E-067 提案箱と生活改善委員会
ブリアント王国からの避難民が、村を訪れるころには森の広葉樹の葉が全て落ちていた。焚き木を沢山集めたし、食料もだいぶ運んで貰ったから夏至近くまでは持つだろうと、エクドラさんが報告してくれた。
ヴァイスさんやレンジャーの人達が狩りをしてくれたのもありがたい。たっぷりと燻製肉も溜まっているし、ブリガンディ王国からの避難民と一緒に干し魚が5袋も送られてきた。
食料にしばらく苦労しないで済むというのは、嬉しい限りだな。
「マクランさんがクロスボウ部隊と投石部隊を拡充すると言ってました。クロスボウ装備を3個分隊、槍と投石具を持たせた分隊が1つで小隊を作るということですが、全部で3個小隊になるそうです。少年とご婦人方の投石部隊も1個小隊ほど出来上がると言ってました」
「ちょっとした中隊規模だね。戦力が増えるのはありがたい話だけど、各小隊に荷車を1つ渡した方が良さそうだ。盾を20枚を積んでおけば直ぐに簡単な防衛地点を作ることが出来る。それにクロスボウの基本は、遮蔽物に隠れての狙撃だからね」
「そうですね。エクドラさんとガラハウさんに相談しておきます」
それにしても3個小隊か……。さすがに民兵だけで防衛できるとは思えないから、5個分隊に膨らんでいる第7小隊に面倒を見て貰おうかな。
主力は西に展開して、北と東も任せられそうだ。
そうなると、現在製作中の大型投石機は誰に任せるかだよなぁ。
バリスタの操作は設置している場所に展開した小隊に任せているし、カタパルトはドワーフ族と住民の有志だと聞いている。1つのカタパルトに5人が付くと言うから、大型ともなれば10人は必要だろう。
組み立て式ではあるが、通常は南に2基、西に1基を置きたいところだ。魔族が来襲するとなれば西にも数を置きたいけれど、その時には南西の1基を移動すれば良い。
「この間の戦で爆弾の威力が分かりました。魔族との戦では重宝しそうですから少し数を揃えておきます」
「あの大きな爆発を起こすものですね。王宮付きの魔導師並みの威力だとエルドが言ってましたけど」
「大きな違いがありますよ。いくら魔導師でも連発はできませんし、あの距離まで魔法を放つことは出来ません。魔族の中にも魔導師がいるんですから、離れている間に殲滅したいところです」
数を揃えると言っても、1基当たり数発が良いところだろう。火薬を使うから保管にも気を付けねばならない。石室をいくつか作ることになりそうだが、それは硫黄と硝石が手に入ってからでも十分だ。
「それにしても……、住民がどんどん増えていきますね。今のところ、不平不満は出ていないのですが」
「ある程度増えれば、それも出てくるでしょう。仕方がないと言えばそれまでですが、俺達は王政を敷いているわけでもありませんし軍政を敷いているわけでもありません。聞く耳は持っていますし、解決するべく努力だって出来るでしょう。そうだ! 1つ面白い案を思いつきました」
レイニーさんが「ちょっと待って!」と言って、カップにワインを注いで渡してくれた。
まだ昼過ぎなんだけどなぁ……。
「それで、どんな?」
「提案箱です。村の生活を良くするための提案を募集することで、不満があるならそれを明らかにして貰うということではどうですか? ただ暮らしに不満がるというのでは困りますが、俺達の行っている村の運営に不満があるなら、それを改善することも可能でしょう」
「単なる不満は受け付けないが、こんなことがあるから、このように改善したいという提案を募集するのですね?」
「そうです。村の運営に参加できるということは、村に対する関心を高めることにも役立つと思います」
「誰からの提案が分かるようにしませんと……」
「それはしばらく止しましょう。無記名でも構いません。その方が提案や不満がたくさん集まると思いますよ。受付順に番号を振って、それに対する答えを食堂の壁に張り出しましょう」
最初は、ふざけた提案もあるだろう。だけど俺達が真摯にそれに対する答えを書けば、村人も安心できるはずだ。
掲示板方式にするのは、それに対して村人が議論をしてくれることを期待するからだ。
この村は王国に属さないんだから自分達の出来る事は自分達で考え実行するしかない。ある程度機運が高まれば、村長を選んでも良いんじゃないかな。
部隊の指揮を任せることは出来ないが、民生部分を全て任せることは可能だろう。
マクランさんが村人の受け口になってくれているから助かっているが、早いところそんな役割から解放させてあげたいところだ。
「誰も、それに不満や提案を入れないかもしれませんよ?」
「その時は、俺達が進めている村作りに不満がないという証になりますよ。提案箱の目的は、不満が元で村の治安が悪くなることが無いようにするだけです。それでも少しは不満を持つ人はいるでしょうが、全てを満足することは神様でもない限りできませんからね」
その夜の会議で、提案箱が3つある食堂に設置されることになった。併せて掲示板も作られたから、住民に知らせたい事項を貼りだせるようになった。
数日が過ぎると、レイニーさんのところに提案箱から回収された不満事や提案のメモが届けられる。
先ずは分類から始めるようだな。どんな不満があるのか後で聞かせて貰おう。
それに指揮所に籠っているレイニーさんだから、自分の仕事が出来たことを喜んでいるようにも見える。
後はその不満にどのような答えを出すかが問題だけど、少しは考えてくれるに違いない。俺も協力したいけど、できれば夕食後の会議で皆と考えるべきなのかもしれない。
待てよ……。この提案や不満に関わる専門の委員会を作ってはどうだろう?
