E-085 硝石を精製してみよう
今年は春分が近づいても、あまり雪が融けてこない。
寒い年になるのだろうかと、心配してしまうのは俺も開拓精神が付いてきたってことになるんだろうな。
ナナちゃん達は、稚魚を池に移すと言っていた。4回目になったからかなり慣れてきたに違いない。この頃様子を見に行くと、怒るんだよなぁ。
自分達でちゃんと育てているから、大丈夫と言っているんだけど……。
何もすることが無いから、オビールさんが運んでくれた硝石を精製することにした。
大鍋1つと小ぶりの樽を2つエクドラさんから頂いて、焚火で鍋にお湯を沸かす。
指揮所の近くで焚火を作ったから、伝令の少年達が俺の隣にベンチを運んで体を温めながら俺の仕事を眺めている。
上手く精製出来たなら、少年達に硝石の精製を任せようかな? でもそうすると俺はまた別の仕事を探さないといけなくなりそうだ……。
煮え立ったお湯に硝石を入れて掻き混ぜる。エルドさんに作って貰った木製のスコップは1度に両手で救ったぐらいの量を入れられる。
飽和するまでどんどん入れていくんだが、結構良く溶けるなぁ。
何度か硝石を投入すると、鍋底に白く溶け残りが見えるようになった。どうやら飽和したかな?
鍋を下ろして、布越ししながら樽に中身を空けると、少年に水を汲んできてもらう。
改めて焚火に鍋を掛けるとお湯が沸くまで、またしばらく待つことになる。
「樽の周りになんか出来てますよ!」
「結晶化し始めたんだな。硝石を溶かしたお湯の温度が下がったから、こんな具合にお湯に溶け込んでいた硝石が姿を現したんだ。袋に入った硝石はゴミや色が付いてたけど、樽の周りに着いた硝石は綺麗だろう? それを集めて、再びお湯に溶かすんだ。何回かやれば透き通るような結晶になるんだけど、上手く行くかなぁ……」
俺の話をちゃんと聞いているんだろうか? 少年達はベンチに腰も下ろさずに、じっと樽の中を覗いている。
2つの樽に硝石を溶かしたお湯を入れたところで、本日は店じまいだ。明日はエクドラさんにもう1つ樽を強請って来よう。
硝石を2度精製すると、かなり透明度の高い結晶が出来た。
これならガラハウさんも喜んでくれるだろう。
10日ほどかけて、精製した硝石が1袋出来た。今後の精製は、伝令の少年達に頼むことにした。やはり指揮所でじっとしているのは退屈なんだろうな。
透明な結晶が出来るのを見てたから、喜んで仕事を請け負ってくれた。
内務部局の会合時にガラハウさんに見せると、かなり驚いている。
見たことが無いんだろうか?
「お前さんの知恵は底なしじゃな。これが硝石だと言われても、本気にするやつかおるまい。ワシだって、レオン達が指揮所近くの焚火で何やらしていたのを見ていなければ一笑してこれを放り投げてたわい」
「これを砕いて火薬にしてくれませんか? それと混合比率は……」
「ワシ等の比率とは少し異なるが、作ってやろう。これを作れるんじゃから少しは威力が上がるかもしれんな」
どれほど出来たのかと問われたから、とりあえずは1袋と答えておいた。
うんうんと笑みを浮かべて頷いているってことは、新たな火薬作りの試験には丁度良いということなんだろう。
10日ほど経って、新たな火薬と旧来の火薬を比較した見た。
やはり新たな火薬の方が威力が高い。素焼きの皿に同量の火薬を乗せて火を点けると、炎の高さが3割程増したのがはっきりと分かる。
銃で試してみると、飛距離もかなり伸びているようだ。5割増しとは言えないが、2割は確実だろう。それよりもバレル内の煤が従来よりもこびりつかない。3発発射するごとにバレル内を掃除していたけど、これからは5発で十分だろう。
心配していたバレルの亀裂は発生しなかった。元々がかなりの肉厚だったから強度的には問題ないようだ。
「これなら問題ないわい。火薬の調合比はワシ等で厳重に守るぞ。後はたっぷりとあの硝石を作って欲しい」
「元々が肥料ですからねぇ……。でも、開拓をする上では大量の肥料も必要でしょう。いくら買い込んでも不思議に思われることは無いでしょうね」
次は30袋ぐらい購入しておこう。手伝ってくれた伝令の少年達には、エニルさん達が使っていた拳銃を報酬として渡すことにした。
ホルスターに入れた拳銃とカートリッジ5発を嬉しそうに受け取っていたな。
練習用の拳銃だから、あまり良い品では無いんだけどね。
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母上達に不便が無いかと長屋を訪ねてみた。
扉を叩くと、マリアンが扉を開けてくれた。すぐに暖炉の前のテーブルセットに案内してくれると、「寒いでしょう」と言ってお茶を出してくれた。
「あまり様子を見に来れなくて申し訳ない。……ところで母上達は?」
「礼拝所に向かいました。神官様のお手伝いをしているんですよ。私もたまにクッキーを焼いて届けてあげるんです」
