E-053 冬の最中に活動する魔族
今年の冬は大雪らしい。根雪になった雪がどんどん積もり、すでに2回目の雪下ろしをしている。
通りは2ユーデほどの幅をどうにか通れるように咲いて雪を両側に退かしたから、俺の背の高さ近くに雪が積もってしまった。
大きなソリを作って雪を砦の外に捨ててはいるんだが、どうにも追い付かないんだよなぁ。
総出でやってはいるんだが、ネコ族の連中はいかんせん寒さが苦手らしい。すぐに暖炉やストーブの前に集まってしまうようだ。
とりあえず、エルドさん達が主体になって除雪をしているんだけど、このままではエルドさん達がバテテしまいそうだ。
レイニーさんもネコ族だから、暖炉の前をあまり動かないんだよなぁ。
その点、ナナちゃんは子供達と一緒に雪だるま作りを楽しんでいる。子供はネコ族であっても寒さより雪遊びが楽しいってことなんだろう。
雪解けが始まったなら村を取り囲む塀をどこから作ろうかと、レイニーさんと相談している時だった。突然男が指揮所に駆け込んできた。
バタン! と大きな音を立てて入ってきたのは、イヌ族のレンジャーを率いるトレムさんだった。いつもなら日暮れ前に状況報告をしてくれるんだけど……。
「だいぶ慌てているようですけど?」
ハァハァと息を整えているトレムさんの前に、お茶の入ったカップを置く。
フウフウと息を吐きかけてゆっくりと一口飲んでいるのは、本人としても少し慌てていると自覚したに違いない。
カップをテーブルに置くと、俺達に顔を向ける。
「とんだ醜態を見せてしまった。原因は、魔族を見たからだ。狩りの最中に魔族の偵察部隊と思しき連中を見付けた。数は10体、場所は……、この辺りだ」
ヴァイスさん達が狩りに出掛けるので、ついでに周辺の地図を作って貰った。
あまり正確ではないだろうけど、それなりに目印が記載してあるから周辺の偵察や狩りに出掛ける部隊が重宝しているらしい。
トレムさんが指差した場所は、およそ半日ほど先の西の尾根だった。
「谷を歩いていたなら見つけられなかったろう。たまたま向こうが尾根伝いに南に歩いているのを見付ける事ができた」
「この村にやってくるんでしょうか?」
「間に大きな谷がありますから、今回は何とかやり過ごせそうです。ですが、場合によっては矢合わせぐらいは起こりそうですね」
俺の言葉に、トレムさんも頷いてくれた。
となると、西の見張りが重要になってくる。
砦の西には丸太塀を巡らせてはいるが、見張りは日中だけだからなぁ。
1個小隊を張り付けておいた方が間違いはあるまい。念の為に北の柵の巡視も増やした方が良さそうだ。
「厳冬期に魔族が襲って来るとは思えません。来るとすれば雪解け後になるでしょう」
「シュバレード山脈は夏でも山頂に雪が残りますよ。この季節に魔族を発見したとなれば、山脈のどこかに隘路があるということでしょうか?」
魔族の技術は我等を凌駕している。さすがに火薬までは作られていないようだが、土木技術は地下に王国を築くほどだからなぁ。
隘路を見付けて、それを丸太で補強したトンネルを作ったのかもしれない。
そうでもしなければ、この大雪の中で山越えをすることなどできないだろう。
トンネルの規模は推測できないけど、魔族の事だ。優に大隊規模の部隊を移動できるのかもしれないな。
「トレムさん。この辺りに監視所を設けられませんか? 魔族が移動していた尾根の手前になりますが、この尾根を越えられると厄介なことになりかねません」
「近づいたら、直ぐに退散で良いな? まあ、分隊規模なら一戦も出来そうだが……」
「あまり欲は出したくないですね。その辺りは現場に任せましょう」
その夜の会合で、エルドさんが1個小隊を率いて西の尾根に向かうことになった。
焚火を作れないから、炭をたっぷりとソリに乗せての出発だ。
植木鉢ほどの大きさのコンロを分隊単位で持っていくそうだけど、テントを二重に張れば十分に暖かいらしい。
「砦の西はヴァイスさん達に任せますよ。門の傍にログハウスを作ることになりますが、頑丈に作れば門の防衛にも役立ちます」
「了解にゃ。焚火を作って温まりながら行うにゃ」
とは言っても、ネコ族だからなぁ。俺が悩んでいるのを見て、マクランさんが手伝いを申し出てくれた。
「西の塀もかなり移動しましたからなぁ。まだ門を荷車で塞いでいるようですから、これを機会にその辺りも作り込んでおきましょう」
「よろしくお願いします。後は……、残った2個小隊は交代で村の巡回とします。武装した状態で巡回をしているなら、いざという時に直ぐに防衛か所に移動させることができるでしょう」
「そうなると、さらに丸太が必要だろう。それは俺達が対応しよう」
元ブリアント王国の重装歩兵であるバンドルさんは、トラ族を1個小隊率いている。力はあるし、万が一にも対応できるだろう。
ありがたく提案に頷くことにした。
「村の住民にはどのように?」
「とりあえず、西で魔族を見たことは話しておくべきでしょう。この村を目指してはいない位は告げるべきです。エルドさん達から緊急を伝える伝令がやってきてからでも、迎撃は十分に間にあいますよ」
この村とは、10コラム以上離れている尾根での出来事だ。
いくら魔族が健脚だからといっても、伝令が来て直ぐに戦が始まるようなことはないだろう。
10日ほど経って、尾根に作った監視所から帰ってきたレンジャーの報告を聞くと、2度程魔族を目撃したそうだ。
「トレムさんが偵察部隊らしいと言ってましたが、俺達も同じように感じます。数は10体を超えることはありません。1つ先の西の尾根に姿を見せるのは、向こうも東を気にしているのかもしれませんね。主力がいるとすれば、この尾根よりさらに西ってことになりそうです」
「ありがとう。エクドラさんに言って、酒を何本か持って行ってくれ。かなり冷えるだろう?」
「監視も雪洞内からですから、そうでもありませんよ。それでは、失礼します」
大雪が幸いしてるってことかな?
