E-074 状況は悪いけど、俺達の国の名を考えよう
朝食後に部隊の微調整を行って、西にフイフイ砲を1つ運ぶことにした。
結構な重さだから、見物に集まってきた開拓民達も手伝ってくれたそうだ。
大型兵器はどうしても重くなるからなぁ。その点カタパルトは車輪を付けて移動できるようにしてあるから、こんな時には容易に移動が出来る。
「敵が同じような物をこしらえるかもしれませんね」
「ある程度は形に出来るだろうし、バリスタは大型のクロスボウそのものですよ。とは言っても、同じものが直ぐに作れるとも思えません。色々と工夫してありますからね」
物体の位置エネルギーを使って石を飛ばすことを考え付くだろうか?
物体の反発力を利用したバリスタならともかく……、カタパルトですら、捻じれが元に戻る力の利用だからなぁ。
もっと石を飛ばそうとするなら大砲を使うことになるんだろうが、魔族は火薬を使わないし、王国軍は銃ですらあまり使おうとしていない。
鉄と火薬を大量に使う大砲を軍に組み込むのは、まだまだ先のことになるんだろう。
俺達だって、大砲とは名ばかりのものだ。口径は1イルム(5cm)で全長が1ユーデほどでしかない。しかも弾丸は散弾だからなぁ。
あまりにも火薬を使うから、門の最終防衛専用だ。
至近距離で低位置で放てば、敵兵の足を十分に刈り取れる。
その凄惨さは、前のサドリナス軍で良く分かったから、各門に1門ずつ配置し、葡萄弾も3発ずつの配備で止めている。
戦死した兵士の千切れた肢体を見ると使いたくなくなるが、俺達が寡兵である以上使わせて貰おう。
「後は、エルドとヴァイス達が帰るのを待つだけですね」
「問題はないと思います。偵察ついでに現状を伝えて欲しいと、レンジャー達に頼んでおきました。早ければ今日中に帰ってきますよ」
レンジャー達にとっては少し遠回りになるが、快く引き受けてくれた。
2人には物足りないかもしれないが、河原で魚を取れるのもこの村があるからだからなぁ。たぶん急いで帰ってくるに違いない。
結局エルドさん達が帰ってきたのは、夕食を終えた後だった。
夕食はすでに終わっているから、携帯食のビスケットと干し肉を齧りながら、お茶を飲みながら会議に途中参加知ることになった。
「のんびりと魚も取れませんねぇ。まぁ、去年並みには獲れましたから、受精卵はナナちゃん達に渡しておきました。半燻製の魚は食堂に届けてあります」
「ご苦労様でした。状況は、先程レオンが話してくれた通りです。東にブリガンディ王国軍、西に魔族の大部隊を確認していますから、2人には南を担当して貰いますが、場合によっては2個分隊ほどを西に回して貰うことになるかもしれません」
「了解です。南はそれほど脅威ではないということですね。俺が2個分隊を率いますよ」
「私もにゃ。東は1個小隊を付けとけば抜かれることは無いにゃ」
レイニーさんが笑みを浮かべて頷いている。
これで西が少し厚くなった感じだな。
「でも、なんでまた2つが重なったにゃ?」
「たまたまだと思います。ブリガンディ王国の目的はこの村を支配地とするつもりでしょうし、西の魔族は尾根の谷筋を真っ直ぐ南に向かったそうです。移動は昨日でしたから、明後日辺りにサドリナス王国軍と戦端が開かれるのではないかと」
「この前の戦を見ると、はなはだ心もとない王国軍ですね……。砦に籠っての戦なら良いのですが」
エルドさんも考えることは同じだな。
王国を守る軍隊なら、見事魔族を跳ね除けて欲しいところだ。
「魔族なら、あのフイフイ砲を実戦に使えるってことだな」
「すでに2門が西にあるぞ。南の1門を移動したからな」
「そりゃあ、すごい!」とエルドさんが驚いている。長屋よりも大きいからなぁ。それを動かせるとは思っていなかったのかな。
