E-065 偽善と夜襲
夕食後に仮設指揮所に詰めていると、伝令の少年がレンジャーが出発したことを報告してくれた。
「ご苦労様。ヴァイスさんにくれぐれも同士討ちをしないように伝えといてくれないかな」
「了解です。出発前に2人で話をしてましたから、すでに対策を取っていると思います」
少年の言葉に笑みを浮かべて、レイニーさんが頷いている。
これで少し安心できるな。今出発したとなると、攻撃は夜半を過ぎてからになるだろう。夜襲を実施するにも好都合だ。
俺達が夜襲を仕掛けるとは思ってもいないだろう。上手く魔族の仕業だと思ってくれれば良いのだが……。
「上手く行くと良いですね」
「レンジャーの皆さんに任せましょう。俺達は塀の上で篝火を焚いておけば十分です。夜襲に備えていると敵に思わせなくてはいけませんからね」
敵の目が俺達に向けられていることが大事だ。エルドさんにはたまに兵士の姿を見せるように言ってあるが、夜だからなぁ、さすがに遠矢を放ってくることは無いだろう。
ナナちゃんは疲れたのか、ベンチで横になっている。
俺達は、しばらく起きていなければなるまい。少なくともレンジャーの帰還後の状況確認は必要だ。
たまに楼門に上って敵軍の様子を望遠鏡で眺める。
戦場はだいぶ静かになってきた。恐る恐る俺達に近づいて、まだ息のある負傷兵を運んでいる敵兵の姿がちらほらと見える。
「聞いてくれ! 負傷者の収容を行うだけなら俺達は矢を放たない。可能な限り運んでくれよ!!」
近づいてきた敵兵に大声で告げると、片手を上げている。
どうやら声が届いたらしい。
さらに塀に近づいて来るが、常に1人が俺達に視線を向けている。
信用できないということかな? それほど薄情では無いんだが……。
「確かに引き取ってくれた方が、後始末が楽ですね。できれば亡骸も運んで欲しいところです」
「丸太がたくさん必要だね。攻城兵器の燃え残りも使えそうだ」
いったい幾つの亡骸があるんだろう。
たまに槍を使う敵兵の姿を見るが、慈悲の一撃を見舞う心境は如何なものか……。
「それで、出掛けたんですか?」
「だいぶ先に、出掛けたという報告を受けました。夜半過ぎに攻撃するでしょう。果たしてここから見えるかどうか」
「火の手が上がれば見えるでしょう。夜の炎は数コルム先からでも分かりますよ」
火の手を確認したら教えてくれると言っていたから、後を任せて仮設指揮所に足を向ける。
「レオンさんが敵兵に呼び掛けていたと聞きました。私も、伝令に負傷者を収容している兵士に矢を射かけないように、各小隊に伝えて貰いました」
「ありがとうございます。偽善ではありますが、我等は戦を仕掛けない限り敵対することはないと、各自が心に留めればそれで十分です」
ちょっとした矜持として誇れるはずだ。
もっとも俺の場合は、夜襲を仕掛けさせているんだからそれを誇ることができないんだよなぁ。
レイニーさんが渡してくれたお茶のカップを受け取り、パイプに火を点けた。
しばらくは待機が続く。
ナイフでも研いで時間を潰すか……。
「問題は、この後ですね……」
突然レイニーさんが問い掛けてきた。
ナイフを研ぐ手を休めて、視線をレイニーさんに向ける。
