E-062 攻城兵器を用意したようだ
森の南側に作った楼門近くの仮設指揮所に移動した翌日。
昼近くになって、第1見張り台からサドリナス王国軍接近の知らせが届いた。
他の見張り台からも次々と敵軍発見の知らせが届く。
レイニーさんが『警戒レベル2』を発したけど、すでに各小隊は配置に付いているに違いない。砦の南側に住んでいる住民達は、朝早くから避難を開始しているが、まだ避難完了の知らせは来ていない。
伝令の少年に、砦の南の長屋に人が残っていないか確認するように伝えたから、今頃は少年の仲間達が手分けして見回っているはずだ。それほど待つことなく、避難完了の報告が届くに違いない。
「いよいよですね」
「たぶん明日の朝、もしくは夜になるんじゃないでしょうか? でも夜襲は攻め手の連携が難しくなりますから一方的な力攻めになると思います」
指揮するのが難しいだろうし、夜は矢を見ることが出来ないからなぁ。昼ならそれなりに見ることができるから、明日の日中が一番公算が高い。
「何時でも行けますよ。皆も退屈しているんじゃないでしょうか? 手持無沙汰に塀の補強をやってましたからね」
「塀の内側にもだいぶ柵を並べましたね。盾も2段重ねにしているようですから、内側にも塀があるように見えてしまいます」
持ち歩くことが無いから、盾は分厚く作ってある。2段重ねなら容易に敵の矢を防げるだろう。
矢やボルトの予備もたっぷり運んでいるだろうし、中には小さなコンロを持ってきてお茶を沸かしている連中もいたんだよなぁ。
まさかそこで寝ることは無いだろうけど、居住性が良いということはそれだけ長く戦えるということになる。
「食事は少年達が、近くまで運んでくれるそうです。さすがにここまで運んでくるという申し出は断りましたけど」
「一番外れの集会所ってことだね。各部隊には教えたんでしょう?」
レイニーさんが頷いているから、その辺りの連絡は付いているようだ。
俺達の分は、伝令の少年達に運んで貰おう。
扉が開き、エルドさんが入ってきた。
「どうやら、1コルム程南に陣を構えたようです。およそ2個大隊、ここで惨敗したなら魔族をどうやって防ぐんでしょうかねぇ」
しょうがない連中だという顔をして、テーブル越しのベンチに腰を下ろした。
ナナちゃんが、お茶のカップを渡すと笑みを浮かべて受け取っている。
「やはり、先ずは兵を休ませるということでしょう。明日が怪しく思えます」
「大きなテントが5つ程ありました。一番大きなテントに立派な鎧を着た連中が動いてましたよ。たぶんあれが指揮所なんでしょうね」
望遠鏡で眺めてたのかな? まだこの世界で望遠鏡を使っているのは俺達だけのようだ。
王国軍としても、自分達の動きが見られているとは思ってもいないだろう。
簡単な夕食を終えてしばらくすると、各小隊長達が集まってきた。
各自しっかりと武装を調えている。いつの間にかレイニーさんも革鎧姿だ。俺はバックスキンの上下に背中に長剣を背負っているだけだから、ちょっと浮いてしまうな。
だけど革鎧は動きづらいんだよね。このまま戦に臨むことにしよう。
全員白い鉢巻きをしているから、何か夜討に今から出掛けるみたいに見えてしまう。
「どうやらやってきました。だいぶ待たされてしまいましたから、その礼は矢で返せば良いと思います。とはいえ、現在はまだ『警戒レベル2』ですから、そこまで武装することはないですよ。でも万が一の夜襲を考えると、その服装で問題は無いのかもしれません」
「やはり明日と考えているようじゃな」
「敵の軍勢が多すぎます。夜襲などしようものなら、指揮系統が混乱するでしょう。それをあえてやるという戦術もあるんですが、王国軍としてもここで博打を打つのは得策ではないと判断するかと……」
「魔族を相手に、これ以上の損耗を避けようと?」
「そうです。上手く行けば敵の総掛かりを避けられるでしょうけど、やり方が……」
「敵の数がはるかに多いんじゃ。多少卑怯な手であっても、ワシは目を瞑るぞ」
ガラハウさんの言葉に、皆が頷いている。
それほど卑怯でも無いんだが……。
ちょっと戸惑いながら、皆に戦の始め方を説明する。
「それって、こっちから最初に攻撃するだけなのかにゃ?」
期待が外れた、という顔をしてヴァイスさんが大声を上げた。
「卑怯でもなんでもありませんよ。確かにこれまでは敵が攻撃しない限り、反撃は行いませんでしたが」
「矢の一斉射撃なら、最初に分隊単位を倒せますよ。遠矢の射程距離に杭を打ってあるから上手く行くと思う」
「いや、矢ではなくカタパルトで爆弾を飛ばすんだ。飛距離については同じ重さの石を使って何度も確かめてある。200ユーデ先まで届くから、一斉攻撃に備えて部隊を整列させている中に落とせるはずなんだが、威力を考えるとねぇ……」
「火炎弾数十発を同時に炸裂させるような物じゃからなぁ。じゃが、卑怯ではないぞ。新兵器を攻撃の最初に使うだけじゃからのう」
ガラハウさんの火炎弾数十発という言葉に、皆が互いに顔を見合わせている。
ちょっと信じられないということなんだろう。
