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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
115/204

19 敵中突破(2)

 死兵(しへい)の恐怖から勝手に崩壊してしまったユッシ隊と違って、本隊は組織だった防衛体制が敷かれていた。

 正面は重装歩兵(ファランクス)が分厚い壁を作り、左右から騎兵で挟み込もうとするが、それでもさすが精強を誇るザオラル隊だ。進軍速度は落ちても敵に包囲を許さず、じわじわとエリアス本陣へ近づいて来ていた。

 エリアス本隊は今まで温存されていたため万全の状態だ。

 対してザオラル隊は開戦から縦横無尽に駆け回り、戦意は衰えなしといえ疲弊していないといえば嘘になる。ひとつ(つまづ)くだけで一気に瓦解してしまう危険を(はら)んでいた。


「ここまで辿り着くことができれば、俺が直々に相手してやろう」


 エリアスは前方を見据えながらそう(うそぶ)いた。

 包囲は完成していないとはいえザオラル隊は他の支援を受けられず、既に孤立した状態だ。あとは真綿で首を絞めるように削っていけば、いかにザオラルといえどいずれ力尽きる筈だった。

 そのための包囲陣だったが、肝心の包囲は未だ完成していなかった。

 包囲の穴を塞ごうと兵を動かしても、今度は別の場所に穴が空いてしまう。そこを埋めるために兵力を投入して塞いでも別の場所が破られる。先程から(いたち)ごっこのように繰り返され、包囲が破られるたびにゆっくりだが確実にこちらに近付いてくるのだ。

 彼は知らず知らずのうちに、手と背中にじっとりとした嫌な汗をかいていた。


「俺が怯えている、だと?」


 エリアスのザオラルに対する評価は『親父殿の金魚の(ふん)』というものでしかなかった。

 辺境出身の田舎騎士がミラーの称号を得ることができたのは、父に目を掛けられたことが切っ掛けだ。多少武力に秀でていたとしても、それがなければ今のような名声を得ることなどできなかっただろう。ましてや最強と呼び声高い父と並び称されるなどあり得ない、そう考えていた。

 彼は父には最後まで勝つことができなかった。

 単独で勝負を賭けた際に見た父の大きな背中は、未だに忘れることができない。

 赤鬼(あかおに)と呼ばれてどれだけ恐れられようとも、彼をして『勝てない』と心をへし折るほどの衝撃を与えた。オリヤンが既に全盛期の力ではなかったにもかかわらずだ。

 そのため城を脱出した後は、父が倒れるまで息を潜めるように身を隠していたのだ。


「あの親父殿と同等、だというのか!?」


 見下していたザオラルから父と同じ圧迫感を感じ思わず息を飲む。

 首を振って即座に否定するが、感じるプレッシャーはザオラルが近付いてくるに連れて、ますます大きくなってきていた。


「くっ、左右両部隊前へ! 左右から押し潰せ!」


 認めたくはないが、目の前の相手は父と同等以上だと認めざるを得なかった。

 エリアスは本隊の兵力の大半を、ザオラル隊へと投入するのだった。






 あと僅かと迫っていたエリアス本陣が、ある時を境に急に進めなくなっていた。

 朝から戦い続けた彼らの体力は既に限界を迎え、四肢を気力で支えている状態だ。八〇〇騎いた部下たちも既に三〇〇騎にまで減らされてしまった。

 しかもここは敵中のど真ん中だ。

 足を止め、得物を振るう腕を止めれば、そこで彼らの命は尽きてしまう。

 そんな状況にも関わらず、彼らは誰ひとり絶望に()(ひし)がれることなく、鉛のようになった手足を必死に動かし、必死に死に(あらが)っていた。


「くそっ! 届かん!」


 敵陣の中に赤鬼のように仁王立ちしたエリアスの姿を捕らえていたザオラルだったが、彼はこの戦いで初めて焦りを覚えていた。

 既に半数以上の味方が討ち取られ、自身も致命傷ではないが無数の手傷を負っている。

 愛用の槍斧(ハルバード)も折れ、予備の剣も既に尽きていた。今は相手から奪った槍を振るっていたが、しっくりこない得物は手元を僅かに狂わせる。共に戦い続けた愛馬も傷が増え、いつ力尽きてもおかしくはない状態だった。

 手を伸ばせば届きそうな距離にエリアスがいるが、その距離がとてつもなく遠く感じていた。最後のひとりとなっても諦めるつもりはないが、エリアスに届かないまま全滅してしまう恐怖が頭を(もたげ)げてくる。


「ザオラル様! 我らのことは置いて行ってくだされ!」


「テオドル!?」


「儂らが血路を開きます! ザオラル様お一人ならエリアス殿に届きます」


「ニグス!?」


 ザオラルの左右を護る二人がザオラルの決断を促す。

 彼らも既に満身創痍で、ニグスは愛馬を失い槍を杖代わりにして身体を支え、テオドルは愛馬こそ健在だがすでに腹部に傷を負っていた。その腹部からは右足にかけて真っ赤に染まるほどの出血をしている。

