E-096 貴族同士が争ったらしい
春分の20日ほど前に、オビールさん達レンジャーの1団が共和国を訪れた。
今回は避難民を連れていないから、春分前に先行して食料を運んできてくれたのだろう。
仲間がエクドラさんのところに向ったのを見送ったオビールさんが、一行を見ていた俺のところにやってくる。
指揮所に案内すると暖炉傍のベンチに腰を下ろして貰い、レイニーさんとオビールさんの話を聞くことにした。
「まったく困った話だ。この季節に貴族同士が争い始めたよ。文官貴族ならさほど問題は無いんだが、武官貴族が対立したらしい」
文官貴族なら、身辺と館の警護をする私兵数人だろう。だが武官貴族ともなれば話は別だ。戦場にも出向くことになるから身辺警護のための私兵を数多く持てるのだ。上位貴族ともなれば1個小隊を越えることもあるらしい。
王都でそんな私兵が争ったとなれば、かなりの被害が出たことは容易に想像できる。
「勝負の行方より、それが治まったかどうかが気になりますね」
「2晩で治まったらしい。もっとも、近衛軍が潰した結果だからなあ。3つ程貴族の首が飛んだと聞いたぞ」
なるほど、まだまだ王宮は近衛兵を御せるということだな。
これで貴族達が治まれば良いのだが、権益に空きが出るとなれば再び動き出すんじゃないか?
暖炉の焚き木でパイプに火を点けると、ゆっくりと煙の動きを見ながら考えを巡らす。
そんなことをしている状況では無いんだが、それに選民思想が働いたなら……。
「王都の住民に変わりは無いんですか?」
「噂では、強制招集が行われているらしい。魔族相手に負け戦続きだからなぁ。ギルドの仕事も難しくなったようだ。王都からレンジャーが離れ始めている」
「オビールさん達も、身の振り方を考えなければいけなくなりそうですね?」
俺の言葉にオビールさんがちょっと驚いたようだけど、次ぎの瞬間笑い出した。
「俺達はレンジャーを止めないよ。場合によってはサドリナス王国を離れるかもしれんが、その時の行先はオリガン領のギルドになるぞ」
オリガン領のレンジャーとは長い付き合いということか。
オビールさんの仲間は全員人間族だから、隣国に行っても活動はできるだろう。
レンジャーの鑑札があれば王国間を自由に移動できるのも都合が良い。
「オリガン家もかなり微妙な綱渡りをしているようです。向こうは向こうで苦労するかもしれませんよ」
「結構楽しくやっているようだぞ。大型の獣は少ないようだが、野ウサギが増えて困っているらしい」
今度は俺が笑みを浮かべてしまった。畑を荒らす野ウサギは農家の嫌われ者だが、野ウサギのシチューは美味しいんだよなあ。俺の大好物だ。
「散々俺も追いかけましたよ。野ウサギ刈りで弓の腕を上げたようなものです」
「だろうなあ。こっちから渡ったレンジャーが苦労していると聞いたよ。オリガン領で野ウサギを狩れるレンジャーの弓の腕は相当らしいな」
ちょっと誇らしくなってきたけど、俺はレンジャーでは無いんだよね。
共和国に一生いることは無いだろうから、国を去る時にはレンジャーとして暮らしてみようかな。
「まあ、そんな状況だから俺達を心配することは無い。国造りを頑張ってくれ。俺達もその国造りに少しは貢献できたと誇れるようにな」
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
互いに手を握ったところで、オビールさんは仲間のところに向っていった。
お茶を入れなおして、パイプに火を点ける。
じっと俺達の話を聞いていたレイニーさんが、俺に不安気な視線を向ける。
「やはり内乱に発展するのでしょうか?」
「王国を二分するようなことにはならないでしょう。ギリギリのところで踏みとどまっているようですけど、魔族相手の戦の士気はどん底に向かっていると思いますよ。砦に籠っての防戦でもかなりの犠牲者を出すかもしれません」
「となれば、しばらくは私達に矛先を向けてくることはないと?」
「少しは安心できます。でも浮かれることなく計画を遂行しましょう。南の城壁は大工事ですからね」
サドリナス王国の王宮が揺れているとしても、長く続くことは無いだろう。貴族同士の潰し合いが王族を巻き込むようなら泥沼にはまっていくんだが、現状ではその兆しは無さそうだ。
だがブリガンディ王国の方はどうなっているんだろう?
父上と兄上がいるんだから、領内に足を踏み入れるような連中は片端から排除しているに違いない。それによって相手の同盟化に結び付く可能性だってあるんじゃないかな?
