E-042 夜襲だと
王国軍が動いたという知らせを受けたのは、夕食を終えて指揮所でお茶を飲んでいる時だった。
周辺の地図の上で、駒を動かし敵の意図を探る。
どうやら、陽動をすることなく力攻めを選んだようだな。もっとも、力攻めも可能だと俺達に思わせるだけかもしれない。
一当たりして直ぐに兵を引く可能性もありそうだ。
「1個中隊ということでしたが、さらに南方に焚火がいくつかありました」
「2個中隊となれば村を相手に力攻めは可能だと判断したんだろうな。偵察部隊を考慮して後続を遅らせたようだ。森を迂回する愚を避けての力攻めとなれば、こちらに有利でもある。とはいえ、敵が森を出るまではのんびりするように伝えて欲しい」
伝令の少年達が闇の中を走っていく。あんなに駆けることは無いんだけど、少年達も自分の仕事だと誇っているようにも見える。転ばないかと心配になってしまう。
パイプを咥えながら地図の上の駒を追加していると、レイニーさんが心配そうな表情で増えていく敵の駒を見つめていた。
「ほぼ同数ですか……。村の各所に分散した分、敵と当たる部隊の数が減ってしまうのは仕方のないことでしょうけど」
「それは武器の相違で何とかなるでしょう。相手は軽装歩兵が主力ですからね。砦攻めには適した兵種ですが、それは弓兵の援護が必要です」
「敵は魔族ではありませんよ?」
「魔族の方が手強いと思いますよ。俺達よりもはるかに優れた戦士ぞろいですからね。平地で魔族と戦うときは死を覚悟すべきでしょう」
魔族では最弱種族であろうゴブリンでさえ、俺達より体格と体力が劣るぐらいだからなぁ。砦では塀を登ってくる連中を倒すだけだからさほど苦労は無かったけど、その数が半端じゃない。
少々の体力差など圧倒的な数で覆されてしまうのだ。
そんな魔族に対する戦いは、防衛戦が主体となるのは当然のことだろう。
砦を作りその防壁を利用して魔族と戦うのが、魔族相手の基本戦法だ。
それでも、オーガのような連中がいるから万全ではないんだけどね。
騎兵を使っての一撃離脱は有効のようだが、王国内の騎兵の数はそれほど多くはない。総数で2個中隊に達しないんじゃないかな?
それに騎兵の多くが裕福な連中の子弟らしく、あまり辺境の砦に出張ることを嫌うらしい。
あの砦に1個小隊の騎兵がいたんだが、あれはカーバイン殿の力で何とか派遣してもらった部隊だったのだろう。
「矢合わせは確実に行われるでしょう。2個小隊の弓兵はいるに違いありません。この辺りまで部隊を前進させた後、一斉に矢を放ってくるはずです」
兵までの距離はおよそ80ユーデ……。確実に矢を塀の内側に放つにはもう少し近付かねばなるまい。
だが、火矢なら丸太塀を燃やすことも可能だから、この程度の距離でも十分だろう。
燃える丸太塀に俺達が懸命な消火を行い始めたところで、軽装歩兵が一気に押し寄せてくるはずだ。
「火矢を想定して塀を作ってありますから、火矢程度で塀が崩れることはありません。少しは燃えるでしょうが、丸太塀の後ろに柵を作って土を突き固めていますからね」
「それほど厚みはありませんが、有効だと?」
「相手には丸太塀が見えるだけです。厚さは分からないでしょう」
1つ課題があるとすれば塀の高さだな。俺の身長の2倍に達しない。
手前に空堀を作ってはあるが、深さは1ユーデにも満たない。森の木で簡単な梯子を作ればすぐにも超えられる高さだ。
「森の木を伐採しても、切り株は残ってますし、落とし穴もたくさん作りました。矢の届かない場所から一気に攻めて来ようとしても、足場も悪いし暗がりではねぇ。矢と銃で応戦すれば十分に相手を挫くことは可能でしょう」
めげずに塀近くまで来たなら投石も有効だろうし、槍の穂先を塀に掲げれば容易に登ろうとは思わないだろう。
それでも上ってきたなら、槍で突けば良い。
「夜は、矢が見えませんから注意してください。俺は、銃兵を率いて門の扉で待機します」
南門の傍に作ったログハウスが臨時の指揮所になる。
この指揮所は平時には有効だけど、現場から遠いからなぁ。レイニーさんだって立派な兵士だから、戦場近くにいても問題は無いだろう。
テーブルから駒を取り除き地図を丸めて、ベンチの傍に置いてあった籠に放り込んで籠を背負った。
「先に行きます!」と声を掛けて外に出る。
伝令の出番を待っている少年達を引き連れて南門に歩いていると、ナナちゃんが途中で合流してきた。
ヴァイスさんの部隊に遊びに行ってたのかな?
