E-033 村に商人がやってきた
何が彼らを動かすのか……。
魚を食べたいってことなんだろうけど、それにしてもなぁ……。
10日も掛からずに、直径10ユーデほどの池が2つと15ユーデほどの池が1つ。その傍にはログハウスまでが作られてしまった。
さすがに、水を引く水路までは間に合わなかったようだけど、ログハウスの中と3つの池に個別に給水できるように現在工事が進行中だ。
排水路は水車の排水路と合流させたようだな。
これで、『できませんでした!』なんて言ったら、この村を追い出されそうだ。
「あれで、何とかなりますか?」
「後は、池の水が漏れないようにすれば良いだけです。とりあえず秋には始められるでしょう。失敗しても追い出さないでくださいよ」
「そんなことはしませんが……」
語尾がもにょもにょして良く聞こえなかったけど、酷いことを考えてるんじゃないかな?
不穏な空気を感じたら、ナナちゃんを連れて夜逃げすれば良いのかもしれない。
「だいぶ木々が芽吹いてきましたが、あの落ち葉の肥料は今のままで良いのですか?」
「1年は寝かせたいですね。隣に今年の分を作りますから、来春には畑に撒けると思いますよ」
今年の収穫はあまり期待できそうもない。
一応、切り開いた畑には使えそうもない小枝や葉を焼いて作った灰を鋤き込んではいるんだが、腐葉土ほどの養分は無いだろう。
最初だからと、豆やジャガイモを撒いたようだ。
ライムギを撒くのは、数年は掛かりそうだな。
「開拓は長く掛かるんですね」
「ああ、だからこそ獣人族の開拓地を取り上げて入植したってことなんでしょう。苦労せずに農業を始められるんだから、人間族の連中は喜んでいるでしょうね」
その原因を作ったのは人間至上主義の教義なんだから、神殿の連中はろくでなしが揃っているに違いない。
単に追い出すならまだしも、殺戮したというんだからなぁ。救いようがない連中としか言いようがない。
まだこの国では、そんな宗教解釈が行われていないようだが、信仰は意外と広まるのが速いと聞いたことがある。
それまでには、何とか自立したいものだ。
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新緑が辺りを包む季節になると、野菜が育ち始める。
乾燥野菜と山菜ばかりのスープに新鮮な野菜が入るまでには、もう2か月ほど掛かりそうだ。
雨があまり降らないから、兵士達が桶で水を運んで掛けている。
畑の傍にも小さな小川を作りたいところだ。
これは、来年の課題になりそうだな。
夏至が近づくころには、村を囲む塀をどうにか完成させることができた。
後はゆっくりと丸太塀の外側に石を積んでいけば良い。
「何とか形になりましたね。夏至には商人がやってくるんでしょう?」
「約束ではそうなってるんですけど、果たして来てくれるかなぁ? 砂金と黄銅鉱は商人にとっては魅力的だと思うんですが、少し奥地ですからね。来てくれない時には、こっちから運んでいくことになりますが……、それは秋分の日を過ぎてからでも良さそうです」
今年の冬越しの食料を確保することが最大の課題だ。
商人を新たに探すことになるんだろうな。その時は砂金で食料を手に入れよう。さすがに黄銅鉱の運びだしは骨が折れるに違いない。
夏至を10日後に控えたところで、朝食を終えた連中が指揮所に集まってきた。
俺達の換金物の確認と、次の秋分の日に買い込む品を調整しなければならない。
集めた砂金はかなりの量になるが、一度にすべてを換金するのも問題だろう。村人への現金支給用と共同購入品を考えて、小袋1つ(150g)を使うことにした。場合によっては2袋になるかもしれないな。
「黄銅鉱は、砂金からすればかなり値が下がるが、鉄が欲しいのう。それと錫も必要じゃ」
「1袋(30kg)程度で十分ですか? 残りは武器の補充に充てたいんですが」
「鉄は2倍必要じゃろう。農具を作らねばならんからの」
「了解です。クロスボウのボルトも、もう少し数を揃えたいところです」
エクドラさんが頷いてくれたから、これで黄銅鉱の取引は問題なさそうだ。
「できれば塩がたくさん欲しいのですが。冬用の保存食はどうしても塩漬けになります」
「そのほかの調味料も揃えた方が良いでしょう」
その辺りは分量が問題だな。言い値を記録しておき、後で消費量と突き合わせてみよう。案外どんぶり勘定に思えてならないんだよなぁ。
「冬に作った木工品や編み物は、各自の収入ということで良いですね?」
ちょっと悩んだけど、さすがに税を取るような金額にはならないだろう。
レイニーさんに顔を向けると、小さく頷いて「そうしてください」と答えてくれた。
後は各自の衣服や寝具だな。
軍用毛布を使って冬越ししたけど、できれば各自にもう1枚支給したいところだ。
「薬草を用意して頂けないでしょうか? 森で採取していますが、この森で全て賄えるわけではありません」
「種類と、量のメモを作ってくれませんか。この冬に熱を出した子供もいるようですから、傷薬だけということも出来ません」
エクドラさんが頷いている。外に、誰か欲しいものがあるのかな?
