E-043 三段撃ち
「報告します! 西の塀に火矢が撃ち込まれました!」
息せき切って走ってきた少年がそれだけ言うと、再び引き返して行った。
いよいよか。あまりにも単純な陽動だ。
苦笑いを浮かべてパイプを楽しんでいると、レイニーさんが門にやってきた。
「西で火矢が盛んに撃ちこまれているようです。増援の必要は?」
「火矢を撃ちこんでくるだけでしょうから問題はありません。夜目が利く獣人族に対して子供騙しの陽動ではねぇ……。心配でしたら、敵が梯子を持っているか確認するぐらいでしょうね。梯子を持っているとしたら、南門の攻撃に呼応して襲って来るかもしれません。梯子を用意していないなら、陽動ですね」
慌てていたようだけど、ちゃんと説明すると頷いてくれた。
待機している少年に伝言を頼んでいるから、一応確認してみるのだろう。
「隊長! 先ほどの話であれば、こっちにも動きが出てくるのでしょうか?」
「本隊が動くことになる。矢を放ってくるから、狭間から覗く時には注意してくれよ。できればこれを使ってくれ。2枚の鏡で外が見えるようになっているんだ」
さて、こっちもそろそろ動くんじゃないか?
直ぐにエニルさんが潜望鏡に取り付いて状況の確認を始めた。
「松明の数が、かなり多いです。投げ込もうと考えてるんでしょうか?」
「そんなところだろう。塀際に可燃物はないし、水桶もあちこちに置いてあるからね。火矢が飛んできても松明を投げ込まれても問題はないよ」
塀の近くに建物を作らぬようにしたから、砦の大きさがかなり大きくなってしまったけど、火攻めを防ぐならこれしか対策が無いからなぁ。
建物を石で作れれば対策としては十分なんだが、屋根はどうしても板葺きになってしまう。塀際にある兵士の休憩所の屋根には砂を乗せて防火対策としているのだが、砂に水を掛けてくれたかな?
そういえば、俺の住んでいた館の屋根は銅板で葺いてあった。貴族館ということである程度の見栄もあったのだろうが、盗賊からの火矢を警戒してのことだったのだろう。
パイプの灰を落としてパイプをベルトに挟みこむ。
カルバン銃にフラスコから火薬を入れて、鉛球を麻布の小片に包んでバレルに無理やり押し込んだ。バレルの下に差しこまれている真鍮の棒を引き抜いて、弾丸を奥に押し込む。この世界の銃はこれだから面倒なんだよなぁ。
カルバン銃の反動は銃の重さがある程度抑えてくれるようだ。火薬が黒色火薬というのも関係しているのかもしれないな。
「俺の準備は終わったが、君達の方は終わったのかい?」
「後は撃つだけです。1班はすでに配置に付いてますよ。それと……、動き出しました。ゆっくりと近づいてきます」
「射撃はエニルさんに任せる。杭の位置を通り過ぎたらだ。杭はみえるか?」
「イヌ族ですが、夜間視力はそれなりですよ。森まで見通せます」
そう言って、彼女は笛を胸元から取り出した。まだ咥えずに、左手で転がしている。
銃眼からは、まだ銃は出していない。笛の合図で一斉に動くのだろう。1班8人だけど、直ぐ後ろに2班、門の方壁に3班が待機している。
「火矢が撃ち込まれました。こちらからも火矢を飛ばしています!」
「だいぶ騒がしくなってきたな。距離は50ユーデというところか……」
俺の言葉を聞いて、1班の連中が銃を上げる。
タン!、タン! と扉に矢の当たる音が聞こえてくる。火矢に違いないが、桶で何杯も水を掛けた扉だ。そう簡単に燃え上がることはない。
鋭い笛の音が聞こえた次の瞬間、1班が銃眼の蓋を銃で外側に押し出して一斉に銃を撃つ。
それほど広くはない空間に銃声が響くから、耳が痛くなるほどだ。
銃を放った1班が素早く後ろに下がると、2班が銃眼に取り付いた。
今度は耳を押えたんだが、やはり銃声は大きいなぁ。耳栓を用意しないといけないだろう。
