E-041 後ろから斬りかかるとは
「隣国との争い事は起こしたくありませんなぁ……。確かに、我が王国に組するとなれば、必然的に火種を持つことにもなりかねません」
火種どころか、火薬樽の傍で焚火をするようなものだ。
砂金という利権だけに目を捉えた貴族が、騒ぎ出すのは間違いあるまい。
さらに、俺達がこの村にいるともなれば、隣国と図った集団脱走ということで討伐軍を送る理由にもなる。
サドリナス王国軍の力量が試されそうだな。
「前に若い貴族がやってきましたが、その時に俺が言った言葉は覚えているでしょうか? この村の東に間道があると伝えたんですが……」
2人の貴族が驚いて互いに顔を見合わせる。すぐに俺に顔を向けてきたが、報告されていなかったようだ。
「初耳です……。できれば、我等にもう1度、お話願えないでしょうか?」
「村の北東に滝があるんだが、滝の裏側が掘れている。この道幅よりは狭いし、ごつごつした岩場だから馬車は通れないだろう。だが、確実に渡ってこれる。
常時見張りを立ててはいるが、軍を移動させるには十分だろう。そういうことだから、この村には魔族と隣国の軍の2つの脅威が存在する。
ここにあるぐらいだから、北の尾根の西にだっていくつかの間道があるに違いない。南の王国が魔族に侵略されていないのは、魔族の偵察部隊がまだ発見していないだけに思える」
2人が真剣な表情で聞いている。
さすがに前の貴族が報告を怠ったのは、見過ごすことができないだろうな。
王宮に戻ったら、一波乱起こりそうだ。
「なるほど、1個小隊では追い返せないでしょうな……。王国の自治を認める見返り事項にも課題が出てきます」
「こちらからの要求は自治権を認めること。それに、サドリナス王国にて砂金と銅鉱石の換金を認めることだけですよ。軍を動かす必要もありませんし、換金差額は王国に還付されることで十分に思えますが?」
「換金所は国営ですから、不正の発生はないでしょう。ですが、それでは貴族達を納得させることは出来ないと思いますよ」
「それは王国内の話であって、俺達に関わることではありませんよ。利権を求めるなら、それなりの覚悟をしてほしいところですね。サドリナス王国が一番近いだけだということを、もう少し考えて頂きたい」
無理を通すなら、他の王国の商人に売り払えば済むことだ。
大商人達は1つの王国だけで商いをしているわけでは無い。王国間の貿易も貴族たちに代わって行っているぐらいだからなぁ。
特に金や銅鉱石なら、海を渡っての貿易代価としても利用価値がある。
小さな商人だからこそ、王国内の鉱石売買を行う両替所を使っているだけのはずだ。
「確かに、他国に売る渡すことも可能でしょうな……」
「ということで、この親書はお返しします。万が一、俺達がこれを持っていたなら、ブリガンディ王国と戦をしたときに、とんでもない痛手を受けるでしょう。黙認して頂けるだけで十分なんですが……」
後ろの騎士に小さく手で合図を送ると、今度はワインのグラスが出てきた。
いつも飲んでいる真鍮のカップじゃなくて、ガラスでできた本物のグラスだ。
どうやら、聞きたいことを聞いたということなんだろうな。
「やはり、現地に来てみないと分からないことが多いようです。そちらの要望は良くわかりましたから、これで失礼したいと思いますが……。オリガン家にはすでに使者を送ったのでしょうか?」
ワインを勧めながら確認するように問いかけてきた。
一口飲んで、相手に顔を向ける。
「上官がどのような報告を王宮に上げたかわかりません。この地に逃れたと使者を送ろうものなら、長剣を引っ提げて馬を飛ばして来そうです」
「そうでしょうな。自分の信念をどこまでも貫くのがオリガン家だと聞いております。我王国の外交官もオリガン卿とだけは戦場で会いたくないと言っておるぐらいですからな」
ほっとした表情を隠しきれないようだ。
さすがに父上が来ることはないだろうが、ブリガンディ王国軍が偵察部隊を送ってくる可能性は捨てきれない。
俺の存在を知れば、兄上がやってくるかもしれないが、近衛部隊を預かる身だ。
さすがに来ることはないだろう。
「それでは、失礼いたします。遠路来て頂き本来なら村で歓迎すべきなのでしょうが、生憎と毎日の食事がどうにかできる状況です。早めに森を抜けてください。かなり物騒な森ですから」
席を立って、2人に頭を下げるとナナちゃんを先に歩かせる。
さて、後ろの騎士は動くかな?
