E-295 指揮官は目立つ姿が大事らしい
周辺に魔族の姿が見えないが、隠れているかもしれないんだよなぁ。
少し不安は残るけど、銃兵と弓兵を配置しているなら分隊程度の魔族であれば何とか出来るだろう。
門は2重の扉で、かつ門の厚みもある。
王都に籠る兵士達がかなり補強していたようだから、門が開くにはもうしばらく掛かりそうだ。
既にナナちゃんに頼んでグラムさんに南門からの突入がもう少しで可能であることを連絡しているから、今頃は兵士達がこちらに駆けつけてくる最中違いない。
「全く姿を現しませんね?」
「少しは隠れているんじゃないかな。あれだけ石火矢や爆弾を撃ち込んでも、魔族の死体が少ないのが気になる」
「焼け死んだとしても遺体は残るか……。やはり北に移動したとみるべきでは?」
城壁内に安全地帯が無さそうに思えるんだが、そうなるとやはり魔族の死体が少ないのが気になるんだよなぁ……。
ゴゴゴ……、と音を立てて内側の城壁が開かれる。
もう1枚はそれほど補強はしていないようだから、もう少しでこの緊張が終わりそうだ。
んっ! 今何か動いた気がするな。
あの焼け残った石壁辺りだ。矢を引き絞って、相手の動きを待つ。
俺の動きを不思議そうな顔をしてティーナさんが眺めているが、ティーナさんはまだ気が付かないようだな。
「なにか動きがあったのか?」
ティーナさんの問い掛けより、魔族の動きが少しばかり早かった。
タン! と弓鳴りの音がして、80ユーデ程先の壁からゴブリンが通りに倒れこんだ。
「隠れているだと! エクドラル王国軍は直ちに防戦体制を取れ!」
扉の補強を外していたトラ族の兵士の半数ほどが、俺達に向かって来ると北に伸びる通りを塞ぐように2列横隊で槍や放炎筒を構える。
「レオン殿が1体を倒している。よくよく監視をして、後続が城壁内に入ったなら掃討戦に移れるよう準備せよ!」
「「ハッ!」」
統率が執れているなぁ。感心して見てしまった。
「面倒ですね。建物を1つずつ潰して行かねばなりません。ナナちゃん。東と西にも連絡しておいてくれないか。『魔族が巧妙に隠れている』で分かるだろう」
「分かったにゃ。直ぐに連絡するにゃ」
「レオン殿が1軒ずつ改めて火を放てと指示したのは、これを恐れての事か」
「寡兵ですからね。いくら爆弾や石火矢を撃ち込んだとしても半減には出来ないと思ってます。もっとも、分隊程度で隠れているなら何とか出来るでしょう。そんな連中が集結し始めたなら面倒になりますよ」
「魔族が集結せぬように魔族を倒していけばよいのだな。となると……、やはり火で炙り出すのが一番か」
「松明を沢山準備しないといけませんね。焚火を作って、燃えさしを投げ込んでも良さそうです」
周囲を見ると、結構残骸が転がっている。
早めに焚火を作っておくか。
どの辺りに作ろうと考え込んでいると、再び扉の開く音が聞こえてきた。
足音を響かせて、外で待機していた兵士達が広場になだれ込んでくる。
エニルを見付けて呼び寄せると、銃兵を小隊毎に中央と東西の通りに配置するように指示を出す。
後ろで待機していた伝令の少年に、まだ外にいるクロスボウ部隊に移動柵の移動をお願いする。
「前段の移動柵で十分です。とりあえず10個もあれば十分でしょう。3つも使えば通りに障害を作れますからね」
「了解です。そのまま北に移動すると思いますが、その移動も私達で?」
「トラ族の連中にやって貰いますよ。だけど分隊単位で彼らの後ろを守って頂きたい。主な作業は隠れている魔族の監視と、魔族が突入してきた時の爆弾の投擲です」
「了解です。目や鼻の良い奴ばかりですから、任せてください。爆弾は1人2個ずつ持ってますよ」
クロスボウ民兵なんだけど、いろいろと出来るからなぁ。
俺達から離れると、直ぐに兵士達を集め始めた。後は任せておけば良いだろう。
「もう直ぐ、ティーナ姉さんの兵隊達がやって来るにゃ!」
「ようやくか……。さてレオン殿、3つに分けての進軍で良いのか?」
足元に地図を広げて、状況を確認する。
東西方向背も兵士達が城壁を越えているんだから、味方を確認したところで東西の通りは確認の対象外に出来るだろう。
「とりあえずはそれで行きましょう。エクドラル軍が東西で侵攻の準備が出来たところで北に向かいましょう。攻城櫓から侵入した友軍と合流したところで再度体制を整えれば十分かと思います。弓兵よりも威力のある兵器を使いますから、魔族が飛び出したなら一斉射撃で倒せるでしょう」
「あまり世話にならんようにせねばなるまい。だがそれだけ心強いということか。ユリアンも前に出ぬようにな!」
ユリアンさんが苦笑いで頷いている。出るとしたらティーナさんなんだろうけどね。
東西の部隊の準備が整ったところで、グラムさんに南からの侵攻を開始すると連絡した。
『了解』という短い返事が返ってきたところを見ると、今のところ大きな問題は無いようだな。