2班が後ろに下がると、3班が銃眼に取り付く。最初に銃を発射した1班が次弾装填を終えて3班の後ろに立つ。単発銃だからこの方法なら途切れることなく銃弾を放てる。だけど25名の銃兵が1度に放つ銃弾の数が8発だからなぁ。前装式単発銃の最大の欠点が装填速度なのは間違いない。
バレルを長くした銃を早めに開発した方が良さそうだ。それに銃兵の数も1個小隊ほどに増やせれば良いんだが……。
矢が扉に当たる音で、現実に戻される。
今は戦闘時だ。それ以外の事を考えるのは後で良い。
「下がったのか?」
「少し後退してますが、森の手前までです」
「松明の数に変化はないのか?」
「そうですね……、少しおかしいです。先ほどの攻撃時に松明を持って走る姿がありました。かなりの松明が中間地帯に転がってますけど、攻撃前と同じぐらいの松明が見えます」
予備兵力を投入したということだろう。これが今回やってきた最大戦力になるはずだ。
「場合によっては、後ろに下がるぞ。後ろの扉はもっと頑丈だ。この扉を破っても、後ろの扉を破るのは少し苦労するだろう。今の内に弾を込めといてくれよ」
「「「準備できてます!」」」
甲高い女性兵士の声で思わず耳を押えてしまった。銃声並みの破壊力だ。
「森の中に人影を確認できる?」
「人影というより、馬車がありますね。少し奥まっていますが間違いなく馬車です」
なるほどね。森の出口近くで、こっちをうかがっているらしい。総攻撃での損害を憂慮する者がいるのかもしれないな。
高位の貴族らしいが、さすがに王国軍に大きな損害を受けたなら自分の地位が保てないということかもしれない。
だが、すでに損害を受けているはずだ、このまま帰るとしても王宮内での誹りは免れないだろう。
「隊長、西の門からの伝令です」
「ん? 何か動きがあったのか。通してくれ」
戦に興奮している少年が伝えてくれた話では、西門付近に全く敵兵が見えないらしい。南に作った塀の西付近で火矢を撃ちあったらしいが、矢の届く距離まで塀に近づいただけで、何度か火矢を放って南東へ移動したとのことだ。
「陽動部隊だから、そんなものかもしれないな。だけど姿が見えないからと言って油断はしないで欲しい。こっちは問題ないから、自分達の部署を守るように伝えてくれないか」
俺の言葉をもごもごと口の中で繰り返していたが、大きく頷くとそのまま駆け出して行った。
「伝令として使えるのでしょうか?」
「状況報告をしてくれたんだ。それに俺達が苦戦しているかもしれないと、様子を見に来させたんだろう。十分に使えるよ。見たまま、聞いたままを伝えてくれるだろうからね」
さすがに戦場を駆け抜けるような伝令としては使えないだろうけど、砦内なら十分だ。
片手剣を背中に背負っていたけど、敵兵と切り結ぶようなことにはならないだろう。投石具で俺達の援護をしてくれるだけでもありがたい存在だ。
「急に、静かになってしまいましたね」
後ろから声を掛けてきた人物はレイニーさんだった。
簡易指揮所で暇を持て余したのかな? たまに伝令を送った方が良いのかもしれないな。
「こっちは問題ありませんが、上の方は皆無事なんでしょうか?」
「4人ほど矢を受けたようですが、軽傷とのことです。教会に運んで治療を受けさせています。外の焚火でお茶が飲めますよ。交代で休ませては?」
「そうですね。……1班から交代で休憩だ。何かあれば知らせるから少し休んで来い」
扉に張り付いていた連中が笑みを浮かべて振り返る。やはり緊張していたんだろうな。
1班が離れた銃眼に2班が取り付いたところで、隊長に休むよう言いつけた。
敵が動かない状況なら、潜望鏡を使って相手を監視し続けなくとも十分だろう。
パイプを取り出して、火を点ける。
一応部屋のような作りだけど、扉の上は空いているから煙がこもることはない。
晩秋に近づいたから風は北風だ。上手く切り抜ければ、次にやってくるのは春分を過ぎた後だろう。
冬の間に砦を強化しないといけないだろうなぁ……。
