E-091 行商人がだいぶ増えた
夏至の当日に、エディンさん一行がやって来た。
今度は行商人の馬車だけで10台もある。俺達が頼んだ食料や衣服それに農具等が馬車5台に積まれているから、かなりの商いになるのだろう。馬車だけでなくオビールさん達の物魔法の袋だけでも荷馬車3台を超える荷物が入っているんじゃないかな。
何時ものように、行商人やレンジャー達が宿に向かって行くのを眺めながら、エディンさんとオビールさんを指揮所に招いた。
美味しそうなワインと凝った意匠のタバコの缶を受け取ると、2人にワインを振る舞う。
ワインはレイニーさんに渡して、タバコの缶は俺のバッグに入れる。ちょっとした余禄だけど、これぐらいなら見逃して貰いたいところだ。
「だいぶ行商人の数が多いですね?」
「それだけ、この国に魅力を感じているのでしょう。金払いは良いですし、纏まった商いが出来ます。村や町を1か月ほど掛けて商いをしても、ここで2日店開きをするより儲けは少ないようです」
それだけ村や町に余裕がなくなってきたということなんだろうか?
徴兵されれば、農業で得る収入よりも少し多くの給金が出るし、何より不作を嘆くことも無い。
まさか、王国の金払いに支障が出ているということか?
「兵役に出るなら、それなりの辺境の村に金が落ちる気がするのですが?」
「戦から逃げ出す兵士が多いようです。戦死ではありませんから、そんな兵士に給金は出せませんし、見つかれば軽くても鞭打ちですからね。場合によっては死罪となるようです」
それだけ激戦なんだろう。農民を招集して武器を持たせるだけで兵士にするだけだからなぁ。かつてのブリガンディのように訓練を積ませて配属させるような余裕がなくなっているのかもしれない。
「おかげで、商人達も販路を広げて何とかしようとしていますが、マーベル王国については鑑札の発行を頂いたのは私共だけですからね」
「妬む輩も出てくるでしょうけど、その辺りは大丈夫なんですか?」
「御心配には及びません。エクドラさんから頂いた購入品のリストを、いくつかの商人に用立てて貰っています。私共が直接手配して集めたものは半分ほどですよ」
だいぶ他者に回しているようだ。
それなら恨まれることは無いだろう。行商人達もくじ引きで決めているようだから、今回来ることが出来なくとも次を期待して商売に励めるだろう。
「かなり王都は混乱しているようですね?」
「大店の多くが、知り合いの貴族領に避難を始めました。王都の店は閉じてはいませんが、商いの量は減っております」
農村から農民を兵士として集めたから収穫量は減っている。その収穫物を通常の税収まで増税したんだから農村部はかなり寂れているはずだ。商人の売上税も目減りしてい
るようだから、魔族との戦前の2~3割ほどに税収が減っているんじゃないか?
商人達の苦難の時代ともいえそうだ。
薄利多売で何とか、この時代を乗り越えないと没落するだけでは済まないんじゃないか?
「取引量が増えているようですが、あまり値段に変化がないとエクドラさんから聞いてますが?」
「砂金2袋にまで取引量が増えました。1つは、海を越えての商いに使わせて貰っています。もう1つは今まで通りサドリナス王国で交換しています。交易では3割引かれることがありません」
なるほど貿易に使うなら、サドリナス王国の交換所を使わないということになる。交換所の交換率が悪くても、貿易で帳消し出来ているってことだな。
「それで、今回は石炭を20袋用意しました。値段は1袋銀貨1枚程度です。エクドラ様に引き渡しておきますが、次も運ぶ必要がありますか?」
「冬前に、運べるだけ運んで欲しい。20以上でも問題はありません。ネズミに齧られることは無いですし、外に積み上げて藁でもかけておけば大丈夫でしょう」
「ですが匂いがあるので、冬場に利用する家はサドリナスでは全くおりませんよ。昔、物好きな貴族に用立てした話をかつての主人に聞いたことがあります。1晩で、今まで通りの薪に戻したようです」
暖炉で石炭を焚いたのか。確かに匂うだろうな。だけど焚き木よりは扱いやすいと思うんだけどね。
「人が増えれば森が無くなると聞いたことがあります。マーベル国も、やはり焚き木は足りませんか」
「炭焼用の広葉樹はなるべく温存して杉を切り倒してますよ。もっとも開拓の邪魔になる立ち木は伐採するしかありませんから、現状では焚き木に困ることは無いんですが、将来を考えると不安です」
エディンさんが頷いているのは、単なる物好きでは無かったようだと考えているに違いない。焚き木が取れる森を植林して作ろうと考えているけど、まだこの時代には植林という考えは無いようだ。俺のもう1つの記憶で、それが可能であることは分かったけど、森が出来るまでにはかなりの年月が掛かるんだろうな。
「そうだ! オリガン領から避難民を案内してくるレンジャーにこの手紙を頼んでくれませんか?」
「あて先は……、了解だ!」
オビールさんが、手紙をバッグに収めて席を立った。
エディンさんも立ち上がると、俺達に頭を下げて指揮所を出ていく。
今回の避難民は100人に満たないらしいが、子供達だけでも20人を超えているとのことだ。子供達にはさぞかし辛い旅だったに違いない。
「明日は広場が賑わうでしょうね。レイニーさんも出掛けるんでしょう?」
「兵士の中に結婚する者が出てきたようです。明日は、贈り物を選ぼうかと……」
嬉しそうに話してくれたけど、レイニーさんだって頑張って相手を見付けて欲しいところだ。
さて、結婚するのは誰なんだろう?
