E-009 魔族の来襲に備えて
早々と夕食を済ませると、兵舎の下士官室に向かう。今日の訓練を踏まえて明日の予定を話し合うらしい。
集まったのは、俺とレイニーさん、それに3人の分隊長だ。ナナちゃんは俺の従者だから隣にちょこんと座っている。
昼に会ったイヌ族のエルドさんにネコ族のヴァイスさん。そして初めて見る顔は?
「リットンよ。凄い腕だよねぇ。感心しちゃった」
「レオンです。こっちがナナ。従者になります」
興味深々で俺を見ているんだけど、オコジョ族と言うだけあって小柄な感じだ。でもスレンダーな容姿をしているから、素早く動けそうだな。
「レオンは人間族で貴族なんだけど、指揮官は気にする必要が無いと言ってくれたわ。中隊長はレオンのお父さんを知ってるみたいだった。その筋では知られた武門の家らしいんだけど、レオンは次男だから……」
3人がうんうんと頷いているのは、俺を気の毒に思ってるんだろうな。
だけど、本人は全然気にしてないんだけどねぇ。
「やはりレオン殿に弓を教授して頂きたいところです。ナナちゃんの弓の腕も、レオン殿の助言で見違えるほどの的中になりました」
「でも、あの距離は無理にゃ。でも、あれだけ飛ぶなら、囲みを作る魔族に矢を放てるにゃ」
「部下から聞いたよ。ずっと屋根の上で考えてたって」
レイニーさんが、皆にカップを配ってワインを注いで渡している。小隊長はそんなことまでしないといけないのかな?
やはり、俺がしないといけないんじゃないかと考えてしまう。
「レオンに何か考えがあるかしら?」
「その前に、一応同じ部隊の仲間ということで、敬語は無しにしませんか? 余所行きの言葉使いは結構疲れます」
「普段の話言葉で十分よ。でも中隊長や他の小隊長と話す時には気を付けて欲しいわ」
「そうにゃ! 丁寧に話をされると、どう答えて良いのか考えてしまうにゃ」
良かった。これで普通に話せるぞ。
「気が付いたことが3つある。1つは、屋根の上の休憩所の屋根を厚くすることが必要だ。あれでは、矢が貫通してしまう。擁壁で弓を引く時も相手の矢を防ぐことが必要だろう。擁壁の高さは十分だから、擁壁の上に板を乗せて何か所かに屋根を作れば十分だろう。敵が雨のように矢を降らせても、板の下に入れば安全だ。
2つ目は、捨てても良さそうな革鎧はないかな? 的を射るよりも人に似せた物を普段から射る方が効果的だ。特に新兵の場合は、どうしても生きてるものに矢を放つには度胸がいるからね。それに丸い的ではなく人型なら、左右に外れるより上下に外れる方が効果的だと自覚できるだろう。
3つ目は、この砦に鍛冶屋はいるかな? 弓と鏃を少し変えたいと思っているんだ」
4人が顔を見合わせている。
今まで気付かなかったのだろうか? それとも上官に具申しても相手にされなかったのかな?
「屋根は効果がありそうだ。軽装歩兵部隊の副官がやられたのも敵の矢だったからなあ。俺の方で形にするよ」
「古い革鎧は、私が探して来るにゃ。魔族の鎧ならたくさんあったにゃ」
「鍛冶屋は私になるのかな? それで、どんな鏃にするの?」
勝手に役割を決めてしまったけど良いのかな?