「あれなら、魔族が整列している中に爆弾を落とせるにゃ! 爆弾はたっぷり作ってあるのかにゃ?」
「それほどないよ。焚き木を蔦で丸めて作った火炎弾と石を飛ばしたいね。もっとも最初の2射は爆弾を使いたいけど」
各フイフイ砲とカタパルトように数発ずつ用意してはあるが、爆弾は大砲並みに火薬を使うからなぁ。
早いところ俺達で火薬を作らねばなるまい。材料はあるんだが、作る前に硝石の精製を行いたいから、倉庫に入れたままになっている。
「まあ、結局は防戦ですから、敵が動かないことには始まりません。現状は『警戒レベル1』というところです。ところで、前のサドリナス王国軍と遣り合う前の話を覚えてますか?」
皆が首を傾げているから、すっかり忘れてるってことに違いない。
単なる士気を鼓舞する為だとあの時は思っていたのかもしれないな。俺は本気だったんだけどなぁ……。
「国の名を考えるってやつか? あれは、俺達を元気付けるためにレオンが言ったんじゃなかったのか?」
「まあ、それが無かったとは言いませんが、本気で言ったつもりですよ。ブリガンディ王国も動いたとなれば、そろそろ名乗りを上げておいた方が良さそうです。でないと、どちらの王国にとっても俺達は反乱分子のままですからね」
「私のところは、『聖グラミット王国』に決まりにゃ」
「それって、私達の村の名前じゃないの!」
「似てるなあ。俺のところは『コルデム王国』だからなぁ」
「ワシのところは、『聖なる斧』じゃぞ!」
急にワイワイと騒ぎ出した。さすがに国王はいないんだから、王国を名乗るのもねぇ……。
「急に賑やかになりましたが、レオンも考えたんでしょう?」
「俺はこの村の北から取りましたよ。『シュバレード共和国』、良い響きでしょう」
「私も考えたんですよ。『プリメル自治国』としました」
プリメルって、確か花の名前じゃなかったか?
ナナちゃんが指揮所の前に植木バチを並べて育てていた花だ。初夏に白い花を咲かせるんだよね。匂いも良いから俺のお気に入りだ。
「でも、これではこの場で収拾が尽きませんね。村人全員による投票で決めてはどうですか?」
「投票?」
この世界では、投票という制度は無いようだ。
レイニーさんに大まかなやり方を伝えると、どうにか理解してくれたようだな。
「1人1つの投票権を持ち、それを自分の思う対象に入れるということですね。住民台帳をマクランさんが作ってくれてますから、1人が2回投票をすることは無いでしょう。国名を書いた箱を作り、その箱の中に、木札を入れる方法で出来るでしょう。でも、子供達にも行わせるのですか?」
「少なくとも、俺達と一緒に戦ってくれる少年達は対象とすべきでしょう。国を守る意思を行動で示せるのですから、十分に資格があると思いますよ:
国名で大騒ぎしている小隊長達を無視して、レイニーさんと一緒に投票者の資格について話し合う。
住民の誰もが投票するのも1つの方法だが、それでは種族や逃れてきた王国や地方に偏る可能性が無いわけではない。
「やはり、村を守るために動いた者達ということになりますね。戦時に避難民の世話をする人達も投票に参加させるべきでしょう。……神官様はどうしましょうか?」
「国の運営に参加するようでは、ブリアント王国と同じになる可能性がありますよ。行政には一切参加を認めないという決意も必要でしょう。その代わりにこの国では、宗教の自由を認めるべきかもしれません」
国王がいないんだから、戴冠式等必要ないからね。住民の安息を常に祈って貰おう。
「ここはレイニーさんの指揮官としての地位を使って一方的に決めるということも出来ますが、さすがにそれでは禍根を残しそうです。投票で決める。その投票者は、このような人物ということで納得させるべきかと……」
「そうですね。レオンの案を試してみましょう」
