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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
136/204

40 タステ狭道(2)

 アーリンゲ川とカントの間に壁のような防壁ができていた。

 防壁の高さは最大十メートル、幅は三〇〇メートル近くになる。川を堀と見立てればカントを守る立派な城壁のようだった。

 防壁の幅は五メートル程度だが上には回廊が巡らされており、端から端までを行き来できるようになっていた。その回廊の中央部付近に仁王立ちしたユーリが川の向こうの荒野を(にら)んでいた。

 つい先程彼の元にトゥーレより伝令が届いていた。いよいよストール軍の侵攻が始まったと伝える書簡だった。


――ふぅ


 大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。

 相手は彼でも名前を聞いたことのあるイグナーツだ。しかも率いているのは一二〇〇〇の大軍勢とのことだった。

 予想していた相手だったが、想定していたよりも兵力が大きい。こちらの兵力は僅か三〇〇〇名だ。四倍もの敵兵力をこの三〇〇〇名で受け止めなければならないのだ。いやが上にも緊張感が増してきていた。


「流石に緊張してきましたね」


「そう言う割りには、それほど緊張してねぇだろ?」


 ルーベルトが言葉ほど緊張感の伝わらない脳天気な声で二カッと笑顔を見せていた。


「いやぁ、確かに緊張よりもいよいよ戦える嬉しさが勝って、武者震いが止まりませんよ」


「いい性格してるぜ。流石にクラウス様の血を引いているだけはある。まあそんなの関係なくお前は鉄砲を制限なく撃てるから嬉しいんだろうがな。ちょっとは指揮のことも考えて欲しいんだが」


 今回の戦いではユーリとルーベルトの二人で敵主力の相手をしなければならない。

 四倍の戦力差を(くつがえ)して勝つなどとは口が裂けても言うつもりはないし、流石(さすが)にトゥーレも命じてはいない。だが、できるだけ粘るようにとは厳命(げんめい)されていた。そのために今回トルスター軍の最大限の兵力と最大限の火力が二人に与えられているのだった。


「そこは適材適所で」


「そんなこと言ってるが、戦いが始まったら頼りにするからな。鉄砲ばかりに集中するんじゃねえぞ!」


「それは無理でしょう。指揮を執れば肝心の鉄砲が撃てないじゃないですか? それに私はユーリほど全体に気を配れる騎士を知りません」


「こいつ! 言うようになったな」


「それはそうです。私だって成長するんです」


 ユーリはルーベルトの坊主頭を軽く小突くが、ルーベルトは開き直るように胸を張る。

 ユーリが呆れるほどルーベルトは自分が鉄砲を撃つ事しか考えていなかった。しかし、彼のお陰でのしかかるような重圧は少し薄れたような気がした。


「さて、行くか?」


「そうですね。行きましょう!」


「鉄砲に夢中になりすぎて、あっさり死ぬなよ?」


「まだまだ開発したいものは山ほどあるんです。大人しく死んでやる訳にはいきません! そちらこそ簡単に死なないでくださいね」


「ははは、そうだな。エステル様に帰ると約束したんだ。石に(かじ)り付いてでも生き残ってやるさ!」


 二人とも盛大に伏線(フラグ)を立てているが、それには気付いていない様子で笑い合っていた。元々トゥーレが験を担いだりしないため、彼の若い側近たちは伏線の存在自体を知らなかったのだ。

 伏線を立てたからといって必ず死ぬという訳ではなく、割合で言えば生き残る兵もそこそこ多い。

 そもそも伏線は戦場の経験の豊富な騎士ほど大事にしている験担(げんかつ)ぎだ。彼らは戦いの前にこれを食べたお陰で前回生き残ったから、今回も生き残れるように同じものを食べるというように良い結果が出た行為を繰り返していた。

 それが一部で戦いの後の事を考えると死ぬというように都市伝説のように言われるようになったのが伏線だ。


「やっぱりユーリはトゥーレ様に似てきましたね?」


()め言葉だとしても、その評価だけは全力で否定するぞ!」


 これからイグナーツを相手にするとは思えぬほど緊張感の欠片もない二人は、そう言って笑いながら笑顔で城壁を降り、川を渡って死地へと向かうのだった。






 ネアンを発ったイグナーツは無人の野を往くが如く快進撃を続けていた。コッカサ付近に点在していた砦を撃破しながら南進し、その日の夕刻にはタステ狭道(きょうどう)の目前まで迫っていた。