ちらりとレイニーさんを見ると、嬉しそうな顔をしているから問題は無さそうだ。
「こんな形の鏃だ。この大きさで作って矢に取り付けてくれればありがたい。ついでに弓を作れる職人がいるか聞いてくれないかな?」
メモ用紙を取り出して、作って貰う鏃を描いた。5寸釘の先端に小さな返しを付けたような代物だ。
鎧通しとも呼ばれる鏃だから、チェーンメイル程度の鎧なら容易に貫通するだろう。
「変わった鏃だ。猟をして腕を磨くということか?」
「現在使っている鏃では革鎧をどうにか貫通できるぐらいでしょうが、この形状なら、チェーンメイルを貫通できますよ」
俺の言葉に、リットンさんが眺めている鏃の絵を全員が眺め出した。
ちょっと疑問はあるだろうが、試してみれば分かることだ。
打ち合わせが終わったところで、ナナちゃんを連れて部屋に向かった。
扉を開けてびっくりした。
革鎧がベッドの上に乗っている。
お仕着せの革鎧だが、弓兵なら少し変えたいところもある。
少し改造して良いかを明日聞いてみよう。ナナちゃんのベッドにも皮の帽子が乗っている。鎧は無理でも、帽子を被れば少しは気分が出ると考えたのかな?
本人は少し緩めの帽子を被って満足そうな表情をしている。ヴァイスさんが同じような帽子を被っていたからお揃いになるのが嬉しいのかもしれない。
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翌日も弓の練習に付き合うことになったが、弓を射る姿勢を直すだけでだいぶ集束するようになってきた。
明日は、射点を伸ばして確認してみよう。
ナナちゃんは的の近くで練習だ。
元々が初心者用の弓だからね。それでも中心点近くに集束しているから、野ウサギなら十分に狩ることができるだろう。
その夜、下士官室に6人が集まった。
今夜は、王都で買い込んできたワインを持って来た。各分隊長に1本ずつ渡したところで、皆のカップにワインを注ぐ。申し訳ないけど、ナナちゃんはお茶になってしまう。
一口飲んでちょっと驚いているから、やはり普段飲んでいるワインよりも上物だったのだろう。
「本当に貰えるのかにゃ? 返さないにゃ!」
ヴァイスさん、自分で全部飲もうなんて考えてないよな?
「ヴァイス、部下にも分けてあげるのよ」
レイニーさんも俺と同じ考えのようだ。他の人も頷いているからかなり怪しく思えてしまう。
「それで、どうなったの? 一応中隊長の許可は取ってあるけど」
レイニーさんが3人の状況を確認すると、3人とも笑みを浮かべているから、何とかなるってことなんだろう。
「俺の方は、やってきた商人に厚手の板を頼んどいたが、銀貨2枚は必要だろう。砦の維持費から出せるかが問題だ」
「頼んだのは俺ですから、俺の方で用立てます。柱も何とかしたいですね」
「偵察部隊に頼んでおいた。引き受けてくれたよ。毎日数本は集まるだろう」
どれぐらいの太さかは分からないけど、使い道はありそうだ。
偵察部隊に渡してくれと、ワインを1ビンと銀貨を3枚渡しておく。余ればワインを買えば良い。
「魔族の革鎧を3つ貰ったにゃ。的の裏に置いてあるから、明日は的の丸太で吊り下げてみるにゃ」
「ドワーフの爺さんが驚いてた。『誰の発案じゃ!』なんて言ってたけど、3日で1ケース分の矢を作ってくれるみたい」
1ケース分というのは矢筒に入れる12本ということだろう。これでどれぐらい違いがあるかを、魔族の革鎧で確認できそうだ。
レイニーさんも笑みを浮かべてワインを飲んでいるから、このまま進めても良いということだろう。
「レオンにお金を出して貰うのは考えてしまうわね。明日、中隊長に確認してみるわ」
「砦の維持費から出せなくとも大丈夫だ。元々準爵の報酬を前払いで貰っているからね。父上は、半分以上自分以外のことに使えと言っていたよ」
母上から頂いた金貨は大切に持っていよう。
それに、これまでに使った金額は俺が貯えたお金で十分に賄えるほどだ。