 二人ともいつ力尽きてもおかしくない状況だ。生を捨ててこの戦場に臨んでるからこそ、まだ戦っていられるだけだった。こうして言葉を交わし戦い続けていることが不思議な程の負傷だった。


「我らを見捨てられよ!」


「最後までお供できず申し訳ない」


 部隊の指揮をとりながらでは、ザオラルを含めここで全滅する。しかしザオラル単騎ならばまだ充分戦う事ができる筈だ。

 負傷した自分たちを庇いながらでは、ザオラルは本来の能力を発揮できない。そう考えた彼らが出した決断は、至極シンプルだった。


「貴様たち」


「さあ、行ってください! 最後に露払いぐらいは務めましょうぞ!」


 そう言うとザオラルの前に出る。

 しかし彼らが最後のあがきと前方を見据えたとき、思わぬ光景が飛び込んできた。


「ば、馬鹿な!?」


 得物である巨大な戦斧(バトルアックス)を肩に担ぎ、真っ赤なマントを翻しながら、こちらに迫り来るエリアスの姿があったからだ。

 兜や額当てを付けず、その燃えるように真っ赤な頭髪を風に靡かせ、野獣のような鋭い目は確実にこちらを捕らえていた。

 歯を剥き出した口から言葉にならない雄叫びをあげて疾走してくる様は、正に赤鬼といえた。


「二人とも下がれ! 私が相手する。今の貴様たちでは無理だ!」


 立っているのがやっとの二人に下がるよう声を掛けるが、エリアスの動きは速く、見る見るうちに近付いてくる。

 ここが死地と覚悟を決め得物を構えた二人は、ザオラルに向き直る。その表情は悲壮感の欠片も感じられぬほど清々しいものだった。


「ザオラル様、先にヴァルハラでお待ちしておりますぞ!」


「儂らはここまでのようだ。最後までお供できず残念です!」


 気負いのない顔で二人はそう言うと、傷ついた身体を引き摺るようにエリアスへと向かっていく。

 二人を止めたいザオラルだったが、敵兵が間に入り込んでしまい、すぐに追いかけることができない。


「ええい、どけぃ!」


 声を荒らげながら敵兵を打ち倒したときには時すでに遅く、テオドルとニグスの二人はエリアスと刃を交えるところだった。

 ザオラルは馬に拍車を当て、焦ったように後を追う。


「くっ、間に合わん!」


 必死の形相で馬を駆るザオラルの目の前で、二人とエリアスとの戦いが始まった。しかしそれは戦いと呼ぶのも烏滸(おこ)がましいほどの展開となる。


「赤鬼殿とお見受けする!」


「我らに大人しく退治されるがいい!」


 テオドルとニグスはそう声を掛けると腹の底から力を振り絞り、唸り声を上げながらエリアスへ向かっていく。

 しかし半日以上戦い続けた彼らはお世辞にも万全とは言い難い。致命傷を負った身体を、気力だけで身体を突き動かしている状態だ。流した血のせいで目が霞み、得物を握る手にも握力が入っていなかった。

 そのような状態では、当然ながらエリアスの相手になる訳もない。


「ふん!」


 興味なさそうに鼻を鳴らしたエリアスが、手にした戦斧を水平に一閃すると二人纏めて両断されてしまった。


「よくも!」


 怒りの声を上げながらエリアスに突撃をおこなうザオラル。

 ザオラルも疲れはないと言えば嘘となる。だが国中にその名を轟かせた男の槍捌(やりさば)きは伊達ではなかった。


「ぐっ!」


 さすがにエリアスといえども簡単にいなせる訳もなく防御で手一杯となる。


「エリアス様! ぐわっ!」


 苦戦を見かねた側近が助太刀に入るが、ザオラルは苦にもせず、ひと突きのもと返り討ちにする。

 しかしここでザオラルの槍が折れてしまう。


「ええいっ!」


 もともと彼の得物は槍斧だったが、失った後は適当な槍を拾い使っていたのだ。

 悪態を吐いたグアラルは、残った柄をエリアスに投げつけ牽制すると腰の小剣を抜いた。しかしそれはただの短剣(ダガー)に過ぎず、刃渡りは八〇センチにも満たない。その長さから馬上で扱うような武器ではなく、敵にトドメを刺す際に用いられる武器だった。


「ふふっ、勝負あったな! それとも、その玩具(おもちゃ)で俺と勝負するか?」


「・・・・」


 なお戦意の衰えぬザオラルの眼光を警戒して、迂闊(うかつ)に飛び込むようなことをしないエリアスだったが、彼の言う通り戦斧(バトルアックス)短剣(ダガー)では勝負は既に見えていた。

格の違いを見せつけたザオラルですが、一転して窮地に陥りました。

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