E-060 王国の大軍が南に集結しているらしい
サドリナス軍の動きに変化があると伝えてくれたのは、いつも商人や避難民の護衛をしてくれるレンジャーのオビールさん達だった。
「この村に一番近い村に王国軍が集結し始めた。村の納屋まで使って兵士達を休息させているが、村長の苦情にも耳を貸さないらしい。あのまま1か月ほど駐屯させたなら、村の食料を食い尽くしてしまいかねないと噂が立っていると聞いたぞ」
「軍隊は生産せずに消費するだけですからねぇ。さすがに王都から物資は輸送していると思いますが、輸送部隊というのは中々やってこないのが普通のようです」
「まあ、そんなわけだから夏至の物資移送は、俺達が大型の魔法の袋で運んできた者だけになる。王国軍が去ったならすぐにやってくると言っていたよ」
「それなら、これをエデンさんに渡してくれませんか? オビールさん達の依頼料はこの中から差し引いて欲しいと伝えてください」
手渡した小袋を手の上でポンポンしながら重さを確認すると、上着のポケットにしまってくれた。
「この状態で、これを交換所に持ち込むと、直ぐに出やって来るぞ?」
「上手く行くと良いんですけどね」
互いに顔を見合わせて笑みを浮かべる。
俺の狙いに気が付いたのかな? 単純だけど直ぐに攻撃指示が出るんじゃないかな。
「ブリガンディでは落ちこぼれと評判だったらしいが、そいつらは何を見てそう言ってるんだろうな。俺には国王傍に控える軍略家に思える」
「腕が無いんで、本を読んでいたせいですよ。家族や雇人達にも落ちこぼれと見られていましたからね」
たまたまこの世界にない知識を持っているに過ぎない話だ。
終結している部隊の装備や兵種を詳しく教えてくれたレンジャー達は、村で一泊もせずに帰って行った。
俺達に知らせるためだけにやってきたんだろう。
オビールさん達には頭が上がらないな。
「いよいよやってきます。魔族ではないのが残念ですけどね」
「まったく欲深共には困った物じゃ。レンジャー達が帰って20日ほどというところじゃろうな」
その夜の会合で、状況を説明するとガラハウさんからそんな言葉が出てきた。
皆が頷いているところを見ると、同じ思いということになるんだろうな。
産出した砂金を金貨に替える時の手数料が3割だからなぁ。それで十分税になるんじゃないかと思うんだが、王国としては更なる手数料が欲しいということになるのだろう。
「レンジャーの話では、魔族との国境線はかなり南ということになりますね。私達の村の住民はすでに2千人を超えています。今年避難してくる民もいるでしょうから、次の冬越しは3千人を超えるかもしれません。それを考えれば、自治を認められた町ということではなく、独立宣言をするのも良いかもしれませんね」
思わずレイニーさんの顔を見てしまった。他の連中もそうだろう。
ガヤガヤしていた部屋が急に静かになってしまった。
「王国を作るのかにゃ? おもしろそうにゃ!」
「海の隣接したいくつかの国は全て王国です。でも、最初から王様はいなかったはずですから、この中の誰かが王様だと言えば、新しい王国ができる気がします」
そんな事を言うから、皆の視線が俺に集まってくるんだよなぁ。
俺にはそんな大それた野望は、これっぽちも無いんだけど……。
「ゴホン! ……確かにレイニーさんの言う通りです。5千人を超えたなら、と考えたこともありましたけど、俺は王様にはなりませんよ。第一、この村は獣人族の村ですからね。レイニーさんを推薦しますけど?」
「私には、絶対に無理です!」
顔を赤くして、首を振っている。焦っているのかな?
「レイニーさんも王国を考えていたなら、王国ではない国を作りませんか? だいたい王政の一番の問題は世襲制にあるんです。立派な王様の子供が必ず立派になるとは限りませんからね。貴族にしてもそうです。与えられた権益を守ろうとするのでは本末転倒もいいところ、少しずつ王国は傾くはずです。
そこで、合議制の国を作れないかと……。俺達は事あらば、ここで皆で話し合って決めますよね。色々な役割を各自が持っているはずです。それを国の規模で行えば良いと思ってるんですが……」
「まあ、理屈じゃのう……。確かに村も国も規模が違うだけという事じゃな。そうなると、レイニーの子供が必ずしも指揮官になるわけでは無いということになる。ワシもいずれは長の役を弟子の誰かに譲れねばならん。なるほど……、優秀な人材に今の役目を渡していくという事じゃな」
「そういう事です。ある意味、この村に住んでいる人物なら誰でも国の重責に成れる可能性があるということになります。それに、一生涯その役目を負わせるというのも問題が出てくるでしょう。数年に区切って役目を任せれば問題はないかと」
選挙制を取り入れるのは時期尚早だろう。先ずは過度期であることを考慮して、現状のままで良いはずだ。
「それでも王国になるのかにゃ?」
「王国とは呼べないだろうね。自治国家と言えば良いのかもしれない」
「名前を考えないといけませんね……。これは何時までに決めるんですか?」
