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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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8 タカマの戦い(1)

「何か気になることでもおありか?」


 愛馬へのブラッシングの手が止まり考え込んでいるリーディアにザオラルが声を掛けた。

 フォレスの馬場に隣接した厩舎だ。

 ダニエルを初めとする主力がタカマに出撃し、馬場は(いなな)く馬の数も減り閑散としている。そんな中留守を守るリーディアは、日課になっている早朝の馬への鞭入れが終わり、ザオラルと並んでブラッシングの途中だった。


「タカマでの戦いがどうなるのか心配で」


 消え入りそうな小さな声で呟いた。

 エリアスとはほとんど会話をした事さえなく、ダニエルやヨウコ、ヴィクトルとも母親が違う。それでも彼らはリーディアの兄だった。

 その兄たちがオリヤンが亡くなった途端戦いを始めたのだ。特に歳の近いヴィクトルとは、時に軽口を叩いたりと仲は悪くないと思っていた。

 そのヴィクトルが血の繋がっているヨウコを攻撃し、エリアス側につき袂を分かった。

 彼女にとっては領地を巻き込んだ、規模の大きな兄弟喧嘩にしかどうしても思えなかった。

 その喧嘩に何万人もの人間が巻き込まれて命の遣り取りすることを考えると、未だに止められないものかと考えてしまう。もちろん理性的には不可能なことは充分分かっていたが、感情的には割り切れない思いでこの数日を過ごしていた。


「姫にこういうことを言うのはどうかと思うが・・・・」


「何でしょう? ザオラル様、仰ってくださいませ」


 言葉が続かず言い淀むザオラルを、リーディアは青緑の瞳で真っ直ぐ見つめ先を促した。その瞳は色こそはオリヤンと違うものの、彼女の父が覚悟を決めた時の瞳にそっくりだとザオラルは思った。


「うまく説明はできんが、もしもの時はフォレスを脱出する用意をしておいた方がいいかも知れない」


「それは、どういう?」


「勘? 予感とでも言えばいいのか。申し訳ないが説明が難しいのだ」


 流石にザオラルの言葉は想定外だったのか、リーディアは目を見開いた。

 これまで乗馬に関することで、助言を貰っていたがいつも具体的で非常に分かりやすかった。今のように言葉にできないということはなかった。

 ただこれまでのザオラルの人生で、この予感に従って間違ったことはなかったことだけは確かだ。


「ふふ、お義父様(とうさま)でもそのようなお顔をすることがあるのですね?」


「!? ひ、姫? 今何と?」


 困った顔を浮かべるザオラルに、リーディアはにこりと微笑んで爆弾を投下する。彼女の言葉にザオラルは驚き、顔を染めながら狼狽えしどろもどろになった。


「うふふ、何でもありません」


 予想通りの義父の反応に満足したリーディアは、動揺するザオラルを尻目に馬のブラッシングを終えるのだった。




 両軍が対峙するタカマ高原は夏を思わせるような日差しが降り注ぎ、()せ返るような草いきれに包まれていた。

 睨み合いになって三日目を迎えていた。

 当初直ぐにでも戦端が開かれるものと考えていたダニエル陣営だったが、意外にもエリアス軍は動きを見せず、両軍高原を挟んで睨み合いとなっていたのだ。

 エリアス軍はグスタフから与えられた八〇〇〇名と、かつての本拠レボルトとその周辺から集めた四〇〇〇名を合わせた一二〇〇〇名だ。対してダニエル軍は三二〇〇〇名。

 軍勢の中にはヨウコやヴィクトルの腹違いの弟達や四天王と(うた)われ他領にも名を轟かせているラーシュ、ユッシ、フベルト、アレクセイを始め、オリヤン時代から仕えている歴戦の騎士達が名を連ねていた。

 それに加えて二・六倍に達する兵力差が、開戦前にもかかわらずエリアス軍を萎縮させているかのようだったが、逆にその兵力差のせいでダニエル本陣で楽観論が蔓延(まんえん)していた。

 対陣して三日まだ開戦していないにも関わらず、歩哨(ほしょう)に立つ兵の表情には緊張感の欠片もなく、辺りを(はばか)ることなく欠伸(あくび)をしている始末だ。

 彼らを統べる主人はさらに酷かった。

 タカマ高原にある本陣からガハラの城へと引き籠もったダニエルは、初日は軍勢を預けた騎士を集め軍議を開いたが、翌日になると早くも弛緩した雰囲気に飲まれ始めていた。

 二日目の夕刻から幕僚を集めて始まった酒宴は、近隣の村から呼び寄せた女に酌をさせて大騒ぎしていたのだ。酒宴は一晩経っても終わらず、翌朝太陽が顔を出しても続いていた。その騒ぎは小さな屋敷では吸収できず、広大な馬場に駐屯する兵の耳にも届いていた。


