E-095 礼拝所をたくさん作ろう
年が明けると、建国1周年の記念式典を行った。
広場の雪を取り除いて、エルドさん達が恭しく掲げる国旗にワインのカップを掲げる。
寒いから直ぐに解散になったけど、ヴァイスさんですら式典の際には寒いなんてこぼさないんだからなぁ。
嬉しさで寒さなんか吹き飛んでいたに違いない。
「天気が良くて良かったですね」
「1年があっという間でしたねぇ」
指揮所に俺達と一緒に付いてきた連中が嬉しそうに話をしている。
そんな彼らにナナちゃんとリットンさんがワインのカップを配っているけど、ナナちゃんがトレイに4つも乗せて運んでいるからさっきからハラハラして見てるんだよなぁ。
「あの出城時代が懐かしくなりますねぇ」
「それほど昔じゃないにゃ。それに暮らしもあまり変わりないにゃ」
ヴァイスさんにとってはそうなんだろう。だけどエルドさんの言葉に皆も頷いている。
今年で6年目になるのかな?
年を追うごとに施設が大きくなっている。最初は小さな砦のようだったけど、今では大きな町程になってきたからなぁ。数年後に南の城壁が完成したなら都市国家そのものだ。
完成したあかつきには、サドリナス王国としても攻めようなどと考得なくなるんじゃないかな。
となると、その後は政治的な取り込みということになるんだろう。
そこで問題になるのは宗教を利用した侵略になる。
神官を送り込んで、ゆっくりと住民を洗脳していけば将来的にはマーベル共和国に傀儡政権を作ることも出来るだろうし、その後王国への編入ということも考えられる。
この世界は政治と宗教がかなり結びついているからなぁ。
建国時に宗教の自由を宣言しているから、この地にやってくる神官もいることだろう。
防衛のための城壁や兵器のような目に見える防衛対策も重要だが、目に見えない防衛対策を今後は考えないといけないだろう。
そもそも王政では無いんだから、周辺の王国は俺達の存在を不気味に思うに違いない。場合によっては使節団を派遣して状況確認を行うことも考えられる。
迎賓館とは言わないまでも、使節団を受け入れられる施設を作ることは必要だろう。
「今作っている城壁の中央楼門の内側には大きな広場を作る予定になってますけど、その広場に面して、迎賓館を作る必要があるかもしれませんね。王国軍を1度跳ね返していますから、今度せめて来るときには大軍で来るか、それとも外交使節辺りではないかと」
「外交使節ですか? ……なるほど、静かな戦ということですな」
エルドさんには分かったみたいだ。レイニーさん達は首を傾げている。
「早い話が、交渉人ですよ。宰相と名乗ってきた人物みたいな連中ですね。体で戦わずに頭と口先で戦う戦のようなところがありますから、上手く立ち回らないと飲み込まれてしまいかねません」
「それなら、断るのが一番に思えるのだが?」
そう簡単な話にならないのが、外交なんだよなぁ。
俺達が完全に自給自足するなら鎖国政策を取ることで、外交を完全に止めることも可能だろう。
だが実際には、食料自給もままならない状態だ。幸いにも銅鉱山と砂金の取れる場所を見つけたから何とかなっている状態だ。
それに、鉄や潮、調味料などは完全に商人頼りだからなぁ。
火薬だって、自作できるがその原料の硝石と硫黄はここで手に入らない。
「防衛状態を維持しつつ、他国の干渉を退ける有効な手立てがないと言うことですか……」
「まったくその通りなんです。となると、外交使節と偽って俺達の内情を探りにやってくるのは目に見えています。兵器のいくつかはこの世界で初めて使うものですし、爆弾は他の王国が使っているとも思えません」
「ワシですら初めて見る代物じゃ。それに威力があり過ぎる。あれを知ったなら、直ぐに作り始めるのは確かじゃろうな。……そういう事か! 迎賓館を作って、この地にやって来た人間に共和国内をうろつかさせぬということじゃな」
「そういうことです。足止め施設として使いたいと思っています。迎賓館にいる限り安全は保障するが、施設を許可なく出た場合には安全保障が出来ないことを最初に明言しておくならこちらに落度はありません。俺達を探ろうと館を出た人間を始末しても問題は無いわけです」
「なるほど、最初に籠に入れるということですか! 当然籠の蓋は外しておく、外に出るなら自己責任ということですね」
「虐げた獣人族が作った国の中を勝手に歩き回る人間なら、問答無用で始末できる」
交渉の場と宿泊施設を合体した建屋だけど、それほど大きくなるとも思えない。石造りにせずとも十分だ。
共和国が、迎賓館を持っているという事実が重要なのだ。
「使節団の対応については了解しました。迎賓館から出たなら、身内を無くした避難民に引き渡してあげましょう。少しは溜飲が下がるかもしれません」
エルドさんの言葉に、そういう事かと皆が頷いている。ある意味、罠のような代物だ。
「でも交渉となると面倒ではないでしょうか?」
「ある程度交渉の議題が見えているから、それほど面倒ではないんじゃないかな。向こうの要求は、最初はそれほど多くは無い。
先ずは交易に関わること。これはいかに自分達に利益をもたらすかだから、かなり真剣に交渉してくるでしょう……」
交易については落としどころを決めておけば良いだろう。
