E-051 兄上がやってきた
秋も深まり、ヴァイスさん達が狩りをしながら薪を集めている。
今年の収穫は、新たな開拓地としては上出来だとマクランさんが報告してくれた。ジャガイモだけでも50袋にはなったらしいから、少しは食事の量が増えるに違いない。そのまま蒸かしても美味しいからね。
山羊のチーズ作りも最盛期のようだ。
商人から買い込んだ食料と、ワインで今年の冬はどうにか過ごせそうだな。
魚の卵が孵化したとナナちゃんが嬉しそうに話ししてくれるのを、レイニーさんと一緒に聞いていた時だった。
伝令の少年が駆け込んできて、森の道を十数人が村に近づいていると教えてくれた。
「……と言うと、軍隊ではないとエルドさんが言ったんだね?」
「武装がばらばらで、荷車を1台引いてました」
レンジャー達だろうか?商人の護衛でやってきたレンジャー達に、冬越しの衣服と毛布を頼んだ事を思い出した。
んっ! 待てよ。確か兄上の案内をしてくるとも言ってたな……。
「レイニーさん。どうやら兄上がやってきた可能性が高いです。どんなことがあっても、絶対に手出しはしないでくださいよ。命がいくらあっても足りませんからね」
「分かりました。でも、一緒に話を聞かせてください」
さすがに、兄上を出迎えないわけにはいかないだろう。
椅子から腰を上げると、南門に向かって歩きだした。
「私も一緒にゃ!」
ナナちゃんが、俺の手を握って一緒に歩き出す。
南門に集まっている兵士達に軽く手を上げると、二重の扉を開けてくれた。
門を出て此方に近づいて来る連中を見ると、やはりレンジャーのようだ。
顔なじみのレンジャーが俺に気が付いて片手を上げるのを見て、俺も片手を上げて軽く挨拶をする。
俺達から数ユーデの距離で彼らが足を止めると、レンジャーの後ろから同じような服装をした3人が前に進み出た。
マントを深くかぶっていたが、俺の前にやってくるとマントの頭巾を外した。
「兄上!」
思わず駆け寄って兄上に抱き着くと、昔のように俺をハグして右手で背中を軽く叩いてくれた。
「やはりレオンだったか……。話をしたいが、砦に入れてくれないか?」
「どうぞゆっくりしていってください。……エルドさん、俺の実の兄上ですから、俺が案内します。オビールさんは、エクドラさんに荷物を渡してくれませんか? 次の依頼があるかもしれません」
「ああ、良いぞ。だが、簡単な依頼だろうな? もう直ぐ冬になってしまうからなあ。そうしたら、ここに来るのは命懸けになっちまう」
門を入ると2手に分かれて、俺は兄上を案内する。オビールさんはかつて知ったるというやつだな。食堂に向かって荷車を曳いていった。
兄上と一緒に来たのは、人間族の若い男女と、獣人族が6人だった。農家ということは無いだろう。物腰は軍人そのものだ。
「ここが指揮所になってるんです。どうぞ、此方に座ってください。ナナちゃん、お茶を頼んだよ」
「分かったにゃ!」
俺から離れて暖炉に向かった。
この頃はいつもお茶を出してくれるからなぁ。最初は苦かったけど、この頃は美味しく頂けるようになってきた。
「この砦の指揮官とお見受けする。ブリガンディ王国第3軍第3大隊を指揮する、アレクサンド・オリガンだ。レオンは『デラ』の爵位を持つが、生憎と私はまだ持てぬ」
「元カーバイン男爵砦の出城を指揮していたレイニーです。姓はありません」
そんな挨拶をしているとナナちゃんが、俺達にお茶の入ったカップを配ってくれた。
ちゃんとお客さんから配っているから、礼儀的には問題は無いだろう。
「こんな小さな子供にまで武装をさせているのか?」
兄上が、怖い目をして俺に問いかけてきた。
相変わらずの正義感だなぁ。
「その話をする前に、兄上と一緒の人物は兄上の信頼する人物なのでしょうか?」
