E-077 城壁造りは空堀もセットで
初雪がそろそろ降るかと思っている頃、オビールさんがオリガン領からの避難民と共に村にやって来た。
荷車は3台だけだけど、オビールさん達は大型の魔法の袋を持っているからライムギの袋が50袋を運んできてくれた。それ以外に火薬が2袋とカートリッジが600、干し魚3袋は父上からの贈り物らしい。
「冬前だから、元軽装歩兵とその家族になるそうだ。半個小隊だが、総人数は80人というところだな」
「近頃物騒になりましたから、ありがたい助人になりそうです。1か月ほど前に、魔族が南に向かったのを村のレンジャーが見ているんですが……」
「王国軍が2個中隊を失ったらしいぞ。最初に合った北の砦が破壊されてから、その南に位置した村を砦にしたんだが、東側の2つを破壊されたらしい。新たな砦は街道の直ぐ北になるようだ。今度は頑丈に作るということで近隣の住民が100人単位で招集されたようだ。それで、魔族は北に帰ったのか?」
オビールさんの言葉に、首を横に振って答える。
「そうか……。となると、旧砦辺りで冬越しを考えているのかもしれんな」
「俺達がブリガンディ王国の西の砦で魔族を相手にしていた時には、魔族がその場に留まるということはありませんでした。魔族の指揮系統が変わったのかもしれませんね」
魔族にだって軍の指揮者はいるはずだ。
新たな指揮官が就任したとなるなら、前任者はどうなったんだろう?
単なる力攻めを行うだけでないとなると、やはり対応が面倒になりそうだな。
「それで、俺達との取引は継続出来そうなのでしょうか?」
「今のところは問題ないな。さすがに獣人族相手に商売はできないらしいが、間に人間族を入れることで、知らんぷりを決め込んでいるぞ。オリガン領内も、魚の商売で潤っているらしいからなぁ。ある程度の獣人族を受け入れても、表立っての叱責を受けることは無いそうだ」
「狩りがしにくくなった……、ということですか?」
「魔族が跋扈しているからなぁ。俺達も狩りをする際には獲物を遠巻きにして魔族に斥候がいないことを確認してからだ。まったく面倒な狩りになってしまったが、さすがに川沿いには魔族も姿を現さん。帰りに何頭か鹿を狩るつもりだ」
そういう事か。王国の多くが街道の南に町や村を作っている。街道の北は1日ほど離れれば、開拓村があるぐらいだ。その北にある森や荒地はレンジャー達の狩場でもある。
そんな狩場に魔族がうろつくようになれば、王国内の食肉流通に支障が出てくるのは間違いない。
牧畜業も始まってはいるが、庶民の食べる肉はレンジャー達がもたらす野生動物の肉だ。食肉確保の狩りに支障が出てきたなら、海の幸を求めるのは必然ということなんだろうな。
「この辺りの狩りも、獲物が少なくなってきたとトレムさんが言ってましたよ。あまり間引くのも良くないかもしれませんね」
「トレムなら、その辺りの見極めも出来るはずだ。もっと狩ってこいなんて言わんでくれよ」
オビールさんの言葉に、笑みを向ける。
それを知っているか否かで、周辺の狩りの継続性が変わるからね。
「以前よりは、迫害が目立たなくなったことは確かだ。だがそれは町や村に獣人族がいなくなったからだ。依然として選民思想に王宮の偉い連中ははまっているに違いない」
「それで魔族と争うんですからねぇ。まったく困った事態です」
「レオンがいるなら、この村は安心だろう。それで、さらに大きくするのか? だいぶ土砂を運んでいるようだが」
「新年に建国式をしようかと思ってるんです。住民もだいぶ増えましたからね。『マーベル共和国』と名乗るつもりですよ。建国した際には、オビールさん達にも入国証を発光しますからね」
俺の言葉に、数人のレンジャーが笑い声を上げた。
ちょっとした冗談にも思えたんだろうが、直ぐに真顔に変わる。
「本当か? そうなると、さらに住民が増えることになるぞ」
