E-036 国王の使いがやってきた
夏も終わろうとしている。
畑の作物は葉物が多くなったようだが、冬越しの為の乾燥野菜になるんだろう。
塩漬けにする野菜もあるようだが、塩は貴重だからなぁ。
薄い煙が昇っている小屋は、燻製を作っているのだろう。偵察部隊がたまに鹿を狩っているようだ。
飢えないことも大切だけど、やはり食事は美味しく頂きたい。
材料がいろいろあるから、軍属の小母さん達が腕を振るってくれるだろう。
「まだ、魚は始めないんですか?」
「まだ早いと思うよ。秋分に道具や材料を商人が届けてくれるはずだから、秋分を過ぎてからやってみるよ」
やはり期待されてるんだよなぁ。
ナナちゃんに荷物をまとめて置くように、言っておいた方が良いのかもしれない。
「次の分配ですが、砂金収入がかなりの額になっています。16歳以上は銀貨2枚、子供達には銅貨10枚ということにしたいのですが……」
「エクドラさんと相談しての結果であれば問題ないと思いますよ。でも子供達に一律銅貨10枚というのはさすがに気の毒です。
できれば、7歳未満、10歳未満、16歳未満の3つに区分して銅貨5枚、10枚、20枚とすべきかもしれません。荷物運びや、草刈、鍬で耕す少年もいましたからね」
「ですね……。もう1度調整してみましょう。銅貨もかなりありますから、銀貨を渡しても両替をある程度は出来そうですし、夏至にやってきた商人にも、銅貨を沢山持ってきてくれるように頼みました」
両替料を取らなければ問題はないだろう。それを商売にするわけでは無い。
夏至にやってきた行商人が、お釣りに困っていたようだからな。
少なくとも、秋分の日にはそれを無くしたいところだ。
いつものように指揮所でパイプを楽しみながら、ナナちゃんから村の様子を聞いている時だった。
誰かが走ってくる音が聞こえたかと思ったら、乱暴に扉が開かれる。
息を整えて、報告をしてくれたのだが……。
「立派な馬車だと!」
「前後に騎兵が3騎ずつ。その後ろに槍兵と弓兵がともに2個分隊というところです」
想定よりも多いな。
人数の多さは身分ということだろう。かなり上の人物が来てくれたようだ。
「客用の小屋の周囲に、計画通りの兵士を配置。俺の部隊で対応するから、合図するまでは姿を見せないようにしてくれよ」
木小屋や倉庫に見せかけた小屋を作ってあるから、そこに隠れているなら問題はないはずだ。ちょっと窮屈だろうが、多分明日には帰ってくれるに違いない。
「小屋に泊めるには少し人数が多いな。南門の広場の片隅にテントを作ることになりそうだ。3つほど作っておいてくれないか?」
「了解です。それでは、ご一緒願います」
「ナナちゃん。エニルさんを見付けて、部隊を南門の広場に整列させといてくれ。レイニーさんはこの場にいてください。誰かにワインを準備させておいてくれれば、問題はないでしょう」
ナナちゃんが駆け出して行ったから、これでどうにかなったかな?
