E-030 防衛力を上げるには
その晩は焚火を囲んで酒を酌み交わし、翌日荷物を積みかえて南北に荷馬車の列が離れていく。
砂金のおかげで、夏至に商人の方から村に来てくれることになった。
まぁ砂金の利益が少し減るぐらいは、そこまでしてくれるなら十分に思える。
渡した砂金は小さな革袋1つだから、金貨5枚前後にはなるんだろう。3枚だったとしても喜ぶべきことだ。
野菜の種を何種類か手に入れたから農民も喜んでくれるだろう。
商人に付いてきた2組の農民は働き手の夫を失った未亡人と子供達だが、村にはいろいろと仕事があるからなぁ。
給与はこれから考えることとして、とりあえずは衣食住を保証することで納得してもらった。
それだけでもありがたがって涙を浮かべて頭を下げるんだから、こっちが恐縮してしまう。
「荷馬車が足りませんでしたね。どうにか魔法の袋に収まりましたが……」
「まぁ、俺にだって誤りはあるさ。だが、次は商人達が来てくれるらしいから、問題はないだろう」
「そうなると、少し道を整備しておきたいところですね。それに道標もあった方が良いかもしれません」
確かに必要だろう。1個小隊を使って何とかしたいところだな。
荷馬車が苦労しそうなか所を確認しながら進んでいこう。
俺達が川を越えた場所から3日かけて村に戻ったが、1日に1、2か所の難所があることが分かった。
一番の難所は、河原になりそうだ。
水量があまりなければ問題はないが、雨でも続いたら通れなくなってしまう。
自然堤の西側の林を切り開いて道を作った方が良さそうだな。
道を整備すると、要害の地とは言えなくなってしまうが、商人達が通れるぐらいの道は作っておかねば、俺達の補給に多大な課題が残ったままになってしまう。
こちらから取りに行くという方法よりは、商人達に来てもらう方がありがたい。
指揮所に集まった面々に、取引の状況報告を行う。
次は夏至の日にこの村に運んでくれると伝えると、皆が驚いていた。
「それほど、鉱石の需要があるということでしょうか?」
「どうも、そうらしい。今までは海を渡って運んでいたらしいからね。ただし、通常よりも安く売ることにした。砂金も同じだ。
向こうの利が大きくなければ、こんな村まで運んできてもらえない。元手が無くともできるから、俺達にだって十分に利がある。
黄銅鉱に付いては、俺達の儲けの半分を精製した銅で受け取ることにした。工房長もそれで満足して欲しい」
「十分じゃ。夏至に来ると言っていたなら、次は鉄を貰うとするかの。儲けの残りは村に使って貰って構わんぞ。できればワインも欲しいところじゃが……」
「ワイン樽は5樽運んできましたよ。まだ1樽残ってますから、夏至までは持つでしょう」
「新たに2家族とはなぁ……。まだまだ増えそうだ。もう2、3棟長屋を作った方が良いかもしれない」
「使う者がいない時には倉庫になります。それは兵士たちに任せましょう」
食料や武器を1つの倉庫に入れるのも問題がありそうだ。火事でも起きたら大変だからね。村の左右に作るぐらいでちょうどいいのかもしれない。
ログハウスの壁に貼ってある村の地図は何枚目になるんだろう?
