E-331 神と法の下では誰もが平等であるべきだ
封建社会の悪癖を是正するために、エクドラル王国も苦慮しているようだ。
それにしても、家に課せられた役職に見合う能力が当家の男子に無い場合は婿取りまで考えるとはねぇ……。少しやり過ぎにも思えるが、それで王国の腐敗を防止してきたのだろう。
となると……、それは王家にも及ぶ可能性がありそうだ。
王子様は第2王子だけど、第一王子の功績をいつも考えているようだから、やはり能力主義は王族にも及ぶのかもしれない。王族と言えども苦労が絶えないようだ。
俺達マーベル共和国のような統治体制ならばそんな問題はないんだけどね。
「苦労していますね。国王陛下の心中お察しいたします」
「かつてのサドリナス王国やブリガンディ王国ではそのようなことは無かったようだな。長子継承を重視していたようだ。おかげで国政の停滞が顕著であったことも確かであった」
停滞というより腐敗だろうな。貴族達が役柄に応じた権益を少しでも多くしようと宮殿内での権力闘争に明け暮れていたはずだ。
マーベル共和国の権益さえ狙ってきたぐらいだからね。
軍も同じような経緯を辿っていたのだろう。俺達に倍する戦力でやって来たがあっさりと敗れたぐらいだ。
指揮官まで貴族が代々継承していたんだろうな。さすがに下士官はそうではなかったかもしれないが、能力のない士官に率いられた軍隊はあまり役立たないと思うんだけどなぁ。
「教育を受けた人物が、自らの地位を他者と比べて考える事態が一番の問題になるでしょうね。神殿では過去に多くの事例があります」
「宗教改革ですか! 神殿の状況を憂いて本来の宗教活動に立ち返るなら拍手したいところではありますが……」
「そうではない、ということかい? 私には定期的に行われた方が良いように思えるんだが」
エミールさんと俺の話に、王子様が疑問を投げかけた。
俺は苦笑い状態だし、エミールさんは目を閉じて頷いている。
「教義の解釈を戻すなら立派な宗教改革になるでしょう。でも彼らが行ったのは神殿内の権力闘争でした。さすがに表立っての闘争では宮殿の介入に発展しかねませんが、2度ほど宮殿を巻き込んだ闘争が行われたようです」
「教えられるままに信じるのではなく、経典を自ら解釈して現状を見ることができた。現状見て行動を起こしたわけだろうが……、是正ではなく、それを利用して自らの地位を高めようとしたわけだ」
「権力闘争に勝てば神殿の重鎮に納まりますし、敗れれば良くて辺境の修道院送り、悪ければ異端者として火刑に処せられたようです」
神殿も黒い歴史があるということだな。
それはとりあえず脇に置いておこう。例にはなるけどね。
「神殿内でさえ、そのような事態が起こるのです。王国民に貴族と同じ教育を行えば、その結果は見えているのではありませんか?」
「革命……。王制の排除に繋がるでしょうね。表面化すれば一気に国力が低下しますし、革命が成功したとしても、やはり新たな王制ができると思いますよ。教育を受けた人間が王国の矛盾に気付くのにそれほど時間は掛からないでしょう。ところで王国の一番の矛盾点は何かご存じですか?」
俺の問いに王子様達が首を捻って考えている。エミールさんが苦笑いを浮かべているのは、やはり知っているということなんだろうな。
「それなりに体制が整っているように思えるのだが、エクドラル王国の統治に矛盾点があるのかい?」
「全く違った国政をしている俺にははっきりと分かるんですが、エミールさんも神殿の立場から見て直ぐに気が付いたようです。その中で暮らしているから分からないんでしょうね」
俺の言葉に、王子様がエミールさんに顔を向ける。
仕方がないという表情で、エミールさんが口を開いた。
「身分制度です。なぜに貧民、住民、貴族、王族を区別するのか……。本来人間は平等です。神殿も神の前には皆が平等であると説いているぐらいですから。その階級制度が度を越えた状況であるなら……」
「是正しようと動くものが出る、ということだね。なるほど……。そんな考えを持つことを厳しく取り締まることも出来ないだろうね。声に出し、武器を持つなら話は別なんだが……。取り締まるにしても、その根拠が問題になりそうだ。王制を否定するなら反逆罪として裁くことができそうだけど、それが正しいとも限らないということになるのかな?」
「不敬罪になるかもしれませんが、あえて言わせて頂きたいことがあるのですが?」
俺の言葉に、王子様が「ここだけの話として聞くことにするよ。罪には問わない」と言ってくれた。
それならはっきり言おう。
「初代国王は、どのようにして建国したのでしょう? エクドラル領が全くの荒れ地とは思えませんし、かつては別の王国があった推測する次第。となれば初代国王は他の王国から攻め入ったのか。もしくはかつての王国内で反旗を翻したかのどちらかになると思うのですが?」
王子様厳しい目で俺を見ている。グラムさんも同じだな。デオーラさんは驚いた表情で大きく目を見開いたままだ。
「後者だよ。なるほどね……。そういうことになるわけだ。これは国王陛下ともじっくりと考えねばならない。グラム殿、エミール殿も先ほどのレオン殿の問いは聞かなかったことにして欲しい。だけど……、やはりレオン殿の見識は私には必要に思えるね。将来は領地が近いことに感謝したい」
「王国の安定の為には、身分制度が必要ということでしょうか?」
「それを否定すると誰もが国王に成れてしまう。現状の身分制度を変えることは難しいだろうね。だけどその制度の範囲をどこまで広げるかが問題だと思う。貴族が住民を殺した場合と住民が貴族を殺した場合に罪の軽重があるなら、教育を受けた王国民なら問題視するはずだからね。神と法の下に平等であるなら、それほど問題は起こらないんじゃないかな」
「それは既得権益を否定しませんか?」
「そんな権益はないはずだ。貴族に託しているのは王国の統治に関わる事項であり、貴族を保護するような権益は存在しない。……待てよ、となると裁判官による忖度があるということになるのかな? これは記録を調べる必要がありそうだね」
裁く人間により変わるということか。それも問題だな。ある意味仲間意識が働くのかもしれないが、それは身分制度を増長させてしまう一番の問題に違いない。
「こんな機会でないと、自分達の王国の統治を考えるようなことは無いからね。今回はいろいろと勉強させて貰ったよ。宿題もあるようだし、宮殿に向かうまでには自分なりの回答を作ってみるつもりだ。ところで、レオン殿に1つお願いがあるんだけど……。1度エクドラル王国の宮殿を訪問してくれるとありがたいんだけどねぇ」
思わず、自分の顔を指差してしまった?
