E-071 ブリガンディ王国軍がやって来た
「やって来ただと!」
東の楼門は南の楼門と同じように堅牢に作ってある。骨組みは丸太だけど、表には石を積み上げ隙間を簡易コンクリートで塞いであるし、その高さは4ユーデほどあるのだ。そう簡単に破れる物ではない。
楼門に駆け上がって、兵士達に大声を上げた。
「あれです! 2人程兵士がこちらを窺っていますが、少し前には1個分隊以上集まっていました」
俺の問いに答えてくれたのは、ちょっとお腹の出たタヌキ族の兵士だった。ダレル小隊の分隊長なんだろう。
滝を挟んだ向こう側の張り出し部分は少し広くなっているから、いつの間にか踊り場と言われている。
距離は100ユーデにも満たないんだが、矢を互いに射かけるには少し距離がありそうだ。
望遠鏡で覗いてみると、魔族ではなく軽装歩兵の軍装を付けている。となると、ブリガンディ王国軍ということになるんだろう。
ついにやってきたか……。
兄上が率いている大隊なら、直ぐにでも兄上がこちらにやってくるはずだ。
それをしないで、様子を窺うなら兄上とは関りがない部隊ということになるんだろう。
「エニルに第1、第2分隊を率いてやってくるように伝えてくれないか。それとレイニーさんにブリガンディ王国軍が接近していると伝えて欲しい。『警戒レベル1』の発令をお願いする。以上だ!」
一緒に付いてきた少年が2人とも駆け出して行った。手分けして伝えるんだろう。それほど急ぐ必要は無いんだけどね。
「こちらの兵力は私の分隊とクロスボウ兵が1個分隊です。増強はしないのですか?」
「楼門の外側の扉は引き上げたんだろう? まだ襲ってはこないさ。こちらも様子を見ているだけで十分だろう。向こうがハシゴを用意しているのが分かったなら、直ぐに警戒レベルを2に引き上げる。マクランさんの部隊を1個小隊派遣してもらえばここは守り切れるからね」
あの踊り場から滝の裏を通ってこの楼門に来る道は狭いし、大きな石がごろごろしている。とてもじゃないが大軍で力攻めをすることは出来ないだろう。
足元を確かめながら歩いてくる敵兵を、クロスボウで一方的に狙撃出来るのがこの楼門だ。
パイプを取り出して、近くのベンチに腰を下ろす。
睨み合いが続くなら、こっちにも都合が良い。俺達には直ぐ後ろに生活の場があるけど、相手にはそれが無い。どちらかと言うと、後ろには魔族がいるんじゃないかな。
どれぐらいの戦力でやって来たのか分らないが、大隊規模であるならすでに魔族の斥候が彼らを見付けていると考えた方が自然だろう。
となれば……、睨み合いはそれほど続かないはずだ。
「遅くなりました。楼門の中に2個分隊を配置しています」
エニルさんが軽く敬礼をしながら、報告してくれた。
「御覧の通り睨みあいだ。しばらくは待機していて欲しい。銃眼に常時1個分隊を配置して、1個分隊はお茶でも飲んでいると良いよ」
「了解です。では下で待機しています」
変化があれば、ナナちゃんに伝えて貰おう。
一服を終えるころにやって来たのは、レイニーさんとダレルさんだった。
ダレルさんは守備を担当する門からの異変を聞いてやってきたんだろうけど、レイニーさんは指揮官なんだから指揮所で待っていて欲しかったな。やはり気になってやってきたのだろう。
「あれですか! 3人程、こっちを見てますね。やはりブリガンディ王国の兵だと?」
直ぐにダレルさんが望遠鏡で踊り場を確認している。
「王国軍に間違いないでしょう。旗が見えませんから相手が分かりませんが、兄上の部隊では無さそうです」
「直ぐにこちらに来るでしょうからね……。となると、本隊の移動を待っているのでしょうか?」
レイニーさんの言葉に、なるほど……と頷いた。
索敵部隊ということかな? それなら1個分隊というのも頷ける。
となると、ますますここで待つ時間が長くなりそうだ。
昼食、野戦食である干し肉と乾燥野菜のスープに、いつもの平たいパンが1つ。
薄い塩味のスープは嫌いでは無いんだけど、やはりエクドラさん監修のスープが上だな。
「何も言ってこないですね。使者ぐらいはよこしても良さそうですけど?」
「それだけ不気味な存在ということなんでしょうね。王国を逃げ出した下等種族がこんな場所に砦を作っているということが信じられなかったのかもしれません」
