E-082 防衛について考えよう
国会で王国内の基本的な決め事を話し合っていることを知ってか、防衛軍内でも共和国の防衛をどのように行うかについての話し合いが行われていく。
議長は防衛大臣であるエルドさんが務め、レイニーさんと俺以外は中隊長と副官になる。
「将来的には委員の見直しは必要でしょうが、当座はこのまま進めましょう。それではエルドさん、後を頼みます」
レイニーさんの言葉にエルドさんが頭を下げる。
場所は集会場の小会議室だ。10人程度なら、この円卓を利用した方が話がし易い。
「それでは、始めましょうか……。共和国は防衛線を基本とする。これは今までもそうでしたから、我等にとって違和感はありません。ですが……、防衛とはそもそもどこまでを差すものか。先ずは共和国としての防衛とは何かについて話し合いましょう」
相手の攻撃があるまでは、戦をしないというのが防衛とは限らない。
平原でそんなことをしたなら、初っ端に打撃を受けてしまうだろう。相手の行動をどのように見極めて、戦を始めるかが大事となる。
今までは攻撃を受けてからの反撃に終始していたが、これは俺達の正当性をアピールするためだ。
ブリガンディ王国にしてもサドリナス王国にしても、すでに一戦している。どちらも相手からの攻撃を受けての反撃だ。
これ以降は、そんな流ちょうな真似をせずに戦を始めても、卑怯と言われることは無いだろう。
また明らかに俺達を攻撃するために進軍してくるような敵に対して、わざわざ城壁まで近づくのを待つことが防衛と言えるのだろうか?
俺達に対する攻撃準備を始めた段階で、相手を攻撃することも防衛と言えるんじゃないかな?
皆の意見も俺と似たような考えがあるようだ。
拡大解釈は問題ないと思うけど、積極的な防衛という提案が出ているぞ。それって、侵略とどう違うんだろう?
「防衛と簡単に言っても、その形が色々あるということなんでしょうか?」
「そうなりますね。共和国に対する脅威をどのように考えるかになるんでしょうけど、さすがに攻撃の噂があるだけで、相手を攻撃するというのは防衛とは言えないと思いますよ」
ついに黒板まで引き出してきて防衛の範囲を確認し始めた。
それを眺めると、案外グレーな敵の行動があるんだよなぁ。どの辺りで線を引くかが今後の議論になるんだろう。
「防衛については、現状と将来に分けて考えることも必要ですな。我等の戦力と敵の戦力比はまだまだ開きがあります。戦力比による防衛も考えねばなりませんよ」
「王国軍と魔族軍とでも異なるだろう。防衛と簡単に考えていたが、案外奥が深そうだぞ」
戦略は相手によってかなり変わってくるだろうからなぁ。変数をどの程度俺達で考えることが出来るのか、その変数をどのように確認すればよいのか、その辺りをきちんと考えておかないと、何時まで経っても城壁を超える敵兵を相手にしていなければなるまい。
それに、戦を未然に防ぐ方法だってあるはずだ。
戦は最後の手段。だけど戦を仕掛けられたら、高く買い取るぐらいの考え方をして欲しいところだ。
「現在構築が進んでいる城壁で敵を食い止めるという考えは踏襲するとしても、さらなる移民を受け入れるとなれば必然的に開拓地を拡張せねばなるまい。新たな開拓地が2倍以上になるとしても、やはり城壁の南も開拓が進められるだろう。となれば、城壁の南に作る開拓地の手前で敵軍を止める必要があるのでは……」
防衛範囲をどこまで拡大するかということか……。絶対防衛圏ということになるのだろう。その考えで行くと、開拓地の外側に軍を展開できるだけの距離を取って防衛範囲を作ることになるはずだ。
かなり大きい領地になるんじゃないか?