 元々コッカサには防衛ラインを設定していなかったトルスター軍だったが、戦力を割いていなかった訳ではない。兵力は少ないものの付近には複数の拠点を設定し、点在する集落や穂が出始めていた麦畑を防衛していたのだ。

 しかしそれらはイグナーツの進撃を多少遅らせたものの大きな障害とならず、予定通り出陣から一日目にしてタステ狭道手前まで兵を進めたのだった。

 そこで陣を張って兵を休息させたイグナーツは、翌朝は早くもタステ狭道へと侵入した。

 タステ狭道はサザンへと続くこのタステ街道唯一そして最大の難所だ。折しも昨夜から谷には(もや)が立ち籠めていて、ほんの数メートル先も見えないほど視界が悪かった。


「この視界だ! 何処から敵襲があるか分からんぞ! 警戒を怠るな!」


 イグナーツは兵たちに警戒を(げん)にするように命じる。

 とはいえタステ狭道に侵入したものの想像以上の視界の悪さのため、結局この日の進軍を諦めて兵をコッカサの野営地に戻すしかなかった。

 行軍が足止めとなったイグナーツは、自らの陣に第二軍のヒュダ、第三軍のデモルバを呼び寄せて作戦会議をおこなった。

 すぐにイグナーツの陣へとやってきた二人は、物々しい警戒態勢に驚いた顔を見せる。だがヒュダもデモルバも、トルスター軍に煮え湯を飲まされた事のある二人だ。異常とも思える警戒態勢を見て納得の表情をすぐに浮かべた。


「この季節、靄の日が多いですがこれほど深い靄は初めてじゃ」


「いくら我が軍でもこの靄の中では行軍できん。金髪の小童(こわっぱ)め運のいい奴だ!」


 彼のユルトに姿を現したヒュダは自慢のカイゼル髭を揺らせうんざりした表情を浮かべていた。

 一方のデモルバは汚名を(すす)ぐ機会が先延ばしになったため、機嫌の悪さを隠そうともせず用意された椅子にドサリと腰を落とす。


「しかし進軍は停滞しておりますが、今更一日二日寿命が延びたところで彼奴(あやつ)の運命は同じ事よ」


「それはそうですが、私は奴に大きな借りがございます。それを返して貰うまでは怒りで夜も眠れません!」


 (なぐさ)めるように声を掛けるヒュダだったが、デモルバは興奮した様子で(まく)し立てた。

 エン砦の失陥(しっかん)によって騎士位を剥奪(はくだつ)されてしまった彼は、イグナーツ麾下(きか)の一般の兵士となり各地を転戦し武功を上げ続けた。

 それは決して簡単なことではなかった。

 時には軍勢の先陣を切って敵に突撃を敢行(かんこう)し、時には敵陣に潜入工作をおこなうなど危険と隣り合わせの任務だった。

 彼が一般兵となって四年。彼はようやくドーグラスに許され、この遠征の直前に騎士に再叙任されたのであった。


「そう慌てるな。楽しみが先に延びたと思えばいいのではないか? 今はこんな所で敵のつまらぬ策に踊らされぬようにせねばならん」


「追い詰められた奴らは何をしてくるか分かりませんからな」


 イグナーツとヒュダの二人から慰められるように諭されると、デモルバはそれ以上悪態(あくたい)()く訳にはいかず、憮然(ぶぜん)としながら口を閉じるしかなかった。


「さてと、この先がタステ狭道とかいう隘路(あいろ)だ。今日少し入ってみたが、なるほど狭道というだけあって非常に狭い。だが、ここを越えればあとは大きな障害もなくサザンまでは一直線だ」


 そう言ってイグナーツは二人を見る。


「隘路に加えてこの靄です。まずは天候の回復を待つしかないかと存じますが?」


「しかし危険なことは分かりますが、いつ晴れるか分かりません。それならば明日にでも我らが先陣を切ってご覧に入れましょう。我らの兵力ならばイグナーツ様の軍勢に比べ小回りが利きます。それに罠があったとしても、全軍からすれば我らの損害なぞ軽微なもの」