翌日。砦内で最長となる射点から、魔族の鎧に深く突き刺さる俺の矢を見て、観衆が息を飲む。
だが近寄ってみると、鎧の裏に突き出した鏃はそれほど長くはない。大きく開いた鏃が邪魔をしているに違いない。
鏃開きを無くした矢を数本作って、試してみるのもおもしろそうだな。
「的には当てられても、鎧となるとそれだけではいけないんですね」
「それでも、最初から比べるとだいぶ当たってますよ。後は練習を繰り返すだけです。確かに深くは刺さりませんが、その解決策もありますから」
数日後、鎧通しを付けた矢を放ってみた。
鎧の裏に10cmほど突き出している。これなら致命傷を与えることも可能だろう。
そのままにしてほしいと、レイニーさんが声を上げて指揮所に走って行った。
やがて、中隊長を伴って練習場にやってきたのだが、鎧の裏に突き出た鏃を見て感心していた。
これで鎧通しの鏃を持つ矢が増えるならありがたいところだ。
思い付きで作った鏃の開きを無くした矢は、1イルム以上鎧を突き通していた。今までの矢の鏃を数回ハンマーで叩くだけで出来るんだから、早急に手直しした方が良いのかもしれない。
「弓が作れる職人だけど、ドワーフの中に1人見付けたよ。短弓なら買えば良い、と言ってたけど」
「ならこれを作れるか聞いて欲しいな」
描かれた弓を見て目を丸くしていたが、直ぐに俺に顔を向けた。
驚くのも無理はない。メモに書かれた弓は長さが10フィルト(3m)もある。矢も親指の太さで、長さが5フィルトだ。
「レオンが使うの?」
「いや、皆が使える。これなら120ユーデ先を狙える。上手く行けば150ユーデも無理じゃない」
「とても私には持てないと思うけど?」
「こうやって使うんだ……」
メモ用紙に簡単な絵を描く。丸太で三脚を組み、弓を横に取り付ける。方向を定めるのは少し面倒だけど、2人掛かりなら何とかなるだろう。
弓は両手で引けば容易なはずだ。
これが上手く行くなら、バリスタを作れるだろう。だけど複雑になりそうだから、ゆっくりと作るしかなさそうだ。
10日もすると、ナナちゃんの弓の腕もだいぶ上がってきた。
行商人から子供用の皮手袋を買って、人差し指と中指に厚手の革を張って貰ったから、弦を引いてもそれほど痛くなくなったのが良い結果になったようだ。
ヴァイスさん達も真似して作っていたぐらいだからね。
ついでに、アームガードも作って貰っているんだが、これはさすがに砦からは出せないようだ。纏め買いして安く済ませることになったんだが、銀貨十数枚なら俺の手持ちで問題はない。だけど、今まで弦を腕に当てることは無かったのかな?
「手袋とアームガードのおかげで、弦を力一杯引くことができるよ。飛距離も伸びたし、的にだいぶ当たるようになった」
「厚手の上着を着ずに済みますからね。冬はともかく夏にはありがたい品です」
エルドさんとリットンさんは嬉しそうに話している。
確かに当たるようになってきた。練習を俺と一緒に見ているレイニーさんも笑みを浮かべている。
「ところで以前から気になっていたんだが、レイニーさんは銃を持たないのか?」
ここは最前線ということもあるんだろう。銃兵はバレルの少し長い銃を担いでいるんだが、中隊長や小隊長はベルトに短銃を差し込んでいるようだ。
俺も兄上から頂いたカルバン銃をベルトに下げているぐらいだからね。
「欲しいとは思うんですけど……。生憎とあれは皆個人の装備品なんです。結構な値段ですから、まだ手に入れられないんです」
小隊長の給与は毎月銀貨4枚らしい。
志願兵とのことだから、給与の大部分は親元に送っているのだろう。
持たなくとも任務には問題ないだろうからなぁ。だけどレイニーさんとしては小隊長としての形は何とかしたいと思っているに違いない。
「少年時代に手に入れた品ですけど、よろしかったら使ってくれませんか? この砦に向かうと聞いた兄上から銃を頂いたので、その内に商人に引き取ってもらおうと考えていた品なんですが」
