E-097 西に魔族が現れた
西の尾根の柵作りの2年目だ。
2個小隊に銃兵を1個分隊、それに伝令の少年を2人の100人ほどの人員で作業を始める。
今年の目標は、尾根の東に作った屯所2つをさらに1つ増やすことと、屯所までの道を整備することにある。資材は魔法の袋を使って運ぶことも出来るけど、急峻な山肌だからなぁ。上る距離が長くなってもそれだけ傾斜が緩やかになるから上り下りは楽になるだろう。
嬉しいことに、マクランさんが開拓民の有志を30人程同行させてくれた。
尾根に仮の柵が出来たことで、尾根の東に開拓集落を作ることにしたらしい。歩いて半日の距離だけど、開拓を西に向かって進めれば、尾根の東に村を作った方が畑仕事が楽になるのが理解されたみたいだ。
若い開拓民が入植するためのログハウスと水場を作るとのことだが、尾根の守りに着く兵士達が尾根に上がる前の休息場としても使えるはずだし、何といっても2個分隊程のクロスボウ兵が1時間程度で増援に来てくれるのがありがたい。
尾根を登って屯所に到着したところで昼食を取る。
良く晴れているから、南の伸びる尾根が良く見える。西の低い尾根は注意しないといけないんだが、魔族の姿は無いようだ。
昼食が済むと、とりあえず荷物の整理と水汲みが始まった。焚き木を集めに向かう連中もいるようだけど指示を出さずとも自発的に動いてくれる。それほど時間は掛からないだろうから、今日はゆっくりと休んでもらおう。明日からはキツイ作業を始めることになる。
指揮所にレンジャーのリーダーが顔を出したので、小隊長を集めて明日からの作業の段取りを説明する。
「今年は道作りが主になる。作る道は尾根の東の斜面を登る道だけど、昨年に道を作れそうなか所を見付けて杭を打ってある。その杭に沿って道を作るんだが、道幅は1ユーデを越えるほどにしてくれ。荷車は無理だろうけど、一輪車が使えるなら色々と役立つはずだ」
石を尾根に運ぶとなると、籠に入れて担ぐかそれとも一輪車を使うかだろう。
魔法の袋も使えるが、石だからなぁ……、破損してしまわないかと心配になる。そんな心配をするなら、皆で運んだ方が安心できる。
「冬の間、魔族の姿は無かったぞ。一昨年は何度か姿を見せたんだが、去年はまったく無しだ」
ハンターの話を皆が真剣な表情で聞いている。この尾根は魔族相手の最前線そのものだからなぁ。
「東の監視はよろしくお願いしますよ」
「ああ、任せとけ。だが、南に1つ監視所を作ってくれるとありがたい」
そんな依頼に、銃兵を率いるエリンが頷いている。
監視はエリンに任せておこう。
「ところで、獣は相変わらずですか?」
「たまに西の谷にシカに群れが通るぞ。尾根から谷に下りるには、俺達の小屋から少し北にある西のこぶを使うと楽に下りれるんだ」
敵が攻めてくるときもその道が使えそうだと考えていると、レンジャーが笑みを浮かべてそれは無いと言ってくれた。途中に2ユーデほどの崖があるらしい。ハシゴを用意しないとそこで停滞してしまうとのことだ。
「道といっても獣道だ。兵士が並んで通れるような道ではないが、俺達の狩りには何の問題も無い」
「魔族の脚力は俺達を越えますよ!」
「だが横に展開できない。2か所程岩の割れ目を通るからな。弓兵1個分隊で魔族を止められるだろう」
クロスボウ兵を率いてきた小隊長が頷いている。明日にでも現場を見て来ようと思っているのだろう。状況によっては移動式の柵をいくつか作っておくことになりそうだな。
「ところで、石はどこから運ぶのでしょうか?」
エリンの素朴な疑問に、思わず天を仰ぐ。
あちこちに転がってはいるんだが、確かに石垣を作るには少なすぎる。
村の北側には大きなガレ場があったからいくらでも手に入れることが出来るんだが、この辺りは山腹崩壊の痕跡がそれほどではないんだよなぁ……。
「悪い……。うっかりしてた」
「それなら1個分隊を派遣して北を探しましょう。村の北側にあったぐらいですから、この辺りにもあるはずです」
スコティに助けられた感じだな。
ちょっと出だしが問題だったが、翌日の午後には小さなガレ場を見付けてくれたので一安心。
これで、本格的な石垣と柵を作ることが出来る。
工事を行っている小隊が10日ごとに交代するのは前年と同じだ。2度彼らが交代したところで、俺とナナちゃんも一緒に村に戻る。
マーベル共和国の全体状況を確認するためだが、戻るたびに尾根の麓の集落が大きくなっているのが良く分かる。
すでに20軒を超えるログハウスが出来ているし、そこで暮らしを始めている。
数十人を超える老若男女が開墾をしている姿を見ていると、自然に頭が下がるんだよなぁ。開拓村の当初の姿はこのようなものなんだろう。
俺達の村は、避難民と兵士達で一気に作り上げた感じがするけど、この開拓村は、自分のことは自分でやるという心意気で励んでいるみたいだ。
きっと立派な畑になるに違いない。
だが、ところどころにある大きな切り株の始末は、兵士達に任せた方が早く片付けられるんじゃないかな。それぐらいは手伝ってあげるべきだろう。
指揮所に戻ってレイニーさん達に、尾根の麓の村の様子を離したところ、さっそくガイネルさんが1個小隊を派遣してくれた。
トラ族だけで構成する小隊だから、大きな切り株でも容易に引き抜いてくれるに違いない。
夏至近くになると、良く耕された畑が数百ユーデ四方に広がっていた。
雑草や、灰を鋤き込んで種を撒いているところを見たけど、晩秋にはどんな作物が収穫できるのかな?
