E-005 王都の武器屋
荷馬車の荷が軽かったのかもしれないな。
王都の南の広場に着いたのは、夕暮れが迫るころだった。
御者に片手を振って別れると、広場の近くに宿を取る。
さすがに王都だけあって、一泊25ドラムもする。ここで2泊する予定だから、カウンターの女将さんに銀貨を1枚渡しておく。
「2泊だね。王都で買い物かい?」
「弓を手に入れたいんだ。良い武器屋を知ってるかな?」
「それならこの通りを北に行って、2つ目の四つ角の手前が良いね。もっとも懐が寂しいなら、1つ目の角を南に進んだ武器屋もお勧めだよ」
その違いは? と聞いたら、客筋の違いらしい。
最初の店は、貴族達が武器を揃える店らしく、最後の店はレンジャー達が出入りすると教えてくれた。
「別に見せるための武器ではありませんから、南を覗いてきます」
「レンジャー志願なのかい? それならその方が安心さねぇ。装飾よりも刀身を鍛えた物ばかりだと聞いたよ」
思わず笑みを浮かべてしまった。
全くその通りだ。武器は人に見せるためのものではない。相手を殺すための品なのだ。
無駄な装飾に金を掛けずに刀身を鍛えるなら、実用に耐える武器ということになる。
酔客が来ない内に、食堂で夕食を取り早々とベッドに入った。
翌日は、教えられた店に早速出掛けてみた。
長剣が交差してある看板はペンキが剥げかけていたけれど、こんな店こそ良い品がありそうだ。
「おはよう!」と声を出して扉を開くと、見るからに頑固そうな中年の男が俺を睨んでくる。
「兄ちゃんよ。ここは武器屋であって、おもちゃ屋じゃねぇんだぞ」
「知っているから来たんです。弓と短剣を見せてくれませんか?」
「ほう! 弓が使えるのか。それなら直ぐに青になれそうだな。……これならどうだ?」
店の奥から持ち出してきたのは、見るからに初心者用の品だった。
魔法の袋から、自分の弓を取り出して男に見せる。
「これで練習してきました。30ユーデ(27m)先なら、リンゴを落とせますよ」
「ほう……、たいした腕だ。となると、狩りで大物も狙えそうだな」
男が再び奥に向かった。次は少しマシなものを持ってくるんだろう。
ふと、隣を見るとナナちゃんが弓を引いている。
いくら初心者用でも、引くのは無理なんじゃないかと思っていると、それなりに引いているぞ!
見掛けに寄らず体力はあるということなんだろうか?
俺が教えてあげれば、少しは前に矢を飛ばせるかもしれないな。
「これはどうだ? 3種類で強さが2種類なんだが」
飾りが無い実用一点張りの品だ。
長弓、短弓とその中間の弓がある。
さすがに長弓は大きいな。俺の身長を越えている。これはさすがに使う場所が限定されるだろう。
次に手に取ったのは、短弓よりも50cmほど長い弓だった。中間的な弓なんだろうが、これなら飛距離も伸ばせて取り回しも楽に思える。
強さを確かめると、強いと言っていた弓が俺には丁度良い。
「これが良いかな。それと、初心者用の弓で少し弱めのは無いかな? この子がどうにか引けるんだが、2射までだろうからね」
「何だと! ちっこいのがこれを引けるのか。それなら売れ残りがあったはずだ」
「ついでに短剣も見せて欲しい」
「分かった。それも一緒に持ってくるぞ。おい! お前、短剣を持って行ってやれ!」
奥に誰かいるのかな?