「朝っぱらからこんなことしてて大丈夫なのか? まだ布陣して三日目だぞ。緩むの早すぎなんじゃねぇか? 相手はすぐ目の前にいるっていうのに」


「知るもんか! 偉い人の考えなんぞ俺らには分かんねぇよ」


「だけど、こんなことしててヤバそうなことくらいは俺だって分かるぞ?」


「じゃあ、お前が言いに行けよ! 確実なのはダニエル様は俺らの気持ちなんざこれっぽっちも考えてない事だけは確かだろうよ!」


 景気付けと言って始まった乱痴気(らんちき)騒ぎに、本気で心配する若い兵士に諦めたように投げやりに答える壮年の兵士。

 だが心配した様子を見せてはいる彼らにも緊張感はなく、馬場の隅で並んで立ち小便をしながら、聞こえてくる宴席への嫉妬に似た感情を吐露しているだけだった。


「でもこの城にこんなに酒なんて置いていたか?」


「ヴィクトル様の差し入れらしいぞ。何でも戦勝への景気づけだとよ。軍議のあとに酒樽を三十も差し入れたとか」


「いくら景気付けとはいえ、酒好きのダニエル様に酒を差し入れされるとは・・・・」


 この惨状をもたらした肝心のヴィクトルはといえば、軍勢の右翼に兄ヨウコと共に布陣しているためこの場には不在だ。『エリアスの動きに対応するため』と模範解答を残し、ダニエルの宴席への誘いには応じてはいない。これではどちらが領主なのか分からなかった。

 ダニエルの酒好きはフォレスでは有名だ。

 エリアスのような気性の激しさはなく暴れることはないが、宴席では酔っぱらい陽気に大騒ぎを繰り返す。散々大騒ぎを繰り返したあと街に繰り出し、路上で前後不覚に陥り眠りこけた姿が何度も目撃されているほどだ。


「いくら圧倒的だからって、(いくさ)の前にダニエル様に酒を差し入れるなんて、ヴィクトル様も何を考えておられるのか・・・・」


 壮年の兵士はそう言って嘆くが、ダニエルに酒が渡ってしまったのは仕方がない。酒宴が始まって一昼夜、そろそろ酒も底をつくはずだ。そうすればこの緩んだ空気も少しはピリッと締まるかも知れない。兵士は後ろ向きながら淡い期待を胸に賑やかな屋敷を見つめるのだった。

 彼らの嘆きを知る由もないダニエルは(はべ)らせた村の娘に酌をさせ、娘の肩を抱き寄せ笑顔を振るまいていた。


「よし、私も舞うぞ!」


 田舎の素朴な舞にも上機嫌で褒美を与え、興が乗ったダニエルが踊りの輪に加わって千鳥足で舞う。娘達の豊穣を祝う舞とは全く違う舞だが、酔っていて誰も気にすることはない。逆にちぐはぐな踊りにより周りに笑顔が弾けていた。


「皆も舞え!」


 赤ら顔のダニエルが機嫌良く幕僚に声を掛ける。服装は乱れ呂律も半分以上は聞き取れずだらしないが、それでも大きな手振りと身振りで彼の言いたいことは何とか理解できた。彼らも立ち上がると踊りの輪に加わっていく。


「ほれ、其方らも舞うのだ!」


 千鳥足で踊るダニエルが、給仕や酌をしていた村の娘にも声を掛ける。

 最初は躊躇していた娘たちだったが、痺れを切らせた幕僚の一人が娘の手を引いて輪の中へと入っていくと、彼女らは戸惑いながらも進み出て一緒に踊るのだった。

 眉を(ひそ)める外の駐屯兵はともかく屋敷の中では、戦地とは思えないほど陽気な音楽が流れ別世界のようであった。

 しかし強引に現実へと引き戻す伝令がガハラの城へと飛び込んでくる。


「ヨウコ様より伝言をお伝えいたします! エリアス様の軍に動きがあります。ダニエル様には至急本陣に戻られますようお願いいたします!」


「・・・・そうか、わかった」


 フラフラと揺れながら、意外にもしっかりした口調で使者を下がらせると、ダニエルは据わった目で幕僚に指示を飛ばした。


「よし聞いたな? 出陣するぞ! 続きは兄上を討ってからだ!」


「おぅ!!」


 乱痴気騒ぎをしていた彼らだったが、ダニエルが檄を飛ばすと一斉に出陣準備に取りかかり始めた。もちろん酒は抜けておらず真っ直ぐ歩けない者もいるが、それでも先程までの騒ぎが嘘の様な変わりように、娘たちも呆気にとられるほどだった。

 その日の午後、タカマ高原でダニエルとエリアスの戦いの火蓋(ひぶた)が切って落とされた。

リーディアのいたずらに、戸惑いながらも嬉しいザオラルです。

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