村人からの要望でもあるんだから、村人に対策を考えて貰っても良さそうだ。場合によってはその解決に資源の分配も必要になるはずだ。
エクドラさんとマクランさんに参加してもらい、議長はレイニーさんで良いだろう。全部で10人ほどの委員会を作れば、将来の村の運営を移管するときにも役立ちそうだ。
浮かんだアイデアを直ぐにメモにして、読み返してみる。
当座は提案箱に関わる対応だが、将来は村の運営となると段階的に委員会の人数を増やす必要がありそうだ。
戸籍も作っているから、その管理も将来は任せられそうだし、畜産物や農作物の管理も含められるだろう。
村の防衛と鉱山の管理を俺達が行うなら、レイニーさんも少しずつ背負った責務から解放されるだろう。それなら自分の伴侶を見付ける時間も出来そうだな。
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「生活改善委員会」という名前の委員会が出来たのは、提案箱を設置してから5日目の事だった。
マクランさんとエクドラさんが村人と何度か協議して委員を選出したらしい。長屋が並んだ区画ごとに1人出したということで発足は議長であるレイニーさん以下12人の委員による会議ということになったようだ。
誰も使わない集会場を会議室にすると言っていたけど、あれは万が一の住民避難場所だからなぁ。ガラハウさんが、それらしいのを作ってやるぞと言っていたから期待しておこう。大きな部屋と小部屋を2つの建物を要求しておいたから、将来は村の議場として使えるだろう。隣の区画を開けておけば村役場を作れるはずだ。
村人の事務については現在長屋でマクランさん達が行っているからなぁ。3千人を超える村人がいるんだから少しはマシな役場を作ってあげたいところだ。
「それで、最初は何から手を付けるんですか?」
「困り事から始めるつもりです。軍備に関わるなら私達で何とかできますけど、暮らす上での困り事はなるべく解決してあげたいですからね」
専用の帳簿を作ったのかな?
いくつもシオリが挟んであるけど、色別になっているのは、似たもの同士の依頼なんだろう。
これでレイニーさんが指揮所で仕事がない、と嘆くことは無くなったようだ。
だけど、ある程度軌道に乗ったなら誰かに議長を譲ることになりそうだが、今はまだ言わないでおこう。
「それじゃあ、出掛けてきます!」
「良い解決策があると良いね」
レイニーさんが俺達に手を振って出掛けてしまったから、残ったのは俺とナナちゃんに伝令の少年達だ。
ナナちゃんが少年達とスゴロク遊びを始めたのを見て、俺はのんびりと次の計画を考えよう。
敵が塀に取り付くのを遅らせるために、いろいろと罠を作ってはあるんだが、それでもかなりのハシゴを掛けられてしまった。
攻城櫓は途中で止めることが出来たが、魔族はハシゴだからなぁ。
ハシゴ対策となると、やはり空堀になるんだろうか?
塀近くに2ユーデほどの深さの空堀を作れば塀の高さをユーデほど上げることと同じになる。それだけ長いハシゴを準備することになるし、梯子を上る時は敵は攻撃できないからね。狙い撃ち出来る時間がそれだけ長くなるはずだ。
だが、空堀と塀の距離を開けると、空堀を出てハシゴを掛けることになる。これが微妙なんだよなぁ。
あまり塀の近くに空堀を掘ると塀の強度を失うことになってしまう。
ハシゴは垂直に立てるのではなく斜めに掛けるのだが、その角度もかなり微妙なところがある。およそ70度から80度というところだろう。そうでもしないと、両手を使って上ることになるから、それだけで腕が疲れてしまう。斜めに掛けるのは腕の力をなるべく抜けるようにとの配慮もあるのだ。
塀の高さはおよそ4ユーデというところだから、1.5ユーデほど離して空堀を掘るか……。ちょっと塀の強度が落ちそうだから、塀側は杭を打ち込んで雑木を杭に編みこんでいけば土が崩れるのも防げるだろう。少し槌で地固めをしておけばさらに安心できそうだ。現在の丸太塀は少しずつ外側に石を積み上げているんだが、それも並行して行っていくか……。
石灰石を焼いて砂と粘土を混ぜた簡易セメントが上手く作れるようになったから、石の積み上げた石の裏側と丸太の間は簡易セメントで補強すれば攻城兵器にもある程度耐えられるんじゃないかな。
断面図のメモを描いて、措置を施す場所を村の地図に落とし込んでおく。
これを元に、今夜の会議に説明しよう。
 