しばらくすると男の奥さんらしい人が、何本かの短剣をトレイに乗せて運んでくる。カウンターに並べてくれたから、端から1本ずつ手に取って確認していく。
ナナちゃん用だから少し長めで軽いのが良いだろう。
奥さんが更に数本の短剣を運んでくれた。刀身が1フィール(30cm)を少し超え短剣を3本選び、ナナちゃんに持って貰う。
ナナちゃんが選んだのは薄手で片刃の短剣だった。
それと、俺も選ぶ必要があるんだよな……。
投げナイフがあれば良いんだが、どうやらそんな品は置いてないようだ。
選び終えるころになって、男が埃を落としながら短弓を持って現れた。
「これが使えるんじゃねぇか? 貴族の坊ちゃん用に作ったんだが、見た目が悪いと抜かしおった。これでもハンターが使えば、野ウサギだって狩れるんだがなぁ」
ナナちゃんに「ほれ、引いてみろ!」と言って渡したから、ヨイショ! と言いながら引いている。
先ほどの弓は、引いた時に腕が振るえていたけど、今度の弓はそんなことは無いようだ。
ナナちゃんから弓を受け取り軽く引いてみる。
なるほど軽いな。だけど20mほど離れた野ウサギなら十分に狩れるだけの威力はあるだろう。
「この弓と矢筒に矢が12本。こっちは弓だけでいい。俺の矢が使えそうだ。後はこの短剣にしよう。それと、この小手を改造して欲しいんだが?」
弓用のアームガードはこの世界には無いものだ。俺が村の職人に頼んで作って貰った品だが、小手としても使えるようにしたい。
だが、金属を張るというのも考えてしまう。改造というのは、3本の太い釘を腕に沿って取り付けるというものだった。
「小手代わりにするのか? 酔狂な奴だな。そうなると……、使う釘はこれになるんだが?」
店の奥に行くと、俺の小指ほどの太さの釘を持ってきた。長さは6イルム(15cm)ほどもありそうだ。いったいどんな場所に使うんだろうと考えてしまう。
「十分だ。少し先端を研いでくれるとありがたい。投げナイフとしても使えそうだ」
「なら、取り出し易いようにしないといけないな。まぁ、何とかなるだろう。それで値段だが……」
〆て銀貨16枚は高い買い物かもしれない。もっとも長剣なら1振りで銀貨20枚は飛んでいくらしいからなあ。
良い品はそれなりに値段が高いのは仕方のないことだ。
砦に行けば、お仕着せの武装はあるんだろうが粗悪品もあるらしい。
宿に戻る途中の雑貨屋で携帯食料を10日分購入すると、夕暮れまでナナちゃんと一緒に王都の見物をすることにした。
やはり王宮は1度見ておくべきだろう。
ナナちゃんと一緒に王宮を取り巻く鉄の柵にもたれかかって眺めていると、王宮の庭の警備をしている兵士達に苦笑いをされてしまった。
お上りさんに見えたんだろう。
軽く頭を下げると、手を上げて答えてくれた。
広場の屋台でお菓子を買い込み、ついでに串焼きを買って腹ごしらえをする。
飴玉をだいぶ買い込んでしまったが、ナナちゃんの楽しみに丁度良いかもしれないな。
最後にもう1度雑貨屋に寄ることにした。
パイプぐらいは持っていた方が良いだろう。パイプとタバコを入れる小さな革袋、そ
れに金属製の缶が新たに増えた。
どうやら保存には真鍮製の缶を使うらしい。数日分だけ小さな革袋に出して使うのだそうだ。しっかりと包まれたタバコの包を2つ買い込んで缶に入れといたからしばらくは持つだろう。
革袋に入れてくれたタバコはサービスらしい。3回分ほど入っていると教えてくれた。
これで十分なんだろうか?
最後にもう1度広場を眺めたら、果物を売っている屋台を見付けた。
干しアンズと干しブドウを1グル(1.5kg)ずつ買い込んだが、これで30ドラムは安いんじゃないかな?
お茶の葉もついでに買い込んだけど、五分の一グルで20ドラムだ。
宿に戻る途中でワイン6本買う。180ドラムは、それほど高い物でもないだろう。配属先で配るのに丁度良い。
色々買い込んだけど、ナナちゃんのリュックに入れた魔法の袋に全部入れておいた。魔法の袋に入れておけば重さを感じることがない。何とも便利な袋だ。
かなり余裕があるけど、砦に行けば衣食住が保証されるだろうから、これで十分のはずだ。
砦にも行商人が出入りするはずだから、買いそびれた品を頼むことぐらいはできるに違いない。
宿の戻ると、早めに横になる。
夕食時に、お弁当を頼んでおいたから、明日の昼はお茶を作るだけで済むはずだ。
王都から馬車を使っても5日は掛かるという砦は、かなり遠くに思えてきた。
翌日。朝食を食べていると女将さんがお弁当を渡してくれた。
