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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
135/204

39 タステ狭道(1)

 八〇〇〇の兵を率いてウロ砦攻略に向かったクスターは、砦を陥落寸前まで追い詰めていた。

 もう勝負ありと考えたクスターは、降伏勧告をおこなうつもりで一旦兵を引かせた。

 しかしウロ砦を守っていたツチラトはこれを逆に好機と捉え、百騎の決死隊を募ってクスター本陣へ突撃をおこなった。この奇襲は油断していたクスター軍にとっては正に青天の霹靂(せいてんのへきれき)となった。

 僅か百騎の軍勢に()す術もなく蹂躙(じゅうりん)された軍勢は、クスターへの肉薄を許すこととなった。

 あわやという所まで追い込まれたクスターだったが、側近たちの奮戦によってギリギリの所で撃退することに成功した。

 あと一歩まで追い詰めながらもう少しの所でクスターを取り逃がしたツチラトは、意外なことに満足気な表情で砦へと引き上げていった。その後、体勢を立て直したクスター軍の逆襲に遭ったツチラトはウロ砦と共に炎に包まれたのだった。

 ドーグラスの息子という面目を辛うじて保ったクスターは、ツチラトの生死を確認することなく疲労の(にじ)んだ憔悴(しょうすい)した表情でネアンへと帰還した。


「よくやった! ゆっくり休め」


 報告を受けたドーグラスは、不機嫌そうな表情を隠すことなくクスターに労いの言葉を掛けると、(はえ)を払うような仕草で息子を下がらせた。


「少々甘やかし過ぎたか・・・・」


「いえ、クスター様は今回が初めて軍を率いております。()わば初陣みたいなもの。予想外の反抗に遭いましたが見事立て直して勝利を収めたのです。誇らしいではありませんか」


 不満を口にするドーグラスだが、イザイルの見立ては正反対のようで手放しで褒めそやした。それでもドーグラスは彼の言い分を認めない。


「それを差し引いてもだ。奴には八〇〇〇もの兵を付けたのだぞ。僅か五〇〇の敵兵に手こずりすぎだ。今まで何を学んでいたのか・・・・」


 クスターはイザイルが言うように今回の戦いで初めて一隊を率いた。

 年齢は三十半ばを越えているが、それまでは数多くの戦場をドーグラスの傍で共にしてきた。

 ドーグラスにとっては軍を率いる姿を傍で学ばせようという配慮だったが、傍で見てるのと実際に率いるのはまったく違う。

 事実、優勢な状況では巧みな用兵を見せていたクスターだったが、敵の思わぬ奇襲に遭って軍勢が混乱すると立て直すことができず呆然と立ち尽くすだけだったのだ。

 幕僚たちの奮戦により何とか危地を脱したが、クスターに付けた有望な幕僚が数名帰らぬ人となってしまった。

 その後軍勢を立て直したクスターは、今度は一転して怒りのまま後先考えぬ力攻めをおこなった。敵の砦はほとんど抵抗する力を失っていたものの、彼は降伏すら許さず攻め続けた。

 その結果、敵兵五〇〇名は一兵残らず全滅となったがその代償も大きく、味方も死傷者を合わせると二〇〇〇名近くに達していた。


「失態はこのカモフ攻めで取り返せばいいのです。それ以上に今のクスター様に必要なのはそういう経験なのです」


「そうだな。もともと奴にはこのカモフ攻めで経験を積んで貰うつもりだったのだ。多少の失敗など糧にして貰わねばならぬ」


 息を吐いたドーグラスはそう言って無理矢理納得させると、気分を切り替えるように軽く首を振るのだった。

 予想外の抵抗により兵力を消耗したストール軍は、兵を二日間休ませると満を持してサザンへの侵攻を開始した。

 先鋒の第一軍は、イグナーツが率いる一二〇〇〇名。

 第二軍にヒュダの五五〇〇名。

 第三軍はデモルバが率いる三〇〇〇名。

 第四軍には緒戦の失態を(すす)ごうとするクスターが八〇〇〇名を率い、その後ろにドーグラスの本軍が一五〇〇〇名で続く。

 第六軍の殿にはラドスラフが八五〇〇名で続き、ドーグラスの後ろを守る。

 さらに行軍する軍勢とは別に、ネアンには八〇〇〇の兵が予備軍として控えていた。

 総兵力は約六〇〇〇〇名となる大軍勢だった。

 その軍勢の中でも先鋒のイグナーツは、国中にその名を轟かせるほどの隻眼の騎士だ。その彼が率いる兵力だけでカモフの全兵力を上回るという、トゥーレからすれば悪夢のような軍勢となっていた。