本来なら、大砲で飛ばしてみたいところだが信管がどうしても思い浮かばない。それなら火薬を銅の筒に詰めて導火線で着火した方が簡単だ。
銅の筒を屑鉄で包み、その上をぼろ布で巻いて樹脂を塗りつけて球形に仕上げた品だが、重さを揃えるのに苦労したとガラハウさんが言っていたな。
飛距離をカタパルトの発射角度で変えるには、爆弾の重さが一定であることが大全体だからね。
爆弾だけは重さにそれほど違いはないけど、発射する石は大小さまざまだ。俺の頭ぐらいの石もあるし、握りこぶし2つ分ほどの石もある。小さな石は数個まとめて飛ばせるだろう。
「発射の合図はレオンに頼むぞ。カタパルトの方はドワーフ族が2人付いておれば十分じゃ。合図はあれを使えば良いじゃろう」
ガラハウさんが、そういってニヤリと笑みを浮かべた。
あれって、あれの事だよな。手持ち式の打ち上げ花火としか思えないんだが、一応信号弾という事らしい。
だけど、敵に向けて放てば火炎弾並みに使えそうだ。
数が数本しかないから俺が全て頂いてしまったけど、魔法の火炎弾の飛距離が30ユーデほどなのに対して、この信号弾なら50ユーデ以上飛ばすことができるからね。
攻城兵器の足止めぐらいには使えるんじゃないかな。
最後に、礼拝所に向かってワインのカップを掲げて俺達の勝利を神に祈って解散した。
最後は神頼み、というところが情けないところだ。
翌朝は、ナナちゃんが俺に飛び乗ったらしく、「グェッ!」という声を出して目が覚めた。
ナナちゃんはすでに戦支度だ。レイニーさんが手伝ってくれたのかな?
急いで身支度を整えているのを、面白そうな顔をしてレイニーさんが見てるんだよなぁ。
テーブルに用意されていたお茶を飲むと、かなり苦い。すっかり目が覚めてしまった。
「朝食を取りに行かせました。楼門から見ると敵の様子が良く分かりますよ」
「それでは、ちょっと見てきます。それで警戒レベルの方は?」
「『警戒レベル3』を通達しましたから、全員が配置に付いています。朝食は配置位置で食べるように伝えました」
向こうの準備が出来てるってことかな?
2個大隊の食事の準備には、結構時間が掛かりそうに思えるんだが?
とりあえず状況を見ることが先だろう。
ナナちゃんと一緒に楼門に上がると、2個分隊の兵士がすでに待機している。擁壁に寄り掛かりながら南を見ているのはエルドさんだ。
隣に行って、一緒に南を眺める。
「『警戒レベル3』と聞いていましたが、それほど切迫した状況ではありませんね」
「レイニー中隊長は心配性なところがあるからなぁ。だけど、あれを見たなら俺でも『3』にしますよ」
腕を伸ばした先にあったのは4台の攻城櫓だった。南門に続く道には破壊槌がこちらを向いている。
「やはり作ったようですね。対策は出来てますから、慌てる必要はありませんよ」
「塀と平行に何本も溝を掘ったのは、あれに備えるためですか! 確かに足を止めることになりますね」
敵兵は攻城兵器の周囲にまばらにいるだけだ。奥にいくつもの煙が上がっているところを見ると、向こうも朝食を取っている最中に違いない。
「敵兵が並び始めたら知らせてください。戦はまだまだ先です」
「了解です。たまに仲間がやってきますが、俺達の軍師殿はあれを見てパイプを咥えて笑っていたと伝えておきます」
士気の低下が無いようにとの配慮だろう。
思わず笑みを浮かべて、パイプを手にした。それならここで一服しておかないといけないだろうからね。
「ところで、昨夜の先制攻撃の話は本当なんですか?」
「爆弾の事なら本当ですよ。ここまで破片が飛んで来ないとも限りませんから気を付けてください。爆発したなら顔を伏せるだけで十分です」
あまり信用してないようだけど、威力はあると思うぞ。
上手く行けば向こうの士気を低下できそうだし、場合によっては攻城兵器を破壊できるかもしれない。
一服を終えると、エルドさんに手を振って楼門を下りて仮設指揮所に入る。
直ぐにナナちゃんがお茶を入れてくれたのは、テーブルに朝食があったからだろう。
薄く焼いたパンに野生のベリーのジャムが塗ってある。
結構美味しんだよね。
俺が帰るまで、食事を待っていてくれたのかな? ナナちゃんとレイニーさんも一緒の朝食だ。入口のベンチに腰を下ろしている3人の少年達はすでに朝食を終えたに違いない。伝令のしるしである黄色の鉢巻きをして、腰には片手剣を下げているけど使う機会が無いようにしないといけないな。
「大丈夫でしょうか?」
「攻城兵器の事でしょうか? あれなら心配はないですよ。たぶん作ってくると思って塀に沿って溝をいくつも掘ってあります。あの位置では溝を見ることは出来ないでしょうから、動かしてから気付くことになるんでしょうね。火矢の良い的ですよ」
近くの林から樹木を伐採して急造した品だからなぁ。燃えずに近付いたなら油でもかけてやろう。
「まだ敵兵達は揃っていませんし、奥の方にはいくつもの煙が上がっていました。戦は腹ごしらえの後ということでしょう。とはいえ、昼前には間違いなく始まります」
俺の言葉にレイニーさんが力強く頷く。
すでに腹を決めたようだな。レイニーさんは意外と勇敢だからなぁ。あまり前に出ないように言っておかねばなるまい。




