E-066-2 硝石を手に入れよう
翌日。朝食を終えると、荒地に攻城櫓の残骸を並べて、その上に敵兵の遺体を乗せていく。
さすがに100体を超える数だから、いささか気が滅入るんだよなぁ。
それでも、兵士達が黙々と遺体を運んで並べていく。
はみ出しそうになったところで、なら寝終えた遺体の上に改めて丸太を重ねその上に並べていく。4段にも積み重ねたから俺の背丈の倍になってしまった
そんな荼毘の櫓が3つ出来るんだから、やはり激戦だったということになる。
櫓の周囲を焚き木で囲み、神官の祈りを終えたところで俺が火を点けた。
全員で黙祷し、炎が全体に回るのを見守る。
「さて、これで良いでしょう。遺骨は前と同じように木箱に詰めて、遺品と共に王都に送りましょう」
「そうですね。この戦はこれで終わり……。一応、南と西に1個小隊を待機させておきます。帰ったようですが、小規模の攻撃がないとも言い切れません」
レンジャーを使った夜襲のような形での攻撃は、無いと言い切れないからなぁ。
レイニーさんに顔を向けて頷いた。
5日ほどは部隊を交代しながら監視を継続し、その後は分隊で対応しても十分だろう。
南も西も見通しは良いから、敵兵を早期に発見できるし、レンジャー達の周辺監視はしばらく継続することになりそうだ。さすがに頻度は落としても問題ないだろうけどね。
戦から20日後に、エディンさん達が村にやってきた。
荷馬車が10台に荷車が6台、それに行商人の荷馬車が4台だから、大きな商隊と言ったところだろう。大商人が王国を跨いでの商売を行う時には荷馬車が30台近くになることがあるらしい。護衛のレンジャーだけでも20人を超えるというんだから凄いとしか言いようがない。
荷車には避難民の荷物を積んであるらしい。そのまま使って欲しいと言ってくれたからありがたく使わせて貰おう。
今回は30家族で142人の避難民を連れて来てくれたそうだ。
ヴァイスさん達がさっそく、家族単位で長屋を割り振っている。
「それにしても、2個大隊を跳ね除けたとは……」
「こちらの被害も、それなりです。サドリナス王国には我々よりも魔族に備えて頂きたいものですね。無駄な命を散らした若者が多いのが残念です。それで、戦死者の遺骨と遺品ですが……」
何時ものように指揮所に挨拶にきたエディンさん達に、ワインを渡して世間話を始める。
商談についてはこの後エクドラさんとして貰えば十分だから、先の戦のその後についての情報を聞かせて貰うことにした。
「前の時にも、王都で評判でしたな。それは我等の務めでしょう。こちらの村に兵を送ったことで砦の1つを失ったようです。すぐに再建を始めたようですが、また徴兵があるのかと国民は嘆いておりますよ」
「責任は王宮が取るべきだろうな。無視しているようであれば王国が乱れそうだ」
「すでに動きがあるようですよ。国王を隠居させて次の国王という声が貴族の間で囁かれております。ですが……」
「国王は退位する気が無いし、次期国王も定まっていないってことかい?」
オビールさんの問いに、困った顔をしてエディンさんが頷いた。
ということは国王がまだ若いということなんだろう。王子はいるんだろうが、長男が必ずしも国王ということにはならないのが王国なんだよなぁ。貴族の勢力争いに巻き込まれて、かなり下の方の王子が国王になったこともあるようだ。
貴族が派閥を作るのも、自分達の意を汲んでくれる人物を国王にしたいがためなんだろう。
「この時期にそんな事をしているようでは、王国が潰れてしまいかねませんよ」
「まったくです。現在の商会ギルドは中立を保っていますが、何時派閥の1つに接近するか分からない状態です。それに今回は神殿も動いていますからかなり流動的であることも確かです」
「おかげで、美味しい依頼が俺達には舞い込んでくるぞ。さすがに暗殺まがいの依頼は表立っては張り出されないが、うだつの上がらない連中にそんな依頼があるようだな。
この隊列も狙ってきたんだが、返り討ちにしてやった。少しはギルド内の膿が出た感じだ」
「気を付けてくださいよ。レンジャーは何があっても自己責任なんですからね」
俺の言葉に笑みを浮かべて頷いているけど、オビールさんはこの状況を楽しんでいるのかもしれないな。
エディンさん達が運ぶ荷を狙ってきたんだろうけど、案外事前に情報を漏らしていたんじゃないか。正当防衛で品行の良くないレンジャーを始末出来たという事だろう。
結構危険な依頼ってことなんじゃないか? まあ、それだけ報酬は上がってるんだろうけどねぇ。
「エディンさんには、これで大型の魔法の袋を10袋、それに硫黄を5袋、硝石を20袋買い込んで頂きたい。魔法の袋の収容能力の余裕があるなら、ワインを5樽残りは食料ということで」
砂金の小袋を1つ取り出してエディンさんの前に押し出した。
直ぐに懐に入れたエディンさんが俺に視線を向ける。
「火薬を作るということでしょうか?」
「ドワーフ族がいるからね。火薬を買うよりは原料を買った方が安上がりだろうし、今回の戦でだいぶ使ってしまいました。魔族相手出ないのが残念です」
「原料なら、知り合いの商船に頼むことが出来ます。砂金での取引の方が確実ですから、確かにかなり安くできるはずです。とはいえ、火薬は我が国でも作れないのは御存じでしたかな?」
ひょっとして、材料の混合比率が分からないってことか?