「ここまで来たからには、単なる自治を認められた町を目指すことも無さそうです。ブリガンディとサドリナスの両王国軍とも戦ってますからね。まだ戦っていないのが魔族というのがなんとも皮肉ではあるんですが」
2つの王国と敵対したのなら、追い出された連中が作った町というよりは、新たな国とした方が王国と会談をする際にも対等の話し合いをすることが出来るだろう。
「それも、面白そうだな。入国証の1番は俺にしてくれよ」
たちまち、証明書の1桁番号の奪い合いが始まった。
持つことが迫害の対象にならなければ良いんだけどねぇ。
オビールさん達は村で一泊して、帰って行った。途中の狩りが上手く行くことを祈ってあげよう。
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「だいぶ資材が集まってきたが、まだまだ足りんぞ。もう直ぐ雪が降るんじゃから、頑張って欲しいところじゃ」
「その資材についてですけど、城壁の前に空堀を作れば、城壁の後ろの斜面を作るのに十分に思えるんですが?」
「空堀じゃと! ……規模に寄るじゃろうが、どれほどのものを造るんじゃ?」
「奥行が10ユーデ、深さが2ユーデほどでどうでしょう?」
「城壁側も掘ることになるな。奥行は12ユーデほどに広げてはどうじゃ。土砂を石垣の後ろの土塁作りに使えるぞ。城壁側は3ユーデほどにすれば石積みの地固めも容易になる」
城壁に接近した空堀は、石積みが自重で崩壊しかねないってことかな?
となると、城壁側を深く掘るのは、大きな石を埋め込むってことなんだろう。地固めも大事だけど、補強用の杭が大量に必要になる。しかも土中に深く撃ち込むから杭の表面は炭化するぐらい焼かねばなるまい。
「こんな形状になるってことでしょうか?」
簡単な横断面図を描いてガラハウさんに見せると、じっと絵を見ながら何度も小さく頷いている。
「ドワーフ族なら知っておる地盤強化の方法じゃが、レオンの知識は底なしじゃな。これで十分じゃ。とはいえ、石積みの裏は小石や砂利で補強するから、資材が足りんことは確かじゃぞ」
今度は河原から砂利を運ぶことになった。カゴに入れた砂利をいくつも荷車に乗せて運んでくる。
大きな石は、北の崖からにあるが、山腹崩壊した規模が大きいからなぁ。石を割って運ぶような事をしなくとも、頭より少し大きな石はごろごろしている。
空堀は、ガラハウさんの縄張りが済んでから、マクランさん達が開拓民や避難民と共に掘り始めた。
城壁の地固めや空堀の崩落を防ぐための杭は、ヴァイスさんとリットンさんの部隊が運んできて、焚火でしっかりと焼いているようだ。
表面が真っ黒に炭化した杭は、力自慢が揃っているガイネルさんの部隊が担当している。
トラ族の兵士達が、ヴァイスさんが両手で持ち上げられないような木製のハンマーを軽々と振るって打ち込んでいる姿は、見ていても気持ちが良いものだ。
「ありゃ? レオンにゃ。お茶でも飲むにゃ」
見物に来た俺を見付けたらしく、ヴァイスさん俺達を手招きをしてくれた。
ナナちゃんと一緒に焚火に近づくと、ヴァイスさんの隣のベンチに腰を下ろす。ナナちゃんはヴァイスさんの隣に座り込んだ。
隣に座ってくれたのが嬉しいのか、ヴァイスさんが目を細めてナナちゃんの頭を撫でながら笑みを浮かべている。
「中々大変そうですね」
「朝から50本は焼いたにゃ。次から次へと杭を運んでくるから大変にゃ。焚火も3つ作ったにゃ」
ヴァイスさんからお茶のカップを受け取って周囲を眺めてみると、直径3イルム、長さ2ユーデほどの杭が山になっている。
少し細くて長い杭もあるようだけど……、杭を取りに来た少年が運んでいった先では空堀の南面を掘っていた。垂直の壁になるように、あの杭を打ち込み雑木を編みこむことで土留めとするのだろう。
空堀の大きさが少し広く感じるな。12ユーデではなく15ユーデはあるんじゃないか?
