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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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31 サトルト会議(1)

 サトルトのメインドックの中央に、初めての戦闘で傷付いたジャンヌ・ダルクが鎮座していた。

 ドック内は五月蠅(うるさ)いほどの槌音(つちおと)木霊(こだま)し、数多くの船大工がその船体に取り付いて修理と同時に改修作業をおこなっていた。


「それで、船はあとどれくらいで動かせる?」


「初陣でかなり無茶をしましたからね。あと1カ月ほどは無理ですね」


 トゥーレを案内していたピエタリが彼の質問に迷いなく答える。

 ピエタリはオモロウから戻るとジャンヌ・ダルク改修の指示をおこないつつ、数日に一度のネアンへの夜襲の指揮を執っていた。

 もっともピエタリ自身が改修作業の陣頭に立っている訳でなく、日に数回確認と指示をする程度のためそこまで忙しい訳ではない。今回も彼の通常の視察に合わせてトゥーレが同行しただけであった。


「すまんな。随分無理をさせてしまったな」


「いえ、リーディア姫様を救えたんです。これぐらい平気です。それより大丈夫ですか? 差し出がましいことを言いますが、ここ数日(ろく)に眠られていないのでしょう?」


 そう言って心配そうにトゥーレの顔を窺った。トゥーレは顔を合わせる人物ほぼ全員から異口同音で同じような事を尋ねらているため、もはや乾いた笑顔しか浮かばなかった。

 シルベストルから出禁を喰らい仕事を取り上げられていたトゥーレだったが、彼の表情は暗いままで目の周りには濃い(くま)が浮き出ていた。執務がなくなった分時間の余裕ができたが、それがそのまま考え込む時間となっていたからだ。


「それに姫様にも逢われていないと聞いております。顔を合わせづらいのは理解しますが、姫様も知らない土地に来て心細く感じておられるのではないでしょうか?」


 サザンにやって来ることの少ないピエタリが、トゥーレの近況をこれほど詳しく知る(すべ)は多くない。おそらくトゥーレを心配する側近から事前に情報を得ていたのだろう。

 実際、リーディアが目覚めた際に逢って以来、トゥーレは彼女の元を訪れてはいなかった。

 その際に彼女を元気づけるように強がって見せたものの、それから逆に彼の足は遠ざかってしまった。もちろん普段の執務や視察、決済しなければならない案件など業務が立て込んでいるのもある。

 だがそれらは単なる言い訳に過ぎなかった。

 実際は視力を失ったリーディアに、どのように接すればいいのか分からないのが本音だった。

 彼の代わりにエステルが毎日のように彼女の元を訪れ話し相手になっていると聞いていた。リーディアが眠っている間は不寝番(ふしんばん)を続けていたベルナルトに拒絶されていた彼女だったが、目覚めた後はちゃんと部屋に通されるようになっていた。

 エステルから聞いた話では、衰弱していたリーディアも日に日に元気を取り戻し、ここ何日かは部屋の中で歩行訓練をするまで回復してきているという。

 まだぼんやりとしか見えていないが右目に光が戻ってきているという報告も受けていた。

 僅かだが回復の兆しが現れたことに彼は安堵していた。それでも元気だった頃の彼女を知るトゥーレは、彼女の下を訪れる事ができなかった。


「貴様、ユーリに似てきたと言われないか?」


「まさか!? ユーリ様でなくとも最近のトゥーレ様の姿は、見ていられたもんじゃありません。このままじゃストール公との戦いを前に倒れるんじゃないかと、皆心配しているのです」


 目の前で父を失い、若くしてカモフの領主となった。

 そのカモフもドーグラスが食指を伸ばし、周りからは彼の命運も風前の灯火(ともしび)と見られる有様だ。さらに運の悪いことに、決死の覚悟で救い出した婚約者は視力を失ってしまっていた。

 周辺の勢力から見れば、トゥーレは命運がすでに尽きたかのように見えるのだろう。


「そうか、俺はそんな風に見えているのか」 


 オモロウから戻ったトゥーレは、領主という重責に押しつぶされそうになっていた。レオポルドから(あお)られたことも少なからず影響があっただろう。


―――父のようにうまくやらなければ


 自分でも気付かないうちにそう思い込み、自分で自分を追い込んでいた。

 実際父に代わって執務を行うようになると父の偉大さに気付かされ、父のようにうまくできないことに人知れず焦り悩んでいた。母から父も同じような悩みを抱えていたと聞かされても、彼が見ていた父の姿と余りにも違いすぎてどうしても一致しなかった。