クッキー用の食材はマリアン達が運んできたんだろうな。エクドラさんに子供達にたまに配れるように材料を仕入れて貰っても良さそうだ。結構下働きをして貰ってるから、定期的にお菓子を配ってあげるぐらいはした方が良いに違いない。
「神官様も喜んでましたよ。勉強に来る子供達の年代がばらばらでしたからね。2つのグループに分けて教えているみたいです」
俺の前にクッキーを乗せた皿を出してくれた。
マリアン手製のクッキーをまた食べられるとはなぁ……。
1つ手に取って、ゆっくりと味わうことにした。
目を閉じると、かつての少年時代の光景が目に浮かぶ。マリアンのクッキーは俺にとって故郷の味そのものだ。
「美味しいよ。やはりマリアンのクッキーが一番だ」
「褒めても、それだけしかないですよ。次に作った時には指揮所にもお分けしますからね」
俺がゆっくりと味わうのを見て、目を細めている。
やはり美味しいと言ってくれるのは嬉しいんだろうな。きっと子供達にも評判になってるんじゃないかな。
「それで、困ったことは無いのかな? なるべく対応するけど」
「特にありませんねぇ……。棚は翌日に作ってくれましたし、エルド様と言ってましたが色々と共和国の内情を教えて貰いました。レオン様を尊敬していると言ってましたよ。レオン様がこの共和国を作ってくれたようなものだとも……」
エルドさんがやって来たんだ。なるほど、しっかりした棚が暖炉の左右に並んでいる。
それにしても、俺を褒めすぎなんじゃないか? いくら俺の家族だからとはいえ、誤解されてしまいそうだ。
「春分には、行商人達が大勢やってくるんだ。さすがに町のお店のような品揃えは無いんだけど、やってきたら覗いて来ると良いよ」
「エルド様からも、その話を聞かせて貰いました。その場に無くとも、次に来るときには仕入れてくれるそうですから、奥様とリストを作っているんですよ。お館様が銀貨を沢山持たせてくれましたし、私もそれなりに持っていますからね」
「クッキーの材料はエクドラさんに相談して欲しいな。結構子供達がいるし、たまにしか礼拝所に行かない子供達もいるからね」
「心配は御無用です。これぐらいはオリガン家として行わせてください。でも、教えて頂いてありがとうございます。次は2倍作らなくちゃいけませんねぇ」
それならと、食堂の掲示板を教えてあげた。
クッキーを配る前日にその旨を掲示板に張り出せば、子供達が礼拝所に集まるだろう。
扉が開く音に顔を向けると、母上と姉上が入ってくるところだった。
「あらあら、珍しいお客さんね。何かあったのかしら?」
「ご無沙汰しております。しばらく来れなかったんですが、様子を見に来ました。子供達にクッキーを配って頂きありがとうございます」
マリアンが席を離れて、母上と姉上がテーブル越しの席に着く。
改めてお茶会が始まってしまったが、マリアンと姉上の従者も椅子を運んでテーブルに着いた。
「特に困ったことはありませんよ。たまに首を傾げて私達を見ている人達もいますけどね。人間族が私達4人しかいないのでは仕方がありません」
「レオンの妹は一緒じゃ無いの?」
「ナナちゃんは多分養魚場にいると思います。毎年千匹近い魚を出荷できるまでになりました。今年孵化した稚魚を子供達と一緒に育ててるはずです。元は俺が始めたんですけど……、何時の間にか、仕事を皆に取られてしまうんですよねぇ」
「それだけ、レオンに期待してくれてるんでしょう。ボーっとしているのでは、駄目ですよ。いつも周囲をよく見ることです」
「ちゃんとしてますよ!」
俺の返事が予想道理だったのだろう。皆が口元に手を当てて笑いを堪えている。
「もう直ぐ、春分だから行商人が来るのが楽しみだわ。館近くの村に行商人が来た時に兄上と一種に出掛けたことがあるの。1台だけだったけど、いろんな品物があったわよ」
「最低でも5台は来るはずです。年を追うごとに増えているようですから、今年は7台は来るかもしれませんよ。互いに競うことが無いように、扱う品物を変えていると聞きました。商人が行商人を連れて来るのですが、やって来た当日に前回頼んだ荷を受け取り、残金を銀貨と銅貨で頂きます。それを住人に配ることを行商人も知っているんでしょうね。いくつかの村や町を巡るより、売り上げが良いと喜んでくれているようです」
「それなら、石板と白墨もあるかしら?」
姉上の問いに首を傾げていると、姉上が説明してくれた。どうやら子供達の勉強に使うらしい。読むのは黒板を使っても、書くとなれば黒板では面倒らしい。かといって子供達に筆記用具を用意してくるようにも言えないというのも納得できる。
「教育で使うのであれば、国の予算から出すことが出来るでしょう。俺の方から提案してみます。そこまで姉上達に用意して貰うというのは、共和国としても考えてしまいます」
筆記用具だけで良いのだろうか?
他の教材についても少し考える必要がありそうだ。
残った最後のクッキーを頂きながら、何が必要なのかを考えることにした。