交易品と交易量、それに引き渡し場所辺りかな? 商会も限定すべきだろう。商会を装って兵士を送ってくるぐらいはやりかねないからな。
「なるほど、荷改めは城壁の外で行い、我等が認めた商会であることを確認しての開門ですか……。その上で、迎賓館より出さないということですね」
「それが嫌なら、来なければ良いだけだ。俺達はエディンさんとの取引だけでも十分だからね。次に大使の交換になるが、これは認めることは出来ない。大使そのものがその国の内情偵察者のようなものだ。それに大使は相互に交換することが原則だが、選民思想に染まって王国に大使として俺達の仲間を出すことは出来ない」
下手に出せば、人質にされてしまいかねない。
どうせ碌な人物を送ってこないだろうから、これは最初から断ってしまえば良いだろう。
「最後に、かなり面倒な奥の手を使って来る可能性があります。それは共和国に神官を送るという教団側との調整を王国側が行ってからになるんでしょうが……」
「なんだと! 俺達にはフレーン様がいるではないか!」
「そうです。となれば、フレーンさんが属する教団の上位神官がやってくる可能性があります」
「断る手段は無いのか?」
「出来れば断りたいんですが……、それには、皆さんの決断も必要になってきますし、フレーンさんの立場も問題になりかねません」
一番良いのは、新たな教団を立ち上げることなんだけどね。
とはいえ、そんなに都合よく宗教団体を作れるとも思えないからなぁ。
「選民思想に染まった神官が来ないとも限らない。表面は温和に俺達と接しても、その下の顔が分からないということですか……」
「そんなところです。それが正しいように俺達をゆっくりと洗脳する。それでは俺達がこの国を作った意味がありませんからね。それに布教と偽って、共和国内の隅々まで歩かれるのも困ります」
洗脳が進まなければ、この国を攻撃するための情報を集めることだってできるからなぁ。カタパルトやフイフイ砲の存在が分かってしまいかねない。
未知の兵器を持っているということは、相手にとって一番の恐怖だからね。
それを理解できない内は、どうしても足を踏み出し辛いに違いない。
「建国理念に、宗教の自由をうたってましたよね。矛盾しませんか?」
「住民の信仰は自由であることに変わりはありません。問題はそれを指導する人間なんです。神官の多くが人間族、一部にエルフ族がいるようですが教団が神官を派遣するということになるならやってくるのは人間族もしくは選民思想に染まったエルフ族ということになろうかと」
「確かに問題ですね。でもレオン殿は対策案を持っているのでは?」
「住民の心の弱さを突いてくるようなものですから、根本的な対策が無いんです。信仰を捨てろとは言えませんからね。
信仰を捨てずに教団の介入を無くすのであれば共和国内に、共和国の住民が信じる神を祭る礼拝堂を作るぐらいしか考えが及びません。住民には信仰する神に対して祈りを捧げて貰いましょう」
「神と俺達の間に神官を入れる必要はないと?」
「そもそもの発端が、頭のいかれた神官の妄想から選民思想が生まれたようなものです。神の前には全ての生き物が平等の筈。そこに序列を作るような神官が神と俺達の間に入るのは、そもそも神の意志に反するようにも思えてなりません」
急に静かになった。
俯いている者、目を閉じて考えている者、唸っている声まで聞こえてくる。
やはり神官は必要だと思っているんだろうな。
「住民の信じる神については調べてみる必要がありますね。現在の礼拝所は風の神を祭っているようなものですから、住民の中には戸惑っている人もいるでしょう。新たな礼拝所を作るのはやぶさかではありません」
「賛成です! たまに礼拝所はどの神を祭っているのか聞いてくる御老人もおりますからね。やはり自分の信じる神に祈りたいということなんでしょうな」
「神像を作るのも良いかもしれませんね。すべての神像を揃えたらいかがでしょうか?」
レイニーさんの礼拝所建設に、集まった面々が賛成している。
それにしても神像ねぇ……。買えるんだろうか?
オビールさんが来たら、エディンさんに頼んでみようか。小さなもので十分だろう。石像なら砂金1袋で5つの神像が手に入るんじゃないかな。
待てよ……、ひょっとしたら、神像の彫刻を生業とした職人であったなら、アトロポス神について聞いたことがあるかもしれない。まだ信仰する人達がいたなら、神像を手掛けたこともあるかもしれないな。
「レイニーさん。エディンさんに頼んでみましょう。小さな石像なら5つの神像であっても砂金1袋にはならないと思います」
「共和国の住民がそれで安寧を得られるなら、惜しむことは無いでしょう。場所は……」
「今の礼拝所は、ナナちゃんに場所を見付けて貰いました。無垢な心に神は答えてくれるようですから、ナナちゃんに頼んでみましょう。フレーンさんも一緒なら、見つけた場所が神官の目で見ても問題が無いかどうか判断してくれると思います」
そんなことでナナちゃんの仕事が出来てしまった。
フレーンさんと共和国内をあちこち探しまわることになりそうだな。
礼拝所の場所が確定したら、エディンさん達が礼拝所を作ることになるらしい。
現在の礼拝所よりも小さなものになるようだ。
まあ、それは仕方が無いだろう。何といっても、神官がいるのは今の礼拝所だけだからね。