「待て!」
声と同時にガシャリと音がした。
振り返った俺のすぐ目の前に騎士が長剣を振りかざして迫ってくる。
とっさに右腕を上げて、手甲で長剣を受け流す。
体が前のめりになった騎士に一歩近づくと、左手で素早く拳銃を抜き横腹に銃弾を放った。
ドォン! と大きな銃声が辺りに響く。
そのまま崩れ落ちた騎士から離れると、長剣を抜こうとしている騎士達に睨みを利かせる。
「さすがはサドリナス王国の騎士ですね。後ろからしか斬りつけられないとは……。それと、その長剣を納めた方が良いですよ。貴族の護衛を任じられたならそれをしっかりと守るべきです」
しぶしぶ長剣を納めたのは、門の上に弓兵と銃兵が並んでいるのを見たからに違いない。
「突然騎士が気がふれたことでしょうから、俺としては今回の事は気にも留めません。オリガン家の次男、分家を名乗る私の言葉です。あまり気にしないでください。それでは、帰路の無事をお祈りします」
再度、椅子に座ったままの貴族に軽く頭を下げた。苦笑いをしているところを見ると、指示を出していたということなんだろう。
ゆっくりと門に向かって歩くと、門に入った途端に背後で門の閉まる重い音がした。
門を閉じれば、早々落とされることはない。
レイニーさんの待つ休憩所に向かうと、座る間もなくお茶が渡された。
カップを持つ俺に、直ぐにレイニーさんが問いかけてくる。
「銃を撃ったようですが?」
「しっかりと斬りつけられましたからね。ほら、どうにか手甲で止まっていますが、中々鋭い斬撃でしたよ」
「革製の手甲で騎士の斬撃を防げるのですか?」
「これは特別製なんです。……ほら、手甲に太い釘が4本収まっているでしょう」
手甲を外して、レイニーさんに見せてあげる。取り出してみると1本の釘に斬撃痕が残っていた。傷跡が深くないのは斜めに当たったことから刃先が滑ったのだろう。
兄上から頂いた拳銃を取り出して、軽くバレルの中を掃除したところで新たなカートリッジを入れておく。
単発だが、確実に作動するのは嬉しい限りだ。
「たぶん、夜襲を仕掛けてくると思います。警戒レベルは『2』で十分ですが、いつでも『3』に移行できるよう準備はしといた方が良いと思います」
「すでに『3』と言える気もします。先ほどの銃声を聞いて、休憩中の部隊長が駆け込んできましたよ」
やる気十分だからなぁ。だが銃弾が心細いから、できれば大人しく王国軍が帰ってくれればありがたい。
「水鉢を見てくるにゃ!」
ナナちゃんは退屈だったみたいだな。稚魚が動いているのを見ていた方がナナちゃんにとっては面白いのかもしれない。
「ここは俺だけで大丈夫だよ。白くなった卵があれば掬い取って捨ててくれないかな?」
「分かったにゃ!」
元気に駆け出して行った。
俺も何度か見に行ったんだが、孵化率はかなり高いようだ。
最初に孵化したことを確認してから5日以上経過している。現時点で孵化していない卵は、孵ることはないんじゃないかな。
「報告します!」
若い兵士が俺達の前に立つと、敬礼をする。
略式の敬礼を座ったままで行なうと、兵士が状況報告を行ってくれた。
どうやら王国の使者達は帰ってくれたらしい。
「ご苦労。部隊の半数を休ませてくれ。このまま帰るとも思えない」
若者がきれいな敬礼をすると、駆け出して行った。
「やはり夜戦ということでしょうか?」
「率いてきた部隊が1個中隊となれば、昼間に総攻撃を掛ければ被害が甚大です。夜戦なら少しはましになると思っているんでしょうが、俺達が獣人族の部隊だとは思っていないんじゃないでしょうか。確かに2個分隊ほど姿を出しましたが、獣人族を一番戦の激しくなる場所に置くのはどの王国も同じでしょう」
ある意味差別なんだよなぁ。同じ人間なんだから命の重さも同じはずだ。王宮の連中は獣人族を消耗部隊だと勘違いしているんじゃないかな。
「獣人族部隊を相手に、人間族の連中がどこまで夜戦を戦えるか……。かつては、そんな戦が幾度となくあったようですが、現場の中隊長がその結果を知っているかどうかで、対応が変わってきます……」
通常の力攻めをするようなら、何も恐れることはない。
面倒なのは陽動を相手が行ってきたときだ。いくら陽動とは言え、対応部隊を派遣する必要がある。
通常の配置を行なった上で、火消し部隊を急行させることになってしまう。
火消部隊は俺の率いる従兵2個分隊だからなぁ。
1個小隊規模で編成が出来ていれば良いのだが、いまさらの話だ。
商人には、行き場を失った獣人族に声を掛けてくれと頼んではいるのだが、秋分の日にやってきた時には一緒に来た家族はいなかった。
上手く隠れることができたのならそれで良い。差別主義を表に出した教義はその内に淘汰されるに違いない。
だがかなりの時間は掛かるだろうな。
獣人差別が無くなったなら、この村を出ていく人達もいるだろう。
その時には各自の自由に任せよう。
レイニーさんの咳払いで、妄想から現実に戻ってきた。
この頃、こんなことがよく起こる。俺の中にもう1人の俺がいる教えられたんだが、同一化したわけでもないようだ。
「失礼しました。ちょっと考え込んでしまったようです。このような形で、南門を攻めてくれればありがたいんですが、南門の前に軍を揃えたところで別動隊を西門に向かわせられると少し厄介ですね」
「南門は陽動部隊ということですか?」
「そうです。西は畑の出入り用ですから、塀というよりは柵に近いですからね。一応森から南門までの道からは森が邪魔で畑も西門も見えないようにしてはあるんですが」
今年の冬に、西を強化しておく必要がありそうだな。
今からでは間に合わないから、王国軍に俺達の村の西の状況が知られると面倒なことになりそうだ。




