E-088 西の尾根を強化しよう
「そうか! 西もいよいよ始めるんじゃな。尾根があるとはいえ、尾根を越えられると魔族を止めるのは骨じゃからなぁ。それに畑が荒らされてしまうぞ」
防衛委員会に、魔族に備えるために西の城壁造りを始めたいと提案すると、直ぐにガラハウさんが賛同してくれた。マクランさんも頷いているのは、やはり畑を荒らされたくないということなんだろう。
「とはいえ、現在は南の城壁作りの最中です。それほど人数を出すことは出来ませんよ」
「重々承知しています。1個小隊を使って、尾根沿いに柵と道を作ればそれなりに効果があると思いますし、将来大規模に城壁を作る際にも役立つと思っているのですが」
エルドさんの否定的な意見に、補足説明をする。
最終的には低い石垣と柵を作ることになるだろうが、今回の提案はそれまでの仮措置ということになる。
大掛かりにはならないと分かって、皆の表情が少し和らいできた。
「派遣するのは……、軽装歩兵とクロスボウ兵を1個小隊ずつで良いでしょう。第1、第2中隊から交代で出してください。クロスボウ兵は第4中隊からになりますが1個小隊なら何とかなりますか?」
「現在は切り株撤去の最中ですから、開拓速度がそれほど遅くなることはありません。それで、建設の指揮は?」
「レオンに銃兵1個分隊を率いて行って貰うつもりです」
レイニーさんの言葉に思わず自分を指差してしまった。
まぁ、指揮所で燻っているよりは健康的だな。そう思っているのは俺だけでは無いようでエルドさんも笑みを浮かべて俺を見ている。
「10日ごとに部隊を交代させましょう。明日は準備ということで明後日には出発してください」
「了解です。昼食後に西に向かう小隊長を指揮所に呼んでください。どんな柵を作るか相談しないといけませんし、明日の準備もありますからね」
昼過ぎに指揮所にやって来たのは、エルドさんの部隊の軽装歩兵小隊長スコティとマクランさんの部隊の第1クロスボウ小隊長ソレット、それに俺の中隊の銃兵小隊第1分隊長であるエリンの3人だった。
スコティは若い男性で俺より身長があるな。細身だけど素早い動きが出来そうだ。
ソレットもスコティと同じ年代に見えるけど、日焼けしたたくましい筋肉が付いている。少年時代から開拓に勤しんでいたに違いない。
エリンの姿は度々見たけれど、まだ20歳にもなっていないんじゃないかな?
それでも女性ばかりの部隊を率いられるんだから、皆の信頼は厚いということになるんだろう。
「なるほど……。尾根の稜線を土塁として、柵を作るということですか」
「最終的には低くとも石垣を作りたい。だけどそれは南の城壁が完成してからになるからね。とりあえずは、この形で魔族を迎え撃とうと考えている。まだまだ俺達の戦力は少ないから、魔族の攻撃に応じて部隊を迅速に移動することになるだろう。そのため尾根の東に道を作る。また、100ユーデおきにちょっとした広場を作りたいところだ」
展開した部隊の詰所も作らないといけないだろう。とりあえずは工事に向かう俺達が寝る場所を作れば良いだろう。冬を過ごすわけでは無いから雨風を凌げる簡単な物十分に思える。
「まあ、そんなところだ。明日は工事資材の準備と10日分の食料を受け取って、明後日に西の尾根に向かう。荷車2つぐらいにはなりそうだな。武器も忘れないでくれよ」
「了解です!」と言って小隊長達が席を立って騎士の礼を取る。俺が答礼を行うと、先を争うように指揮所を出て行った。
さて、俺の方は特に何もないよな?
ナナちゃんが一緒だけど、毛布は出掛ける時に魔法の袋に入れておけば十分だ。しばらくはテント生活になってしまうけど、早めにログハウスを1つ作っておきたいな。
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「荷物の確認を終えました。工事用のスコップやノコギリは20組用意しましたし、食料は12日分、水は2樽です。トレム殿から尾根の東にある泉を教えて貰いましたから、水は十分と考えます。テントは人数分に大型を1つ。大型のテントを当分は指揮所として使えそうです。武装は共和国防衛時の標準装備、矢は2会戦分でガラハウ殿より50本の爆裂矢を受け取っています」
「了解だ。それでは出掛けよう!」
俺の言葉にスコティさんが笛を吹いて両手を高く上げる。
ゆっくりと2台に荷車が動きだした。荷車を1個分隊が動かして、残りは隊列を組んで後ろに続く。スコティさんが足早に先頭に向かって走って行ったのは、隊列の戦闘を歩くつもりなんだろうな。俺はナナちゃんと一緒に殿だ。
「それではレイニーさん出掛けてきます。何かあったら伝令を走らせてください」
「何もないと思いますけど、夏至には1度帰ってきてくださいね」
「了解です!」と声を上げながら、隊列の最後を歩き出す。
ナナちゃんが振り返って手を振っているから、俺も振り返ると皆が俺達に手を振っていた。
あの中に母上達もいるんじゃないかな。
少し歩いたところで、俺も後ろに手を振った。
ナナちゃんは後向きに歩いているんだよなぁ。転ばないかと心配になってきたけど、無理なく歩いているんだから感心してしまう。
それでも、300ユーデほど歩くと、前を向いてくれた。
俺の隣を歩きながら、あちこちに目を向けている。
この辺りには来たことが無いのかな?
