実績もイグナーツに比べて遙かに見劣りするユーリたちでは求心力に乏しく立て直す事は難しかった。

 トゥーレは適材適所で側近を配置したつもりだろうが、彼も経験だけで言えばユーリと似たり寄ったりだ。机上でのシミュレーションでは上手くいったとしても、実際に戦うのは名も無い兵たちだ。彼らにも愛する人や大事な家族がいる。強敵を目の前にした心理状況を読み切れていなかったのである。


「一人わくわくしてるお前の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ」


「それは勘弁してください。肝心の鉄砲が撃てなくなります!」


 ユーリはそう冗談を言いながら力なく笑みを浮かべる。

 敵を前に自慢の鉄砲を披露できると意気込むルーベルトだけが、この場で緊張からほど遠いところにいた。

 ユーリは冗談めかしていたが、案外本気で爪の垢を煎じるつもりかも知れないと、ルーベルトははっきりと拒否しながら心の片隅で考えていた。


「ルーベルト」


 ユーリがルーベルトに向き直る。

 表情からは笑みが消え、思いの外真剣な表情だ。それを見てルーベルトも表情を引き締めて足を止めた。


「明日はまず雰囲気を一変させたい」


 それを聞いたルーベルトは思わず顔がほころんだ。


本気(まじ)ですか?」


「ああ、初手だけだが派手にやって、兵の目を覚まさせてやってくれ!」


 そう言うとユーリは右の口角を上げてニヤリと黒い笑顔を浮かべた。それを見たルーベルトも呆れた様な笑顔を見せる。


「やっぱりユーリはトゥーレ様にそっくりだ!」


「それはそうだろう! なんせトゥーレ様は俺の義兄様(あに)だからな」


「うわぁ、遂に認めたよ」


「もういい加減否定するのも飽きた」


 そう言うと二人の笑い声が辺りに木霊するのだった。






「やはり、もう少し出陣は待たれた方が良いのではありませんか?」


「くどいぞ、ジアン! 出陣は閣下の意思である!」


「しかしイザイル様、イグナーツ様は昨日カントに到着したばかりではないですか。せめてイグナーツ様がカントを落とされるまで戦況を見守られるべきでは。さらには今日も(もや)が晴れておらず視界も悪くございます。やはりこんな中出陣するのは控えた方がよろしいかと存じます」


 イグナーツがカントに着陣した翌日早朝のことだ。

 この数日立ち籠めている靄は、この日もまだ視界を白く覆ったままだった。

 そんな中ドーグラスは早朝より出陣の命を下し、ドーグラス本隊一五〇〇〇名が慌ただしく出立の準備を進めていた。

 その行動を拙速(せっそく)として一人異を唱えていたのがジアンだった。

 彼はドーグラスの幕僚であり作戦参謀でもあるイザイルを捕まえると、出陣を遅らせるように迫るのだった。

 イザイルはうんざりした表情を隠すことなく、ジアンの意見を一蹴するが彼も簡単には引き下がらない。邪険にされながらも態度は崩すことなく、丁寧にイザイルを説得するのだった。

 ストール軍は現在、カントにイグナーツが陣を張り、ユーリとの対決が目前だ。その後方タステ狭道入口にはヒュダが待機し、イグナーツの後詰めのため狭道に入る予定だった。さらに遊撃に回ったデモルバがタステ山越えのルートを進撃中、ドーグラスの長男クスターも昨日コッカサに布陣したばかりだった。

 そこにドーグラスの出陣だ。その本隊を守る後備えとしてラドミールも控えていた。僅か五十キロメートルほどの間に味方の兵が(ひし)めき、谷を埋め尽くす勢いだったのだ。

 味方が破竹の勢いで進撃しているとはいえ、ここは敵地の只中だ。靄が敵味方双方の姿を隠しているが、靄が晴れれば敵に囲まれていたでは冗談で済まないのだ。


「正直言えば私も貴卿(きけい)の意見に近い。しかし閣下は出陣できると判断を下されたのだ。閣下の判断は絶対である!

 ならば我らがすることは閣下の意思を尊重し、万が一を防ぐ事だ。

 そう心配そうな顔をされるな。閣下は我らが必ず守る。貴卿も努々(ゆめゆめ)この地を奪われることのないよう励まれよ」


 イザイルは難しい表情を浮かべてそう答えると、最後はジアンの肩を軽く叩き(きびす)を返した。


「イザイル様・・・・」


 暫くイザイルの背中を見つめていたジアンも、やがて踵を返すと自らの役割を全うするため歩を進めるのだった。

 その後、カントでユーリたちとイグナーツの戦いが始まった頃、ネアンでは靄に紛れるようにドーグラスの本隊が静かに出陣していった。

ドーグラス出陣!

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