特に意見も無いようなので、しばらくはお茶を飲みながらの雑談を楽しむ。
村を少し大きく作りすぎたかな? 食堂で合わないと、その日1日姿を見ないときもあるからね。
「村に金があるとなれば、行商の連中も来るかもしれんな」
「お仕着せの服と靴は渡しましたが、軍用ですからねぇ。普段はそれで良いとしても、5日に1日の休みは、彩が欲しいと思いますよ」
小さい子や娘さんもいるからなぁ。ナナちゃんも服がいくつかあるんだけど、いまだに丈の長い革のベストを着ている。
「行商人の品揃えは、商人の手腕が試されるとも聞きました。商人も評判の良い行商人なら喜んで店に迎えるそうですよ。荷車にたくさん積んでくるはずです」
「1台とは、限らないんじゃないか?」
そんな話で盛り上がるんだから、ここは平和だなぁ。
いつの間にか、お茶がワインに変わっている。にぎやかだと思ったんだが、そういうことだったか……。
夏至の当日と翌日は仕事を休む。
周辺監視をしている連中には気の毒だが、3時間交代での村の周辺監視だから行商人の店を覗くことぐらいはできるだろう。
指揮所で商人の到着を待っていると、昼過ぎに伝令が走り込んできた。
「やってきました。荷車が8台です。武装した護衛が1個分隊ほどいるようです」
「了解だ。銃兵1個分隊で警戒してくれ。レンジャーだと思うが、それなりに腕は立つはずだからね」
指揮所を出ていく伝令の姿を眺めていたレイニーさんが口を開く。
「そこまで、警戒するんですか?」
「用心は必要ですよ。レイニーさんも帯剣して、拳銃は持っていて欲しいですね」
とは言ったけど、多分何事もないはずだ。レンジャーはそこまで無謀ではないだろう。
中隊規模の軍隊を無力化するには、最低でも2個小隊以上が必要だ。
「護衛の報酬は、俺達で出したいと思うんですが?」
「商人達の必要経費ということですか」
笑みを浮かべて頷いてくれたから、後で清算すれば良いだろう。
余分な経費を商人達に負担させると、儲けがかなり減ってしまうだろう。
「たぶん会談を望んでくるはずです。その時は同席してもらいますよ」
「売り買いの話ではないのですか?」
「それは、交渉担当にお願いします。多分、あの砂金と銅鉱石について、王国から何らかの話を受けているはずです」
換金差額ぐらいで満足してくれれば良いのだが、量が多いとなると、それに目がくらむ輩が必ず現れるんだよなぁ。
どんな連中がやってくるかぐらいは、教えてくれるだろう。
ナナちゃんはヴァイスさんと一緒に、行商人の荷馬車を見に行っているんだろう。
欲しいものがあれば良いんだけどね。
レイニーさんと一緒に指揮所で待っていると、エクドラさんが、顔見知りの商人2人と、武装した壮年の男性2人を連れてきた。
久しぶりの顔を見て、長旅の労を先ずは労う。
「お久しぶりですね。長旅ご苦労様でした。先ずはお座りください」
皆が席に着いたのを見計らって、ネコ族のお姉さんがワインのカップをそれぞれの前に置いてくれた。
長話になりそうな予感がするな。さて、何から話をしようか……。
「道に迷わずに来れたのは、道標の杭がきちんと打たれていたからです。道は悪いと思っていたのですが、削ったり埋めたりした跡が見受けられました。ご配慮いただき感謝いたします」
「ある程度道を作っておかないと、2度と来てくれないだろうということで、何とか荷車が通れるようにしたんです。あまり道を作りたくは無かったんですが、道が無ければ世捨て人の集まりですからね」