食事を終えると、お弁当をナナちゃんのリュックに入れたところで席を立つ。
「ご馳走様でした!」
「おや、出掛けるのかい? 旅は長いんだ。無理をしないで行くんだよ」
女将さん頭を下げると、昨日の武器屋に向かう。
扉を開けると、直ぐに強面の男がカウンターに武器を並べてくれた。
「短刀はケースの上下に輪を付けるってことだったな。ちびっ子が担げるようにだろうから、このベルトを付けておいたぞ。伸ばせるから、身長が伸びても使えるだろうよ。
それで、直した小手がこれになる。釘は4本にしたぞ。半イルムほど釘の頭が飛び出ているから、抜き出して投げるのも容易だろう。ケース部分が長いから、簡単に抜け落ちることはねえ」
「無理を言って済みませんでした。予想以上の出来ですよ」
「贔屓にしてくれるならありがてぇ。元気でやんなよ」
顔に似合わぬような笑みを浮かべて、ナナちゃんの頭を撫でながら短剣を背中に背負わせてくれた。
右腕にアームガードを着けるとさすがに重く感じるが、これで白兵戦でも盾を使わずに済みそうだな。
「そうだ! この銃の弾と火薬はここで購入できますか?」
「銃か! それはカルバン製だな? 貴族のお坊ちゃんならそうなるんだろうな。ちょっと貸してくれ……」
俺が取り出した銃を手にすると、カウンターの下から工具を取り出した。
銃口の直径を計ると、奥に行って小さな包みを持って来た。
「これがカートリッジと呼ばれる品だ。弾と火薬がこの中に入っている。黒く塗ってある方に鉛の弾が入っているから、このまま銃口に差し込んで銃の下に付いているこの棒を引き抜いて中に詰め込む……」
やり方を教えてくれた。
知ってはいるんだが、俺を初心者と思っての事だろう。
「魔石は入っているから、このまま使えるぞ。これなら魔物は1発で済むだろう。銃兵を作ったと聞いているが、この辺りでは見かけないから北の砦にいるんだろうなぁ」
値段は20発で50ドラムだった。かなり銃弾は高いように思えるが、威力に見合った値段ということになるのかな。
武器屋の出口でナナちゃんと頭を下げる。カウンターから手を振ってくれるのが少し嬉しく感じてしまう。
「さて、今日は1日歩くからね」
「だいじょうぶにゃ。どっちに歩くにゃ?」
ナナちゃんの手を引いて王都の西門に向かう。
生憎と城門前の広場に荷馬車がいないようだ。やはり歩くことになりそうだ。
門番の兵士に軽く頭を下げて街道に出る。
王都から東西の王都に街道が整備されているのだが、隣国との戦になればこの街道を兵士達が駆け抜けていくのだろう。
轍を避けてゆっくりと歩く。俺の前を、ナナちゃんが周囲をきょろきょろ眺めながら歩いて行く。
たまに立ち止まるのは何時もの通りだけど、今度は何を見付けたんだろう?
王都が見えなくなったところで軽く休憩を取る。
水筒の水を飲んで、足をマッサージすれば少しは疲れも取れる。
10分ほどの休憩を取って再び歩き始めた。
休憩所は、まだまだ先にあるようだな。
林に囲まれた休憩所に着いたのは正午前だから、このまま進めば夕暮れ前に次の町に着けそうだ。
小さな焚き火を作ってお茶を沸かすとお弁当を頂いた。
相変わらずナナちゃんの食べっぷりは良い。俺より前にパンをたいらげてお茶を飲んでいる。
「ナナも杖が欲しいにゃ」
「それなら、お茶を飲み終えたら作ってあげるよ」
休憩場には薪用の雑木林が併設されているから、杖の材料に困ることはない。
3本ほど枝を切り取って長さを合わせると、ナナちゃんが1本ずつ握って確かめている。
「これにするにゃ!」
「振り回したらダメだからね!」
注意はしたんだけれど、まだ子供だからなぁ。
再び歩き始めたら、やはり振り回している方が多いんだよなぁ。
周囲に人がいないから、注意しないで見ていてあげよう。
途中で2回休憩を取ると、街道の先に尖塔が見えてきた。
たぶん教会の鐘楼なんだろう。
隣国との街道にある町だけに栄えているようだ。
宿で一泊して、再び西を目指す。
この先の町を過ぎたところから北を目指すことになるのだが、途中に村が3つあるだけらしい。それでも、砦へ行き来する商人や交替する守備兵の為に宿はあるようだ。
町の宿とは比べられないけど、横になって安心して眠れるなら十分と言えるだろう。
※※ 補足 ※※
重さの単位:
グル(1.5kg)これより小さい重さを現す場合は五分の一ずつで表現する。
さらに小さい単位として、1ドラムということもあるが、これは1ドラム銅貨の重さである三百分の一グル(約5g)の値になる。
穀物取引では1袋ということもあるが、これは小麦20グル(30kg)を現す。