「ここは南のように開けていませんし、攻城兵器さえ持ち込めませんぞ。私としてはやってくる意図が全く理解できませんな」
ダレルさんの言う通りなんだけどね……。
兄上からの報告で俺達がここに村を作っていることは、王宮にも知られているはずだ。そこでは銅の鉱石が取れ、なおかつ砂金も取れるということも包み隠さず報告しているだろう。
兄上の報告が王宮に届いた時には、まだ村の人口は俺達兵士の数の方が多かったんだが、今では避難民の数の方が遥かに上回っている。
小さな村ぐらいに思っているのかもしれないな。
あの踊り場はここより若干位置が低いから、石塀の位置側を見ることは出来ないはずだ。数百人が避難民ととともに暮らしているぐらいの認識かもしれないぞ。
「旗が上がりました!」
見張り人の言葉に、急いで擁壁に駆け付けると望遠鏡を踊り場に向けた。
「中央のドラゴンに槍が2本……」
「第2軍だな。その他にも旗があるな……」
「後は……、赤字に交差する剣ですかな」
「グランツ伯爵の家紋ですね。剣を旗に用いられるのは上位貴族だけと聞きました」
果たして本人なんだろうか? 案外代理者ってことなんじゃないかな。次男辺りに武勲を与えたいという事かもしれないぞ。
「やってきますね。馬が3騎に随行する兵士が1個分隊と言ったところですか……。先ずは交渉ということでしょうか?」
「上手く行けば無血開城できると考えたのかもしれないよ。とりあえず要求は全て却下しますけど、良いですね?」
レイニーさんに顔を向けると、厳しい表情で頷いてくれた。
ナナちゃんに、エミルさんに手出し無用と言伝を頼む。銃眼から銃を出さなければ問題は無いだろう。
さて、どんな要求を言ってくるのかな?
パイプにタバコを詰めて、ゆっくりと近づいて来る連中に顔を向ける。
「それじゃあ、皆さん姿を隠してください。盾の後ろに隠れれば、矢を射かけて来ても大けがを負うことはないでしょう」
「気を付けてください。交渉をするかどうかも怪しいです」
レイニーさんに笑顔を見せると、ナナちゃんの頭を撫でながら、レイニーさんの隣にいるように言いつける。
しっかりと頷いているから、レイニーさんを守る気でいるようだ。魔法の袋から弓と矢筒を取り出しているぐらいだからなぁ。
さて、パイプを咥えながら、滝の裏手に入った一行が姿を現すのを擁壁に身を預けながら待つことにした。
少し濡れた感じだな。それでも立派な鎧が目に付く。一緒の2騎はチェーンメイルの上に少し厚手のコートを着込んでいる感じだ。コートといっても、毛布の真ん中に穴を開けて頭を出しているような姿だが、胸にしっかりと部隊の紋章が出るように着込んでいる。
後続の兵士は弓兵のようだ。弓と手に、腰には片手剣を下げている。
装備も中々だ。頭には俺達のような革の帽子ではなく、金属製のヘルメットを被り耳と首元にはチェーンメイルで保護している。革鎧も部分的に金属補強をしているから、俺達よりも防御力はあるんだろうが、長剣対策でしかない。槍や矢を受けたら貫通しそうだ。
門から30ユーデほどの距離で止まると、3人の騎士が並ぶ。
後ろの弓兵達は、弓を手にしているが、片手に矢を持ってはいない。しばらくは安心できそうだ……。
擁壁に腕を付いてパイプを咥えながら彼らを見下ろしているのが、気に食わないのかな? 緊張していた表情が、だんだんと怒り顔に変わってきた。
「我等はブリガンディ王国、第2軍団のグランツ伯爵の使いである。楼門から見下ろすのは失礼ではないのか!」
「別に失礼とは思わないけどね……。それで何の用だ? 俺達は色々と忙しいのだ。魔族に追われる軍の相手をしている暇はない」
「誰が終われてなぞいるものか! 戦って負けなしの第2軍である。我等がここまで来たのは、この砦をブリガンディ王国に組み入れるためである。敗軍の逃亡兵が砦を作ったと聞き及ぶ。その働きを国王陛下も御認めになっておるぞ。貴殿にはそれなりの褒賞を与えることになるであろう。もちろん配下の者達にもだ」
どんな褒賞なんだかなぁ……。どうせ碌なものではないだろう。
案外俺達を死罪にして、この村をせしめる気じゃないのか?