レイニーさんに後を任せて、今日の監視当番であるエルドさんと一緒に、南門へと急ぐ。
バックスキンの上下に、背中の長剣。
俺の格好はレンジャーのような姿だが、ここは王宮ではないからね。
これで十分なはずだ。
再び扉が開かれ、兵士が犬族の兵士が駆け込んできた。
「報告します。サドリナス王国、バルドン侯爵殿、第二軍団第一大隊第一中隊長ヨーハム殿の一行です。兵士の数は1個小隊です。国王の命により確認に来たとのことです」
「ご苦労様。来訪を歓迎すると伝えて欲しい。兵士達には門の広場にテントを張ってあると伝えてくれ。使者殿と、護衛の隊長にはログハウスになることをあらかじめ伝えたところで、指揮所に案内してくれないかな。護衛は5人までだとも伝えて欲しい」
兵士が去る姿を見たレイニーさんが、俺に顔を向ける。
「出迎えずともよろしいのですか?」
「とりあえずは様子見で良いでしょう。向こうの言い分も聞いておかないと大軍を差し向けてこないとも限りません。指揮所で顔を合わせるぐらいがちょうど良いかと……。一応、伏兵を配置していますし、銃兵を儀仗兵代わりに立てていますから」
心配そうな顔をたまに俺に向けてくるんだけど、隣で笑みを浮かべているだけで十分だ。
とはいえ、最初の挨拶はしてほしいな。後は俺に任せて貰えば良い。
しばらく待っていると、扉をたたく音がした。
一呼吸おいて扉が開かれると、本日の南門警備を担当するエルドさんが一歩室内に足を踏み入れたところで、侯爵の名と中隊長の名を告げた。
最初に入ってきた上等の服を着ている人物が侯爵ということなんだろう。年齢は父上と同年配だな。従者を2人連れている。
その後に入ってきチェーンメイルの人物が中隊長なんだろう。小隊長でも良いのだろうがあえて中隊長が同行したというのは森に1個小隊ほどを隠しているのかもしれないな。それとも侯爵と同年代に見えるから、幼馴染ということかもしれない。俺より少し年上の副官を連れている。その後ろの兵士3人は一般兵だ。さすがに槍は持たないが長剣を下げている。
「ようこそいらっしゃいました。我等は隣国の元兵士と開拓民です。王国内の獣人族迫害からここに逃れてきました。どうぞお掛けください。すぐに飲み物がやってくるはずです」
レイニーさんの言葉に侯爵と中隊長が顔合わせて小さく頷いた。
すぐに座ってくれたが、兵士3人は扉の近くの壁に下がった。
護衛に徹するということなんだろう。
「だいぶ奥地に村を作りましたな。商人からこの村の話を聞き、我等がやってきた次第です。
国王陛下も、奥地に村を作ることを気にする始末。それで我等がやってきた次第」
やはりこの土地は王国のものだと言いたいようだな。
さて、どのような交渉になるんだろう?
ネコ族の兵士がワインの入ったカップをトレイに乗せて、やってきた。
テーブル席だけでなく、壁際の3人にも配っている。それほどの量ではないから、酔うことはないだろう。
「どうぞお飲みください。長旅で疲れているでしょうが、早めに互いの合意点を探したいと思います。交渉は、私の副官であるオリガン準爵が辺りますのでご了解ください」
オリガンの名を聞いて軍人が俺に視線を向けた。
オリガン家の名を知っているということか。武名が周辺王国にまで知られているなら交渉はし易いかもしれない。
「あのオリガン家の出身であると?」
「家名は兄上が継ぎますから、俺は分家ということになります。そのオリガン家ですよ」
中隊長は苦笑いを浮かべているが、侯爵の方は首を傾げている。文官貴族ということなんだろう。隣国の軍事には詳しくはないのかもしれないな。
「大規模な鉱脈が見つかったとなれば、国庫に納めることが必要です。隣国からの逃亡者であっても、罪が無ければ我が王国は特に問題視することはありませんよ。
貴方達が王国内で暮らす以上、王国の法律は守ってもらいます。それを守る限り、王国は貴方達のここでの暮らしを保証することになるでしょう」
やはりそういう理屈で来たか……。
「なるほど、王国内の鉱山は王国が管理するという法律ですか……。となると、そこで働く者達の報酬はどれほどの額になるのでしょう?」
「働き次第ということですな。王国の徴税官がその鉱山の採掘量を判定し、鉱山労働者に賃金を支払います。過酷な労働でしょうから、王国内の住民の給与の2倍にはなるでしょう」
採掘量の3割程度なら目を瞑ろうとしたが、根こそぎ持ち去るつもりのようだ。
この村の位置が、近くの村から5日以上掛かるらしいからな。生活費は2倍以上かかるんじゃないか?