俺のところに知らせが来ないということは、あまり知らない人物なのかもしれないな。
式に参加できなくとも、集会場を課しきって皆で騒ぐに違いない。となれば、ちょっと良いワインを何本か贈ってあげれば喜ばれそうだ。
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広場で2日間行商人が店開きをして帰っていく。
さすがに以前のように商品が無くなるということは無かったようだが、それでもほとんどを売り切ったようだから行商人達は笑みを浮かべている。
生憎と品切れとなった商品や、持ってこなかった商品を新たに頼まれた行商人もいるらしいが、エディンさんが間を取り持ってくれるとのことだから、クジ運が悪く次に来れない場合はエディンさんが持ってきてくれるらしい。
俺達に頭を下げて荷馬車に乗り込んでいったけど、さすがに帰りは避難民がいないから少しは早く帰れるに違いない。
さて、マーベル共和国の雑貨屋はどうなったのかな?
様子を見ようと、店の前まで行ったんだが『準備中』の看板が出ていた。
あれだけ棚があるからなぁ。並べるのも大変なんだろう。次にやって来た時に覗いてみよう。
「ナナちゃんは何を買ったんだい?」
「お菓子と、飴玉にゃ。リボンが欲しかったけど、ヴァイス姉さんが作ってくれるって言ってたにゃ。毛糸玉はまだあるから、次に来た時に買うにゃ」
嗜好品ってことだな。俺もタバコを1缶と柑橘類の蒸留酒を手に入れた。せっかくスキットルを持ってるんだからなぁ。ワインではなく蒸留酒を入れておきたい。
でもリボンを欲しがるなんて、女の子だな。頭を撫でてあげるとペタっと俺にくっついてきた。
指揮所に戻り、さっそくスキットルに蒸留酒を入れる。残った蒸留酒はガラハウさんに渡そう。エディンさんの話ではガラハウさんの飲んでいる蒸留酒より、少し上物らしい。
さて、結婚式はいつやるんだろう?
多分西の工事に参加する連中の中にも結婚式の参加者がいるだろうから、できれば指揮を終えてから出発したいところだ。
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西の尾根に向かったのは、エディンさん達が帰ってから5日目の事だった。
結婚式は1組だけだと思っていたんだが6組とはねぇ……。合同で行ったから関係者達が集会場に入り切れなくなってしまった。
国会を開催する大きな会議室のテーブルや椅子を片付けての式は、ある意味凄い話だと考えてしまう。
次は合同でやる時には少し考えて貰おう。
何とか6組の式を執り行ったけど、さすがに10組は無理だろう。1日最大3組が良いところじゃないかな。
披露宴は広場にテーブルを用意して行った。エクドラさん達が作ったケーキに子供達が大歓声を上げていた。
少しずつ切り分けられたケーキを手に、ワインを頂く。
陽気な音楽が奏でられると、広場に輪を作って皆でダンスを楽しんだ。
王国から避難してきた当初は物の表情に余裕が無かったけれど、こうやって楽しめるまでになったんだからマーベル共和国はますます発展するに違いない。
夜遅くまでワインを飲んでいたから、ナナちゃんに酒臭いと言われる始末だ。
度々あるわけでは無いんだからね。ナナちゃんも食べ過ぎたんじゃないかな? しきりにお腹を撫でているんだよね。
出発前日に、荷造りをしているとガラハウさんが指揮所に姿を現した。
俺の前に大きな革袋を下ろして、「酒の礼じゃ!」というと指揮所を去って行った。
なんだろう? 袋を開けると中に入っていたのは握り拳より少し大きな爆弾だった。数は……、12個あるな。
軽装歩兵の小隊に預けておこう。
西の斜面に投げたなら、結構転がり落ちそうだ。敵の足止めにかなり使えるんじゃないか?
「それでは、出掛けてきます。10日過ぎたら交代の部隊を送ってください」
「任せてください。やはり俺も一度出掛けてみます。西は魔族相手ですからねぇ。ある程度地形を頭に入れておかないと……」
エルドさんは真面目だからなぁ。隣のヴァイスさんは何度か尾根に足を運んできたんだけどね。早めに簡単な地図を作った方が良いのかもしれない。
南の城壁との接続もあるし、部隊配置を迅速に行うためには地図は無くてはならない道具だからなぁ。
部隊が西に向かうと、殿を銃兵分隊と共に歩く。今回は、荷車の後ろにナナちゃんが乗っている。
結構揺れるんだけど、毛布を四つ折りにして敷いているからお尻が痛くなることは無いだろう。
西の尾根の工事現場に到着するのは昼過ぎだろう。夏が近づいてきたから尾根に上るときには、たっぷりと汗をかきそうだ。




