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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
121/204

25 オモロウへ(5)

殿(しんがり)は私がする。お前はリーディアを連れ脱出しろ!」


 ザオラルの言葉に無言で頷いたトゥーレが、ホシアカリの(くつわ)を取って走り出す。

 彼の前には決死隊が道を開き、リーディアの左右にはクラウスとユーリが固めている。ザオラルと共に戦っていた騎兵のうち半数ほどが後方を守っていた。

 騎兵の中には、ベルナルトやアレシュの姿も見えるが、彼らはもう戦える状態ではなく騎兵の後ろに荷物のように載せられているだけだ。

 ふと彼女が後を振り返れば、ザオラルが僅か三〇騎ばかりの騎兵でその場に残って彼らへの追撃を阻止していた。

 その様子を信じられない思いで見た彼女は、混乱したように手綱を引いて馬を止めた。


「トゥーレ様、ザオラル様が!?」


 問い詰めるリーディアに対し、トゥーレは顔を前方に向けたまま無言で首を振る。周りを見てもクラウスをはじめ他の者もみな無言で彼女から視線を逸らすのみだ。


「ザオラル様!?」


「駄目だ!」


 その様子にザオラルの考えを察したリーディアは、馬首を返しザオラルの元に戻ろうとする。そんな彼女をトゥーレは轡を引いて止め、強い口調で制した。


「トゥーレ様! ザオラル様は死ぬおつもりです!」


「分かっている。だが、誰かが殿をせねば我らは全滅する。見ろ!」


 トゥーレが怒鳴るように前方を指差す。

 その先には針鼠(はりねずみ)のように矢を浴びたキャラック船が炎上しているのが見えた。傾きつつある船から脱出した兵が次々に川へと飛び込んでいるのが見える。

 もう一隻のキャラック船も僚艦から脱出した兵を救出しながら、必死で反撃している。が、そちらにも火矢がいくつも刺さり、いつ炎上してもおかしくない状態だった。

 半分座礁したように河原に乗り上げたキャラベル船も、傷付きながらもリーディアを待っている。

 彼女が動かねば、殿に残ったザオラルのみならず、必死で待ち続ける彼らも全滅してしまうだろう。

 今、船への攻撃の指揮を執っているのは弓の名手でもあるヴィクトルだ。

 考えている余地はなかった。早く合流しなければ、遠からず彼らも命を散らすことになってしまう。やっとの思いでトゥーレと合流できたことで失念していたが、いまだ窮地を脱した訳ではないのだ。


「・・・・」


「我らがここで倒れれば、父上の行動を無駄にすることになる。無事にオモロウを脱出することが父上に報いる唯一の方法だ。分かるね?」


 こくり、とリーディアは首肯した。

 彼女とて状況は充分把握している。一度は別れを告げたザオラルと思いがけず再会したのだ。別れを惜しむ気持ちが溢れたとしても仕方がないだろう。

 顔を上げた彼女の表情には決意が宿っていた。


「行きましょう!」


 再び脱出へと動き始めたトゥーレたち。

 だが彼らを阻止するため、右前方のヴィクトルの軍勢から一斉に矢が放たれた。


「リーディア、先に行け!」


 トゥーレが薙刀(グレイブ)を一閃し、飛来する矢を落としながらリーディアに叫ぶ。

 トゥーレを含め今彼女を守る兵力は殆どが徒歩だ。彼らに合わせていればリーディアは的になるだけだった。だがホシアカリの脚なら矢の雨を(かわ)し、いち早くジャンヌ・ダルクに辿り着くことができるだろう。


「必ず、必ず戻ってきてくださいませ!」


「任せろ! リーディアを一人にはしない! すぐに追う!」


 攻撃が一瞬止んだタイミングを縫って、リーディアがホシアカリに拍車を当てた。これまでほぼ休みなしで駆けてきた彼女の愛馬だが、彼女の意思を汲んで風のように疾走する。それを見送ったトゥーレたちもまた、彼女の後を追ってすぐに駆け出して行く。


「あと少し!」


 あれほど遠かったキャラベルの船体がもう目の前に迫っていた。

 リーディアは後ろを確認し、しっかりとトゥーレたちが後を追ってきているのを確認するとホッと息を吐いた。


・・・・!


 しかしその瞬間、ホシアカリが声にならない悲鳴を上げ、翻筋斗(もんどり)を打って前方に一回転して倒れた。ヴィクトルの放った矢がホシアカリの右前脚の付け根を射貫いていたのだ。

