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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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33 異能開花

 サトルトでの会議を終えた翌日のこと。

 トゥーレは久しぶりにリーディアの部屋へと向かっていた。

 彼の表情はこれまでと違って()きものが落ちたようにどこかすっきりした表情で、足取りもしっかりしたものであった。


「本当に兄上です。リーディアお義姉様(ねえさま)、凄いです!」


 トゥーレが部屋に通されるとリーディアはベッドではなく、丸テーブルでエステルとお茶を飲んでいた。右目はぼんやりと見えるようになってきていると聞いていたが、両目にはまだ白い包帯が巻かれたままだ。


「トゥーレ様、このような格好で申し訳ございません」


 リーディアはそう言って謝るが、着飾っていないだけでそれほどおかしな格好ではなかった。傍にいるエステルの格好とそれほど変わらないくらいだ。


「いや、気にしなくていい。だけど起きていて大丈夫なのか?」


「わたくしは病気ではありません。見えないからといつまでも寝ていれば身体が(なま)ってしまいますわ」


 リーディアは病気ではないと拗ねたように頬を膨らませた。


「そ、そうだな。し、しかし・・・・」


 リーディアの態度に慌てて取り繕うように言葉を探すが、何と言えばいいのか分からず言葉が出てこない。


「お兄様ったら何を慌てているのでしょうか?」


「いや、思った以上にリーディアが元気だったから面食らっただけだ。それよりお前は何故ここにいる?」


 セネイが用意してくれた椅子に腰を下ろし、お茶で喉を潤したトゥーレは、妹がいることに今気付いた様子で尋ねる。


「お兄様ったら酷いです。わたくしはお義姉様と女子会をしていたのです。先程まではお母様もいらしたのですよ」


「お前はそう言いながら毎日入り浸ってるのと聞いているぞ?」


「そ、そんなことありません。昨日は少ししかお邪魔しておりませんわ」


「それは毎日来ているのとどう違うのだ?」


 兄妹の賑やかなやりとりを楽しそうに聞いていたリーディアが、エステルに助け船を出す。


「エステル様はわたくしが寂しくないようにと、毎日お話相手になって頂いているのです」


「そうか、でも五月蠅(うるさ)かったり邪魔だったらいつでも放り出してくれて構わないから」


「わたくしは物ではありません」


「そうだな。普通置物は喋らないからな」


「お兄様、酷いです!」


 へそを曲げたエステルが頬を膨らませ、その様子を聞いていたリーディアが声を上げて笑った。


「まぁ、リーディアお義姉様まで」


「エステル様ごめんなさい。でも、お二人のやりとりが楽しくて」


 リーディアも兄たちがいるが、エリアスやダニエルとは歳が離れすぎていてそれほど親しくしていた訳ではない。ましてやエリアスは城を出ていたため、ほとんど顔を合わせたこともなかった。ヨウコやヴィクトルとは比較的親しくしていたが、幼少期はともかく近頃は顔を合わせれば挨拶を交わす程度で、トゥーレとエステルの二人のように軽口を言い合うような仲ではなかったのだ。

 二人を微笑ましく感じながら、気安く振る舞える関係にどこか羨ましくも感じていた。


「それよりリーディアお義姉様は凄いのです。お兄様が来る前から分かっていたのです!」


「ん? 先触れを送っただろう?」


 エステルの言葉にトゥーレが首を傾げる。

 リーディアの準備もあるため、事前に先触れをしていたので訪問することは分かっていたはずだ。


「違うのです。来訪が告げられる前に、お兄様が来られたことを分かっていたのです」


「どういうことだ?」


 エステルの説明では要領を得ないため、リーディアに説明を求めるように彼女へと目を向ける。

 リーディアは隣で頬を膨らませているエステルを気にする素振りを見せたが、トゥーレと同じように無視することに決めたようでそのまま説明をはじめた。


「トゥーレ様がいらっしゃるのが、足音で分かったんです」


「足音で?」


「はい。目が見えなくなってから、わたくし以前より音や匂いに敏感になったんです。ですから廊下を近づいてくるトゥーレ様の足音で、近付いてきたことが事前に分かったのです」


 少し照れた様子ではにかみながら彼女はそう説明した。

 (にわか)には信じがたい話だが、視力を失ったことでその分他の感覚器官の感度が向上したらしい。

 初めは鋭い感覚に戸惑っていた彼女だったが、慣れてくると聞いたことのある足音ならば、その足音で誰かまではもちろん、その人物の体調や気分などもなんとなく分かるようになってきたらしい。


「アレシュやベルナルトはもちろんですが、トゥーレ様をはじめエステル様やテオドーラ様、それからいつもお部屋にはお入りになられませんが、ユーリ様の足音でしたら分かるようになりました」