反オリガンを旗印にされたら、いくら兄上だってどうしようもなくなってしまう。
「心配ですか?」
俺が急に静かになったから、心配になったのだろう。レイニーさんが問い掛けてきた。
「申し訳ありません。ちょっとブリガンディの今後を考えてました。案外、反オリガンで結集しないとも限らないと……」
「オリガン家を潰すと!」
かなり驚いてるなあ。貴族の中では下の方だが、王国建国時に多大な功労をしたようだからね。名のある家では無かったのだが、初代国王からオリガンの名を賜れたらしい。
その前は何をしていたのか、何代も続いている中でそれはうやむやになってしまった。俺は平民だと思ってるんだけど、兄上はレンジャーかもしれないと言っていたな。
「一応貴族ではありますが、あまり王宮に出ない貴族でもあります。代々が王国軍の大隊指揮をしていましたし、魔族討伐の第一線で動いていたようです。
おかげで王宮内の政争に関わらずに済んでいたから、ここまで所領を維持してきたようなものです。あまり豊かな所領ではありませんでしたが、住民の不満は無かったように思えます」
「政争に破れて、いつの間にか領地の主が変わる場合もあると聞いたことがありますが……」
当主が失脚したなら、領地は手放さざるを得ないだろう。
爵位を剥奪された貴族は直ぐに没落してしまうらしい。そもそも仕事をまともにしてこなかったような連中だからなぁ。自分で稼ぐということを知らないんじゃないか?
武官貴族なら、レンジャーとなって家族を養うぐらいはできるかもしれないけどね。文官貴族なら商人の傍使えが良いところだろう。
「オリガン家なら、領内を出ることなく防備を固めているはずです。王国軍が動くならともかく、貴族の私兵相手に後れを取るようなことは無いはずです」
最悪も考えられるけど、レイニーさんにはそう言っておこう。
それに、ここからでは協力することなど困難だからなあ。
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春分から3日目に、エディンさん達が共和国を訪れた。
まだ少し雪が残っているからロバの曳いてきた荷車の車輪にはスキーが付いている。
行商人も6台の荷車を引いてきたようだ。明日は広場が賑やかになりそうだな。
いつものように指揮所でエディンさんから王国の状況を聞いたのだが、冬だからなあ。あまり変わり映えがないとの事だった。
魔族も冬は大人しいからね。
中2日滞在したエディンさん達を中央楼門より見送り、指揮所に戻ってみると出城から逃げ出した当時の連中が集まっていた。
エディンさんから受け取ったワイン目当てなのかな?
2本あるから、さっそくカップに注いで皆に配ってあげる。
「う~ん……、美味い!」
エルドさんの言葉に、皆の顔に笑みが浮かぶ。
さすがにガラハウさんはムスっとしてるけど、ドワーフ族にはワインは弱いということなんだろう。バッグから蒸留酒を取り出して混ぜているんだよなあ……。
「やはりエディン殿の差し入れだったのね。エルドが上手いワインが飲めるかもしれないと言ってたから皆でやって来たの」
俺達だけで、内緒で飲んでるわけでは無かったんだけどね。
まあ、せっかく集まったんだから、ということで今年の計画について皆で話し合うことにした。
「礼拝所は4つ作りましたから、エディンさんに頼んだ神像が来るのが楽しみですね。たぶん元開拓民のご老人方は、風の礼拝所から順番に礼拝をするんじゃないかと思いますよ」
「それって、どれでも良かったということですか?」
マクランさんの言葉に、思わず問いかけてしまった。案外適当な感じがするな。
「いやいや、結局全ての神がいてこそ作物が実るということですよ。1つに絞るというのはなかなかできないことです」
そういう事か。確かにどれが掛けても作物は実らないに違いない。
それならいっその事、1つの大きな礼拝所に神像を安置しても良かったのかもしれないな。
「礼拝所のような建築なら、直ぐに達成感を味わえられるけど、城壁はそうもいかないなあ。最も出来あかつきには盛大に祝いたい気持ちになってくるよ」
「案外、西の尾根の城壁が出来るのが早いかもしれませんよ。とりあえず仮の柵はできましたから、来月には工事を再開するつもりです」
「今度は私達も行ってみるにゃ。土運びはいいかげん厭きてきたにゃ」
「尾根は石運びになりますよ。石灰石をたっぷり買い込みましたから、石積みを今年から始めます」
う~ん……、とヴァイスさんが考え込んでいる。
石運びの方が辛そうな気もするけどね。
でも、西の尾根に上ったことが無い連中も多そうだ。
結構長めがいい場所だから、1度ぐらいは石積みや石運びをしても良いんじゃないかな。
「今回やって来た避難民はおよそ30家族。2個分隊ほどの増援が期待できますね。ガラハウさん、クロスボウの方はよろしくお願いしますよ」
「20丁なら1か月はかかるじゃろう。マクランの方でも、ボルトは作っておるんじゃろうな?」
笑みを浮かべてマクランさんが頷いたところを見ると、予定数を越えるボルトを作ったようだ。訓練でも結構ボルトを消耗してしまうからなぁ。
やはり板を的にするのが良くないのかもしれない。去年収穫したライムギの麦束を丸めて的を作ってみようか。少しはボルトの破損が減るかもしれない。
「私が作ってあげるにゃ! 弓の的も板を使うより矢が壊れないにゃ」
「板の的は、投石具だけにした方が良さそうですね。少年達が板に石を当てて良い音を立ててますから」
確かに良い音を立てている。大きい的より小さい的の方が音が高いから結構よく聞こえてくる。それだけ命中するようになったということだから、大人達も心強いに違いない。
もっとも、少年達を矢面に立たせたくは無いから、柵を越えてくる敵に備えていつも配置してるんだけどね。
少年やご婦人方の投石部隊は1個小隊を越えてるんじゃないかな?
防衛時の配置場所は後方になっているから、塀を乗り越える敵兵の備えもかなり充実してきた感じだ。




