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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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23 オモロウへ(3)

 リーディアたちは一塊となって、オモロウを包囲していたヴィクトル軍の一角へと突撃を敢行した。

 意表を突かれた形となったヴィクトルだったが、相手が少数だと見て取ると素早く迎撃への体勢を整えた。

 その動きは当然船上からも確認することができた。

 

「ピエタリ、船を出せ! リーディアを回収するぞ! クラウスは救援の準備だ!」


 報告を受けたトゥーレは迷いなく命を下し、命令を受けたピエタリも素早く出航準備を水夫に命じた。


「錨を上げろ、帆を張れ! リーディア様を救出するぞ!」


「間に合うか!?」


 トゥーレが舷側(げんそく)から身を乗り出すようにして前方を睨んだ。

 彼が睨む先では分厚い壁のようなヴィクトルの軍勢に、少数のリーディアたちが突っ込んでいくところだった。






「手を離してください。隊列が乱れます!」


「姫様、そいつはもう助かりません!」


 ヤーヒムが叫び、隣を守るアレシュがリーディアの腕に手を添えながら首を振った。

 リーディアは彼女を庇うようにして凶刃に倒れた護衛を見捨てることができず、鎖帷子(くさりかたびら)の首元を掴んだまま離すことができなかった。


「手を離んだ! 足並みが乱れる!」


「くっ!」


 それでも手を離すことができない彼女に、今度はベルナルトが馬を寄せて強い口調で叱責(しっせき)した。その声で我に返ったように手を離すと、護衛は人形のように力なく落馬し、砂塵(さじん)の中に消えて行くのだった。

 リーディアは護衛の血がべったりと付いた己の右手を見る。急速に熱を失っていく体温の感触にぞくりとした悪寒が走り、込み上げてきた胃液を涙目になりながら必死で嚥下(えんげ)して無理矢理(こら)えた。


『ごめんなさい』


 彼女は盾となって命を散らした護衛に心で何度も詫びを入れながら、近付いてくる船影に向かってホシアカリを走らせていく。

 そのため、その敵に気付くのが一瞬遅れた。

 別の敵への迎撃のためアレシュが傍を離れ、隊列が乱れた一瞬のことだった。死角から敵兵がリーディアに肉薄し槍を繰り出したのだ。

 リーディアは敵兵の前に無防備にその姿を晒していた。驚愕に見開かれた彼女の目に、煌めく槍の穂先が映る。


「姫様っ!」


 目の前の敵を倒したアレシュがリーディアの危機に気付き、引き攣った声を上げて馬に拍車を押し当てたが間に合う距離ではない。


「姫様に手出しはさせん!」


 諦めかけたその時、ヤーヒムは槍先にねじ込むようにして身体を滑り込ませていた。


「うぐっ!」


「ヤーヒム!?」


 悲鳴のように叫ぶリーディアの目の前で、繰り出された槍がヤーヒムの胸を貫いた。

 口から血を吐き出したヤーヒムは、槍を胸に突き刺したまま馬の背を蹴って相手に飛びつく。

 敵兵と一緒に落馬した彼は、相手に馬乗りになると短剣(ダガー)を抜き敵の首を掻き切った。


「まさか俺が人を庇うなんてな・・・・」


 言葉とは裏腹にヤーヒムの表情は穏やかだ。

 口から血を流し、力なく笑みを浮かべながら、彼は砂塵の中へと走り去っていくリーディアを見送っていた。

 仲間を殺めて道を踏み外してしまった自分にまさか仕えてよかったと思える主人ができるとは思わなかった。


「この俺が、慣れないことを、やったんだ。に、逃げ切ってくれよ・・・・」


 朦朧(もうろう)とする意識の中、ヤーヒムは力任せに引き抜く。口から血が溢れ顔の下半分を汚すが、構うことなく引き抜いた槍を水平に振るった。

 それは途絶えることのない後続の馬の足を折った。馬上の兵はもんどり打って大地に投げ出され、後に続く兵も倒れた馬を避けきれずに数名が巻き込まれた。


「へへへっ、ざまぁ、みやがれっ」


 悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべながらそう言ったヤーヒムは、最後に盛大に吐血すると力尽きたように大の字に横たわる。


「おのれ、よくも!」


 乗馬を失い追撃の勢いを削がれた敵兵たちは、力尽きたヤーヒムを腹いせに槍で滅多差(めったざ)しにして溜飲(りゅういん)を下げるしかなかった。






「ちっ、あの馬鹿! もう少しやり方があるだろうがよ!」


 ベルナルトがチラリと後ろを振り返って悪態を吐く。

 リーディアの護衛騎士の中でも、ヤーヒムの実力はベルナルトと並んで抜きんでていた。リーディアを守るためとはいえ、実力者であるヤーヒムがあっさり命を散らしてしまった。