「積極的防衛では、敵が動く前に叩くということになるのですが、そうなるとその情報の入手が難しそうですね。噂で軍を動かすようでは他国から蔑まれますよ」
「理想的だと思うんだが、難しそうだな。レンジャーがある程度の情報をもたらしてはくれるが、その情報を吟味出来る人物というか部局を作ることも必要に思える」
思わず、レイニーさんと顔を見合わせる。
情報局ということになるんだろうか? 外交とも関りが出そうだな。これはエクドラさんと一度話し合った方が良いのかもしれない。
初日ということもあるんだろう。あちこちに議論が飛び火してちょっと混乱しているようだな。
とはいえ、防衛戦を主体とする考えは理解しているようだから、他国を侵略するという考えは出ていないようだ。
だけど、共和国の領地というのを、ある程度明確にしておかないと不味いことになりそうだ。指揮所に戻ったら、ゆっくりと地図を眺めてみるか……。
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「司法についてはしばらくは委員会の開催は無いでしょう。総務部局に色々と詰め込みましたから、早めに開催して今年の計画を持ちたいですね」
「外交と工業、それに共和国内の運営ということですよね。早めに分けないと混乱しそうですけど……」
防衛委員会の会合を終えたところで、指揮所に戻りレイニーさんとお茶を飲む。
あちこち忙しいけど、軌道に乗るまでは仕方のないことなんだろう。
「まだ出来たばかりの国ですから、他の王国と国交を持つことにはなりません。エディンさんとの交易が、外交ということになるでしょうね。避難民の受け入れも外交の範疇に入れても良さそうです。工業はガラハウさんに任せることになりますが、現状維持を保てれば問題ありません。共和国の運営については、大臣達を交えて方向性を持たせれば良いと思います」
「衣食住の確保と共和国内の安全の維持……。開拓地での農作物の生産量が課題になりそうですね」
「食料備蓄を常に確認しておく必要もあるでしょう。農作物の生産量は上がっているはずなんですが、避難民が続々やってきますから中々自給状態に持っていけません。砂金の採掘が続いている間に共和国の自給が出来れば良いんですけど……」
農作物は多品種を栽培しているから、1つの農作物が不作であっても、他の農作物が豊作なら何とかなるんじゃないかな。
マクランさんの話では、かつての開拓地より畑が広がってきたと言っていたけど、4千人ほどに膨らんだ住民がいるからなぁ。今の3倍以上の農地が必要なんじゃないか。
「まだまだライムギを育てるまでには至らないそうです。堆肥を鋤き込んでいるらしいのですが」
「俺達にはどうしようもない話ですから、マクランさん達に任せるしかありませんね。そういえば、去年はブドウが少し採れたみたいですよ。今年はたくさん実ると良いですね」
ブドウはそのまま食べるのではなく、乾燥させて干しブドウにすれば冬の食事に色取りが出来るし、何といってもワインの原料だからなぁ。
北の斜面の一角をブドウ畑にしているけど、それも広げることになるんじゃないかな。
ヤギの放牧地が広がっているんだが、ヤギは城壁の裏手に作る土手に放牧しても良さそうだ。
「提案箱は今後も続けるんですよね?」
「その方が良いと思います。何といっても、住民からの声そのものですからね。直接言ってくれれば良いんですが、中々言い出せないようですから」
ヴァイスさんのような正確なら良いんだけど、案外表に出てくるのを嫌がるんだよなぁ。それに文字にすると、自分の考えがこの文章で良いのかと、見直すことだってできる。
「次の提案に対する会合もあるんでしょう?」
「課題というより、要望ですね。宿屋兼雑貨屋兼酒場ですからねぇ……。食堂も入ってました」
要望は、雑貨屋だけでも独立させて品揃えを増やして欲しいとのことらしい。
単独の雑貨屋ということなんだろう。となると店の管理も必要になって来るな。
『いつ』、『どこで』、『誰が』、『何を』、『何のために』、『どうするのか』……。
メモに6つの項目を書いて、レイニーさんに渡す。
「なるほど……。これを決めないといけないということですね。この問いは、他にも使えますね。ありがとうございます」
「なんかの本にあった言葉です。それで、明確になると書かれてました」
少しは役立つに違いない。それにしても雑貨屋か……。何を扱っても良さそうだけど、品揃えはエディンさんと相談した方が良いだろうな。
場合によっては行商人の荷馬車の品揃えを全て買い取って棚に並べても良さそうに思える。
「笑みを浮かべて……、良い案が浮かびましたか?」
「いっその事、行商人の荷馬車の品を全て買い取って、雑貨屋を始めるというのもありかな? と考えてました。1案ですが、それでは品数が足りないかもしれませんね」
「ヴァイスは行商人の荷馬車を5台揃えれば、何とかなると言ってましたよ」
なるほど、1人ではなく複数の行商人の荷ということか。
品揃えが偏る場合が多いそうだから、確かに使えそうだ。エディンさんは中規模の商人だから、行商人が商うものを避けているところがあるようだ。
互いの領分を侵さないのは、商人達の暗黙の了解事項でもあるのだろう。
やはり先ほどの、『何を』が一番問題になりそうだ。
先ずは欲しい品物を募集しても良さそうだ。ある程度の品揃えを行った上で、多くの住民が望んでいる品を何種類か追加することにしたら良いんじゃないか。
「どんなお店が出来るんでしょうね?」
「集会場の近くの空き地を、利用しようと考えてはいるんですが」
場所的には長屋が並ぶ一角だ。
住民の利便性を考えれば、それが一番かもしれないな。
出来れば宿屋の近くと考えていたんだが、都市計画も合わせて考えた方が良いのかもしれないな。
地図を広げて、雑貨屋となる位置を確認する。
一昨年作った長屋街の一角だ。すぐ上に水場があるから、空き地を使ってちょっとした憩いの場を作っても良いのかもしれない。
今作っている城壁が出来たなら、かなりの住宅地が出来るはずだ。上手い具合に、まだ建設していない長屋の区画も隣接しているから、十字路の周囲の区画を整理して大きな広場を作っても良さそうだ。端に小さな公園を作って、ブランコやベンチを置いておけば、子供だけでなくお年寄りたちの憩いの場にもできそうだ。