「今年の冬は、杭を焼きながら過ごすことになりそうにゃ。干し魚の配給が楽しみにゃ」
「養魚場の魚も今年は多かったですからね。あれは食べなかったんですか?」
「皆で開いて燻製にしたにゃ。冬になったら少しずつ頂くにゃ」
ネコ族ならではの楽しみってことかな? 俺なら燻製肉の方が良いんだけどね。
パイプにタバコを詰めて、周囲の様子を眺めながら一服する。
皆頑張ってるなぁ。俺も何か手伝わないといけないように思えてきたぞ。
お茶のお礼を言って、指揮所に戻る。
ナナちゃんは、ヴァイスさん達としばらく一緒にいるみたいだな。
2人に手を振って、北の向かって歩いていくと、民兵の一団が、荷車に大きな石を積んで運んでくるところに遭遇した。
「ご苦労様!」
「これぐらいは容易いですよ。切り株を掘り起こすのに比べればはるかにマシです!」
まだまだ切り株があちこちにあるらしい。少し掘り起こしたところで、根を何本か切り取って皆で引き抜くらしいが1日で数本の掘り起こせないらしい。
それに比べればマシだと言っていたけど、かなり積んでいた気がするんだけどなぁ。
荷車までは一輪車を使うらしいけど、石運びもかなりの重労働に違いない。
「ただいま戻りました!」
指揮所の扉を開けて、レイニーさんに挨拶する。隣のベンチに腰を下ろして、地図を眺めながら、先程いた場所を探す。
南の城壁に設ける2つの楼門の内、東側の楼門だな。第一楼門なんていう名ではなくて、しゃれた名前を付けたいところだ。
皆に話すと、また一騒ぎになりそうだから俺1人で考えよう。
俺の名は歴史に消えても楼門の名は残るんじゃないかな。
「ご苦労様でした。ちゃんとヴァイスは役目をこなしてましたか?」
「しっかりと杭打ち用の杭を焼いてましたよ。数が多いことをぼやいてましたけど、ちゃんと役目をしてくれています」
「それなら良いんですが……、直ぐに飽きてしまうんですよねぇ」
幼馴染みだから気性が分かっているみたいだな。今のところは大丈夫だろう。明日はどうなるか分からないけどね。
「提案した俺が言うのもおかしな話ですが、実際初めて見るととんでもない工事です。数年で終わるとはとても思えなくなりました」
「でも初めてしまいましたよ。今さら投げ出すというのもおかしな話です。難工事であれば、それだけやりがいもあるでしょうし、工事をする人間はこれからどんどん増えるんです」
確かに、一度始めた以上やり遂げるのが肝心だろう。
途中で投げ出したなら、父上や兄上から笑われるぐらいでは済まないかもしれないな。
母上だって普段は穏やかな顔をしているけど、館に出入り禁止ぐらいの事は言い出しそうだ。
それに……、『やはり、落ちこぼれ』と言われるのも癪に障る。
お詫び
E-066とE-067で話が飛んでいることに違和感があったかと思います。
E-067は本来E-068として書いたもので、E-067は書いたはずなんですが、どこかに行ってしまいました。
いよいよアルツハイマーが始まったかと自分を心配していたんですが、他の物語のファイルを整理している最中に、E-067を見付けることが出来ました。
同時並行で執筆していたために紛れ込ませてしまったようです。
改めて、E-066-2として投稿しますのでよろしくお願いいたします。




