E-087 石板が届いた
エディンさん達が帰ってから1か月後には、オリガン領からの避難民がやって来た。
硝石を20袋運んでくれたのは、春の耕作に合わせて畑に鋤き込めるようにとの配慮だろう。
マクランさんと半分ずつ分けて、再び硝石の精製を行うことにした。
ガラハウさんに相談した砂鉄の選別に使う木製の樋と水車は、荷車2台に乗せて運ぶだけになっていた。
「砂鉄は熱しても中々まとまらんぞ。周囲に飛び散ってしまうんじゃが……」
鉄ということだけに、俺にドワーフ族で試した結果を教えてくれる始末だからなぁ。
「炉を作って溶かすんです。そのためには大量の炭がいるんですが、今代用品を取り寄せている最中です」
「石炭を使うと鉄がもろくなってしまうぞ。やはり木炭が一番なんじゃが、製鉄を始めると山から木が無くなってしまうからのう」
「そこで、ガラハウさんの出番です。石炭を買い込みましたから夏至には届くでしょう。木炭を作るように石炭を焼いてくれませんか?」
石炭をそのまま製鉄に使うようでは石炭の中の不純物が混じり込む。特に硫黄成分が問題だな。事前に乾留することでコークス化すれば、不純物は除去できるだろう。出てくるタールは防腐剤に使えるはずだ。
「炭焼きをしてもタールは出るんじゃが、それを集めるってことか! 防腐剤に使えるなら杭打ちするときに使えそうじゃな。仲間と相談じゃ。レオンが望むような品が出来れば良いんじゃが……」
試行錯誤で何とかしてくれそうだ。
色々と試行錯誤をしているけど、結構うまく行ってる気がするんだよね。
今回だって、きっとうまく行くんじゃないかな。
エクドラさん監修の雑貨屋は、色々と兼業している宿屋よりも南の通りにある広場に面して作られた。
看板まで掲げてあるから本格的だな。でも『雑貨屋』としか書いて無いんだよね。しゃれた名前でも付けるのかと思ってたんだけど。
中を覗くと、指揮所ほどの広さの店内には3列の棚が並んでいた。カウンターで各棚の列の奥まで見通せるようになっているけど、獣人族の盗賊なんて切ったことが無いからなぁ。盗むような住人はいないと思うんだけどね。
とはいえ、商品が並んでいない棚はなんとなく寂しく見える。夏至を過ぎれば開店するんだろうけど、またひと騒ぎするのかな?
夏至はまだまだ先なんだが、オビールさんが避難民を20家族ほど率いて共和国を訪れた。
レンジャー達がエクドラさん達に食料などを運んでいる中、オビールさんがいつものように指揮所を訪れる。
ワインを渡して王国の様子を聞いていると、「忘れない内に……」と言いながら、魔法の袋からたくさんの石板と小箱を3つ程テーブルに乗せる。最後にワインを2本取り出して笑みを浮かべる。
「これをエディンさんから頼まれたよ。ワインは俺からだ」
「いつも済みませんね。これは皆で頂きます。石板は子供達の学校の為なんです。黒板は作ったんですが、それでは字を覚えるのに苦労するだろうと……」
「そうだな。見るだけではなく自分で書くのは大切だ。だが、サドリナス王国内で、自分の名を書ける住民は半数もいないんだぞ。ギルドの掲示板に張った依頼書を読めない連中は結構いるんだからなぁ」
オビールさんの話では、獣人族の識字率はかなり低いそうだ。読めても書けないなんて連中が結構いるらしい。とは言っても、さすがに自分の名を書くぐらいはできるらしいけどね。
「結構間違ってるんだが、その間違いをいつも行うからギルドとしても本人確認はそれで十分らしい。あれは一生直らないんだろうなぁ」
「簡単な計算と読み書きが出来れば、困ることは無いでしょう。開拓民だって、収穫物の売り買いはするんですからね。今は、共同経営をしているようなものですけど、将来は耕地を分配したいところです」
「まあ、頑張れよ!」と言って、オビールさんが指揮所を出ていく。
明日は帰りながら狩りをするんだろうな。ヴァイスさん達は南方向に狩りに向かうことが少ないし、今年はまだ南で狩りをしていないはずだ。案外大物を狩れるんじゃないかな。
カップに残ったワインを飲みほしたところで、伝令の少年達にも手伝ってもらい石板と白墨の箱を礼拝所近くの長屋へと届けることにした。
長屋の中から聞こえてきたのは、姉上の声だ。
さすがは姉上、ちゃんと子供達に教えているらしい。
トントンと扉を叩くと、中から聞こえていた声が止まる。
直ぐに扉が開いて、姉上が姿を現した。
「あら、レオンじゃない。どうしたの?」
「これが届いたんで持ってきたんです。50枚はあると思いますよ」
石板を見せると姉上の表情が笑みに変わる。
中に入れて貰って、姉上の指定する場所に石板を置いた。
「まだ残ってるから、少年達人運んで貰うよ。ところで足りるのかな?」
「2つのクラスの分けているから、とりあえずは足りるわ。でも、できれば1人に1枚を渡してあげたいわね」
自分の石板ってことかな? 確かにそれぐらいしてあげても問題は無いだろう。
「後で、子供達の数を教えてくれれば、用意できると思うよ」
「今教えるわ。全部で86人。でも住民が増えていくなら、100枚以上欲しいわ」
「了解!」と姉上に返事をしたところで指揮所へと戻る。
1人1枚の石板があるなら、宿題も出せそうだな。
あまり熱心に教えると、子供達に嫌われるかもしれないから、その辺りは子供達の様子を見ながら行って欲しいところだ。
子供の人数が思ったよりも多かった。
住民の移住が進んでいるからだろう。家族で避難してくるからね。
それなら長屋でなく、ちゃんとした学校を作った方が良いのかな?