バッグから懐かしい短銃を取り出して、銃弾の入った革袋と共にレイニーさんの前に置いた。
ちょっと驚いて俺とテーブルの上に乗った短銃を交互に見ていたが、恐る恐る短銃に手を伸ばして手に取って眺めている。
「こんな立派な銃で練習していたんですか?」
「新品なら立派な銃なんだろうけど、生憎と中古品なんだ。小遣いを貯めて買ったものの、手にして初めて使い方が分からないことに気が付いたぐらいだ。
たまたま館にやって来た猟師に教えて貰ったけど、最初に撃った時には握った手から飛び出したよ。それからは、握力を鍛えてばかりだったなあ」
「ありがとうございます!」と言って頭を下げると、直ぐにホルスターをベルトに下げている。
前装式の短銃だからなぁ。戦の最中に次弾を装填するのはなかなか難しいが、腰にあるだけで安心できるだろう。
何と言っても魔族と戦う最前線だ。どんな魔物がやって来るか分からない。
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弓隊の装備が少しずつ改善しているから、レイニーさんの表情も会った当初から比べて明るくなってきた感じがする。
毎日の小隊内の会議も、色々と意見が出るようになってきた。
今では屋根の休憩所もだいぶ大きくなっているし、擁壁の所々に2ユーデほどの長さの屋根が出来ている。魔族が矢を放ってきたら、とりあえず逃げ込むところが出来ただけでも被害は少なくなるだろう。俺達の城壁だけでなく、他の城壁の上にも擁壁を利用した屋根を作ったぐらいだ。やはり魔族の矢は脅威だったに違いない。
そんなある日のことだ。
午後の訓練を見ていると、城門から鐘が聞こえてきた。早鐘のように何度も繰り返されている。
「魔族を見付けたってことかしら! 指揮所の会議室に行くわよ」
ナナちゃんを呼び寄せて、レイニーさんと指揮所に駆けだした。
指揮所に走り込むと、何時もの席に座る。
直ぐに指揮官が現れたから、急いで立ち上がって騎士の礼をする。
「緊急時だ。礼儀はどうでも良い。先ほど、偵察部隊が帰ってきた。それによると……」
地図の上に青銅の駒が並べられていく。駒の形は魔族を模しているようだ。
砦からまだ離れているようだけど、駒が次々と増えていく。
「魔族の総数は30個小隊というところだろう。1個小隊が50体ほどだから、千五百体以上になる。
20個小隊は何時ものようにゴブリンらしいが、その後ろにオーガが1個小隊。魔法を使うホブゴブリンが5個小隊、リザードマンが5個小隊というところだ。
砦の配置は何時も通りで良いだろう。重装歩兵は正門を補強しておいてくれ、前回よりもオーガとリザードマンが多いようだ。場合によっては正門を破られかねない。
以上だ! 質問は?」
全員が無言だ。
指揮官が俺達の表情を眺めると満足そうに頷いた。
「それでは準備に掛かれ!」
全員が立ち上がり、指揮官に騎士の礼を取ると、それぞれの部隊に走って行った。
先ずは兵舎に向かう。下士官室に分隊長を集めると、矢次早にレイニーさんが指示を出す。
「ヴァイスは予備の矢を準備して。エルドは焚き木と水をお願い。リットンは槍を準備して直ぐに屋根に上がって頂戴」
バタバタとヴァイスさん達が廊下を走っていく。
「俺も上がりますか?」
「まだだいじょうぶよ。それより槍は使える?」
「一応形は教えて貰った」
「なら、だいじょうぶね。剣は皆持ってるけど、槍の方が屋根の上では役に立つの」
砦を囲む石壁は8ユーデ近くあるからな。ハシゴを上って来る連中なら、剣より槍の方が扱いやすい。
「夜の明かりはどうする?」
「【シャイン】で光球を作るから、松明よりも明るいわ」
生活魔法なんだよなぁ……。俺には無理だから、必要な時にはナナちゃんに頼もう。
長引く可能性もあるから、携帯食料も持って行こう。ナナちゃんにはお菓子を持たせておけば、後ろでじっとしていてくれるだろう。