E-078 部隊編成の見直しと共和国の統治案
初雪が降り始める頃には、空堀の長さが100ユーデほどに伸びた。俺の身長ほどの空堀だから、これだけでも阻止能力は高いだろう。
まだ石積は始まったばかりだから城壁とは言えないな。でも、城壁を支える土塁が空堀の長さほどに伸びている。
土塁の高さが3ユーデ以上あるから、これが新たな塀だと住民達は思っているようだ。
「だいぶ冷え込んできたから、明日は初雪になるんじゃないか? さすがに雪が降ったら作業は中断ってことになるんだろう?」
「そうはいかんぞ。杭はまだまだ足りんからな。それに空堀は作れずとも、石や砂利を運ぶことは出来るじゃろう。ソリを何台か作ってあるぞ」
準備は出来るってことなんだろう。ヴァイスさんが下を向いているのは、寒いところが苦手だからに違いない。
となると、冬はイヌ族のエルドさん達に頑張って貰わないといけないな。
「本来なら俺達も手伝わないといけないんだろうが……」
「トレムさん達には、西の尾根の監視を頼んでますからね。雪の中になりそうですけど、よろしくお願いします」
「小さなログハウスですけど、周囲を土で覆ってますからね。暖房はガラハウさんが作ってくれた鉄のコンロがありますから、結構暖かいですよ。炭を焚くと見張り所の中では上着を脱ぐ程です」
「さすがに雪の中で魔族は活動しないと思いますが、油断せずに監視をお願いします」
レイニーさんの言葉に、トレムさんが頷いている。
とは言え退屈であることは確からしい。仲間と交代して村に戻ってくるときには、獲物を持ってこない時が無かったからなぁ。
ちょっとした罠を仕掛けて野ウサギを狩るらしいのだが、俺達にはそれを使ったシチューが楽しみでもある。
「1か月ほど先には新たな年が始まります。村の代表者を集会場に集めて、建国式典を行いますよ」
「いよいよ旗揚げですね。あの旗の意匠は中々ですよ。あの旗の下に戦えると思うと心が躍ります」
「そういえば、責任者を見直すような話がありましたね。さすがに、事前に教えてはいただけるんでしょう?」
マクランさんの問いに、レイニーさんが笑みを浮かべている。
結果的には、変わらなかったんだよなぁ。それだけ、皆が頑張ってくれたということなんだろうけど、さすがに1人では無理があるだろうと、副官を作ることにした。
2人で協力するなら、少しは苦労が減るんじゃないかな。
「どのように国を纏めていくのかを発表するのは、まだ先で良いでしょう。でも防衛軍の構成については、この場で発表しても良いんじゃないですか?」
「そうですね……。小隊が多くなりましたので、小隊を纏めて中隊を作るということは前に話した通りです。その中隊は4つ作ることにしました。
現在は種族中心に小隊を纏めてましたけど、さすがに中隊はそうもいきません。こんな感じですね……」
テーブルの上の地図を片付けて、くるくると丸めた紙をテーブルに広げた。
各中隊部隊編成が書かれているんだが、基本は重装歩兵1個小隊、軽装歩兵2個小隊、それに弓兵が1個小隊だ。
第1、第2中隊がこの編成で造られている。
第3中隊は民兵部隊だ。4つのクロスボウ小隊と1個小隊の槍兵だ。
第4中隊は、直営中隊となる。1つの銃兵小隊とフイフイ砲小隊、カタパルト小隊にレンジャー小隊が含まれる。フイフイ砲やカタパルトの発射時には結構人手が必要だから投石部隊を各小隊に1個小隊ずつ付けることにした。投石部隊の主力は少年達なんだけど、住民達も練習しているようだから戦の時には5割増しぐらいにはなるんじゃないかな。
「第1中隊の指揮官はエルド、副官はヴァイスにします。第2中隊はダレル、副官はエミールとします。第3中隊は、マクランに副官はクラン。第4中隊は少し特殊なので、指揮官をレオン、副官はエニル、ガラハウ、トレムの3人を置くことにしました」
編成表を見ながら、ふんふんと頷いてレイニーさんの話を聞いている。
色々と考えたんだが、これでしばらくは続けたいところだ。敵と一当たりすれば、改善点が見えてくるに違いない。
「夕食後の会議は、明日以降は中隊長と副官が出席してください。各小隊への情報提供は、中隊長達に一任します」
「本来なら、兵種を元にしたかったんだけど、かなり偏っているのが良く分かりました。これからも避難民が増えていくでしょうから、敵と一戦した後に改めて、編成の見直しをしたいと思っています。当座は、この編成で対応してください。住民の避難用に長屋をいくつか空けてありますから、この長屋を当座は中隊本部として役立ててください」
改めて地図をテーブルに広げると、指揮所近くの空いた長屋に中隊番号を記載する。
「中隊ごとに本部を頂けると……。さて、何時集める?」
「この会議を少し遅らせれば良いにゃ。夕食後に中隊本部に集まって状況のセイルをするにゃ。指揮所からの指示があれば朝食後に中隊本部で伝えれば良いにゃ」