「サドリナス王国と一戦してから皆で考えよう。でも戦の最中に考えないでくださいよ。新たな国の名を考えていて負傷した、なんてことになったらそれこそ物笑いの種になるからね」
「だが、指揮を上げるには面白い手だな。次に酒が村に届くまでというのはどうだ? 採用者にはワインを1ビンぐらいは進呈せねばなるまい」
「祝いもせねばなるまい。確かに酒が届いてからじゃ!」
急にガヤガヤしだしたな。戦の前にしんみりするよりはるかにマシだ。
「さて……。それではレイニーさんから、サドリナス王国軍を迎え撃つための部隊配置を説明してもらいましょう」
俺に顔を向けて小さく頷くと、レイニーさんが席を立った。俺も席を立つと手元の駒を持つ。
テーブルに広げた地図にレイニーさんが1ユーデほどの棒で部隊の位置を告げる。
「南の楼門から第1見張り台までは、第3小隊とします。楼門内はレオンの部隊。第1見張り台から第2見張り台までは第4小隊。第3見張り台までは第7小隊。第5小隊は西の塀と門を担当してください。
民兵部隊は、2個分隊を北と東に配置してください。サドリナス軍との戦を利用してせめて来る可能性が全くないとは言えません。
第1小隊は南の楼門から第一見張り台の間。第2小隊は第一見張り台から第3見張り台までとします。第2小隊の守備範囲が長いですから、民兵部隊のクロスボウ部隊は第1小隊に1個分隊、残りは第2小隊の援護としてください。投石部隊は半々で良いでしょう」
レイニーさんの指示に合わせて、各部隊の駒を次々と並べていく。
「俺の第6小隊はどうするんだ?」
「とりあえず仮設指揮所周辺で待機してください。サドリナス王国軍の攻め手が南のどこに主力を投入してくるか分かりません。一番の激戦地に送り込みます」
レイニーさんの言葉を聞いた途端に、機嫌が悪そうだったガイネルさんの顔に笑みが浮かぶ。
戦闘狂なんじゃないか? 期待させて貰おう。
「分かった。それなら問題ない。長剣を研いで出番を待てば良いわけだな」
「よろしくお願いします。勇猛であることは私達が守備していた辺境の砦まで届いていました。期待させて貰います。それとレンジャー部隊は西の門で待機してください。場合によっては偵察とガイネルさんと一緒に陽動をして貰うつもりです」
ガイネルさんの笑みがますます増している。彼らにとっての名誉は戦場での働きという事らしい。
非力な獣人族の中では、唯一オーガと斬り合えると聞いたことがあるからなぁ。火消的役割に期待させて貰おう。
レンジャーはそれなりに戦いに長けているが、防衛戦ではあまり役立たない。偵察と陽動部隊の案内役をして貰おう。
トレムさんが急にニヤニヤしているのは、そんな後方攪乱を想像しているに違いない。
「ワシ等の部隊もおるんじゃが……、大砲とカタパルトを担当させて貰うぞ。数人で1個分隊じゃから、第1小隊と第2小隊辺りにいれば良いな」
「私達も、弓が使えないわけではありませんよ。とはいえ昔ほど動けませんから、かつての楼門辺りで待機しましょう。広場がありますから、食事作りも出来ます」
ドワーフ族と軍属の小母さん達も頼りになるなぁ。
まだ民兵とも言えない連中も、槍を持たせてかつての丸太塀を守ってくれるそうだ。
「村の規模に比べると守備兵がまだまだ足りないのは、見てのとおりです。とは言っても急に増やすことも出来ませんから、これで今回は応戦することになります。
今回は前よりも敵の戦力がかなり大きいです。場合によっては部隊を移動することもあるでしょう。そのために……、ナナちゃん、これを配ってくれないか?」
ナナちゃんに布の束を手渡して、集まった小隊長達に配って貰う。
「伝令の少年達が、直ぐに小隊長を見分けられるよう、皆さんにはそれを頭に巻いて貰います。こんな感じですね。伝令の少年達には黄色い布を巻いて貰いますから、皆さんにも直ぐに見分けられると思いますよ」
頭に鉢巻きのように巻いて、背中に半ユーデほど垂らしておく。これなら夜でも直ぐに見分けられるだろう。
「この布の中に1ドラム銅貨を並べて巻いておくと、ちょっとした防具にもなりますよ。俺の場合は2枚重ねで2段に縫い付けたんですが……」
「急場の防具として、聞いたことがあるぞ。なるほどなぁ。配置に付いたら作っておくか」
「部下達にも用意させたいが、そうなると白い布と黄色は使えんな」
「革の帽子に直接縫い付ければ問題あるまい。だがあまり縫い付けると重くなるぞ」
「そんなに硬貨を持ってるのか?」
再び笑い声が起こる。
悲壮感は全くないな。これなら何とか迎撃できそうだ。
「以上で私の話は終わりです。質問があればレオンにお願いします。明日の朝食後にこの配置に付いてください。私とレオンは新たな仮設指揮所へ移動します」
再びガヤガヤと集まった連中が話を始めた。
ナナちゃんがワインをカップに注いで回ってくれたから、そのせいもあるんだろう。
たまに質問がとんでくるけど、どちらかと言うと後方部隊の連中が前に出たがっているだけだから、今回は我慢して欲しいところだな。
塀の上で防戦する連中も、無理はするなと言ってあるから、かなりの敵兵が塀を超えるはずだ。越えても良いように部隊を配置しているということが分かってもらえるとありがたいんだけどねぇ。