「こいつらか? ……右手の2人は部隊の副官だ。秘密を守れる人物でもある。左手の6人は父上が私に同行を命じている。オリガン家として信頼できるということになるだろう。この答えで良いか?」
「十分です。ところで俺に気が付いたことがあると思うのですが……」
「直ぐに気が付いたよ。あれから4年が過ぎている。だが、レオンは館を出たあの時と同じだ……。歳を取っていないように思えるのだ」
やはり兄上は直ぐに気が付いたみたいだな。レイニーさん達はずっと一緒だったから、そんなことには気が付かなかったんだろう。
「となると、俺が館を出てからの話をした方が良さそうですね。少し長くなりますが、聞いてください……」
館を出て、町に向かって歩いている途中で、アトロポスと名乗る女神から依頼を受けたことを話した。
その対価がこの体だからなぁ。本家には知らせておいた方が良いだろう。
「なるほど、そんなことがあったのか……。私には聞き覚えの無い名前だが、魔族でなければ問題あるまい。その子を託されたというなら、確実守ってあげるのだぞ。それにしても従者として砦に連れて行ったのか……」
可笑しいのかな? 笑みを浮かべている。
砦での初めての魔族との戦い、その後出城を作るように命じられたこと、人間族は俺1人であったことを話した。
「レオンも薄々知っていたはずだ。4つの神殿を束ねる大神官殿が亡くなった。その後は神殿内の権力闘争……、最後に勝利した人物が問題だった」
「選民思想に染まっていたということですね。それは俺達の砦の運営にも現れました」
続々と獣人族の兵士が送り込まれ、最後にはとうとう食料の輸送さえ無くなった。
砦に食料輸送を頼みに兵を贈ったら、砦は蹂躙された後だった。
その半ば廃墟化した砦にいたのは、開拓村を追い出された獣人族の開拓民だった。そんな開拓民を保護して、この地で暮らそうと村作りを始めた……。
「苦労したな……。オリガン家の分家として十分に誇れることだ。私は嬉しく思う……」
「見ての通り、ブリガンディ王国を追われた獣人族の暮らす村です。兄上がどのような王国の思惑を受けて来訪したか分かりませんが、我等を討とうというのであれば敵わぬまでも俺が前に立つことになります!」
俺の決意を、笑みを浮かべて兄上が眺めている。
そもそも勝負にさえならないと思っての事だろうが、呆れているわけでは無さそうだ。
「その決意見事だった、と父上に話しておかねばなるまい。確かに私がここにやってきたのは王国の思惑があることは確かだ。だが、その思惑以上に父上は私にこの村の状況を詳しく見てこいと言っておられた。その理由は……」
兄上が話してくれたのは、オリガン家の所領に避難してきた獣人族の対応に関わることだった。
オリガン家は王国の貴族ではあるが、王族への忠誠以上に義を大事にする。王侯貴族の集まる中で、堂々と国王陛下に苦言を放つことが許されるというんだからなぁ。
それを知っているからこそ、オリガン家の所領に獣人族が避難してきたのも頷ける話だ。
「それでは、あまりにも多くの獣人族が集まったことで、王国に反旗を翻すかもしれないと思われているということですか?」
「今の王宮はそんな連中が集まってしまった。かつて王国の政務をしていた貴族達は次々と役を下ろされているよ。私も栄転には見えるが王宮の近衛をとしての地位は失ってしまったからね。妹は実家に避難してきたようだ。この政変がいつまで続くか分からないが、まったく困った次第だな」
先を見ることができる貴族達は自分達の領地に戻ってしまったのだろう。
そうなると、ブリガンディ王国は選民思想で国を動かし始めるはずだ。今まで以上に厳しく獣人族を排斥し始めるぞ。
「この地で一時的にも獣人族を受け入れることができるかどうか、もし、隣国の使者が言う通り、レオンがこの村にいるのなら私にそれを頼んで欲しい……。それが父上の思惑だ。避難してきた獣人族の数はおよそ3千人を超える。……レオン、受け入れられるか?」