 そして第三軍のデモルバは、先年のエン砦攻防戦の責任を取り騎士位を剥奪(はくだつ)されていたが、その後のポラー攻めで目覚ましい活躍を見せ、今回のカモフ遠征前に晴れて再叙任されていた。彼は率いる兵は少ないものの、エンでの汚名を晴らそうと意気軒昂(いきけんこう)だった。

 この日の早朝、イグナーツ率いる第一軍がネアンを出立しコッカサへ向けて進軍を開始した。そしてその日の午後には第二軍のヒュダも街を発つのだった。






「いよいよ進軍が始まったか」


 薄暗い部屋の中でトゥーレは静かにそう呟いた。


『ストール軍進軍開始』


 その報告を受けた瞬間、それまで以上の重圧が両肩にのし掛かってくるようで、彼は思わず生唾を飲み込んでいた。

 この日が来ることはずっと以前から分かっていた。そのために考え得る限りの準備をしたつもりだったが、それでもどこかでこの日が来ないことを願っていた。

 ふと地図から顔を上げるとクラウスもヘルベルトも、息をするのも忘れたように血の気のない思い詰めたような表情で地図上のネアンを凝視していた。


―――パン!


 トゥーレはおもむろにひとつ手を打った。

 それは思いの外大きな音を殺風景な部屋の中に響き渡らせた。

 クラウスとヘルベルトの二人はビクリと身体を震わせて、大きく息を吸った。


「ト、トゥーレ様!?」


「と、突然大きな音を立てないでいただきたい」


 二人とも胸元を押さえながら抗議するが、トゥーレはつい先程まで彼らと同じ顔をしていたことはおくびにも出さずに笑う。


「何を終わったような顔をしている。気を抜くなよ、これからが本番だぞ!」


「はっ! そうですな」


「つい意識を持って行かれてましたな」


 トゥーレの言葉に二人は気合いを入れ直すと斥候たちを招き入れ、あれこれと指示を始める。カントで待ち構えるユーリにも伝令を送る手配をおこなった。


「さあ、俺たちの戦いが始まる。ここからは情報がものを言うぞ。斥候の腕の見せ所だぞ。蟻一匹たりとも見逃すな!」


 トゥーレがそう檄を飛ばすと、彼らは各地に素早く散っていく。

 彼らは兵ではなく元々は旅商人や農奴たちだ。

 数は少ないもののトゥーレの直属として独立しており、普段から彼の命を受けて様々な情報収集に当たっていた。彼への襲撃を事前に察知しトゥーレに危機を知らせたこともある。戦闘力には期待できないもののトゥーレの情報戦略には欠かす事のできない部隊だった。

 それほど広くない部屋に(ひし)めくように集まっていた斥候が姿を消すと、また反響音が大きくなった。壁に反響する声が部屋の大きさが広がったように感じさせ、クラウスが苦笑を浮かべる。


「さて、またここも静かになりましたな」


「後は指示を出す以外、その時が来るまでやることがなくなった」


「それは今までと変わらないですな」


「そうだな。今までと一緒だ」


 クラウスやヘルベルトは、本来ならば主力として軍勢を率いているべき存在だった。だが今回の作戦ではトゥーレとともに精兵を率いて決戦に臨むことになっているため、最終局面まで戦場に立つことは叶わない。

 ザオラルが領主だった時代から常に最前線で戦っていた彼らは、後方に控えていたことがなかった。そのためこうして開戦した後でトゥーレとともに戦況を見守っているのは非常に居心地が悪そうに身動ぎをおこなう。

 トゥーレはそれらを横目に見ながら大きく息を吐く。

 やれる限りの準備をおこなってきたつもりだが、どうしてもまだどこかに見落としがあるのではと考えてしまう。しかし戦いの火蓋(ひぶた)が切って落とされた今、できることは覚悟を決めることだけだ。

 トゥーレの溜息は(こと)の外大きく部屋に反響するのだった。

圧倒的な勢いのストール軍ですが、若干の不安材料があります。

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