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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
112/204

16 奮戦のザオラル隊(1)

 フォレス湾を背に布陣したダニエル軍八〇〇〇名に対し、対面するエリアス軍は二〇〇〇〇名近くを数え、その差は二倍以上となっていた。

 戦いが始まると、飛ぶ鳥を落とす勢いのまま優勢に進めるエリアス軍に対し、ダニエル率いる正規軍は士気が低く防戦一方となっていた。

 そんな中、八〇〇騎のザオラル隊は、動きの鈍いダニエル陣営の中で、目を見張る働きをしていた。

 遊撃隊として配置され、独自の判断で動くことを許されていた彼らは、ザオラルと同年代の割合が高くなっていて、打撃力でいえばそれほど高くはなかった。

 しかしザオラルと共に長く戦ってきた経験を活かし、崩れそうになる部隊を救援して廻ることで、彼らだけで軍勢の崩壊を食い止める程の活躍を見せていた。

 そのような中で、僅か三十騎の異色の部隊が目を引いていた。二〇歳前後の若者を中心とした部隊だ。その中でも特に目を引くのはまだ成人したばかりの少女の姿だった。


「リーディア、少し離れている。もう少し近くに!」


「はい、ザオラル様!」


 少女は戦陣の雰囲気に呑まれ、若干青ざめた顔を浮かべながら必死でザオラルに付いていく。

 そのザオラルは戦場を俯瞰(ふかん)で捉えたように戦場全体の様子を把握し、部隊に次への目標を示しながらも、傍のリーディアにも気を配るのを忘れない。彼女は戦陣の緊張感の中でホシアカリを操り、必死にザオラルについていく。

 初陣のぎこちなさを見せながら、それでも離れずに何とか食らいついていく彼女の姿に、多くの戦場をザオラルと共に潜り抜けてきた騎士たちも舌を巻き、いつしか声を掛けるようになっていた。


「姫様、肩に力が入りすぎておられるようだ。もう少し馬にお任せになられよ」


「はい!」


「ほれ、雑魚共は儂らに任せ、姫様はザオラル様から離れないようにな!」


「ありがとう存じます!」


「お前たちも姫様から離れるなよ! しっかりお役目を果たせ!」


 当初はリーディアが参陣することに否定的だった老騎士たちだったが、いつしか若者たちを部隊の中央に包み込んで守るように戦っていた。


「初めてで私共の動きに付いてこられるとは、さすがオリヤン様のお子じゃ!」


 必死に騎馬を操るリーディアにテオドルが目を細める。

 ザオラル率いる老騎士たちは、とても五十路(いそじ)を過ぎているとは見えないほどの手慣れた様子で巧みに馬を操っている。そんな彼らからすれば彼女は孫のようなものだ。

 彼らのほとんどは死に場所を求めた上での参戦だったが、そのような戦いに彼女を巻き込みたくはなかった。いつしか彼らの中に、自らの命に代えても彼女だけは守るという使命のようなものが芽生えていたのだった。






 開戦から数時間、すでにザオラル隊はダニエル軍の命運を握る部隊となっていた。

 彼らはエリアスが舌を巻く程の活躍で戦線を維持し続けていたが、反面それを率いるザオラルは内心では焦燥感に包まれていた。


『このままでは!』


 彼らが救援することで何とか持ち直し、エリアス軍に対抗することができているが、戦況は立て直すどころか悪化の一途を辿っていた。

 ダニエルだけはタカマでの失態から一転、開き直った采配を見せ必死に声を枯らして戦線を支えている。だがそれ以外の部隊は、背水の陣を敷いているにもかかわらず動きが鈍く、抵抗らしい抵抗ができないままだった。

 彼らはダニエル側についていたものの戦後の立場を考えれば、優勢なエリアスには表だって敵対したくないという態度があからさまに透けて見えていた。

 ある程度は致し方ないと想定していたザオラルだったが、これ程全軍の士気が低かったのは想定外だった。

 彼はリーディアだけではなく、密かにダニエルもカモフへ離脱させることを考えていたが、このままではその機会すら失われていくばかりだった。

 焦るザオラルを嘲笑うように、遂に恐れていたことが起こった。


「街が・・・・」


 誰となく呟くような言葉に振り返ると、ダニエルが必死に守ろうとしていた街から黒煙が立ち上っていた。

 煙は見る間に三本、四本と数を増やしていく。


「・・・・」


 戦場を回り込んだ敵によるものか、味方による裏切りかは判然としなかったが、ダニエルは張り詰めていたものが切れたように呆然となった。同時にかろうじて戦場にとどまっていた友軍が、黒煙を目にすると戦場を離脱し始めた。