 人の前ではそのような素振りを一切見せていないつもりだったが、周りには隠し通せていなかったようだ。

 トゥーレは大きく息を吐くと、ぐるりとドック内を見回した。

 (つち)を振るっている船大工も、協力して木材を運んでいる水夫も、仕事をこなしながらもトゥーレの様子を横目で窺っているようだった。

 鍛治町では多くの鍛冶職人が、火に焼かれながら真っ赤になった鉄に必死で金槌を打ち付けていた。

 ニオール商会のルオは、妹コンチャとともに今日も青い顔を浮かべながらサトルトに通ってきている。

 このサトルトのほとんどはトゥーレによって集められた職人や商人たちだ。彼らは万一トゥーレが失脚すれば路頭に迷う可能性が高い者たちだった。

 自分の理想の実現のために集めた者たちだったが、それと同時にいつの間にかトゥーレ自身が彼らの希望となっていたのだ。


「全ての戦いで勝てるのが理想ですがね、さすがにそうはいきません。ですが、トゥーレ様のためなら私たちはどんなことでもいたしますぜ!」


 ピエタリはそう言って、照れ臭そうに頭をガシガシと()いた。周りに居た職人たちも同じ意見なのか、気合いが入ったような掛け声があちこちで聞こえだした。

 トゥーレは苦笑しながら、肩の力が抜けたようにふっと息を吐く。


「すまないな、思いの外皆に心配を掛けていたようだ」


「私たちはトゥーレ様のためなら、どんな無理難題でも解決して見せます。ですからトゥーレ様は、しっかりと前だけ向いて私たちを導いてください」


 その言葉にトゥーレは軽く頷く。

 母から聞かされたトゥーレの知らない父の姿。今となっては確かめる(すべ)はないが、母の言っていた通りに多くの悩みや迷いを抱え、時に立ち止まったりしていたのだろう。

 領主となってから彼の双肩にカモフの命運が重くのし掛かり、無意識に父のようにうまくしなければと力が入り、うまく行かないことで自分を追い詰めていたのだ。

 考え方をすぐに変えることは難しいが、テオドーラが指摘したようにユーリやオキトだけでなく、ピエタリや多くの船大工、鍛冶職人やニオール商会など、騎士だけでなく街の商人や職人まで、彼を支える多くの存在がいる。一人では難しくともこれだけの者たちと力を合わせれば、より多くの事を成し遂げられそうな気持ちになってくる。


「・・・・そうだな」


 彼はコリを解きほぐすように軽く肩を回した。重くのし掛かっていた重圧が心なしか軽くなったように思えた。




 兵に案内されてドックに隣接した広間へと入る。

 広間といってもそれほど大きな部屋ではなく、元は倉庫だったものを改装した部屋だ。天井は高いが窓は天井付近にある小さな明かり取りしかなく、昼間だというのに薄暗い。壁際にはいくつものランプが灯され、部屋の中央に置かれた円卓の中央には魔光石の青い光が灯っていた。

 トゥーレが入室すると、ピエタリやクラウスの他、ユーリやルーベルトなどトゥーレ子飼いの騎士が立ち上がりトゥーレが着席するのを待つ。


「それで、ネアンの様子はどうか?」


「港を再建しようと躍起になってますが、我々の執拗な()()()()に手を焼いている様子です」


 席に着くとトゥーレは改めてピエタリに声を掛け、ネアンへの攻撃を嫌がらせだと(うそぶ)いたピエタリがニヤリと口角を上げた。

 水軍による夜襲によってネアンは港湾施設を喪失したままだった。急ピッチで再建しようとしているようだったが、ある程度施設が形になると攻撃に遭って消失してしまうため、再建は遅々として進んでいない。

 圧倒的な陸上戦力をもつストール軍だったが、領内に海や大きな河川がないため水軍を組織していなかった。またこれまで水軍がなくても困ることはなかったため水軍をそれほど重視しておらず、このカモフ侵攻ではネアンで現地調達した船をサザン攻略に投入するとの情報を得ていた。

 戦力では圧倒的に劣っているトゥーレたちにとって、制水権は絶対であり失うことがあってはならないものだった。

 そのためネアンの港湾施設への攻撃は念入りにおこなわれていたのだ。

 港湾施設を守ることはストール軍にとっても重要だったが、結局はピエタリによる攻撃によって既に壊滅していた。


「わかった。引き続き嫌がらせを念入りに頼む」


「任せてください。敵に制水権は渡しませんよ」


 トゥーレの言葉にピエタリが自分の胸を叩き、自信満々に頷いて見せるのだった。

トゥーレが考える以上に人々が彼を心配していました。

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