 名門出身のベルナルトと、将来を嘱望(しょくぼう)されていたヤーヒムとは不思議と馬が合った。

 護衛の仲間内の中ではもっとも仲がよかったが、それまでは噂話で話を聞く程度で、付き合いはリーディアの護衛騎士になってからと短かかった。


「しばらく一人で待っておけ! ヴァルハラには俺も一緒に行く!」


 軽く目を閉じて独り言ちたベルナルトは、覚悟の籠もった眼で真っ直ぐ前方を見据えた。

 トゥーレの船がこちらに動き出しているが、見えている以上に距離が遠く感じられた。強行突入してまだ十分も経っていないが、すでに彼らの半数が命を散らしていた。

 思っていた以上にヴィクトルの対応が素早く、数百の迎撃部隊を組織してトゥーレとの合流を阻止するべくこちらに送り込んできたからだ。また後を振り返れば、フォレスから追って来ていた部隊も健在で、砂塵を巻き上げながら徐々にこちらとの距離を詰めてきていた。

 事態は最悪に近く、このままでは全滅が必至だった。


「しかし、蟻かよ! あっちこっち敵だらけじゃねぇか!」


「その分手柄は立て放題ですがね」


「ははっ、言うじゃねぇか」


 アレシュと軽口を叩きながらベルナルトが敵兵を葬っていく。

 彼らもとっくに疲労はピークを迎えていたが、リーディアを守ることだけを考え淡々と作業のように敵を倒し続けていた。

 そのリーディアは先程からずっと無言で馬を走らせている。必死に手綱を握っているが、血の気のない顔で体力的にも精神的にも限界に近いだろう。視線は前方、少しずつ近付くキャラベル船に真っ直ぐに据えられたままだった。

 その船に彼女の婚約者、トゥーレが乗船している。

 自分たちがどうなろうとも、リーディアをトゥーレの元まで送り届けることができれば彼らの勝利だ。それは阻止しようとするヴィクトルも理解していた。

 勝負所と見たヴィクトル軍も、合流を阻止すべく多くの兵力を船と彼女らの間にねじ込んで来ていた。

 キャラベル船を含め二隻のキャラック船からもひっきりなしに銃撃が加えられている。銃弾の幾つかには魔砲弾もあるのか所々火球が開いていた。

 お互いここがこの戦いの分水嶺(ぶんすいれい)だと、損害を顧みず戦いが繰り広げられていた。


「ぐはっ!」


 リーディアの後方を守っていた騎士が崩れ、これで彼女を守っているのはアレシュとベルナルトの二人だけになってしまった。

 前方に壁のように立ちはだかる軍勢以外にも、リーディアを狙う兵が見渡す限りの視界を覆っている。


『ここまでか!』


 アレシュとベルナルトの二人がそう考え顔を見合わせたその時だ。


―――ドドドン!


 ジャンヌ・ダルクの大砲が火を噴いた。

 砲弾は彼らの前方を塞いでいた敵兵を引き裂くように蹂躙(じゅうりん)していった。

 結果、軍勢を分断し僅かだが前方の視界が開けた。


「道ができた!」


 割れた軍勢の先にジャンヌ・ダルクの船影を見たベルナルトはその一瞬を見逃さなかった。

 愛馬に鞭を入れるとアレシュが静止する間もなく単騎で駆け出す。


「血路を開く! 貴卿(きけい)は姫様を頼む!」


 ベルナルトはそう叫ぶと、振り返ることなく駆けていった。


「ベルナルト! くっ、姫様、我らも行きます!」


 アレシュはすぐに彼の意図を理解すると、リーディアを促し後に続いていく。

 どのみちこのままでは押し潰されて全滅が必至だ。残った人員で突破を狙うなら今しかなかった。

 僅かに残った力を掻き集めて、生死を賭けた突破をはかる三騎の主従。

 しかし相手もそれだけは何とか阻止するべくすぐに前方を塞ごうと動く。

 決死の突撃だったが、彼らは瞬く間に敵中に包囲されることになってしまった。

 前方の船からは援護射撃が続いていたが乱戦になってしまったことで、彼らを巻き込む恐れのある大砲や魔砲は放てず、もっぱら鉄砲による射撃になっていた。その射撃にヴィクトル軍の犠牲は鰻登(うなぎのぼ)りとなっているが、それでも彼女らの前方に槍衾(やりぶすま)を作って必死に突破を防ぐ。


「くそっ! さすがにやる!」


 何度も突破を試みるも、剣山のように突き出される槍衾をどうしても突破できない。アレシュとベルナルトは、リーディアを挟むようにして彼女に近づけまいと必死に守っていた。

次々と倒れていく護衛たち。

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