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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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13 上を下への大騒ぎ

 ダニエルが敗れたという一報がフォレスに伝わると夜にかかわらず街は騒然となった。

 ヴィクトルやユッシがエリアス側に寝返り、ヨウコを始め四天王筆頭たるラーシュを筆頭に数多(あまた)の騎士も命を落としたことは、混乱により一層拍車を掛けることとなった。

 さらに深夜になってダニエルがフォレスに帰還すると、戦火が街に及ぶことを恐れた住民たちは、荷馬車や荷車に家財道具を満載し夜が明けると同時に街を脱出する者が後を絶たず街道に列を成す有様だった。

 この戦いでの戦死者は、ラーシュ隊が約五〇〇〇名と突出して多く、それを含めてダニエル軍はおよそ八五〇〇名もの兵力を失った。対して勝利したエリアス軍も四〇〇〇名近くの兵を失っている。これはラーシュと死闘を繰り広げたユッシ隊とフベルト隊の損害が多かったからだ。

 それでもまだ多くの兵力を有していたダニエル軍の方が優勢だったが、敗戦の報が伝わると逃げ出す一般の兵士が相次いだ。そのため彼がフォレスに辿り着いた際に率いていた兵力は、僅か一〇〇〇名に満たなかったのである。

 夜が明け始めた頃、ボロボロに傷ついた一人の騎士が部下に抱えられるようにしながら帰還した。ユッシとヴィクトルに挟撃されたアレクセイだ。

 彼はユッシから奇襲を受けた際に落馬してしまった。

 その後味方が蹂躙される中、必死に迎え撃って戦っていたが、乱戦の最中に右目を失った。さらに左腕や肋骨、右臑を骨折し正に満身創痍の状態で奇跡的に帰還を果たしたのだ。


「ダニエル様、最終決戦の力になれず申し訳ない」


 帰還を喜んだダニエルだったが、彼のその姿に絶句する。

 アレクセイは出迎えたダニエルに努めて明るくそう声を掛けると、側近に担がれるようにして運ばれていった。

 アレクセイを皮切りに夜が明けると散り散りになった味方が戻ってきたが、それでも最終的な兵力は八〇〇〇名しか集まらず、威容を誇った開戦当初からすれば見る影もない有様だった。


 一方、ガハラ城で一晩過ごしたエリアスは、翌日一日を休憩に費やし兵を休ませるのだった。

 この頃にはエリアス勝利の報が各地に伝わっており、それまで中立、悪く言えば日和見を決め込み、旗幟(きし)を鮮明にしていなかった勢力が続々とエリアス陣営へと加わり、その日の午後には総勢二〇〇〇〇名以上へと膨れ上がったのである。

 勢いに関しては今やエリアス側に完全に傾いていた。

 本来であればこの勢いをかってフォレスへと侵攻するべきだった。だが、前日の激戦で今回の主力とも言うべきユッシとフベルトの両隊がラーシュとの戦いで兵力の半数近くを失ってしまっていた。そのためフォレスに進軍するには両隊の再編成が必須だったのだ。

 この停滞は多少なりとも追い詰められたダニエルに、一息吐く時間を与えたのである。


 しかし折角転がり込んだその貴重な一日だったが、フォレスでは無駄にしようとしていた。

 フォレス城内の広間では、ダニエルを始めタカマからの生き残りの騎士や留守役の騎士、さらには遅れて到着した騎士などが顔を付き合わせ、実りのない不毛な遣り取りを繰り返していたのだ。

 この軍議での議題はもちろんフォレスに迫るエリアス軍にどう対処するかである。

 現在軍議の主流を占めるのはフォレスに籠城し徹底抗戦する案。もうひとつは再起を期して城を捨て撤退する、有り体に言えば城と街を捨てるという案だ。

 このふたつの主張で軍議が割れ、何一つ決められぬまま無為に時を過ごしていた。

 籠城の策を採れば、城郭に囲まれていない市街はエリアス軍に蹂躙される事になる。また籠城した場合でも数ヶ月の備蓄があるとはいえ、援軍に期待できる訳ではない。

 有力な援軍候補といえる同盟先のカモフだが、援軍は送ると連絡が入っているものの、カモフはネアンを落とされたばかりだ。援軍に主力を送る余裕はないと見られていた。

 オリヤンと並び称されるザオラルが滞在中だが、彼はそのオリヤンの見舞いのために訪れたに過ぎず、率いる兵力は五〇〇騎と僅かでエリアス軍に対抗するには数が少なすぎた。

 他方、フォレス撤退についても不毛な綱引きが大勢を占め纏まらない。

 要するに今まで不遇を(かこ)っていた騎士は、自分の領地にダニエルを迎えることで陣営の発言力が増す。そのため、影響力の拡大を狙う者によって水面下で激しい主導権争いが繰り広げられるだけだったのだ。


「ザオラル様、少しよろしいですか?」


 一向に纏まる気配のない会議に軽く嘆息すると、ダニエルは休憩を言い渡し、ザオラルに声を掛け自室に引き上げていく。

 ザオラルは今回の会議に、ようやく参加が許されていた。立場上、積極的に発言はしないものの求められれば持論を披露する。初めは余所者(よそもの)と聞く耳を持たなかった者も、彼が発言する度にその重みは増していき、今では彼の発言を無視できないほどになっていた。


「無様な様子を晒して申し訳ない」


 ザオラルに席を勧め、みずからも腰を下ろすと苦悩に顔を歪め彼に謝罪をおこなう。

 タカマの戦いで大敗、またそれに至る醜態(しゅうたい)が広まったことでダニエルの求心力は失墜していた。また四天王のうちラーシュが戦死、ユッシとフベルトは裏切り、アレクセイは重症で生死の境を彷徨(さまよ)っている。まとめ役が不在の中で陣営の主導権争いが激化し、まとまりを欠く会議となっていたのだ。


「次で勝てねば権力など意味が無いというのに」


 力なくそう言って自嘲(じちょう)気味に笑うと、ダニエルはザオラルに向き直った。


「ヨウコとラーシュを失ったことが、ここまで影響を及ぼすことになるとは」


 ヨウコがいれば積極的に発言し、会議の流れを主導することも可能だったろう。しかし弟のヴィクトルに彼は討たれこの場にはいない。またラーシュならばダニエルの意を汲んでそれとなく意見をまとめることもできたはずだ。

 その原因となったのがダニエルが彼らの意見に耳を貸さず、耳に心地いい側近の話ばかりを聞いていたことが原因なだけに悔やんでも悔やみきれなかった。

 勢いに乗っていた時期はそれほど問題がなかったが、上手くいかなくなった途端にそれが露呈した。

 二人は戦力としても大きかったが、会議の流れを作る上でも必須の人材だったのだ。


「それで、ダニエル様はどうされるおつもりですか?」


 それまで黙って聞いているだけだったザオラルが口を開いた。


「私に愚痴を聞かせるために、ここに誘った訳ではないでしょう?」


 彼はそう言ってダニエルに先を促した。

 彼は思いがけず弱音を吐いていた事にハッとしたように居住まいを正すとザオラルを見据える。


「存亡の危機にあるにも関わらず、配下をまとめることもできやしない。どうやら私は父上の代わりを務めるには、このウンダルは荷が重かったようです。兄上が反乱を起こさずとも、遅かれ早かれヴィクトルに足を掬われていたのでしょう。しかし、父上からこの領地を託されたのはこの私です。私にも意地があります。簡単に兄上にこのウンダルをくれてやる訳には参りません」


 先程までの苦悩した表情ではなく、為政者として覚悟の籠もった目でザオラルを見つめるダニエルの姿があった。

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