「春分の日に頼まれた物をお持ちしました。村の規模が300人を超えていることを商人仲間に教えると、ぜひ同行したいと行商人が2組同行しています」
「行商人はありがたいですね。とはいえ荷馬車で運べるだけの品でしょうから、俺達の希望を聞いて次に繋げてくれると助かります。
村全体の商いは今まで通り、エクドラさんと続けたいですが、個人の買い物は行商人とすれば、上手く調整できるでしょう」
「元よりそのつもりです。先ずはこれをお渡ししておきます」
行商人の隣に座った男がバッグから取り出したのは、かなり膨らんだ革袋だった。
「銅鉱石の売値で、十分に今回の品の代金は回収できました。砂金については王国の通貨交換比率をそのまま使うことができました。
交換時の金額の3割が税として徴収されましたから、その残りをお持ちしました。金貨6枚に銀貨が56枚。この内、金貨3枚を銀貨にし、金貨1枚を銅貨にしました。
さすがに行商人の買い物となれば、銀貨はあまり使わないでしょうから」
3つの袋は銀貨が1袋、銅貨が2袋らしい。テーブルに新たに2枚の金貨が置かれた。
「そちらの取り分が無いように思えますが?」
「銅鉱石の残金が銀貨26枚。それで十分です。おかげでハンターを2組雇うことも出来ました。私共の往復の護衛で1パーティ銀貨12枚。今回は、2組を雇うことができました」
黄銅鉱の値段もそれなりらしい。
金貨1枚近くになったようだ。
「サソリナス王国のレンジャー、『ジグラッド』を率いるグラッドだ。隣は『ヘーゼル』のオビール。ともに黒の5つだが、危険な獣はいなかったから温い旅だったな。魔族の襲撃も予想していたんだが」
「ご苦労様でした。ここに村を作るぐらいですから、魔族はやってきても偵察部隊でしょう。東はそうではありませんけどね。北の峰が天然の要害になっているようです」
苦笑いしているから、ある程度知っていたに違いない。報酬は食事込みで銀貨12枚だからなぁ。レンジャーの受ける依頼としては、いわゆる美味しい依頼ということになるのだろう。
「護衛依頼の料金は俺達が出しますよ。いろいろと世話になっているのに、うま味が無いのでは気の毒です」
「砂金と、銅鉱石の値段が分かりましたから、重さでそれぞれ買い込むことにします。依頼料の方はよろしくお願いいたします」
やはり出費が大きいということなんだろう。
その辺りは交換金額の値を基に調整すれば良い。
「1つ、気になることが……。この国の東西の国境は決まっていますし、南は海ですから問題は無いのですが、北については確定しておりません。
鉱石の交換所に砂金を持って行ったところ、出所を問われましてこの村の存在を教えました。その後で王宮の役所より村の位置を問われました。おおよその位置を教えましたので、その内にやってくると思います。王国からの使者が来るはずです。でもその前に……」
小さく頷いた。
利権に目が眩んだ貴族が来る、ということに違いない。
力づくで奪うつもりだろうから、町のゴロツキを雇うぐらいはしてくるだろうな。
だけどこっちは元正規軍だ。勝負になるとは思えないんだけどなぁ。
「力づくなら、力づくで追い返すことになるが、王宮からの使者は、それなりに話が出来る人物なんだろうか?」
「なんとも言えませんな。護衛の兵士は同行してくるでしょうが、それほど多いとも思えません」
高圧的に出てくるようなら追い返せば良いだけだ。
商人達に取引停止を命じるようであれば、さらに西の王国に売れば良いだけの事。
それぐらいに考えておけば、交渉を有利に進められるだろう。




