E-089 西の尾根の柵作り
2日ほどで広場が出来るかと思ったんだが、どうにか大型テントを張り終えることが出来たのは5日目の事だった。
柵は西の斜面の立ち木を伐採して、丸太を作りそれなりの南に延びている。
とは言っても、まだ100ユーデほどの長さだ。
柵の柱になる丸太を、横木の幅で交互に打ち込んでいけば、杭の間に落とし込むだけで横木を固定できる。杭が並んだ中に、何本か横木の高さの杭を打ち込んだから、そのままでも十分な強度になる。
とは言っても少し心許ないということで、蔓を集めてしっかりと固定することにした。
柵の高さは俺の身長ほどだから2ユーデというところだろう。横木は下から半ユーデずつ3本通すことにした。
これなら柵を乗り越えようとする敵を、短槍で容易に突くことが出来るだろう。
「見替え倒しにも見えますが、格好頑丈になりましたね」
「あくまで仮の柵だからね。最終的には半ユーデほど石を積んでその上にもっと頑丈な柵を作ることになるだろう。だが、今はこれが精一杯だな」
大型テントを指揮所にして、4人で進捗状況を確認する。
明日は、スコティが柵作りを担当して、ソレットはテントを水平に張れるように、テントの土台を作ることになる。
土台といっても、斜面に杭を打って、水平に丸太を並べるだけの代物だ。丸太の上に茂った葉を厚く敷けば少しは丸太のゴツゴツが和らぐだろう。
俺達の寝るテントの数だけ作ることになるから、かなり時間が掛かりそうだ。
出来上がる前に、斜面の上を頭にして寝ることに慣れてしまいそうだな。
「エリンの方の炊事場の方は何とかなりそうかい?」
「後、2日ほど掛かりそうです。今日も尾根を削って炊事場を広げている最中ですから」
「今のところは、魔族の気配すらない。だが油断はできないから、作業場所近くに武器は用意しておいてくれよ」
これで、今夜の会議は終了だ。
俺の言葉に全員が頷くと各自にテントに帰っていく。
俺とナナちゃんのテントは指揮所のすぐ下にあるから、テーブルの上に置いたランタンを手にすると、ナナちゃんを連れてテントに向かった。
上着を脱いで枕元に置くと、横になる。
頭を斜面の上にして寝るんだが、あまり足が下になるのもなぁ……。荷物を丸めて足を乗せているんだけど、あまり長くこんな暮らしをしたくないな。
テントの入り口は下にあるから、しっかりと閉じておく。
今朝はナナちゃんが入り口に引っ掛かっていたからなぁ。入口を空けていたら、斜面を転がって行ったに違いない。
翌朝目が覚めると、装備を調えて指揮所に向かう。
エリンの部隊が作ってくれた朝食を、小隊長達と一緒に頂く。
パンに野菜スープが朝食だ。食事が終わると各部隊の作業が始まるから、残ったのは俺とナナちゃんになる。
2人で尾根に上り、西の尾根を見張る。
ナナちゃんが首に笛を下げているから、何かあればすぐに知らせることが出来るだろう。
だけど、魔族が現れないんだよなぁ。たまに姿を現すなら退屈では無いんだが、まったく動きが無い。
2日前に動くものを見掛けたんだが、望遠鏡でよく見るとシカだった。まだ若いのだろう角がそれほど大きくは無かった。
案外俺は気が短いのかもしれない。直ぐに飽きてしまうんだよなぁ。
それに比べてレンジャー達は、西の尾根の監視をずっと続けてくれてるんだから頭が下がる。
そんな生活が10日続くと、交代要員がやってくる。
軽装歩兵のカイムにクロスボウ兵のオーゼル、銃兵のエリールがそれぞれ部隊を率いてやってきた。
指揮所で簡単な引継ぎを行ったところで、エリン達が尾根を下りていく。
レイニーさんに伝令2人を尾根に来させて欲しいと言伝を頼んだから、早ければ明日にはやって来るかもしれないな。
「まだ斜めにテントを張ってるんですね。私の方で、そっちを何とかします。エリールさんも手伝ってください」
「なら俺達が、柵作りを継続すれば良いですね。まだまだ進んでないと思ってましたが、案外出来てるじゃないですか」
直ぐにも始めようとしていたから、今日は休むように慌てて言いつけた。
早ければ早いに越したことはないが、いつでも戦闘に入れるようにしておくことが大切だ。ここは魔族との最前線でもある。
武器はいつでも傍に置くようにと指示を出す。
柵作りを始めて12日目に、平らなテントで寝ることが出来るようになった。もっともテントに入るには3段のハシゴを登らないといけないが、よほど寝相が悪い物でもない限り、斜面に転がり落ちることは無いだろう。
次は部隊を待機させる広場と、駐屯用のログハウスを作らねばならない。
ログハウスは後にして、広場作りを先行させる。
広場は尾根の東にあるこぶのような場所まで、尾根の東側を崩して平らにしていけば良い。場合によっては尾根側を2ユーデ近く崩すことになるから、土砂が崩れないように杭を打って枝を編みこむ必要がありそうだ。
元開拓民のオーゼル達がスコップや鍬を使ってどんどん尾根を崩していく。エリール達が土留め作業を行っているけど、たちまち土砂が山積みになっていく。