しばらくすると1班の連中が帰ってきた。お茶を一杯飲むだけの休憩だったようだな。
2班が交代して持ち場を離れるのを見て、俺もお茶を頂いてくることにした。
レイニーさんが入れてくれたお茶を飲んでいると、楼門の上で戦っていたエルドさんがやってくる。
「下も頑張ってましたね。上は少し矢を受けてしまいました」
「夜戦で4人、しかも軽傷なら上出来ですよ。ところで梯子はどれぐらいありました?」
俺の問いに少し首を傾げていたが、それでも10個は無かったと教えてくれた。
「私の見た範囲では6個でしたね。西にも取り付いていたようですから、そこにも梯子はあったはずです」
分隊で1個の梯子とするなら、攻め手の数は10個分隊程度、2個小隊程度になる。どれぐらいの被害を与えたという問いには、かなりの数だと曖昧な返事が返ってきた。
草むらに倒れた敵兵は、獣人族であっても見付けるのは難しいかもしれないな。
「門の上や塀を越えた敵兵はいませんが、次は数が多そうです」
「後ろに待機している投石部隊の連中を上手く使って下さい。塀を乗り越えた敵兵はクロスボウで直ぐに倒すように伝えてくれませんか。槍を持たせていますが訓練はあまりしてなかったはずです」
「そうですね。クロスボウ部隊を率いているマクラン殿に伝えておきます」
エルドさんが伝令の少年を呼んで指示を与えると、パイプにタバコを詰めて焚火で火を点ける。
お茶を頂きながら、俺もパイプを取り出した。
戦の最中だが、緩急があり過ぎるなあ。魔族なら休まず攻めてくるんだが……。
門に戻る前に楼門で相手を見てくるか。
ナナちゃんをレイニーさんに預けて、エルドさんと一緒に楼門に上がった。
楼門の擁壁には盾を斜めに立て掛けて矢を防いでいるようだ。折れた矢が何本か刺さっているから、かなりの矢を射かけてきたんだろう。
「矢は不足していないのか?」
「敵にもだいぶ頂きましたから、次に来るときにはちゃんと返してあげますよ」
兵士の返事を聞いて笑い声を上げる。
「そうだな。俺達は盗人じゃない。ちゃんと返してあげるのは大事なことだ」
南に視線を向けると、黒々とした森の前に松明がずらりと並んでいる。
見掛けはかなり多いが、野戦では自分達の数を多く見せるためによく用いる手でもある。
「確かに多い。それで先ほどせめて来たとき、敵兵は走ってこれたのか?」
「たまに松明を持って倒れる姿がありました。切り株と落とし穴は効果がありますね。砦時代にも作っておくべきでした」
「足元を確かめながら攻めてくるから、矢の良い的にゃ。次も的当てになるにゃ」
ヴァイスさんがたっぷりと矢を入れた矢筒を持って現れた。
部下を10人程引き連れているから、自分の小隊を副官に預けてきたのだろう。
だけど……、練習ではそんなに当たらなかった気がする。本番に強いってことなのかな?
「銃は一斉に使わずに、塀に取り付こうとしている連中だけを狙ってます。団子状態になりますから、その中の1人には確実に当たります」
拳銃よりもバレルが長い銃だから、命中率も良いのだろう。だけどそれだけ装填に時間が掛かるのが難点だ。1個分隊の銃兵だけど、張り出した楼門から西に延びた塀に向かって放つなら確かに効果があるだろう。
門の高さは俺の背の2倍ほどだ。軽装歩兵装備で梯子を上っても、塀から体を出した途端に弓やクロスボウ部隊に狙撃される。
だが梯子の数が増えるとなると、塀を超える者も出てくるに違いない。西の防衛部隊の一部が南に動いてはくれてるだろうが、白兵戦になるかもしれないな。
「動き出しましたぞ! なるほど動かない松明もかなりありますね」
「とは言っても、半分より多い。上は任せましたよ!」
俺に顔を向けて大きく頷いたエルドさんに片手を上げると、急いで持ち場へと向かった。
前の2倍ということはないが、多いことは間違いない。
少し気を引き締めないと……。