「確実にサドリナス王国と敵対状態になります。一番の問題は交易ですが、これは量にもよりますがある程度は可能でしょう。砂金の交易で3割の税は、王国としても欲しいところでしょう。それを制限するようであるなら、ブリアント王国もしくはさらに西の王国に持ち込んで金貨に替えれば良いことです」
「魔法の袋を使っての交易では食料をそれほど運んで来られないように思えるのですが?」
「そうでもないですよ……」
魔法の袋の収納能力はかなり大きい。
小型の物でも、数日間の食料や野宿道具を収容できるし、大型の魔法の袋は大鹿さえ収容可能だからね。
大型の魔法の袋を使えば、穀物を10袋はらくらく収容できる。10枚も使えば。荷車3台分ほどの穀物を運べるだろう。いや、それ以上なのは確実だ。
ハンターに、10枚ほどを手渡せば2か月に1度程度の頻度で運び入れられるだろう。
特産物である銅鉱石も、魔法の袋を使うことで今まで通りに売ることも出来るだろう。
「魔法の袋は高価ですが、上手く使えば荷役を軽くすることができるはずです」
「1度試した方が良いかもしれませんね」
大型の魔法の袋は、1つ銀貨10枚ほどだ。
砂金の小袋を1つ使って摩耗の袋の購入と、穀物の輸送を頼んでみるか。
それに、カタパルトで打ち出した、爆弾の威力はかなりの物だった。あれを作るための火薬の原料も購入しておこう。
ガラハウさんが知っていた混合比率は俺の知る者より硝石が少なかった。それにこの世界の硝石は不純物が多いようにも思える。
硝石の純度を上げればさらに威力が増すだろう。
待てよ、爆弾を小さく作れば矢に取り付けられるかもしれないな。
命中させる必要なないし、数十ユーデも遠くに飛べば十分だ。弓兵に2、3本爆弾を付けた矢を持たせるだけで、かなり戦術に幅が出来るに違いない。
バリスタ用の爆弾と弓で使う爆弾の両者を考えてみた。メモに書き直して、ガラハウさんに頼んでみよう。
「それにしても、魔族が来てるというのに、選民主義を取り入れるとはねぇ……。自らを滅ぼそうと考えているとしか思えません」
「それだけ王都が平和であったのかもしれません。魔族が迫って来れば自らの行為を悔むと思います」
悔やむだけではダメだろう。開拓民達を根絶やししようと軍を動かしたんだからなぁ。その罪をどのように償うか考えたことがあるんだろうか?
場合によっては、国王の退位ぐらいで済まないかもしれない。新たな王国が生まれる可能性だって出てくるんじゃないか。
「いずれにせよ俺達は見守ることしかできません。今までにない魔族の攻勢に獣人族を欠いた状態でどこまで持ちこたえられるか……。サドリナス王国の場合は俺達の攻撃が成功しませんでしたから、戦力の低下と士気の低下をきたすことになります。次の魔族の攻勢をどこまで食い止められるか。場合によっては王国内の政変になりかねません」
「今回の攻撃失敗はそれほど影響が出ると?」
「少なくとも中隊規模で戦力を失っています。新兵は少なかったようですし、中堅の兵士を失うというのはかなり弱体化することになります。魔族の大軍を見た途端に戦列を離れて逃げ出すような兵士ばかりを集めても……」
昨日まで鍬を握っていた兵士に槍を持たせれば兵士になると思っているんだろうか?