「1個分隊をエリールさんの部隊に派遣します。早めに土砂を片付けないと、どこまで掘り下げたら良いか分からなくなりますから」
オーゼルさんの申し出に、エリールが頭を下げる。
柵作りの方は順調なようだ。
2個分隊で柵を作り1個分隊は西斜面の伐採、残った1個分隊が逆茂木作りをしているらしい。
俺だけでなくオーゼルさん達も西の尾根を見ながらの作業らしいが、やはり独立した監視必要だろう。その役目はナナちゃんと、嬉しそうな顔をしてやってきた2人の少年達に頼むことにした。
魔族の監視を頼むと言ったら目を輝かせて頷いてくれたから、俺よりは安心できそうだ。
「今のところは魔族の姿はありませんが、やはり来るとお考えですか?」
「サドリナス王国のかつての砦は魔族に奪われている。ブリガンディでは砦を襲撃しても直ぐに去って行ったんだが、サドリナスではどうやら違うらしい。落とした砦を拠点化しているようだ。その砦はここよりもさらに南だからなぁ。俺達の戦力が乏しいと見ているんだろう。いつでも落とせると思っているに違いない」
かつての出城のようなものだ。あの時だって、俺達を無視して南の砦を攻撃している。小競り合いはあったものの、あれは魔族の威力偵察と見た方が良いだろう。
俺達には後がない。ここで食い止めなめれば西の塀で止めることになる。止めることは出来ても畑を荒らされては俺達が飢えかねない。住民の暮らしを守ることが防衛軍の仕事だ。この尾根が共和国の西の防衛圏と考えて阻止するしかない。
とはいえ、将来は西に見える尾根を手に入れたいところだ。さすがに柵を作ることは無いが、早期監視拠点を何か所か作ることで、この尾根に防衛部隊を送ることが出来るだろう。
西の尾根を下りてこの尾根に上がるまでに、どれぐらいの時間が掛かるんだろう?
少なくとも1時間で来れるとは思わないが、その時間が迎撃態勢を整えられる時間ということになる。
爆裂矢だけで阻止できるとも思えない。小型のバリスタやカタパルトを作るべきかもしれないな。
それらを迅速に移動するとなれば尾根の道が大事になるんだが、まだまだ道作りを始められる状況ではなさそうだ。
再びスコティ達が尾根にやって来たところで、カイム達と一緒に戻ることにした。3日ほどスコティに代理を頼んで、くれぐれも西の尾根の監視を怠ることが無いようにと指示を出す。
尾根を下りるのは、上るよりも気を配る。
何度か転びそうになったけど、ナナちゃんはぴょんぴょんと撥ねるようにして坂を下りていく。あんな真似を俺がしたら、ふもとまで転がり落ちそうだ。
昼食時を少し過ぎた頃に村に到着する。今でも村と皆が言ってるけど、ここは首都なんじゃないかな?
もっとも俺達の共和国には住民が暮らす場所は、ここしかないんだけどね。
スコティ達は各々の中隊本部に向かったようだ。ナナちゃんが指揮所に寄らずに真っ直ぐ東に向かったのは魚を気にしてたのかな? ナナちゃんが責任者だからね。
ナナちゃんに手を振って、指揮所の扉を開ける。直ぐにレイニーさんと顔が合ったから、状況報告に1度戻ったことを告げた。
レイニーさんがお茶を入れたカップを俺に渡してくれた。自分のカップを持って席に着いたところで進捗状況を報告する。
「……状況は分かりました。引き続き工事を続けてください。それで、何か不足している物はありませんか?」
「一番欲しいのは平らな土地ですね。あれほど広場作りが面倒だとは思いませんでした。南北の道作りは柵作りが一段落してからにしたいですね。それと、秋になっても駐屯用のログハウスが作れない場合は1個小隊を増援して欲しいところです。さすがに冬場に魔族が攻撃してくるとは思えませんが、西の尾根との距離が1コルム程ですから」
「間に合わないということですか……。越冬する部隊も必要ということになりますね」
出来れば2個小隊は欲しいところだ。1個小隊では死兵化しかねない。俺達が柵を作っている尾根はさらに西にある尾根よりも険しいから、それだけ防衛力があるということになる。
爆裂矢と爆弾をふんだんに使うことで、西の眼下に広がる谷で魔族を食い止めたいところだ。
「中隊の半数を副官に率いて貰うことになるでしょうね。防衛委員会で相談してみます」
「よろしくお願いします。後は盾が数十枚欲しいですね。柵に立て掛ければ敵の矢を防げますから」
とりあえずはそんなところだろう。
お茶を頂き、一服をしながらレイニーさんから南の城壁造りの状況を聞くことになった。
後で見に行ってみよう。形が分かると言っていたからね。楼門は工事中らしいけど、前よりも大きいと教えてくれた。
あまり大きくすると攻め手に都合が良いんだよなぁ。楼門前の道も確認しておいた方が良さそうだ。
「夏至には帰ってこれるんでしょう?」
「そういえば、もう1か月もありませんね。向こうの工事を一時中断して戻ってきますよ。その方が皆も喜ぶでしょう」
行商人の店が出来るからなぁ。それにマーベル共和国に雑貨屋が開店するんだからね。エクドラさんとエディンさんに任せているんだけど、どんな感じの店になるんだか楽しみでもある。