ドワーフ族なら知っているだろうと思って話をしていたんだが。
「昔読んだ本の中に、原料の話があったんです。原料が分かれば試行錯誤で何とかなるでしょうし、エクドラさんとの商談の中にも火薬が2樽あるはずですよ」
最初はちょっと驚いていたようだけど、そういう事かと納得したようだ。
試行錯誤で出来るものではないと考えているのがまるわかりだけど、現在の火薬よりも品質を高くしたいなら自分達で作るしかないからなぁ。
「そういえば、この村には銃がたくさんあるんだよなぁ。確かに威力はあるが、それほど使えるものなのか?」
「用兵次第ですね。ある程度数が揃えばそれなりに使えます。とはいえ数発撃てばバレルの掃除ですからねぇ……。ですが、オーガ相手にも使えますから、今後も増やしていきますよ」
村の強化がサドリナス王国に向けてではなく、魔族相手と知ってほっとした表情に変わった。
どうやら俺達が、サドリナス王国に反撃を考えていると思っているようだ。
多分ヴァイスさん達なら諸手を上げて賛成するんだろうが、俺はそこまで無謀ではない。
2個中隊ほどの戦力なら、簡単に飲み込まれてしまうだろう。
俺達が勝利できたのは、村にこもっての戦が出来たからこそだ。
王国軍がやってきたなら、兵站に対するゲリラ攻撃で戦争状態を短くできる。長い補給線が必要だからなぁ。
「ところで獣人差別はその後どうなっているんでしょう?」
「一時期は酷くなるかと思いましたが、辺境の村では見て見ぬ振りをするようになりましたな。さすがにそこまで迫害しては税の徴収が大幅に減ると考えたんでしょう。とはいえ、出来高の4割を徴収するのですから酷いものです。すでに王都では獣人の姿が見られなくなったと聞きました。町でも数年前の半数以下というところでしょうか」
「見て見ぬ振りは、レンジャーギルドも同じだな。相変わらず差別的な依頼書が出てはいるが、それでも狩りが増えたと喜んでいるようだ。もっとも、村の宿や酒場は出入り禁止状態が続いているぞ」
「となると、この村への避難民は今後それほど多くは無くなると?」
俺の問いに2人が首を振る。まだまだ希望者がいるということだろう。
「村や町の住民以下の扱いを受けているからなぁ。獣人族の子供を足蹴にする連中もいるぐらいだ。反撃しようものなら、遠巻きにしてきた住民も一緒になって獣人族を虐めるんだから始末に負えん。村はともかく、町からも獣人族はいなくなるんじゃないか」
自分達より悲惨な暮らしをしている連中を見ることで、少しは自分達が王国から優遇されていると勘違いしているのかな?
確かに容姿が異なるから元々毛嫌いする人間族もいたらしいが、選民思想でそれが正しいことだと思い込んでいるらしい。
だが、逆の立場になったなら、人間族はどうするんだろう?
素直に自分達の住む場所を明け渡して、荒野に去っていくんだろうか。
「最もサドリナス王国はまだマシなようだ。ブリガンディ王国では獣人族を発見次第殺していると聞いたぞ。どんな考えの持ち主なんだと、その時は仲間内と悩んだものだ」
「後に禍根を残さぬように……、とのことでしょう。そこまでするのでは、ブリガンディ王国も先がないかもしれませんね。俺の実家は何とか獣人族を保護しようとしているようですけど、その行為が国王への反逆にも捉えかねません。見て見ぬ振りをするような体制であるなら問題は無いんですが」
「その時は亡命して来れば良いさ。王国に士官はできんだろうが、オリガン家の噂がその通りなら十分にレンジャーで暮らしを立てられるぞ」
「その時はよろしくお願いします。さすがにこの村に招くということも出来ませんから」
日暮れ前に、エディンさん達は指揮所を出て行った。次はエクドラさん達との商談がまっている。
レンジャーのオビールさんは、この村のレンジャーと話があるらしい。
帰る途中で狩りでもするんだろう。
指揮所に残った俺とレイニーさんは、互いに顔を見合わせると大きな溜息を吐く。
まったくどうしようもない世界になってしまった。
まだまだ村を広げないといけないみたいだが、それまで砂金は採れ続けるんだろうか?
「冬が訪れる前に300人以上増えそうですね」
「すでに3千人です。食料確保を本格的に考えないといけませんね」
「切り株を撤去して……、さらに南西方向に畑を広げましょう。荒地で育つのはソバと豆ぐらいですが、ジャガイモはだんだん収穫量が上がってきたみたいですよ。根菜は大きくならないようですけど、葉物野菜はそれなりだとマクランさんが言ってました」
やはり土地が急激に肥えるわけでは無いからなぁ。堆肥作りも規模を拡大しているんだが、全ての畑に鋤き込める状況にはなっていない。
そういえば、硝石は肥料としても使えるんだったな。精製過程で出来る不純物を畑に鋤き込んでみようかな。




