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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-038 警戒レベルの導入


 池の傍に作ったログハウスには床板は無く、土を固く叩いただけだ。

 北側に設えたテーブルに桶を並べ、その中に土器で作った深皿を入れた。

雨樋のような木枠から、ちょろちょろと水が流れ落ちて深皿に溜まる。

次に木製の枠の底に布を張った入れ物を取り出し、その上に受精卵を入れて深皿の底に沈めた。

 これなら新鮮な川の水を受精卵が受けることができるだろう。後は孵化を待つばかりだな。


「それで良いのかにゃ?」

「どれぐらいで孵化するか分からないけど1か月はかからないと思うよ。水が常に流れているのを朝晩に見てくれないかな」

「分かったにゃ!」


 俺のすることをじっと見ていたナナちゃんが、元気な声で答えてくれた。

 さすがに冬は火を焚いて凍らないようにしないといけないだろう。ミジンコ達もかなり数が増えてるみたいだから、餌も何とかなりそうだ。

 後は……、餌作りだな。

 幼虫を沢山子供達が集めてくれたのを陰干しにしたから、それを粉にしなければならない。商人が運んできてくれたイワシの干物も使えそうだ。だが海魚だからなぁ、1度塩抜きをしてから加工した方が良いのかもしれない。

 食用ではなく肥料用だと言っていたから、獣人族の連中も食べようとはしないだろう。

 

「レオンの欲しがってたやつだが、これで良いのか? 薬屋が大量に薬草を磨り潰す時に使うんだが?」

「十分です! ありがとうございました」


 工房の親方であるガラハウさんが、困った奴だという顔付で鉄製の道具を渡してくれた。

2つの鉄板を張り合わせて、中央を『V』の形に開いたものだ。これに粉にしたいものを入れて、円盤を貫通するように木の棒が付いたもので磨り潰すことができる。

構造的に、これなら周囲に中身が飛ぶこともないだろう。

 さて、どこで作業をするかが問題だな。

 

 最初は指揮所でやったのだが、匂いが強いということで追い出されてしまった。

 さすがに俺達のログハウスではできないからなぁ。

 外でやったら、風で飛ばされるし……。結局、養魚場に敷物を広げて行うことにした。

 煮干しのような干物を磨り潰しているから、たまにネコ族の連中がログハウスを覗きに来る。干し魚が欲しいのかな? だけどこれは肥料用だと言ってたから、さすがに手渡すことができないんだよなぁ。


 素焼きのツボに粉を詰め込んだところで、今度は木の実を磨り潰す。

 どんぐりのような木の実の殻をむいたものだが、これは粉を纏めるためのつなぎにするためだ。パン用の麦はもったいなくて使えない。

 同じように素焼きのツボにため込むと、今度は木製の練りバチに入れて魚粉と木の実の粉を良く攪拌する。

 確かに臭い……。ある程度混ぜたところで水を加えたからなおさらだ。

 かなり大きな塊になったところで、今度は平たく伸ばす。

 ザルに入れて、外に干した。

 乾いたところで再度細かく砕けば、餌が完成する。


 すっかり体が臭くなってしまった。『クリル』で体と衣服を清浄にしたところで指揮所へと向かう。


「あれから20日は経っています。厳戒態勢に移行すべきでしょうか?」

「まだ早いと思いますよ。やってきたとしても先ずは口上があるはずです。俺達に納得できるなら問題はないですし、無理難題なら戦闘になります。それに偵察部隊もまだ部隊の接近を確認してないでしょう?」


「それは、そうですが……」小さく呟きながら、レイニーさんがお茶を淹れてくれた。

 相変わらずの心配性だ。戦になってしまえば勇敢に戦う人物なんだけど、暇になると心配を始めるんだからなぁ。


「それなら、平常時と戦闘時の間をいくつかの段階に区切ってみたらどうでしょう。

 まったく問題がない状態を警戒レベル『0』として、偵察部隊が武器を持った連中の接近を確認した状態を『1』にします。警戒レベル『2』は砦から敵を確認できる状態。交戦直前は『3』ですね」


「そのレベルに応じて、迎撃態勢を考えれば良いということですか……。少し考えてみましょう」

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               ・

               ・

 数日が過ぎると、指揮所に集まった幹部達に警戒レベルの考え方をレイニーさんが伝える。

 

「警戒レベル『1』の時には、砦外での作業は中断してください。畑作業も中断します。伝令役の少年3人に指揮所で待機してもらいます。部隊配置場所への集合は兵士が対象になりますから、慌てる必要はありません。

 警戒レベル『2』を発令した場合は、農家の皆さんにもそれぞれの場所に集合してもらいます。武装しての待機になります。戦闘に参加できない住民は礼拝所に避難してください。