 ダニエルの側近が必死に声を枯らして制止するが、離脱する流れは止められなかった。


「ダニエル殿、残念ながらこの戦ここまでだ。私がエリアス本隊に突撃を仕掛ける! 貴殿はその隙に脱出されよ!」


「たった八〇〇騎では無茶だ! それにこれは私の戦いだ。血路は私が開きます! ザオラル様こそリーディアを連れて脱出をしてください!」


 補給のため本陣へと戻っていたザオラルの提案に、ダニエルは驚きの表情を浮かべるがすぐに彼の提案を拒否する。


「なぁに、我らは既に別れはすませて来ている。少数の部隊だがこうなった時よりオリヤン様に殉ずるつもりで参戦している」


「それは・・・・」


「それに今更生きて戻ったところで、いつまでも我らが元気では、若者の邪魔になるだろう。ここは我らのような老兵の役目だ。なに、リーディア姫は必ず脱出させる。さもないとトゥーレに怒られてしまうからな」


 そう言うとザオラルは屈託ない笑顔で浮かべる。

 呆れ顔のダニエルが説得する言葉を探している間に、表情を引き締めたザオラルが言葉を続けた。 


「今回の戦いは、残念ながら我らに分はなかった。しかし、エリアス殿の勢いは一時的なものだ。貴殿が健在なら必ず取り返すことができる。一時の感情に流されず今は恥辱に耐え再起を図られよ!」


「ザオラル様・・・・」


「私が必ず血路を開く。貴殿は敵中を突破したらまっすぐオモロウに向かわれよ!」


「オモロウに!?」


「そこにトゥーレが船団を率いて待っている筈だ」


 そう言い残し隊に戻っていくザオラルの背中を、ダニエルは黙って見つめる。


「くっ!」


 彼は顔を歪め固く拳を握りしめた。

 父から領主を引き継ぎ、絶大な権力を手に入れた。だがそれはオリアンという後ろ盾があったればこそだ。そんなことにも気づかずに彼は増長し敗戦を招いてしまった。そして今また父と並び称されるザオラルに守られようとしている。


「・・・・ふぅ」


 彼は空を仰ぎ大きく息を吐く。

 顔を戻したときには憑き物が落ちたように、以前のような穏やかな表情に戻っていた。





 自分の隊に戻ったザオラルはメンバーを見渡した。

 この中にはトゥーレに対して否定的な意見を持つ者もいるが、ともに(くつわ)を並べて長年戦場を駆け巡ってきた者たちだ。ギルドを否定してきたザオラルとは長い間反目し、口角泡を飛ばし議論を交わした者もいる。

 顔の皺と同じくらい多くの傷を身体に負っている者や四肢の一部が欠損している者もいる。だが戦場ではザオラルが最も信頼を置き、背中を預けることができる者たちだった。

 彼らもまたザオラルに視線を合わせた。

 誰一人として命を惜しむものはなく、それでいて悲壮感は欠片も漂ってはいなかった。


「さて、そろそろ我らは自由に動こうと思う!」


「それでは!?」


 配下は期待に満ちた眼差しをザオラルに向ける。


「うむ、我らはこれよりダニエル様の配下を離れ、エリアス卿本陣への突撃を敢行する!」


『うぉぉぉぉぉぉ・・・・』


 ザオラルがそう告げた瞬間、八〇〇名の喚声が戦場に響き渡り、兵たちは互いの武器を打ち付けあって喜び合う。

 騒然となった部隊の中で、取り残されたようにきょとんとした表情を浮かべる人物にザオラルは声を掛けた。


「リーディア」


「はい」


 開戦からザオラルの傍を離れることなく必死で付いて来ていたリーディアに、ザオラルは優しげな眼差しを向ける。


「ここまでよく付いて来た。初陣で私たちの機動に付いてこられるとは正直思わなかった。さすがオリヤン様に鍛えられただけはある。正直なところ其方は初めての戦場に早々に離脱するのではないかと思っていたよ」


「ありがとう存じます」


 彼女にとっては初陣だが、命の遣り取りをしたことはこれが初めてではない。トゥーレとのホーストレッキングの帰りに襲撃を受け、命からがらフォレスへの逃避行を経験している。あの時はトゥーレみずからが盾になって彼女を守らねばならないほどの危機だった。それに比べれば、今回はまだ直接刃を交えていない分少し余裕があった。

 あの時の経験がなければ、間近で繰り広げられる生き死にの遣り取りに酔っていたことだろう。

 師匠であるザオラルに褒められ、彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべる。だがザオラルの次の言葉にその表情が一瞬にして凍り付いた。


「だが共に戦うのはここまでにしよう」

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