「それと、せっかくですから、国旗に国歌も作ってはどうでしょう? 自分の選ぶ王国名が選ばれなくとも、国旗や国歌が選ばれるなら不満も少なくなりそうです」
それでも、奇を狙う人はいるんだろうな? どんな突飛な国旗が出てくるか楽しみだ。
「国旗は分かりますが、国歌ですか? ブリガンディ王国にもそんなものは無かったんじゃないですか?」
「だからこそ作るんです。国の花も良いですね。木や鳥、獣に魚だって選べますよ」
「それで何か良いことがあるんでしょうか?」
「別に無くても良いじゃないですか。これがこの国を代表するということで十分でしょう。でも国を代表するからと言って乱獲したら問題ですけどね」
昔、〇〇という名の国鳥がいたんだ……。なんてことにならないようにしないといけないだろう。場合によっては保護しないといけなくなるかもしれない。
そんな苦労があるような物は、国を代表するということにはしない方が良いだろうな。
レイニーさんが席を立って、両手を叩く。
あれほど喧騒に包まれていた指揮所が、急に静かになった。
小隊長達の視線が集まるのを待って、レイニーさんが話を始める。
「この場で選ぶのではなく、村の住民の意見も確認しましょう。先のサドリナス王国軍との戦に参加した人達に、木札を1枚ずつ配ります。食堂に、今回集まった国の名前を書いた箱を置きますから、気に入った名前の箱に木札を入れて貰い、一番多くの木札を集めた名前を国の名前とします。先ずは国の名前を決めて、次は国旗になります。これは来年でも良いでしょう。皆さんの考えた国旗を楽しみにしてますよ」
「なんじゃ、面白そうな方法で決めるのう。それで来年は国旗という事じゃな? 確かに必要じゃろうが、なるべく簡単な図案が良いぞ」
確かにガラハウさんの言う通りだ。さて、どんな結果になるんだろう?
数日後には、結果がでる。その時には、またお祭り騒ぎになるんだろうなぁ……。
パイプに火を点けて、皆の顔を眺める。
互いに自説を相手に説いているようだけど、相手が聞こうともしてないのが良く分かる。
これで、士気が下がっていないんだからおかしな話だ。
思わず笑みが浮かんだところに、少年が転がり込むように指揮所に入ってきた。
「ブリアント軍の攻撃が始まりました! 現在応戦中です」
「了解した。それで、門に敵兵はたどり着けたのか?」
「門前の広場にもたどり着けない状況です。私が東門から出る直前に、カタパルトとバリスタの攻撃が始まったようです!」
「私が様子を見てくるにゃ!」
大声で叫んだヴァイスさんが指揮所を飛び出して行った。
呆気に取られていた俺達だが、直ぐにレイニーさんに視線を向ける。
「とりあえず、レオンの話では案ずることはないとの事です。ヴァイスが向かいましたから、しばらくすれば詳細な報告が来るでしょう」
「兵を集めることは?」
エルドさんが、心配した表情でレイニーさんに問いかける。
レイニーさんが、俺に視線を向けてきたから、ここは俺が話せば良いか……。
「とりあえず、様子を見るだけで十分です。夜襲を掛けるのは砦攻めに良くある手ですが、東門は昼でも攻撃は困難な場所。まして夜襲ともなれば狭い道から滝つぼに転落する者も出てくるでしょう。横に3人がようやく並べる程度の場所ですからね。足元が悪いことから松明は必携でしょうが、それは弓やクロスボウの良い的でもあります。滝向こうの踊り場をバリスタとカタパルトで攻撃しているとなれば、攻撃の上場を見守ることすら困難です」
「あの場所だからなぁ……。それにしても夜襲とは」
「定石通りということか? 場所をよく見てないんじゃないのか」
安心したのか、軽口が出ている。
さて、本当のところはどうなんだろう?
早く帰ってくるか、それとも伝令を向かわせて欲しいところだ。