もう直ぐ、西の門に着くんだけど、俺もあまりこっちには来ないからなぁ……。
西の門を抜けると畑が広がっていた。
きれいに畝が並んでいるし、野菜が育っているようだ。1つの畑の大きさは50ユーデ四方ほどあるようだ。畝と育っている農作物の葉の色が微妙に異なるから、まるでパッチワークのように見えるんだよなぁ……。
1時間程歩いたところで、小休止を取る。
水を飲んで、再び歩き出す。
さすがにこの辺りまでやってくると、開墾の真最中だな。遠くで木の根っこを掘り出しているのは、どの部隊なんだろう?
まあ、俺達も明日からは重労働になりそうだ。これから暑くなるんだが、尾根の上だから少しは涼しい風が吹いてくれるかな?
「あの山にゃ!」
「そうだよ。てっぺんに着いたら、お弁当を食べようね」
ナナちゃんが笑顔で頷いてくれた。
でもその前に山を登らないといけないんだよなぁ。それほど高い尾根では無いんだが、尾根の裾から200ユーデほど高さがありそうだ。道も無いから、結構キツイ山登りになるんじゃないかな。
麓からは、レンジャー達が尾根に何度も上り下りすることで出来た小道を進む。
大型の魔法の袋を用意はしてきたけど、荷車に積んだ品物は俺達で運び上げないといけない。適当な枝を切り出して、荷物を吊り下げ2人で担いで運ぶ。1回で全て運べないから、日暮れまでにもう1度上り下りをすることになりそうだ。
途中で3回も休憩してどうにか、尾根に上がることが出来た。
レンジャーが数人、お茶を沸かして俺達を迎えてくれた。
「いやぁ……、かなりきつい道ですね」
「狩りをするなら、これぐらいの場所は結構ありますよ。先ずは一休みしてください。しばらくは魔族の姿を見ていませんから、尾根から西を眺めるのも気持ちが良いですよ」
確かに眺めが良い。
魔族軍が南に向かったという尾根は、ここから直ぐ西の尾根だ。直ぐといっても1コルム以上離れているな。それにここから尾根の稜線が南に延びているのが良く見える。西の尾根は、この尾根よりもかなり低そうだ。
「ところで少しは平らな場所があるんだろうか?」
「作るしかないですね。この尾根は傾斜がかなりあるようです。稜線から東を削るしかないでしょう」
今夜は斜面で眠るしかなさそうだ。とりあえず雲がほとんどない天気だからなぁ。雨の心配をしないで済むだけマシってことかな。
尾根に座ってお弁当を頂き、しばしの休憩を取る。
ナナちゃんがお弁当を食べるのも忘れる程、ここから見える景色は雄大だ。
食後のお茶を、パイプを楽しみながら頂く。
そんな俺のところに3人の小隊長達が現れた。
先ずは、何から始めようかという相談だろう。どんな柵を作るかは説明したけど、先ずはここで暮らせるようにしないといけないからなぁ。
「スコティとソレットで荷車に残った荷物を運んで欲しい。エリンは大きなテントを建てられる場所を探してくれないか? レンジャーの話では、広場はないとの事だから、尾根を削って広場を作る。皆のテントは今日は斜面に張るしかなさそうだ」
「了解です。直ぐに出掛けます!」
男2人が直ぐに部下の元に向かった。残ったのはエリンだが、尾根を削るのは俺も手伝わないといけないだろうな。
「部下に指示して、身長ほどの杭を30本ほど作ってくれ。斜面に打ち込んで、崩した土砂が流れるのを防がねばなるまい。指示を終えたら俺と場所を探そう」
「了解!」と答えると、直ぐに俺の前からいなくなった。
さて、仕事に掛かるか。
装備は全て魔法の袋の中だから邪魔にはならない。
モモちゃんも俺が立ち上がると、一緒に立ち上がった。尾根の稜線をもう1度よく見ると、なるほど東西共に傾斜が結構あるな。だけど、斜面の所々にこぶのような盛り上がりがある。尾根に近い場所は……、うん、何か所かあるぞ。
あれを上手く使えば大型テントぐらいは張れるんじゃないかな。
戻ってきたエリンと一緒に、尾根伝いに南に歩いて先ほどのこぶを目指す。
ナナちゃんと手を繋ぐエリンは嬉しそうだ。小さな妹がいるのかもしれないな。
でもナナちゃんの足元を見るより、周囲を見て欲しいんだけどねぇ……。
「ここを広くするのは、かなり尾根を崩さないといけませんよ?」
「そうだね……。次に向かうか」
最初のこぶはそれほど大きくは無かった。次に見つけたこぶはかなり大きなものだった。
これなら2日も掛ければ、ちょっとした広場を作れるかもしれないな。
「ここにするか! 皆を呼んできてくれないか」
俺とナナちゃんを残して、エリンが北に向かって走っていく。
さて周囲をもう1度よく見ておこう。
一番大事なのは西の尾根の見通しなんだが、俺達が尾根に出たところと同じように西の尾根の上を良く見ることが出来る。
2つの尾根の谷間はかなり木々が茂っているようだ。この尾根の西の斜面の木々を切り倒すことになるだろうが、それほど下まで切り倒す必要は無いだろう。矢の有効射程を考えれば50ユーデから100ユーデほどだから斜面の四分の一ぐらいになるのかな?
切り倒した木の幹を丸太にして柵を作り、木の上の方は束ねて逆茂木に出来そうだ。少しなだらかな場所に逆茂木を仕掛ければ、攻め手が尾根に上がるのに苦労するだろう。
「伝えてきました。スコップをとりあえず3丁運んできましたから、さっそく始めますか?」
「そうだな。軽く掘って範囲を決めるか」
スコップを受け取り、尾根の稜線から2ユーデほど東の場所にスコップで穴を掘る。
南北の2か所を掘れば、その2つの穴を繋げるように溝を掘れる。溝が出来たならそこから東にこぶを削っていけば良い。