長剣を引き抜き、高く掲げると「行くぞ!」と大声を上げて長剣を前方に振り向ける。
「「「オオォォォ!!」」」という蛮声が周囲に木霊して、一歩ずつ慎重に北に向かって足を進める。
先行するトラ族の兵士が、松明を左右の建物に投げ込む。
半焼して焼け残った建物に再び火災が起きる。
両側が火事になっているんだけど、道幅が結構あるから炎の熱も我慢できる範囲なのがありがたい。
半焼した建物の火災は直に下火になるが、奇跡的に火災を免れた建物は結構勢いよく燃えている。
数軒目に火災を起こした時だった。
建物から、数十体の魔物が飛び出してきた。俺達を襲うというより、火の手を逃れて飛び出して来たのだろう。銃撃するより先にトラ族の兵士達が短槍で始末してしまった。
「あっけない連中だな。私達を待ち構えていたんじゃないのか?」
「さすがに炎には勝てなかったようですね。簡単に始末出来るなら、その方が助かります」
最初の十字路で一時進軍を止めて、東西の部隊が揃うのを待つ。
同じ並びで進んでいかないと、魔族が後方に回り込む可能性も出てくるだろう。
既にここまで作戦が進んでいるんだから、最後まで作戦に沿って進めた方が混乱を防げるはずだ。
後方から大勢の兵士の足音が近づいて来る。
どうやらエクドラル王国の増援が到着したらしい。
「レオン殿でしょうか? エクドラル王国軍2個中隊を率いてきました。西は現在攻城櫓から2個中隊を城壁内に投入したところです。崩れた建物にまだ魔族が潜んでいるようで、現在侵入地点周辺の掃討を継続しております」
「こっちも似たようなものだ。火で追い出しているぞ。北に向かって進んでいくが、途中の建物に再度火を点けるのだ。それで魔族は飛び出してくる」
「了解です。東西の突入地点までは東西に分けて進んでいきます」
「マーベルの銃兵達が随行してくれる。城壁の上には弓兵が援護してくれるだろう。我等の進みと合わせてくれよ。そうでないと、後方に魔族が移動してしまいかねない」
やってきた指揮官がティーナさんの言葉に騎士の礼で答えると、素早く部隊を2つに分けて東西に駆けだして行った。
「少しは楽になったな。さて、我等も北に進もう」
マーベルの指揮官は俺なんだけどなぁ。
レンジャーと見間違いそうな俺の装備と、チェーンメイルにヘルメット姿のティーナさんを見比べれば、誰もがティーナさんを指揮官と見てしまうだろう。
それだけ目立つんだけど、白兵戦にでもなったら目立つ存在は一番危険になってしまう。怪我でもさせたら、グラムさんに怒られそうだ。
「石火矢を乗せた荷車より前に出ないでくださいよ。少し下がった位置なら全体を見ることが出来ますからね」
「白兵戦にはまだ早いということか? 確かに現状では槍と銃で何とかなっているようだ」
トラ族の兵士達が、移動柵を進行に合わせて動かしていく。
分隊程度の魔族ならこれで十分なんだけど、2万を超える魔族が数百発の爆弾と石火矢で倒せたとも思えない。
どこかで反撃を企てているはずだ。
「東の部隊から連絡にゃ!『Eラインに魔族が続々と集結中』以上にゃ」
ナナちゃんの報告を聞いて、急いで地図を広げた。テーブルが無いから道路の真ん中なんだが、伝令の少年達が俺達の邪魔にならないよう兵士を誘導してくれる。
道路に座り込んで地図を見ると、Eラインは貴族街と庶民街を区分する城壁がある。
爆弾や石火矢で少しは破壊されているだろうが、王都ともなると色々と面倒な作りになっているなぁ。
「貴族街も火災が発生しているはずだ。城壁も外側の城壁と違って塀を頑丈にした程度だろう。高さもそれほどないだろうな」
「とはいえ塀には違いありません。ここから500ユーデ程先になるでしょう。東西の友軍は、そこまで進んではいないと思いますから、集結を妨害することは可能です」
「石火矢を使うのか?」
「まだ砲兵隊が城壁の外から、宮殿に向かって攻撃していますからね。数発撃ちこんでみましょう」
新型石火矢はまだ残っているはずだ。
ナナちゃんに頼んで、砲兵部隊に通信を送って貰う。
直ぐに返信が返って来ると、俺達の頭上をそれまでとは異なる炎を噴き出して石火矢が飛んでいく。
石火矢の炸裂炎がここでも見えるんだから、案外近くなんだと考えを改める。
トラ族の兵士に、何時でも放炎筒が使える状態であることを再確認しながら、場合によっては直ぐにも魔族が押し寄せてくると伝えた。
「それこそ我等の望む戦です。まだ魔族と戦っていない連中が殆どですからね。やってきたなら、通りに沿って放炎筒を使えば足止めには十分でしょう。炎を潜りぬけてくるような魔族がいることを楽しみにしてますよ」
俺の注意を笑い飛ばしているんだよなぁ。
確かに放炎筒を使うには最適の場所ではあるんだが、炎を噴き出す時間は十数秒程度だ。荷車に沢山乗せてはきたんだが、上手く使い続けることが出来るだろうか。