「凄いじゃないか!」


 指折り数えながら足音を覚えた人物を述べていく。

 その顔は目を覚ましたばかりの不安で心細さを感じた表情ではなく、フォレスでよく見せていた表情に近かった。


「目が見えなくても、色々とできることが増えてくると楽しいですわ」


 包帯で覆われているため細かい表情は窺う事ができないが、彼女が本当に楽しんでる様子がわかり、トゥーレはここ最近悩んでいた事がとても小さい事のように感じて馬鹿らしくなり軽く溜息を吐くのだった。

 リーディアは日に日にできることが増えているようで、先日は遊び感覚でいくつか並べた食材の中から、傷んだ食材のみを嗅ぎ当てたらしい。


「そんなこともできるのか? もしかしたら食事に毒を入れられてもわかるんじゃないか?」


 食事は生きるためには欠かせないものだが、為政者にとっては常に毒殺の危険が付きまとう。そのため彼らが食すものは事前に毒味をおこない、安全を確かめてからでないと口にすることはできないのだ。

 本当に匂いで毒殺を防ぐことができるなら、安心して食事を口にすることができる。冷えた食事を口にすることの多い彼らにとって、その能力は垂涎の的(すいぜんのまと)となるに違いなかった。


「慣れればできるかもわかりませんね。ただ、わたくしは匂いがきついものはちょっと苦手です。それよりも今は、杖や介助なしで歩く練習をしているのです」


 そう言うと椅子から立ち上がり、トントンと右の踵を踏み出したあと、おもむろに壁に向かって歩き始める。


「リ、リーディア!?」


「お兄様、大丈夫です」


 壁に向かって勢いよく歩いて行くリーディアに思わず声を上げるが、それをエステルが制止するように口に人差し指を当てる。


「・・・・」


 静かに見守るトゥーレたちの前でリーディアは壁の寸前で静かに止まると、くるりと彼らの方向に向き直り優雅にカーテシーを決める。その動きはまるで見えているかのような洗練された動きだった。


「トゥーレ様、どうですか?」


「ぶつかってないよな?」


「見ておられたでしょう? もちろんぶつかっておりません」


 顔を上げたリーディアは、信じられない様子のトゥーレにニコリと微笑むと、壁際から真っ直ぐに彼に近付き、先ほどと同じように直前でピタリと止まって見せた。包帯をしているが視線は彷徨うことなくトゥーレに固定されたままだ。彼女のその様子に、実は目が見えていると言われれば、彼は素直に信じてしまっていただろう。


「うふふ」


 『う~ん』と頭を捻るトゥーレに軽く微笑みながら、リーディアはもう一度踵を踏みならして見せる。しばらく彼女の悪戯っぽい笑顔を見ていた彼だが、不意にその正体に合点がいった。


「ああ、音か!?」


「さすがトゥーレ様、正解ですわ」


「ええっ、もう分かったんですか? つまんないです」


 エステルの悔しそうな顔と対照的に、リーディアは嬉しそうにそう言うと、『カツン』と、もう一度床を踏みならした。

 彼女は、音の反射を使って空間の把握をおこなったのだった。

 もちろん視力を失ったからといって、誰でもこういうことができるとは限らない。むしろ普通ならば、やろうとしたところでできない者が大半だろう。

 彼女とてまだ自信を持って動き回れるのは、物の配置を把握しているこの部屋だけだ。間取りや家具の配置を覚えれば動ける範囲も増えるそうで、今はひとりで行動できる範囲を増やすことに意欲的だという。

 逆に多くの音が溢れかえるような空間では、ほとんど把握できず暗闇に取り残されたような感覚に陥るという。


『なんとなく、分かるような気がする』


 試した切っ掛けは、漠然とした感覚だったらしい。

 音の反射から壁までの距離やテーブルやベッドの位置が、ぼんやりと把握できたそうだ。その感覚を掴んだら、暗闇の中に光が差したように空間が広がったという。

 頭の中に部屋ができ、壁の向こうを歩く足音から、人の姿を感じるようになった。また足音の違いから人物の把握が進み、今では十名以上の足音を聞き分けられるようになっていったらしい。


「何となくでここまでできるようになるなんて凄いなリーディアは!」


「だってトゥーレ様ったら、あれ以来ちっともいらっしゃらないんですもの。その間こんなことしかすることがなかったのですもの」


「おっと、これは藪蛇(やぶへび)だったか・・・・」


 皮肉の籠もったリーディアの言葉に、トゥーレは苦笑いを浮かべるのだった。

リーディアの能力が開花しました。

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