それを考えると利点が1つもない。
「隣国の砦よりも、この村は北にあります。最初に作ったのは村を取り巻く塀でしたからね。砦では年に何回か大隊規模の魔族の襲撃を受けていますが、この村にどれほどの兵士を派遣して頂けるのですか?」
「中隊規模を想定していますが……、足りないでしょうか?」
「失礼ですが、魔族と戦ったことはありますか? 俺達が元いた砦でさえ、3個中隊を用意していましたよ。それだけの兵士を擁していても、かなりの死傷者が襲撃を受けるたびに出る始末です。
辺境の砦で3年暮らせるなら、軍の中でもそれなりの地位に就けるとまで言われていたのですが……」
「かなり大きな村だ。2個中隊は駐屯できるだろう。それに鉱夫達も武器を持たせることは出きよう。およそ1個大隊になると思うが?」
美味そうにワインを飲んでいるな。いつもより良いワインを出したのかな?
パイプにタバコを詰めて、魔法の箱で火を点ける。
かなり交渉が長引きそうだな……。
「村への駐屯は問題外ですね。俺達は軍を止めたも同然ですから、ある意味村人です。俺達を守れる場所に砦を作り、俺達に被害が出ぬようにするのが王国ではないんですか?」
「魔族が襲ってきたのなら援軍をいくらでも送りますよ」
「近くの村まで7日の距離です。のんびりやって来るような軍隊では問題外ですね。それなら、俺達で傭兵を雇う方が効果的です。かなりの量の金が取れますから、中隊規模で雇えるでしょう」
「王国に居を構えて、王国に従わぬということか?」
「それが一番の疑問です。ここは王国内なんですか? 北の守りを万全にするために国境近くには当然警備隊がいるはずですが、1年近く住んでいるにも関わらず、俺達の周囲に姿を現さないというのもおかしな話ですね」
痛いところを突かれたようで、侯爵殿の顔が少し赤くなった。
中隊長は、俺を値踏みするようにじっと顔を向けているが、大きなテーブルだからねぇ。その場で立ち上がって俺に斬りかかろうとしても、簡単に逃げられそうだ。
「確かに北には軍を向けてはいませんでしたね……。北の尾根までを我が国の領土と考えていましたからな。だが、これは隣国も同じではありませんか?」
「東西はそれぞれの王国と調整して得国境を決めているのは知っていますよ。ですが、北に関しては魔族との戦でいまだに確定しているわけではありません。
そのため、北に3つの砦を築いて砦の南に領民を住まわせているのです。
しかし、開拓民でさえ砦から2日南に下がった位置での開拓ですからね。一応、3つの砦を結んだ線が国境と言えるのでしょう。
その理屈を南の王国に用いると、俺達は魔族の勢力下に村を作ったことになります。これでは王国を頼るのも問題が出てくると思いますが?」
南の王国の一番北にある砦は、砦というより徴募兵の訓練所という色合いが強いらしい。
その砦の位置を東西に伸ばしてもこの村から遥か南の位置らしい。一番近い村がその線に掛かっているかどうかというんだから、北の守りがお寒いこと甚だしい限りだ。
「我等と魔族の国境は北にそびえる尾根という理解でいる。たとえ、遥か南に砦があったとしても、魔族の襲撃は尾根が低くなった西で発生している。尾根の北東部ではこれまでなかったことだ」
やはり東の大河の存在が大きいようだ。上手く魔族の侵略から防いでいてくれていたに違いない。
だが、これからはどうなるだろう?