指揮所に戻り一服しながら考え込んでいると、レイニーさんが戻ってきた。
「留守にしてしまい申し訳ないです。何か考え込んでましたけど?」
2つのカップにお茶を注いで、俺の前にカップを置いてくれた。自分のカップを両手で包むように持ちながらレイニーさんがベンチに腰を下ろす。
「石板が届いたんで、礼拝所傍の集会場に運んできましたよ。だいぶ子供達が増えたと考えてたんです」
「届いたんですね。良かったです。……そうですね。人数が多くなったから1日おきに子供達が通っているようです。年少組と年長組があると聞きました。それは御前と午後に分けているようですね」
2つではなく4つに分けてるのか! となると100枚では直ぐに足りなくなるんじゃないか?
「姉上に渡したんですが、100枚は欲しいと言われてきたんです。でも、子供達がさらに増えることも考えないといけませんね」
「200枚でも良いと思いますよ。オビールさん達は明日帰るんですよね? エクドラさんに相談しておきます」
考えるより相談した方が簡単だったな。
笑みを浮かべてレイニーさんに頷くと、少し冷めたお茶を頂くことにした。
「それで、王国の状況は?」
「大きな変化はありませんね。でも、春分の時にエディンさんから聞いた話からすれば、まだ表立ってはいないということになるんでしょう。下手に王宮内の政争が拡大したなら王国軍が2分化しかねません。いくつ派閥が出来たか分かりませんが、自分達の騒ぎで王都までもが魔族の襲撃に逢うことを恐れている……。そんなところでしょう」
獣人族を斬り捨てたことを反省しているんだろうか?
多分、自分達の事を棚に上げて、文句を言ってるんじゃないかな。
ある意味因果応報になるんだろう。
一芸に秀でた獣人族を斬り捨てれば、軍の戦力は格段に劣ってしまうに違いない。
重装歩兵のほとんどがトラ族だったらしいし、弓兵の多くがネコ族やイヌ族だ。人間族は軽装歩兵と騎兵に特化していたのは、見た目重視ということなんだろうか?
指揮官は人間族ばかりだし、獣人族の指揮官はせいぜい小隊長止まりだからなぁ。
「今は燻っていても、いずれは……」
「そうなるでしょうね。どれぐらいの痛手を受けるのか想像できません。そもそも魔族は南の土地を欲しがっているのか、それとも俺達を滅ぼそうとしているのか、その辺りが分かりませんからね」
「その2つに違いが無いように思えるんですが?」
かなり大きな違いがある。
土地を欲しがるなら、大きく南に向かうことは無いだろう。ある程度の版図を確保したところで防衛拠点を作るはずだ。
俺達を根絶やしにするのなら、どこまでも南進するだろう。次々に軍を送りこみ、王国の国力を削いでくる。
今までの魔族の戦いは、精兵を揃えるための準備だったのかもしれない。
ブリガンディ王国との長年にわたる戦は、それが目的だったようにも思える。
だが、サドリナス王国への侵入は少し異なるようだ。
兄上の意見も聞きたいところだな。
一度文を送ってみよう。兄上なら王宮内にもいたことだし、軍の中にも知り合いが多くいるだろう。それだけ情報を持っているに違いない。
魔族の動きを見ることも重要だけど、動きを予測できるぐらいに状況を知りたいところだ。
「現在は南を中心に城壁造りをしていますけど、西も少しは強化しておいた方が良いということでしょうか?」
「そうですね。西の尾根を城壁と考えれば十分だとは思っていますが、現状ではいささか不安なところもあります。ガラハウさん達も現場を見て来てますから、防衛委員会でその辺りを皆で考えてみますか」
とはいえ、あまり作業員を出すことも出来ないだろう。せいぜい1個小隊ってところかな。少人数で行うとなれば、尾根に柵を作るぐらいだろう。
柵と土塁ぐらいでも、尾根の西は深い谷だからなぁ。かなりの防衛力が上がることは間違いないし、尾根沿いに南北に移動できる道を整備できれば、魔族の大軍を相手にしても、劣勢か所への迅速な部隊移動が出来るだろう。
柵と土塁に道作り……、これもかなり時間が掛かりそうだ。