だいぶ初期の計画と乖離してしまったが、暮らしやすくかつ守りやすい村を作るためには仕方のないことだろう。
村の防衛線を始めた時に、こうしておけば良かったでは遅すぎるからなぁ。
「ところで、銃のカートリッジはだいぶ手に入れたようじゃが、鏃は買い込んでくれたか?」
「300個ほどです。魔族の鏃が残っていると聞きましたので……」
「少し作らんといかんな。魔族の防具を1体分潰すか……。矢はいくらあっても足りんぞ!」
「新たに作るなら……、これを作れませんか?」
メモ書きを工房長に見せると、奪い取るようにして絵を見ている。
「石弓じゃな……。かつてドワーフ族の里はこれで守られていたのじゃが……。この弓の欠点は知っておるか?」
「真っ直ぐにしか飛ばないこと、射程が短いこと、次に矢を放つまでに時間が掛かること……」
俺の言葉に、ちょっと驚いているようだが頷いているところを見ると俺の答えで良かったに違いない。
「威力はあるが、飛距離が弓の半分というのがのう……。レンジャーの初心者が使うようじゃが、直ぐに弓に変えるようじゃ。軍にも常備しておるが、義勇兵への貸与武器じゃな」
町や村の防衛戦では、民間からの義勇兵の参加を認めている。1日当たり銅貨20枚が支給されるし、食事も提供されるから2個小隊ほどは直ぐに集まるらしい。
とは言っても、まるで素人の連中だから斬り合うなんてことはできない。
そんな彼らが使う武器として石弓が使われているのだろう。
数十人が交互に放てば、足止めぐらいはできるということなんだろうな。
「要は使い方でしょう。それに、従来の石弓と少し変えたのが分かりますか?」
工房長がじっくりと俺の落書きのような絵を眺めている。ガラハウさんが興味深々な様子で隣から覗き込んでいた。
「この先端と、この筒がレオンの工夫ということか?」
「そうです。従来の石弓は持ち手を腹に当てて弦を引き、留め具に掛けますよね? これは先端を足で踏んで背伸びをするようにして弦を引きます。
腕の力と背筋では強さが全然違いますから、弓を強くできます。
トリガー上部に付けた筒は、先端と手前に針金で十字を付けてください。目標に向けて石弓を構え、その筒を覗き、2つの十字が重なった瞬間にトリガーを引けば、確実に当てることができるでしょう」
「そういうことか……。農民が増えたからのう。防衛戦には協力してもらうことになるじゃろうが、これならマシに戦えるかもしれん。3丁試しに作ってやるぞ。それで評価すればよかろう」
メモを持ってサッサと指揮所を出て行ったしまった。村の経営にはあまり興味がないみたいだな。
それでも、いざという時には頼りにさせて貰おう。
「ご婦人方にも使えるでしょうか?」
「やってみないとわかりませんね。試作品で試してもらいましょう。弓と違って小さな銃眼でも使えますから、俺達よりは危険はないものと」
レイニーさんは俺の言葉を聞いて、厳しかった表情を崩してくれた。
やはり危険なことをやらせたくない、という考えを持っていたようだ。とはいっても、攻め手が多ければ武器を取ってもらうしかないのだから、最初から彼らが使いやすい武器を用意しておくべきだろう。
「オーガを仕留めた大きな弓は作らないんですか?」
「とりあえず代替武器は作ってあるよ。でも石弓ができたなら、同じ原理で大きな奴を作るつもりだ。3つの門に準備しておけば十分だろう」
「農民達には弓を教えようかと考えていました。とはいえ、弓は案外難しいですから」
「彼らがうまく矢を当てるには……、と考えた結果だから、レイニーさんの考えと同じですよ。それに石弓に矢なら自分達で作れますからね」
「だが、レオンの事だ。さらに考えているんじゃないか?」
「一応考えてはみましたが、果たしてそんなことになるかどうか……。この村が数個大隊で囲まれた場合の防衛戦ですよ。その時には、年長の少年達にも参加してもらいます。
武器は……、これですね」
魔法の袋から、麻袋を取り出した。
何が入っているのかと、皆が一斉に注目する。
笑みを浮かべて取り出したのは握り拳ほどの石だ。河原にたくさんあったから10個ほど拾っておいたものだ。
「石ですよね?」
「ああ、間違いなく石だ。釣りをしていた時に集めたものだからね。これを少年達に投げて貰おうと思っている」
エルドさんがテーブルの上に乗せた袋から1個取り出して、重さと形を確認しているけど、変わり映えしないただの石なんだけどなぁ。
「俺なら、30ユーデほど投げられるでしょう。これぐらいの石でも、顔に当たれば戦闘不能になりかねません、当たり所が悪ければ骨も折れるかもしれませんが、少年達では15ユーデが良いところでしょう」
「なら、少年達にお願いしよう。20ユーデどころか、50ユーデ以上投げられるはずだ。この道具を使えばね」
魔法の袋から取り出したのは、革紐を編んで作った投石器だ。
これに石を載せて振り回して紐を離せば石が遠くに飛んでいく。慣れれば100ユーデも夢ではないはずだ。
「これを使うんですか?」
「疑り深いなぁ。俺も知ってはいるんだが使ったことはない。試してみようか?」
皆、暇なのかな?