「生憎だな。俺達を敗残兵と見るようではブリガンディ王国も大したことはない。俺達はその逆だ。王国を見限ってこの地に村を作った。
魔族の大軍の前に出城を築かせたのはどの王国だ? しかも寡兵を持って磨り潰そうとし、食料さえ運ぶのを止める始末だ。
それほど北に砦を作りたけば、第2軍の兵力で作れば良かろう。俺達は邪魔をしない。東の守りを削減できるだろうからな」
「グランツ伯爵の好意を無にするつもりか!」
「ブリガンディ王国の選民政策を肯定するような貴族なら信頼に値しない。この村には大勢の獣人族がお前たちの迫害を逃れてきている。俺達がいなくなればお前達は彼らをどうするのだ? 開拓民のように片端から虐殺するのか? 偽善ぶるのもたいがいにしろ!」
やって来た兵士が全て人間族だからな。ブリガンディ王国軍にはすでに獣人族はいないのかもしれない。
「確か……、オリガン家の次男であったな。さすがに落ちこぼれとの評判通りだ。今の言葉を御父上に報告しても良いのか?」
「すれば良かろう。だが、報告には気を付けるんだぞ。少なくとも帯剣はせずにしておいた方が良いだろう。武器を持たぬ男を父上が斬り殺すとは思えん」
「オリガン家もグルだということか! それなら家名断絶の上で皆殺しにすれば良いこと……」
思わず笑みを浮かべてしまった。
オリガン家を潰すだって? その時一族はどう動くだろう。さすがに笑い声を押えることができないな。
俺の高笑いに、相手が目を剥いて顔を赤くしている。
「その時はブリガンディ王国が終わるかもしれないな。自分の言葉をよく覚えておくことだ。出入りのレンジャーを通して父上に知らせておこう。すぐにお前とグランツ伯爵にオリガン家からの使いが向かうかもしれん」
自分の失態に置く場を噛みしめながら俺を睨んでいる。
そんな男の前に、今まで黙っていた立派な鎧を着た男が一歩馬を進めた。
「まだ子供だ。戯言を言うこともある。私はグランツ家の長男エクドラルだ。まだ家名を継いでいないが次期伯爵である私に免じて若者の無礼を許していただきたい」
「見ての通り俺も若者と言えるだろう。同じ若者同士の戯言ということにしても構わんが、俺達がこの門の扉をブリガンディ王国に対して開くことはない」
「さすが、オリガン家ということか……。だが、数百人で魔族は防げんぞ。さらにサドリナス王国も、この砦を狙っているはずだ。どちらかの軍門に下るしかあるまい。なら、生まれ育ったブリガンディにすべきではないのか?」
「俺達がブリガンディ王国から受けた仕打ちを忘れてないか? それを知った上で軍門に下れとはよくも言ったものだ。話はこれまでで十分。俺達は先ほど言った通り、門を開かぬ。そちらが無理に門を開けようとしたり、矢を射かけた場合はそれが戦の合図となる。それでは、帰路の無事を祈る」
楼門の上から後ろに下がり、レイニーさんのところに向う。
さて、下で少し話をするか。ダレルさんを手招きして、下を指差す。
頷いてくれたから、先に向おう。