少なくとも俺達が最初に暮らしていた砦は無くなってしまった。
かなり魔族が南下を始めているはずだ。そうなると、滝の裏手の道の存在が知られてしまうのは時間の問題だろう。
魔族にとっても、この村の存在はかなり厄介になるだろうな。
「たぶん、今後は変わるだろうと思いますよ。東の川を簡単に超えられる道を見付けましたからね。魔族は川沿いに南下していくでしょう。そうなると、魔族の背後を取れる位置にあるこの村の存在は無視できないということになります」
「抜け道があるだと! しかも魔族の南下……」
「案外北の尾根にも、魔族の部隊を移動することができる道があるかもしれませんね。だいぶ大らかな王国だと、商人から話を聞いて驚いたものです」
「ならば、なおのこと村に兵を駐屯すべきではありませんか?」
「俺達を酷使するための軍を……、ですか? 俺達の村なら自分達でいかようにも守れますよ。防衛戦に特化しますからね。魔族が目の前を南下しても、村を襲わなければ手を出すようなことはしません。
魔族を相手に戦うというのは、命がけですよ! それは中隊長であるなら知っていることだと思いますが?」
中隊長は口を閉ざしたままだ。沈黙は肯定ということだろうな。本人が魔族相手に戦ったことは無くとも、魔族相手の戦がどれだけ過酷な戦になるかを知ってはいるようだ。
「我が王国に棲んでいても王国の危機に対処できないと?」
「それは王国の持つ軍の仕事でしょう? 俺達は軍を抜けた開拓民ですよ。自衛に武器を持つことがあっても、それを積極的に他に向けるようでは軍の立場が無くなるでしょうし、場合によっては軍による鎮圧を受けないとも限りません」
「その言葉を、王宮に報告することになりますが?」
「どうぞ偽りなくお願いします。とはいえ、攻めるなら中隊規模で来るようなことはしないでください。穴掘りが大変ですからね。
それと、俺達の監視網を侮らないように……。森を焼こう、畑を焼こうというなら、俺達もそれなりの反撃を行いますよ。広範囲にね」
「それほど兵士はいないだろうに?」
「魔族の戦い方で相手をしますよ。魔族の斥候にはだいぶ手を焼きましたからね。その時には、魔族相手の戦の練習ができるでしょうから、軍の訓練にもなるでしょう。徴税官は困ることになるでしょうけど……」
「困りましたなぁ……。我等は穏便にこの村を保護しようとしていたのですが」
「困ることはないでしょう。王国の両替所は利用させてもらいますから、金や銅鉱石の買い取り差額は国庫に納められるはずです。3割は暴利に思えますが、それぐらいなら俺達の暮らしに大きな問題はありませんし、それに、金は砂金ですよ。それほど長く取れるとも思えません」
「すでにこの村の役所を任命しておるぐらいです。砂金が取れるなら、近くに金鉱もあるでしょう。軍を使って、貴方達を排除するのはたやすいことですよ」
「それはやってみないと分からないですね。果たしてどれだけ軍が損耗するかもう1度考えた方がよろしいかと。
はっきりと言っておくが、俺達は敗残兵ではない。魔族と戦ってきた第一線の兵士だ。戦に慣れた俺達を相手にどこまでやれるかを南の王国が知る良い機会だろう。俺達を簡単にねじ伏せることができないようなら、北の尾根を越える魔族がいないことを神に日々祈ることだね」
「交渉は決裂ですか……。このまま無事に帰して貰えるのでしょうな?」
「王国の使者であるなら、それなりの対応が必要でしょう。この前、わけの分からんことを言いに来た男爵がいたが、矢を射かけてきたので撃退しました。攻撃してこない限り、迎撃はしない。これが答えになります」
「それを聞いて安心しました。王宮で会議が行われるでしょう。その結果を持って再び来ることになると思います」
「事前に触れを出してくれるとありがたいですね。それと、村を見て分かったでしょうが余分な家はありません。商人用に小屋を3つ建ててありますから、宿泊は、それで我慢して頂きたい」
「雨露が凌げるだけでも十分です。それでは、これで失礼いたします」
侯爵が席を立ったところで俺達も席を立つ。互いに軽く頭を下げて、侯爵達は指揮所を出て行った。
これで、実家が知ることになるんだろうな。父上が、さぞかし驚くに違いない。