「サドリナス王国の迫害を逃れてこの村を目指す避難民の数もそれぐらいの数になります。現在その避難民を受け入れるべく村を大きくしようとしているのですが、一度に受け入れるのはさすがに不可能です。100人程の単位で、少しずつ受け入れようと村を広げている最中なのです」
サドリナス王国と2度争っていることを話すと、兄上が小さく頷いてくれた。
村を一気に数倍に広げることは不可能だと分かってくれたに違いない。
「それなら、元兵士である獣人族を100人ほど先に受け入れてくれぬか? トラ族の兵士達だから身体能力は人間族を超えるぞ。それに長剣技能1級の連中だ。レオンの力にもなるだろう」
「国外追放を装うということですか? そこまでオリガン家に圧力を掛けていると?」
名目ってことか……。強兵から先に所領を放逐したということになれば、その圧力も少しは和らぐということなんだろう。
隣のレイニーさんに顔を向けると、視線が合ってしまった。俺をずっと見ていたのかな? レイニーさんが小さく頷いてくれたのは、了承ということになるのだろう。
「それぐらいなら何とかなります。可能なら、オビールさんを通して食料を運んでいただけると助かります」
「こちらこそ助かる。一緒に連れてきた獣人族は元レンジャーということで、オビール氏に預けるつもりだ。船も1艘手に入れているから、オリガン家との連絡は彼らに任せてくれ」
オリガン家との繋がりは保てということか……。
父上はこの選民思想が一時的なものだと考えているようだが、一度染まってしまったなら長く続くんじゃないかな。
その時、オリガン家はどのように動くのだろう。ブリガンディ王国を見限るような時には、この村の端で暮らせるようにレイニーさん達に頼んでみるか……。
「兄上は大隊を指揮する身、場合によっては一当たりすることになりそうですが……」
「直ぐにはレオンと戦うことは無かろう。ブリガンディ王国は相変わらず魔族との戦いが続いているからな。だが、王宮内でこの砦の話がささやかれていることは確かだ。その真偽はどうなのだ?」
先ほどとは異なり笑みを浮かべてお茶を飲んでいるところを見ると、その実情を王宮への手土産にするつもりなんだろうか?
「この袋に入っているのは、砂金です。ここにやってくる元兵士達の装備と食料の足しにしてください。春から秋にかけて砂金を採取しているのですが、この袋数個分を採取しました。枯渇にはまだしばらく掛かると思っています。黄銅鉱の採掘はかなりの物です。本腰を入れれば本格的な鉱山となるのでしょうが、現状はそれほど採掘しておりません。
この村に来るには、レイデル川の西岸を北上することになりますが、サドリナ王国の北の町から距離がありますから、大軍を派遣できかねるようです。
それと、ブリガンディ王国からの道が1つあります。俺達が出城を作った場所からレイデル川に沿って北に向えばこの村の東に出られます。もっとも滝の裏を通る道は狭く大軍を派遣することは出来かねると思います」
「これが数個なら、欲に絡んだ連中が動きだすだろうな……。東の道は本当にあるんだな?」
「それを見付けて急いで塀を作ったほどです。まだ魔族には知られていませんが、シュバレート山脈には魔族の利用する間道がかなりありそうに思えます」
「やってくるだろうな。すでに何度か戦をしたなら魔族の恐ろしさは分かったはずだ。だがブリガンディの魔族はレオンでも何とかなるだろうが、策を巡らせて来ることは間違いないだろうな」
兄上が言う魔族とはブリガンディ王国の貴族達ってことかな? 王国軍を動かして領土拡大を名目に、この村を手にしようというのだろう。そんなことがサドリナス王国に知られたなら王国同士の戦争が勃発しかねないぞ。