ちょっと楽しみになってきた。
尾根に上る道作りは、結構な難工事だ。
谷側に杭を打って土留めを作り、山肌を削って杭の高さまで平らにする。夏至を過ぎても半分にも達しないから、今年中の完成は望めそうもない。
もっとも、雑な工事では直ぐに道が壊れそうだから、工事期間が延びてもしっかりした道を作っていかねばなるまい。
さらに面倒なのは尾根の石垣作りだ。
昨年作った柵から1ユーデほど東に作り始めたんだが、石積み用の石の運搬に苦労している。
ガレ場で石を背負いかごに数個の石を入れて尾根まで運ぶんだが、獣人族はトラ族以外あまり体力が無いからなぁ。
尾根に上る道が整備できれば、案外石垣作りが進みそうだが、現状では10日で2ユーデも進まないんだよね。
夏至の行商人の店開きに合わせて村に戻り防衛委員会で状況を説明すると、ガイネルさんがトラ族の兵士を2個分隊増援してくれた。
石運びを手伝ってくれるらしいから、これで一気に石垣作りが加速するかもしれないな。
石垣作りの状況を視察に来たレイニーさんとエルドさんを工事現場に案内したところで待機所の広場で休憩を取る。
あまり深刻な表情をしていないところを見ると、俺の状況報告よりマシな印象を持ったということなんだろうか?
「工事の進捗は遅くとも、進んでいるんですから問題は無いでしょう。しっかりした柵がすでにあるんですからね」
「この尾根の西が案外急斜面ですからねぇ。尾根事態が城壁と言っても良いぐらいです。かつての出城の丸太塀より遥かにマシですよ」
「まあ、あれはあれ以上の塀が出来なかったからなぁ。だけど、魔族本隊が相手となれば頑丈すぎることはないと思うんだけど……」
2人には、それほど心配は無いのだろうか?
小さな焚火でナナちゃんが沸かしてくれたお茶を飲む。
2人には魔族の脅威よりも、ここからの眺めの方が気に入ったみたいだな。確かに今日は天気も良いから東の村まで良く見える。ちょっとかすんでいるのは昼食作りの煙のせいだろう。南の城壁もおおよその姿が見えるんだが、まだまだ東の方で工事をしているから、この近くで工事を行うのはずっと先の事だろう。案外尾根の石積みと柵作りの終わりは同時期になりそうに思える。
「ここからの監視なら、魔族の襲来を早期に知ることが出来ますね」
「西隣の尾根が低いですから、さらに西も見ることが出来ます。一気に西の尾根を越えて谷からこの尾根を攻めることは無いでしょう。西側も結構急斜面ですし、三分の一ほど立ち木を伐採しましたから攻め上るには時間が掛かるでしょうし、迎撃は容易だと思っています」
「ここなら弓兵だけでも防衛できそうですね。それに加えて小型のカタパルトをここに据えるんでしょう?」
「さすがに弓兵とクロスボウ兵では無理でしょうが、重装歩兵の必要はないでしょうね。
弓兵小隊の半分を軽装歩兵にするなら2個小隊とカタパルト部隊で十分かと」
「そのクロスボウ部隊は麓の開拓村からということですね」
レイニーさんの問いに小さく頷いた。
クロスボウならある程度の練習で使いこなすことが出来る。飛距離100ユーデ以下ならかなりの命中率も期待できるだろう。それに少年達もいるだろうから投石具を使っての攻撃だって期待できるはずだ。クロスボウ1個小隊は、定員以上に膨らむんじゃないかな。
麓の開拓村は現在は集落規模だけど、これからどんどん入植していくに違いない。
それだけ防衛力が増していくことになるだろう。
「尾根の西に魔族が姿を現しも半日は攻撃が遅れるでしょう。半日あれば村から援軍を送れます」
「送れば村の防衛力がそれだけ低下します。場合によっては総動員体制を考えないといけなくなりますよ」
魔族とサドリナス王国軍が連携するとは思えないが、互いにチャンではあるだろう。
俺達が2正面作戦を行うには、まだまだ無理があるだろうなぁ。
兵士の不足を爆弾で補う外に手は無さそうだ。
尾根沿いに火薬庫をいくつか作って、その時に備えることにするか……。
マーベル共和国の最大の課題は国民の数だろう。
国民の五分の一が正規軍なんてのは王国でさえないだろうからなぁ。民兵を含めれば半数に届きそうだ。そんな国の生産力はおって知るべしということだ。
何とか国民の1割程度に、正規軍の数を持っていきたいところではあるんだよなあ。
レイニーさん達も、じっとカップを見つめて考え込んでいる。たぶん思うところは同じだろう。
まったく困った話だ……。
一服しようとパイプを取り出そうとした時だった。
いきなり扉が乱暴に開かれ兵士が飛び込んできた。
「大変です! 西に尾根に魔族が姿を現しました!」
「なんだと!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで席を立つと、指揮所から飛び出した。
指揮所の周囲を囲んでいる盾の隙間から西を窺うと……、数体の魔族がこちらに顔を向けている。
後続は……、いないようだな?
「先行偵察部隊ですかね?」
「威力偵察には数が足りない。この尾根を知っただろうから必ず何らかの攻撃を仕掛けてきそうだ」
カリン達に監視を続けて貰い、俺達は指揮所に引き上げる。
さて……、どうするか。
先ほどまで悩んでいたことが現実になってしまった。