ブリアント王国では徴兵した兵士を1年訓練させて、長剣の技能訓練を行っている。
徴兵1年後の一般的な技量が長剣3級だ。その後の訓練次第で一般兵士と言われる長剣2級の検定が受けられる。
それぐらい兵士を訓練せねば、戦わせることなど困難だ。最低でも1年は必要だろう。
あえて即席で兵士にさせるなら、それなりの武器と用兵が必要になる。
俺達の村で、開拓民の有志をクロスボウ部隊にしているのはそれが理由になる。
盾に隠れてクロスボウを狙うなら、それほど難しいことではない。
クロスボウの扱いは面倒だけど威力はある。兵士でなくとも10日ほど訓練すれば、30ユーデ先の的に面白いほど当たるからなぁ。
だが1つ大きな欠点がある。弦を引いてトリガーフックに掛けるのにどうしても時間が掛かる。
クロスボウの次発までに、弓なら3射以上できるからなぁ。2人で交互に放つように指導しているようだけど、たまに途切れてしまう時があるとエルドさんが教えてくれた。
ある意味魔の時間でもある。その間に敵が駆けつけて長剣を振り下ろしかねない。
クロスボウ部隊の1個小隊はクロスボウ3個分隊と槍1個分隊で構成しているのはそれが理由だ。
槍はエルドさんが一生懸命指導しているようだ。基本は3人で取り囲めという事らしい。
「俺達も開拓民に協力して貰っていますけど、矢面には出していませんよ。さすがに蛮声を上げて突っ込んでくる敵を見たら怖気づくのは目に見えてますからね」
「私達は命のやり取りに慣れてしまったんですね……」
「それは命の大切さを自覚したと思うべきでしょう。言い方の違いに思えますが、そう考えるべきです」
落ち込む人は、とことん落ち込むからなぁ。
心配性で落ち込みやすいなんて性格はとても指揮官に向いているとは思えないけど、レイニーさんは責任感が強いし、常に皆の幸せを考えているように思える。
王国を開くには適さないだろうけど、平和な世界なら一番国王にふさわしく思えるんだよなぁ。
パイプを楽しんでいると、いろいろと思いが浮かんでくる。
何杯目かのお茶を飲んでいた時だった。突然伝令の少年が仮設指揮所に飛び込んできた。
「エルド様からの連絡です『南に火の手が上がった!』以上です!」
「ご苦労様。交代しながら仮眠を取ると良いよ。今回の戦は、これで終わったからね」
俺の言葉に首を傾げていたが、直ぐに頷いて指揮所を出て行った。
エルドさんなら分かってくれるだろう。
「策が上手く行ったと?」
「報告は明け方になるでしょう。とはいえ、これで敵軍は長居をすることが出来ません。士気は劣悪……、これで攻撃を仕掛けるなら愚将の名が付いてしまいます」
帰ったとしても敗軍の将になるんだが、愚将と呼ばれるよりはマシだろう。運が無かったと周囲に思われるぐらいだろうからね。
もっとも、降格と責任追及は付いて回るはずだ。責任を避けるように動くなら、やはり愚将になるんだろうな。
「しばらく休まれてはどうですか? 俺が起きていますから、何かあれば起こしますよ」
「そうは言われても……」
かなり憔悴して見えるんだよなぁ。仮設指揮所に1人にしておいたのが不味かったかな。次の戦の時にはヴァイスさんと一緒にいて貰おう。昔なじみのようだし、性格は真逆だけど仲良しみたいだからね。
そういえば、エミルさん達も交代で休ませよう。
ちょっと出かけてきますと、レイニーさんに伝えて門の中に入ると、すでに半数近くが門の中で腰を下ろして寝入っていた。
ナナちゃんがいたはずなんだが?
エミルさんが俺の視線に気が付いて腕を伸ばしてくれた。その先にはナナちゃんがネコ族のお姉さんと一緒に毛布に包まって寝入っていた。
「済まない。半数を休ませるように言いに来たんだが、すでに休んでいるみたいだね」
「勝手に指示を出してしまい申し訳ありません。でも、1個分隊は銃眼に配置、1個分隊を待機状態にしています。敵兵の動きは負傷者の収容だけで、此方の様子を探る動きはありませんでした」
「南の火の手は見えたかな?」
「だいぶ前に、南が明るくなりましたが……、それが何か?」
「俺達の夜襲だよ。上手く行ったようだから、明日の夜はベットで寝られるぞ。もう少しだから我慢してくれ」
夜襲と聞いて少し驚いているようだ。
だが、俺の話を聞いて最後には笑みを浮かべてくれたから、この戦が終わったということを理解してくれたんだろう。
「だが、結果は明日にならないと分からない。あくまで俺の予想だからね。明日の朝までは見張りを続けて欲しい」
「了解です。後は任せてください」
キツネは夜行性なんだろうか?
エニルさんはまだまだ元気なようだ。
仮設指揮所に戻ってくると、レイニーさんがテーブルに体を落として寝落ちしていた。
毛布を取り出し背中にかけてあげる。
さて、まだまだ夜明けまでは時間がありそうだ。
パイプを楽しみながら結果を待つことにしよう。