 警戒レベル『3』は、戦闘準備です。敵の攻撃があり次第、核小隊長の判断での攻撃を許可します。」


「俺達の判断で戦端を開いても良いのですか?」

「警戒レベル『3』の判断は私がします。村が大きいですから、戦闘開始の指示を迅速に出せません。遅れを取ることよりも、その場の判断を優先します」


「そうなると、集合場所の小屋を少しはマシにしておきたいにゃ。それに、礼拝所の建物はあまり大きくないにゃ。避難小屋を作った方が良いかもしれないにゃ」


 ヴァイスさんの話に皆が頷いている。俺もその1人だからなぁ。

 やはり礼拝所だけでは無理があるな。かといって早急に大きなログハウスも立てられない。

 来春までは、簡単な小屋掛けをして、雪が無くなったら大きなログハウスを立てよう。集会所にも使えそうだ。

 村を囲む塀に沿って、何か所かに丸太作りの屋根がある。籠城戦の休息所として使えるが、一番の目的は敵の矢を防ぐことにある。

 2個分隊ほどが入れる屋根だけの代物だが、冬は板囲いぐらいは必要だろう。板では無く粗朶でも良さそうだ。

 中に小さなストーブを置けば少しは寒さも和らぐに違いない。


「あらかじめ、武器を運んでおいてもよろしいでしょうか?」

「それは各部隊の判断に任せるよ。でも、定期的に手入れはしておいてくれよ」


 敵軍を前に、錆だらけの槍を塀から突き出したら良い笑いものだ。

 弓やクロスボウも弦の手入れをしないといけないだろう。軽く油を含んだ布で拭くだけでも、長く持ってくれるんじゃないかな。

 それに小石を積み上げてはいるけど、手に数個持つのは考えものだ。カゴをいくつかあらかじめ用意しておくことも必要だろう。


 あまりこの場で細々と伝えるのも問題がありそうだ。各部隊長のやり方もあるだろうから、困ったときに相談に乗るだけにしておこう。

              ・

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 王国軍の大部隊の接近を偵察部隊が捉えたようだ。

 レイニーさんが、報告を受けると直ちに警戒レベル『1』を告げる。指揮所に待機していた少年達が直ぐに飛び出して行ったから、思わず笑みを浮かべてしまった。

 やはり、警戒レベルの導入は正解だった。

 昔なら、レイニーさんが幹部を集めておろおろしていたに違いない。


「レベル『2』の発令も今日中に出すことになるのでしょうか?」

「向こうの出方次第ですね。偵察隊をいくつか森に放って状況の確認ぐらいはするでしょう。こちらの偵察隊も今夜には全て引き上げてくるはずです」


 明日の偵察は少し遠回りになるが、森の西を迂回して敵情を探ることになるだろう。

 不用意な遭遇戦はしない方が良い。


 パイプにタバコを詰めて、火を点ける。

 敵の使者が来るとしても明日になるはずだ。今日は、のんびりと構えていれば十分だ。


 パタパタと小さな足音が聞こえてくる。これはナナちゃんだな。何か急用でも出来たんだろうか?


「大変にゃ! お皿の中でたくさん動いてるにゃ!」


 ナナちゃんにとっては大事なんだろう。レイニーさんも緊張した顔を俺に向けてくる。

 とりあえず、ナナちゃんの頭を撫でてあげた。


「それが、魚の赤ちゃんなんだ。よく見てごらん。お腹に黄色い袋が付いてるはずだ。……そうだなぁ。5日もすればその袋が目立たなくなるから、次の仕事に入ることになりそうだ」

「あのままで良いのかにゃ?」


 俺が頷くと、指揮所を飛び出して行った。

 黄色い袋を見に行ったのかな?

 問題は、どれぐらい孵化したかだな。あまり多いと、餌が足りなくなってしまいそうだ。


「魚が卵から孵ったということですか?」

「どうやらそうらしい。ナナちゃんが毎日、確認してくれてます。これで俺達が魚を育てられるかを探れますよ」


 ある程度大きくなれば餌はどのようにでもなるんだが、稚魚の餌をどのように確保するかが最大の課題でもある。

 とはいえ、村の連中に食べさせるぐらいの数が水揚げできれば良いんだけどねぇ……。


 夕食が済むと、主だった幹部達が指揮所へと集まってきた。

 現在は警戒レベル『1』だが、明日には『2』になることは間違いないと考えたのだろう。

 黒板を背にして、レイニーさんが村の防衛計画を皆に告げる。

 一度説明してはあるんだが、やはり再確認しておいた方が良いと判断したに違いない。

 レイニーさんの言葉に、皆が頷きながらも、黒板に張った地図から目を離すことがない。


「門を出て戦うことはしません。それだけで数倍の敵を相手にできます。砦の守備をしていた人達は理解できるでしょう?」

「梯子を掛けて登ってきた敵を槍で突けば良いにゃ。簡単にゃ」


「槍を50本余分に作ってあるぞ。子供らにも持たせておいた方が良いかもしれんぞ。遠くからなら人数を多く見せかけられるからのう」

「投石具を使う連中に持たせましょう。接近されたら逃げるしかありませんでしたが、数人で相手に当たれば十分に働けそうです」


 長剣は練習が必要だが、槍は相手に向かって突き出すだけだからなぁ。得物が長いから相手との距離も取れるし敵を前にしての恐怖心も和らぐだろう。

 休憩の仕方や、食事の当番等についても話し合うことになったから、指揮所を出たのは深夜になってしまった。

 さて、明日は使者がやってくるに違いない。

 どんな難題を持ちかけてくるのか、ちょっと楽しみだな。

 最初から自治領を認めることはないだろうが、それが可能なら砂金や銅鉱石の上納に少しは色を付けることも可能だろう。

 さすがに、半分を上納せよとは言わないだろう。三分の一程度が落としどころじゃないかな。

 あまり無理を言うと、商人達の自由な貿易を妨げることになるだろう。

 そうなると、他の王国の商人達に物資の流通を牛耳られることになる。王政の黄昏が早まることだってあり得るからなぁ……。

 

「使者と軍隊が同時に現れるとは考えにくいです。長旅をしてきたはずですから、明日は兵士達に休養を取らせ、その間に俺達と交渉をする考えでしょう。

 明日は警戒レベル『2』になりそうですが、戦になるとは思えません。状況によっては1個小隊を夜間待機にします」


 それぐらいは仕方がないと思ったんだろうな。皆が頷いてくれた。

 小隊毎に長屋住まいをしているから、小隊長が指揮所に残っているだけでも良いはずだ。武装状態で寝ているなら問題はないだろう。


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