とりあえずは、問題ないらしい。
そうなると心配は春分にやってくる商人達だ。新たな住民も連れて来るはずだから、魔族と遭遇なんてことになったら大惨事になってしまう。
商人のルートは東の川沿いだから少しは安心できるのだが、やってくる期日が分かっている以上、護衛部隊を送っておくことに越したことはなさそうだ。
「サドリナス王国を、徹底的に攻撃するつもりなんでしょうか?」
「その辺りは、俺にも判断できませんよ。でも、案外魔族は俺達が小さな王国を作っていることを知らないのかもしれませんね」
魔族としては、陽動ぐらいに考えているのかもしれない。
それだけ、ブリガンディ王国との戦は膠着状態ということになりそうだ。
変な教義を広めたおかげで、獣人族を軍隊から外した結果なんだろうな。いっその事一度王国全体を蹂躙して欲しいぐらいだ。
そんなことが起きたなら、それが何をしたから起きたことなのかに気付くに違いない。
だが、陽動をサドリナス王国で行うような戦であったとしたなら、それなりに人間族の軍隊も頑張っているに違いない。
オリガン家の皆は無事なんだろうか? 春分の取引にやってきた商人達にその辺りの情報を聞いた方が良いだろうな。
「通常なら、偵察は大掛かりな攻撃の前に行います。やはり雪解け時には大軍が押し寄せるでしょうね」
「魔族にも軍師がいるはずです。どんな戦略を考えているか分かりませんが、すでに何度かサドリナス王国に魔族は攻め入っています。今回見付けた経路での魔族の偵察は、今回が初めてでしょう。北から押し寄せる魔族軍が1か所ではなく2か所、場合によっては3か所であったなら……、サドリナス王国は北の大地をほとんど手放しそうです」
「この村への影響は?」
「食料の調達が難しくなるかもしれません。やはり雪解けを待って大規模な開墾が必要でしょう。切り株は放っておいて、どんどん開墾した方が良さそうです」
野菜は何とかなりそうだが、さすがにライムギはまだ早そうだ。豆やジャガイモ、それに商人が荒地で良く育つと言っていたソバを撒くことになりそうだ。
とにかく主食となる作物を撒いてみよう。
何種類か撒けば、1種類ぐらいはそれなりに育ってくれそうに思える。
ヴァイスさん達の様子を見に行くと、だいぶ形になっているようだ。
門の左右にログハウスを作り、門をまたぐようにして屋根が片方に流れている。その屋根の南側に5ユーデほどの小さな小屋が乗っている。あれが見張り台になるのだろう。内側に開き窓が作られているけど、さすがにこの季節だけあって閉じているみたいだ。屋根の片側から、かすかな煙が出ているのを見ると中に素焼きのストーブを置いてあるのかもしれないな。
「あにゃ? レオンにゃ。何かあったのかにゃ?」
ログハウスから出てきたヴァイスさんが、そう言って首を傾げている。
エルドさん達の部隊は頑張って丸太塀を立てているんだが、ヴァイスさん達は寒さに震えていたらしい。
「どんな具合なのか見に来たんですよ。結構よくできましたね」
「ほとんど他の部隊がやってくれたにゃ。でも、その間の見張りは私達が頑張ったにゃ。今も上で見張りをしてるにゃ」
やはり、そうなってしまったか……。さすがにネコ族は、戦以外冬には役立たないってことなんだろう。レイニーさんも暖炉の傍から離れないぐらいだからねぇ。
まぁ、それは暖かくなったら頑張って貰うことにしとけば良さそうだ。獣人族にはいろんな種族がいるんだから、それぞれの特徴を良く理解しておかないといけないな。
「こっちは私達が見張ってるからだいじょうぶにゃ。北も1日数回巡回を出してるにゃ。特に変わった様子はないみたいにゃ」
「ない方が良いですよ。長い冬ですが、よろしくお願いします」
ネコ族の視力はかなり良いからね。その上夜間視力もダントツだ。トラ族もそれなりに目が良いらしいけど、ネコ族には適わないらしい。
さて、戻って再び村の計画図を眺めてみるか……。




