E-083 母上と姉上が訪れた
集会場の会議室の予約が難しいぐらいに、委員会が頑張っているらしい。
建国式典から1か月が過ぎた今は、まだ冬の最中ではあるんだが、熱いぐらいに盛り上がっているらしいから、共和国の将来はバラ色に思えてくる。
今日は委員会に出席せずに、1人でのんびりと指揮所のお守りをすることにした。
あまりあちこちに出向いていると、どうしても頼られてしまう。
共和国は獣人達の国だ。いくらハーフエルフに変わったとはいえ、ブリガンディの現役貴族だからなぁ。
そういえば、今でも俺は『デラ』を名乗って良いのだろうか?
ブリガンディ王国と一戦しているぐらいだから、とっくに爵位を剥奪されているんじゃないかな。案外賞金がこの首に掛かっているかもしれないぞ。
兄上の手紙には、その辺りの事が書かれていなかったのがちょっと気になるところだ。
変わった武器を頼むと、直ぐにガラハウさんは作ってくれるんだが、さすがにこの飛び道具には首を傾げていたな。
ナイフを十字に組み合わせた絵を描いて頼んだのだが、2日後に渡してくれたのはコースターの4隅を削り出したような品だった。
記憶にある手裏剣は確かにこの形なんだが、ガラハウさんが知ってるわけは無いんだよなぁ。
3枚作ってくれたから、紙に描いた的を壁に貼って練習を始めた。
どう投げても、サイコキネシスで補正すれば確実に命中する。いつも弓を持つわけにはいかないだろうから、今後は父上に頂いた長剣を背にして、この手裏剣を使うことにするか。
革のケースをヴァイスさんに頼んでおいたから、どんなものが出来るか楽しみだ。
まさか巾着袋ということは無いだろうけどね。
的に当たった手裏剣を抜いていると、指揮所に伝令の少年が入ってきた。
パタパタと外套の雪を払って俺に騎士の礼を取ると、その場で大声を上げた。
「南からソリが3台こちらに向かってきます。ソリを引く者は武器を持っているようですが、兵士ではないとのことです」
「了解した。たぶん、レンジャー達だろう。近くで狩りをしていたのかもしれないな。 集会場にレイニーさん達がいるはずだから、知らせてくれないか」
「了解です!」
再び騎士の礼をして、元気に指揮所を出て行った。
寒いのに頑張ってるなぁ。感心してしばらく扉を見ていたが、暖炉によってパイプに火を点けベンチに腰を下ろす。
狩りのついでに、エディンさんからの頼まれものを運んできたんだろう。
穀物にワインというところかな?
タバコは、パイプを使う連中はたっぷりと買い込んでいるようだからまだ持つに違いない。だけどワインは結構皆飲んでいるんだよなぁ。冬は暖炉の近くでホットワインと言うことなんだろう。
お茶を沸かしてレンジャーのオビールさんを待っていると、オビールさんがマントを深く被った数人を連れて指揮所に入ってきた。
入口でマントを外し雪を払っている女性を見て、思わず「アッ!」っと大声を上げる。
ベンチを蹴飛ばすように立ち上がると、女性の元に駆け寄りレイニーさん達がいるにも関わらず強く抱きしめてしまった。
「母上……。何もこのような時期に来なくとも……」
「招いて頂いたことを感謝しますよ……。エミリーと侍女を2人連れてきました。しばらくここで匿ってください」
母上から体を離すと、隣で俺を見ていた姉上をハグする。
俺に向ける目は相変わらず厳しいけれど、俺をやさしくハグしてくれた。でも、姉上の顔は半分以上包帯が巻かれている。
治療魔法すら姉上は極めているはずなのだが……。
同行してきた侍女はマリアンと初めて見る女性だった。マリアンは母上の婚礼時に一緒に来た侍女だからだろうけど、年若い侍女は見たことが無い人物だ。
「テレサは私の元部下だった魔導士なの。魔族との戦で部隊は壊滅状態だったわ。他の部隊に統合されるところで、私と一緒に除隊したのよ」
姉上の話が終わると、テレサさんが俺に頭を下げてくれた。
弟です、と簡単に自己紹介をしたところで席に着いてもらう。
ナナちゃんが、全員にお茶を配り終えると俺の隣に腰を下ろした。
「兄上からの手紙で事情はある程度分かりました。ここは獣人族が作った国になります。人間族は住んでいませんが、ブリガンディ王国が落ち着くまで、ここで暮らすことを認めて貰いました。避難民としてではなく、客人待遇で暮らして頂きます」
同席しているレイニーさんとナナちゃんの話をすると、姉上の目の色が変わってしまった。俺の従者ということは、自分の妹分ぐらいに考えているに違いない。
昔から人形や、子猫が好きだったからなぁ。
「それにしても国を作ったと聞いて驚きました。でもレオンはオリガン家の出ですから、人間族ということになりませんか?」
兄上は、詳しい話をしなかったようだな。
レイニーさんが俺に小さく頷いて、オビールさんと指揮所を出て行ったから、残ったのは俺とナナちゃんに母上達だけだ。
オリガン家を出てからの話をすると、4人が驚いた。
「すると、レオンは古の女神との盟約を交わしたということになりますね。その恩寵は必ずしもレオンを利するとも思えませんが、盟約は守らねばなりませんよ」
「ケットシー……、文献の中でしか見たことは無かったわ。でも、確かに魔法力はかなり大きいわね」