旧サドリナス王国の王都である政庁市なら半月でマーベル共和国に戻れるけど、さすがにエクドラル王国の王都ともなれば1か月は必要だろう。
魔族の脅威が高い状況下で1か月ほど留守にするのは、さすがに問題だろうな。
「王子殿下は夏至に向かうそうですが、さすがにその時期に同行するのは困難かと思います。魔族の侵入点は北の山脈にあるのが分かっていますから、侵入点が雪に閉ざされる時期なら何とかなるかと」
ちょっとがっかりした表情を見せていたけど、最後の言葉に笑みが零れる。
「冬なら可能ということだね。それで十分だ。父王陛下に良い土産話ができるよ。そうなると……、今年の図上演習は戻ってきてからということになりそうだね」
「それで十分でしょう。今年の課題は帰還時に国王陛下より下されるはずです」
図上演習の課題は国王が出すことになっているのか……。本国軍と旧サドリナス領への派遣軍とで結果を比較しようというのかな?
国王のちょっとした楽しみなのかもしれないが、自国の軍の作戦能力を確認したいというのが本音かもしれないな。
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昼食を取りながら雑談に花が咲く。
王女様達は、次のステンドグラスをどの神殿に設けるかを話し合っているし、俺達は弓とクロスボウの部隊編成が話題だ。
やはりクロスボウ部隊は使い方が難しいらしい。
「砦に籠って防衛戦を行うなら、かなり有効だ。だが、弓と異なり発射間隔が長いこと、それと射程が短い。広い戦場では、それが一番の問題と言えるだろう」
「矢とボルトの飛跡を考えてもそれが良く分かります。矢の雨は1度見れば誰もが理解できますが、ボルトの雨という話は聞いたことがありません。でも、銃の弾丸はクロスボウの飛跡と似ているのではありませんか? マーベル国がクロスボウ兵より銃兵を多く作ろうとする理由が分かりかねます」
確かに、他の国から見れば不自然に違いない。
できれば弓兵を全員銃兵にしたいところなんだが……。
「一番の理由は、有効射程ですかね。弓なら80ユーデは確実ですが、クロスボウの有効射程は50ユーデ程ですし、次のボルトを発射するまでに矢を2回は放てるでしょう。確かに弓の方が便利に使えます。
では銃は? ということですが、有効射程は100ユーデを越えます。とはいえ次弾発射までの時間はクロスボウよりも長い。弾丸装填時間が一番の問題だったのですが、これをクロスボウ並みに短くできたことから、より遠くの敵を倒せる銃兵を増員しました」
「銃は狙った場所に当たらないと皆が同じことを言っているのだが、それは解決されたのか?」
「銃身を長くすること、狙いを付けやすくするための照星と照門を銃身に設けたこと、さらには銃の保持方法を工夫することだかなり改善できました」
ライフルリングと後装式、それに銃弾の工夫については秘密にしておこう。
俺が話したことだけでも、かなり命中精度を上げられたからね。
「なるほど……与えられた兵器を使いやすくするのは工夫次第ということかな? ブリガンディ王国の財宝の三分の一を頂いたから、我等の軍にも銃兵を作ろうと考えているのだ。とはいえ、このような銃を使ってどのように敵に臨めば良いのか」
グラムさんが取り出したのは、前装式の拳銃だった。
士官用として販売されているものだから、結構凝った造りをしている。
とはいえ拳銃ではねぇ……。
「少なくとも銃身の長さは半ユーデ以上必要ですよ。長ければそれだけ狙った場所近くに着弾します。それと、片手で狙おうなんて考えないことです。両手でしっかりと保持して狙えば銃身がブレませんからね。そうですね……、こんな形になれば理想的です。この銃はこの絵のここだけを使った形になりますね」
バッグからメモ帳を取り出して、簡単な絵を描く。
銃身を長くしてストックを伸ばし肩でも保持できるようにする。描いた銃に拳銃の形を上書きして、改造箇所を明確にしてみた。
「ほう……。マーベル国の銃だな。見たことがあるぞ。なるほど……、このように改造していたのか。そういえば銃身の先端に短剣を装着できる工夫もあったな?」
「発射間隔どうしても長いですから、白兵戦時にも役立つようにとの工夫です。半ユーデ程の短剣を付ければ、短槍としても使えます」
後は用兵次第だろう。
3段打ちを教えようかな? そうなるとある程度の数の銃兵が必要になってしまうんだが、エクドラル王国の戦力ならそれぐらいは出せそうだ。