俺の言葉に頷くと、俺より先に指揮所から出て行った。
あちこち皆が散って仕事をしているけど、北側は簡単な柵を作ってあるだけだ。将来は土石流を考慮して谷の奥に向かって三角形の石組みを作りたいところだな。
まぁ、それはゆっくり仕上げても良いだろう。
柵の外に出ると、数百ユーデ先にやや急峻な崖が見える。
射場を作って練習させても良いかもしれないな。
「ここでやってみましょう。俺の前と後ろには立たないでくださいよ。リットンさん、座って見るのもダメです! 俺の横にいてください。初めてですからどこに飛んでいくかわかりませんが、横には飛びませんから」
革紐を取り出して、真ん中にある手の平大の幅広の部分に石を乗せる。良い感じに少し包み込まれる感じだな。
これなら上手くいくかもしれないぞ。
投石器の革紐の先は片方が輪になっていて、もう片方は紐状に編んだままだ。
輪を左腕に通して、もう片方の紐をしっかりと握る。
ゆっくりと回して感触を確かめる。
このまま相手に叩きつけても良いかもしれないな。
「それじゃあ、投げてみます。少し離れていてください」
勢いよく2度回して、石が頭を過ぎる瞬間に紐を離す。
ヒュ~ンと音を立てて石が飛んで行った。落ちた場所は100ユーデをはるかに超えている。
回す勢いを加減すれば、かなり狙った付近に石を飛ばせそうだ。
「凄いにゃ! ヒュンヒュン、ヒューンにゃ!」
「かなり勢いがありましたね。あれを当てればかなりの痛手を負わせられるでしょう。
槍兵に持たせても良さそうです」
「威力はかなりのものです。しかも石を拾っておけば良いだけですからね。兵の後方からの援護攻撃と考えれば十分でしょう」
「この紐を持たせるだけで良いからね。後は練習あるのみだよ」
投石具は女性兵士が作ってくれるそうだ。
狩りで得た皮がたくさんあるそうだから、30個ほど作ってあげると言ってたけど、嬉しそうに話してくれたのを見ると、何か新しい玩具を見付けた感じに思えてしまう。
「石弓に投石具ですか……。レオンは色々知っているんですね?」
指揮所に戻って皆でお茶を飲んでいると、レイニーさんが感心したように呟いた。
「たまたまですよ。昔読んだ本を思い出しているだけです。それと、もう1つ、考えましたので、これはそのうちにご披露します。出来れば軽装歩兵の何人かに装備してほしい武器なんです」
「俺の部隊ってことだな? 弓は使わせるだけ無駄だぞ。昔砦で練習したことがあったが、横に矢を飛ばすならまだしも、真後ろに矢を飛ばした奴がいたからなぁ」
どんな風に矢を放ったのか見てみたい気もするな。
弓に慣れないとそんなことも起こるかもしれないけど、ナナちゃんだってちゃんと前に飛ばすんだよなぁ。誰かに教えて貰ったんだろうか?
ヴァイスさんなら、『私の教え方がうまいからにゃ!』というんだろうけどね。
「何人かに投げ槍を装備してもらいたいんです。オーガを倒した弓で放った矢よりは、投げ槍の方が、持ち運び易いですからね。どんな魔物がこの辺りに出るかわかりませんが、オーガを想定していれば、早々焦ることもないと思っています」
投げ槍と聞いて、皆が首を傾げている。
ただ単に槍を投げるならオーガを倒すのは難しいだろう。だが、ウーメラを使うなら5割以上飛距離は伸びるし、威力も上がる。それに狙いも付けられるらしいからね。
オーガを相手にするには最適だろう。