「結構助けて貰ってます。助けて貰っていると言えば、姉上に頂いたバングルには今でもお世話になっています。身体機能は向上しましたけど、相変わらず魔法は使えませんからね」
「魔法を使えないハーフエルフという存在も珍しいわよ。でも弓の腕は上がったんでしょう?」
姉上の問いに苦笑いで頷いておく。
前から比べると格段に上がったからなぁ。もっとも、それはサイコキネシスによる軌道変更の賜物に違いない。
「姉上の包帯は取れないんですか?」
「治療魔法は傷を閉じることは出来るわ。でも失った組織を基に戻すことは出来ないの。どうにか一命は取り留めたけど、右目と右耳は元に戻せなかった……」
そういう事か……。美人なのに……、求婚者がたくさんいたと聞いたけど顔を包帯で覆った女性ではなぁ。
「おかげで、魔法の研究に専念できるわ。オリガン家の館も静かだったけど、近ごろは領地を窺う連中が増えてきたのよ」
「まさか、オリガン領に攻め入るとは思えませんが?」
「夫は時間の問題だと言っていたわ。アレクも軍を辞して今では民兵の訓練をしているのよ」
なるほど、母上達を避難させる状況になっているってことか。
簡単に討ち死にするような2人ではないが、多勢に無勢だからなぁ。だが、そんな事態ともなれば王国は瓦解したようなものだ。
「母上の実家は大丈夫なのですか?」
「文官の家だから、私兵もほとんどいないの。一家揃ってオリガン家に避難しているわ。さすがに表立って戦うことは無いでしょうから、商会ギルドを頼って国外避難を考えていたわ」
王国から貴族が逃げ出す事態がやってくる、ということなんだろう。
残るのは武間貴族だけだとしたなら、内乱で王家は滅亡するんじゃないか?
文官であれば戦乱を避けて国外に避難も出来るだろうが、武官貴族となれば内乱終息に向けて努力せねばなるまい。
父上達の無事を祈るばかりだ。
「国を作ったと言っても、ご覧の通り大きな開拓村と言った感じです。今後とも住民は増えていくでしょうから、国ということにして他の王国の干渉を跳ね除けて行こうと考えています」
「でも、なぜ共和国なの? 他の国は全て王国なのよ」
「それは今回の出来事が王国であることから発生したと考えたためです。建国時には賢王であっても、それが代々続くわけではありません。貴族にしてもそうです。王国内の仕事を貴族が世襲制にしたことで、王国の膠着が始まります。いくら能力が高くても下級貴族は上級貴族の仕事に付けませし、どんな愚かな人物でも上級貴族であればそれなりの要職に就くことが出来ますからね。ですから共和国には国王はおりません。先ほど退席したレイニーさんが共和国の最高責任者の大統領になります。任期がありますから、終生を大統領として過ごすことは出来ませんよ」
元は小隊長だったと話しておく。その副官が俺だったから、今でも頼りにされてるんだよなぁ。
「貴族もいないんでしょう? それで国を作れるのかしら」
「貴族の行っていた仕事は別に貴族でなくともできますよ。いくつかの委員会を作りました。皆頑張ってますよ」
王国の理念である3つを説明すると、姉上が驚いている。
それほど驚くことなのかな?
遠路はるばる来たんだから、かなり疲れているはずだ。
レイニーさんが指揮所近くに空いている長屋を1つ提供してくれたから、4人を案内することにした。
何時の間にかナナちゃんと姉貴が手を繋いでいるんだけど、ナナちゃんは俺の従者だからね。後で姉貴に言っておかないと、ナナちゃんを取られてしまいそうだ。
ログハウスの1つに案内すると、直ぐに中に入ってナナちゃんに暖炉の火を熾して貰う。最初に作った長屋だから玄関が2つあるし、中は1部屋だけだ。2部屋を壁で仕切っていたはずなんだが、その壁を切り開いて扉が作られていた。見掛けは2部屋ってことだな。入口は2つあるけどね。
「ここを使ってください。避難民が続々とやってきますので、簡単な小屋ですけど結構温かですよ。食事はまとめて作っていますから、食堂から運ばせます」
「山小屋みたいね。静かな暮らしが出来そうだわ」
石を組み合わせた武骨な暖炉を気に入ったみたいだな。隣の部屋にベッドが数個あるはずだし、この部屋にもテーブルとベンチがある。
マリアンが荷物を解いて、ポットを取り出したから、ナナちゃんと姉上の従者が一緒に水を汲みに出掛けた。
「棚が欲しいわね。レオン、作ってくれない?」
「後で、誰かを向かわせます。今日は無理かもしれませんよ」
母上が笑みを浮かべて頷いてくれた。
だけど、マリアンが大型の魔法の袋から取り出したのは……、食器棚だった。
2つ取り出したから、重ねるのだろうが俺の身長近くありそうだな。暖炉の傍に食器棚を置くと、きれいな食器を次々と取り出して中に収めている。
着替えや寝具もあるんだろう。ナナちゃん達が帰ってくると、直ぐにお茶を沸かす。
母上自慢の陶製のカップで頂くお茶は格別だった。
ナナちゃんがカップの花模様を珍しそうに眺めているのを見て、母上の笑みは耐えることは無い。
ここでなら安心して暮らして貰えそうだ。オビールさんには、母上達を無事に預かることが出来たと父上に伝えて貰おう。