そうなるんだろうなぁ。平常時なら指揮所への集まりは隔日でも問題なさそうだ。後でレイニーさんと相談してみよう。
「国の運営の方も、このような形で纏めているのでしょうか?」
「中々難しいです。レオンの話では国の権利を3つに分割して独自性を持たせるのが大事らしいのですが……」
エニルさんの問いにレイニーさんがそんな事を話すから、全員の視線が俺に向けられてしまった。
ここは軽く概要だけを話しておこう。
「王国の治政には、国王や貴族の特権がかなり関わっています。具体的には、平民が貴族に障害を与えたなら、死罪は確実ですよね。その反対の場合は貴族側に問題があったとしても貴族は罪に問われませんし、被害を受けた方は泣き寝入りでしょう。
俺達が新たに作る共和国ではそんなことが無いようにします。
特権を無くせば、住民は全て同じ身分です。そんな国を作るんですから、法令を整備する議会、その法令に基づいて国を運営する行政府、その法令に従わない者を罰する司法局は、独立させる必要があります。3つの長官となる人物と補佐が出来る人物となると、中々難しいんですよねぇ……」
「国王と貴族がいなくとも国は作れるということか……。世襲制を最初に否定していたからどんな国になるのか楽しみだな」
ダレルさんがそんな事を言いながら笑みを浮かべている。
発表が楽しみなのか、それとも上手く行かないと思っているのか……。
数日が過ぎると、夕食後の指揮所の会議の人数が少なくなったことにも慣れてくる。
ここでの話をちゃんと中隊に戻って伝えているのかと、心配になってしまうのは俺もレイニーさんの心配性がうつったのかもしれないな。
「建国式典の後は、各大臣の下で国の運営が始まります。行政、立法、司法に内務、それに防衛を加えた5つの部局に責任者である大臣を置き、その大臣を束ねる存在というのが大統領ということになるようです。初代大統領は私、レイニーが就任しますが、泰明期でもあることから、とりあえず任期を4年ということにします。4年後に改めて大統領を決めたいと思います……」
終身大統領でも良さそうに思えるんだけどねぇ……。レイニーさんは早いところ、誰かに後を譲りたいようだ。
「どんな国になるか分かりませんが、皆さんの協力次第で何とかなるでしょう。それでは、各部局の構成を発表します」
テーブルの上を片付けて、大きな紙を広げる。
6つの部局とその責任者が書かれているだけだから、簡単なものだ。
ちょっと拍子抜けしたような顔を俺に向けてくるんだけど、俺だって住民全員の人柄を知っているわけでは無いからなぁ。
「部局と大臣だけ……、ですか?」
エルドさんが確認するように問いかけてきた。
皆も頷いているところを見ると、やはり気になっているってことなんだろう。
「大臣はレイニーさんとの相談結果です。軍人ばかり目立ちますが、これは最初だからということで諦めてください。どのような人材を次の大臣とするかについては選出方法と共に立法部局で決めて頂きたいと考えています。農林と工業についても独立部局を当初考えてはいたのですが、とりあえず内務部局に統合して、将来は独立化を目指したいと考えています。あまり多くの部局を作ると混乱しそうですからね」
建国時だから暫定措置だとはっきり言っておくことにした。
これも色々と問題が出てくるだろうから、1年後に見直すことで皆の了解を得ておく。
「行政は私が代表になりますから、大臣がおりません。一応副官であるレオンが補佐してくれることになっています。立法はマクランさんが大臣になります。新しい国の法律を整備してください。司法はガイネルさんに、外交はエクドラさん、内務はエニルに任せますが、農林に関わる事案はマクランさん、工業に関わる事案はガラハウさんと上手く調整してください。防衛についてはエルドが統括してください。
一応、大臣職を定めましたが、とても1人で出来るとは思えません。各大臣は補佐が可能な人材を見付けて、副大臣としてください。場合によっては副大臣に任せることも可能でしょう……」
途端に、指揮所が騒がしくなってきた。
人材の分捕り合戦が始まり出したようだ。急な話だし、どんな事をすれば良いのかも手探りで始めるんだから、かなり心もとないことは確かだ。
だけど、王国の建国時だって同じだったはずだ。最初に指示された役職を子々孫々まで行ってきたんだからなぁ。最初は少なくとも、担当する人物の人柄と能力を元にして決めたのだろうが、それを既得権益として手放さないんだから、貴族社会を作ったことで王国の命運がその時に決まってしまったのかもしれない。
俺達の国は、そんなことが無いようにしなければなるまい。
大きな権力を分散して独立化することで少しはマシになるだろうし、責任者も民衆が選べるようにしていきたいものだ。