 当然その背に乗っていたリーディアも空中に投げ出され、そのまま受け身もとれずに頭から地面に落下した。


「リーディアッ!!」


 落下したまま動かない彼女の元へ慌てて駆け寄ったトゥーレが抱き起こした。クラウスたちがすかさずその周りを囲み、降り注いでくる矢を叩き落として援護する。

 トゥーレの呼びかけに薄目を開けたリーディアは、薄く頬を緩めるとそのまま力が抜けたように意識を失った。

 危険な落ち方に肝を冷やしたトゥーレだが、見たところ致命傷となる傷は見当たらなかった。

 すぐ傍にはホシアカリが泡を吹きながら、それでも懸命に立ち上がろうとしていた。しかし追い打ちを掛けるように数本の矢が突き刺さった。

 ホシアカリはそんな状態にもかかわらず、リーディアを心配そうに見つめながら藻掻(もが)いていたが、やがて力尽きたように静かに大地に横たわるのだった。


「くそっ、よくも!」


 トゥーレは顔を上げ前方を睨む。

 そこには矢を(つが)えているヴィクトルが、嘲笑(ちょうしょう)するような笑みを浮かべていた。

 ヴィクトルとの距離は僅か五〇メートルほどだ。


「トゥーレ様!」


「分かってる。撤退の合図を上げろ」


 今すぐにでも敵陣に突撃し、ヴィクトルを討ちたいという欲求をグッと飲み込んだトゥーレは、怒りの感情を籠めた声で静かに告げる。それはクラウスですら背筋を凍らせるような鋭利な口調だった。

 トゥーレの命を受けたすぐに赤い尾を引く信号弾が撃ち上げられる。


「リーディア様は私が運びます」


「いや、俺が連れて行く。貴様たちは先に行け!」


「しかし!」


「大丈夫だ。奴の矢など当たらん」


 倒れたリーディアを運ぼうとするユーリを制すると、リーディアを抱きかかえたトゥーレは、船に向かってゆっくりと歩き始める。

 彼を狙って次々に矢が飛来し、周りは気が気でなく肝を冷やすが、彼の言う通り矢はかすりもせず、まるでトゥーレを避けるように逸れていく。


「くそっ、何故当たらん!?」


 先程から射続けているヴィクトルが焦った声を上げる。

 背は高いものの、兄であるエリアスやダニエルほど体躯に恵まれていない彼が唯一勝るものが弓矢だった。

 トルスター軍より火器装備への転換が遅れていると言われるウンダルでも、数年前から徐々に鉄砲が増えてきていた。

 有効射程二〇〇メートルと言われる鉄砲に対し、僅か八〇メートルほどしかなく、技量の必要な弓は時代遅れな装備と言われていた。

 そんな中、ヴィクトルは頑なに弓の腕を磨き続け、今ではストランド軍随一と言われるほどの腕前まで昇華させていた。

 風のように走る妹の乗騎を射たのも彼だ。

 そんなヴィクトルが十本以上射続けているが、全ての矢がトゥーレを逸れていく。

 距離はやや遠いとはいえ、今まで狙った獲物は二本以上外したことはなく、これくらいの距離なら彼の腕があれば目を瞑っても外さない距離だった。

 先ほど一瞬トゥーレと目が合った気がした。その瞬間ぞわりとした悪寒が全身を駆け抜けた。それからだ。矢を引き絞る右手の感覚がなくなり狙いが定まらなくなったのだ。


『目が合っただけだぞ! まさか俺が怯えてるのか!?』


 気づけば手にじっとりと汗をかき、喉がひりつくように渇いていた。


「くそったれ! 当たれ!」


 意地になって射続けるが、結局矢を一本も当てることが叶わず、みすみすトゥーレが乗船することを許してしまった。


ドドォォォォォン!!


 その瞬間、左舷側の大砲が咆哮し追撃していた兵を一瞬で肉塊へと変える。一発はヴィクトルのすぐ左側を通過し、傍にいた兵を刈り取っていった。

 大砲の威力は凄まじく、座礁していた船が反動で岸を離れる程だった。

 すぐに畳まれていた大三角帆(ラテンセイル)が下ろされ、風を受けて大きく膨らむ。


「ええい、火矢だ! 火矢を射れ! 逃がすな!」


「貴殿の相手は私だ!」


 逃がすまいと火矢を準備し追撃に移るヴィクトルの目の前に、ゆらりとザオラルが立ちはだかる。

 愛馬は失っており、身体にも複数の矢が刺さっている。

 これまでの戦いで負った傷による血なのか、それとも返り血なのか判別不能なほど全身真っ赤に染まっていた。

 そんな状態でも目は爛々と光を放ち、オリヤンの遺品であるグレイブを手に仁王立ちをしていた。


「う、討て! ザ、ザオラルを討てば褒美は思いのままだ!」


 ザオラルの気迫に思わず尻餅をつきながら、ヴィクトルは狂ったように叫んでいた。




 リーディアを船室に運び、急いで甲板に戻ったトゥーレは、舷側から身を乗り出して河原を見る。

 そこにはヴィクトル軍の前にたったひとりで立ちはだかるザオラルの姿があった。全身傷だらけで致命傷と思える傷をいくつも負っている。


「・・・・」


 トゥーレは無言のままじっと父の姿を目に焼き付けるように見ていた。ふとザオラルがトゥーレを一瞬振り返った。

 ほんの刹那の時間、二人の視線が絡み合う。

 次の瞬間にはもうザオラルはヴィクトルに向き直っていた。


「船を出せ!」


 無数の矢がザオラルに降り注ぐ中、ジャンヌ・ダルクはゆっくりと回頭し、傷付いた僚艦と共に帰路につくのだった。

ついにトゥーレの元に辿り着いたリーディア。

多くの犠牲の中、脱出しました。

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