しっかりと矢筒を背負って、弓を持っているところを見ると、ヴァイスさんが装備を整えてくれたのだろう。
「場所を変えるのかにゃ?」
「南門の門で待ち構えるんだ。ナナちゃんも一緒だよ」
至近距離の弓の腕は、弓兵を上回るからなぁ。まだ子供用の弓だけど、弓兵の持つ弓を引けるようになったらかなり活躍してくれるに違いない。
後ろから駆けてきたのはレイニーさんだった。
しっかりと武装を整えている。他の連中も慌てて装備を整えているだろうが、俺はこれでじゅうぶんだ。長剣を背負っているし、銃がホルスターに収まっている。弓は必要に応じて取り出せば良いだろう。
まだまだ戦端が開かれることはない。
向こうにだって都合があるし、2個中隊が森を抜けて俺達の村に向かって展開するまでには時間が掛かりそうだ。
『シャイン』の魔法でランタンに明かりを灯し、ログハウスの中に入る。
床は板を張っていないが、砂を敷き詰めてあるからぬかるむこともない。
兵士達は全員が短いブーツを履いているし、これで十分だろう。
「ナナちゃん。ストーブに火を焚いてポットを乗せといてくれないかな?」
「お茶を作るにゃ! それぐらい大丈夫にゃ」
ナナちゃんが、ポットを持って外に出て行った。
さて……、先ずはテーブルに地図を広げて駒を配置しておこう。
「夜戦になると言ってましたね。夜食を取れるように小母さん達に伝えてくれないかしら」
「了解です!」
3人付いてきた少年の1人がログハウスを出て行った。確かに長い夜だからなぁ。夜食も準備しておいてほしいところだ。
もっとも、戦に慣れた小母さん達だからね。すでに夜食を作り始めているかもしれないな。
レイニーさんとテーブルの上の地図を眺めていると、息せききって少年が走ってきた。
あまり見ない顔だから、他の門を守っているところの伝令だろう。
「報告します。西の門より南方向に松明らしき光が動いております!」
「ご苦労。それで、松明はどっちに移動してるんだい? それと明かりはいくつ見えたかな?」
肝心の内容が抜けてるんだよなぁ。
俺の問いに地図を見ながら少年が教えてくれたのは、松明が3つ森から抜けるところだったらしい。
「陽動ということでしょうか?」
「そんなところだろうけど、これではねぇ。多分1個小隊ほどになるんだろうけど、位置的には問題ない場所ですよ。もう少し西に向かうなら森を切り開いた畑に抜けるんですが、西の門の真南では畑を目にすることは出来ないでしょう。少し開けているのは分かるでしょうけど、夜ですから畑を見ることは出来ないと思います」
火矢を撃ちこんでくるだろうから、敵の矢を防ぎながら弓で応戦すれば良い。近付けば農民達のクロスボウが威力を発揮できそうだ。
予定通りの作戦で応戦するように伝えると、直ぐに少年が去っていった。
「簡単な陽動を取り入れたみたいですね。やはり南門が主戦場になることは確実です。予備兵力はありませんが、東の守備兵の半数を移動しておきましょう。弓兵だけで十分だと思います」
レイニーさんが扉近くのベンチに腰を下ろしていた少年を呼び寄せて、伝令を頼んだ。
俺もそろそろ配置に着いた方が良さそうだな。
「俺も門に向かいます。銃兵の一斉射撃を何度か繰り返せば、引き上げてくれると思うんですが」
「私も門の上に移動します。一番見通しが良さそうです」
見通しが良いということは、それだけ敵の矢が飛んでくる場所でもある。
盾の陰で指揮を執ってくれるよう念を押して頼みこんだ。
レイニーさんの代わりになる人物がいないからなぁ。
しばらくは、この村の村長と防衛部隊の指揮官を続けて貰わねばならない。
ナナちゃんと一緒に、ログハウスを出ると、石造りの門の内側に向かった。
石造りの門の扉は2つある。村側の門は現在開いているが、南の森方向の扉は閉じて閂を掛けてあった。
「エニルさん、もう直ぐ始まりそうだ。全員の銃は直ぐに撃てるのかな?」
「初弾装填済みです。2発目はカートリッジを使うよう指示を出しました」
俺達の銃は、ライフルリングの無いただの筒だから命中率はかなり悪い。
その上、5発も撃ったら銃身内を軽く掃除しないといけないような代物だ。さらに銃の値段も高いし、火薬と鉛の球形弾丸がセットになったカートリッジは値段もそれなりだ。
軍内で銃の普及が進んでいないのは、デメリットが多すぎるからだろう。弓なら矢をそれなりに速射できるし、普段の練習次第でかなりの命中率を誇れる。
有効射程も同じようなものだが、1つだけ銃には大きなメリットがある。
1発当たれば、戦闘継続は不可能なぐらいの重症を負わせることができるのだ。
魔族相手の戦闘では、それなりの働きをしてくれた。
とはいえ銃弾を2発撃つ時間で、弓なら5本ほど矢を放てることも確かだ。銃兵部隊が軍の中でも小さな部隊であるのは、それが一番の原因に違いない。
「夜間だから、銃眼の溝に銃を押し付けて撃ってくれ。上手く当たれば腹の位置だ。1発で倒れるだろう」
「左右の銃眼に2人ずつ。残りの3人は扉の銃眼を使います」
「ああ、それで良い。俺は……、あれを使うか」
門を閉じた状態だから外が見えないんだよなぁ。石造りの四角い部屋のような門の内部だが、銃眼以外に潜望鏡が1つ隅に置いてある。
屋根に突き出しているのではなく、俺の身長より少し高い位置の銃眼越しに門の外を見られるようになっているんだが、覗いてみると真っ暗で何も見えない。
夜だからなぁ……。やはり明かりは必要だろう。
「ナナちゃん。上にいるレイニーさんに、敵が近づいたら『シャイン』で光球をいくつか道に投げて貰えるよう頼んでくれないか」
「敵が近づいたら、光球にゃ? すぐに伝えてくるにゃ」
さて、王国軍の方はまだ準備が整わないようだ。
パイプを取り出してエニルさんに顔を向けると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
壁際の丸太を横にしたようなベンチに腰を下ろすと、とりあえず一服を楽しむ。
兵士達も腰を下ろすように指示を出した。
今から緊張していては、勝てる戦も負けてしまいそうだ。
先ずは、のんびりと体と心を休ませよう。