 慎重な意見を述べたヒュダに対して、デモルバが大胆にも先陣を切ると言いだした。彼らは今回編成された部隊の中で最も少ない三〇〇〇名しかない。


「それは違うぞ、デモルバ!」


 罠があった場合には切り捨ててもよいと言うデモルバだったが、イグナーツは有無を言わせぬ口調で異を唱えた。


貴卿(きけい)が敵の罠に落ちるのは勝手だ。しかし閣下から(あずか)った兵を無闇に失うのは違う!」


「イグナーツ様、それは少し言い過ぎでしょう。折角こうして騎士として一軍を与えられているのです。デモルバもそれは充分理解している筈。のうデモルバ?」


「も、もちろん、このままでは何時サザンに向かうことができるか分からぬから言ったまでのこと、誤解させたならば謝罪いたします。私とて無辜(むこ)の兵を(いたずら)に失わせようとは思いません」


 流石にデモルバはそれ以上自分の考えを通すことができず、ヒュダの取りなしもあり謝罪した上意見を取り下げざるを得なかった。


「とはいえ、デモルバの意見ももっともだ。そこで明日少しでも視界が回復していれば軍を進めようと思う」


「危険ではありませんか?」


「危険は承知よ。だが考えてもみよ。隘路で軍を展開できないのは向こうも同じだ。それに大規模な伏兵(ふくへい)を伏せるような場所もないように見える。それでも何か小細工して来るようならば我らの軍勢で踏みつぶす!」


「ならば、その役目を我に!」


 デモルバが身を乗り出すようにするが、イグナーツは静かに首を振る。


「いや、デモルバには別の役をお願いする」


「別の役目?」


「そうだ。サザンへの経路はこの狭道だけではない。道はかなり悪いと聞いているが、タステ山を左から回るルートもあるようだ」


 怪訝(けげん)そうな表情を浮かべるデモルバに、ニヤリと笑みを浮かべて別ルートへのがあることを披露する。彼は暗にデモルバには別ルートへ転進するよう命じていたのだ。


「なるほど別働隊ということですな」


「道なき道を行くようなものだが、上手くいけば狭道の出口で待ち構えているであろうトルスター軍の背後を獲ることができるだろう。この役を是非デモルバには引き受けて貰いたい」


 この意見にヒュダも納得したように相づちを打ち、イグナーツは畳みかけるように別ルートの利点を説く。

 一方デモルバは苦虫(にがむし)()(つぶ)したかのような表情を浮かべて沈黙した。

 イグナーツとヒュダの間でこの事はすでに決定事項なのだろう。

 もちろんデモルバも彼らの言い分は判る。狭いタステ狭道では並んで軍勢を進めることなど不可能だ。ここで彼が順序を守って狭道に軍を進めたとしても、敵と矛を交える機会などこないだろう。


「・・・・承知した。別働隊の件は私が引き受けます」


 暫く沈黙を貫いたデモルバだったが、やがて絞り出すように了承の言葉を発したのだった。その顔には明らかな不満が見て取れた。

 騎士に復帰を果たしてカモフ攻略の一翼を任されたのだ。ここで不満を述べてこの機会を失うことに比べれば何でもないことのように思えた。


「それでは私は準備のため、先に失礼する」


 デモルバは短くそう告げると席を立ちユルトを後にするのだった。


「さてと、予定通りデモルバを遠ざけることができましたな」


「うむ、不満気な表情は流石に隠せなかったがな。まだまだ彼奴(あやつ)も青いわ」


 イグナーツがそう言って苦笑を浮かべた。


「栄光あるドーグラス閣下の騎士には、一点の汚点もあってはならぬというイグナーツ様のお考えには感服いたします。一度騎士位を剥奪されたデモルバに万が一でも活躍されては、閣下の名誉を(けが)すことになりますからな」


 そう言ってヒュダは自慢のカイゼル髭を(しご)き、下卑(げび)た笑みを浮かべる。


「戦いでの敗北は騎士の常だ。儂も何度も敗走したことがある。しかしデモルバは敵前逃亡の(とが)で一度騎士を剥奪したものだ。それなのにたった四年の(わず)かな武功ですぐに再任してしまわれるとは、閣下のお(おたわむ)れにも困ったものだ」


「デモルバはそれを意気に感じておる様子。今ならば汚れ役でも喜んで引き受けましょう」


「そうだな、そんな扱いが彼奴にはお似合いだろう」


 そう言うとユルトには二人の笑い声が響くのだった。

順調にカモフを侵攻するストール軍ですが、流石に一枚岩ではないようです。

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